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第四話:学校とフラグ

 何やら香ばしい香りに誘われ、目が覚める。昨晩はあの後、今後のこと、そしてこの世界のことについてひたすら聞いたので、少々寝不足ではある。

 この世界の人間は寝る時間が遅い割に、朝は早いらしい。特に女子は、化粧や飯作りがあるゆえのようだ。

 

 突如始まったこの謎の生活。思い出してみても、甚だ不可解である。起きたら本能寺の寝所で、全てが夢であったーー なんてことは微塵もなかった。


「あ、おはよ〜。顔洗って制服に着替えといで!」

と、台所の方から晴が声をかけてきた。何やら料理をしているようだが、その動きは右に左に、あれやこれやと慌ただしく、戦支度でもしているのかと思うほどだった。


 机の上に几帳面に畳んである手拭いを手に取り、言われるがままに面を洗いに向かう。

 

 寝ぼけ眼を擦りながら、ふと視線を上げると、鏡に自分の顔が映る。昨日は風呂場だったので、体の方にばかり意識が行っていたが……なるほど、顔もしっかり女子のそれだ。キリッとした目に、長いまつ毛。鼻筋は、両の目のちょうど間からスラっと通っていて、黒い髪は、長く艶がある。もしかして……いや、もしかせずとも、かなりの美形なのではないか。


 顔を洗い終え、昨晩、半ば力ずくで脱いだ、風変わりな服にもう一度袖を通す。ああ、西陣の着物が恋しい。思い返せば、一人で服を着替え、身支度をするなどいつぶりであっただろう。


 何とか着替え終え、部屋に戻ると、机の上には、飯の支度がされていた。一汁三菜に焼魚、うむ、日本男児たるもの、やはりこうでなくてはいけないな。


「あんま時間ないから、ぱっぱと食べよう!いただきまーす」

 そう言うと、晴は手を合わせて小さく一礼し、食べ始めたので、わしもご相伴に預かることとした。


✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



「馳走であった」

「はーい、お粗末さまでした〜。食器片し終わったら家出るから、それまでに準備しといてー、って化粧とかはしないか。じゃあ少しだけど、くつろいでて」


 ガチャガチャと、慌ただしく皿を片付けながら晴が言ってきたので、ありがたくお言葉に甘えた。手伝ってやろうとも思ったのだが……面倒だったのでやめた。

 それにしても、身の回りのことを一人で全てやるのは大変ではないのだろうか。前世では、起きれば飯やら着替えやらの支度は、小姓の者達が全てやってくれていたので、自分のやるべきことにすぐ取り掛かることが出来たが、どうやらこの世界は違うようだ。自分の身の回りのことは自分で何とかし、その上で初めて仕事に取り掛かることができる、と言うわけか。なるほど、なかなかどうして面倒だ。


 特にすることもないので、昨夜と同じように、薄平べったい塊に閉じ込められた者達が、今日は晴れだの、西の方では雨が降る、などと当てずっぽうの予言をしているのをぼんやりと眺めていると、片付けを終えた晴が、


「うっそ!時間やば、そろそろ行くよ〜。」

と言って、急いで荷物を手に取り始めたので、わしもゆっくりと腰を上げた。

 さあ、二度目の外の世界だ。ひとまずは、この世界のことを知らねばなるまい。いくらこのわしとはいえ、不安や恐怖がないわけではないが、今はどうやら未知のものに対して溢れ出る好奇心の方が勝っているらしい。


✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎


 家を出て、わしは晴と肩を並べて歩いていた。

 聳え立つ高い建物や、変わった形の屋敷、四つの車輪がついた動く鉄の塊。やはり理解できぬ。馬はおらんし、刀を刺している人も(まげ)を結っている人もおらんようだ。南蛮から来た宣教師共から異国の話を言いた時よりも衝撃を受けている。開いた口が塞がらぬ、と言うが、塞がらぬどころか、このまま顎が落ちてしまいそうですらある。

 

「な、なあ晴。この世界はどこもこんな感じなのか?もう馬に乗ることなどはしないのか?」

「へ?う、うま?馬かぁ。無い訳じゃないんだけど、主に賭け事で使われることが多いっていう

 か、何というか……」

 

 馬が賭け事に?賭け事といえば双六しか知らんが、なるほど。娯楽の方もかなり進んでおるようだ。楽しみがひとつ増えたぞ。


 密かな楽しみが増え、ニヤニヤと考え事をしていると、晴が突然、後ろに手を組んだまま、一歩前に出てこちらを向いた。


「て言うかさ、聞きたいことはまだまだ山ほどあるんだけどさ、桜華ちゃん、何で学校に行くっ

 決めたの?学生証があるってことは、一応ちゃんと生徒ではあるんだろうけど、まずはこの世

 界について知っていくって言うことなら、別に学校に行かなくたってよかったんじゃない?」


「ん?まあそうであるが。今はとりあえず、お主と共にいた方が良いであろう?それに、倣うより

 慣れろ、と云うしな。わしもよく、見込みのある若い家臣達は戦場に放り込んで、実戦を

 積ませてやったものよ!だからとりあえず、わしもついていくことにしたわけだ。何より楽しそ

 であるしな!」


「うわあ、この判断力……さすがとしか言えない…」

 そう言うと、晴はクスッと笑った。

 

「でもその代わり、昨日行った事の中で、最低限のことはちゃんと守るんだよ?一人称は、わし

 じゃなくて、私!言葉遣いも、じゃ!とかは使わずに、女の子っぽく喋ること。そして何より

 くれぐれも自分のことは、織田信長なんて名乗らないこと!わかってる?」


「フッ。安心せい。わしは、約束は必ずも守る義理堅い男じゃ。かような試練、簡単に乗り越え

 て見せようぞ」


「うわ、頼もしいけど、なーんかフラグっぽい、ほんと頼むよ〜?

 あ、見えてきたよ。あれが私たちの通う弘南学院だよ」


 と言って、晴は指を差してみせた。

 それは、わしにとって衝撃的なものだった。高い柵が広大な土地を取り囲む様は、まるで惣構えの城下町であり、それに沿うように、綺麗に手入れをされた桜の樹が等間隔に生えていて、散る花びらは、風に浮かされて空に舞い、まるで桃源郷のようであった。そしてその奥には、天守閣のような大きさの建物が、幾重にも連なっていた。


「なるほど、あれが学校とやらか。なかなかどうして楽ませてくれそうじゃ」

 そう呟くと一抹の不安と、高揚する気持ちを胸に、桜華と晴は校門を潜って行った。


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