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第一話:え、四百年前…??

 前が見えない。体が動かない。意識ははっきりしている様で、どこか曖昧だ。

 あれ、腹を切ったはずなんだが痛みもない。そうか、ここがあの世というやつか?

 神仏など殊に信じてなどおらなんだが、まあなんというか、不思議なこともあるものだ。


「……い、おーいってば!」

頭の中で、ボソボソと考え事をしていると、ふと甲高い女声が耳を(つんざ)いた。

と同時に、その衝撃でずしりと閉じていた瞼が開いた。


 すると、眼前に広がっていたのは、大きな川、その向こう側には見たこともない、安土の城の倍はあろうかという高い建物。そして極め付けは、珍妙な格好をした小童。妖でも見た様な顔でこちらの顔を覗き込んでいる。



 なるほど、どうやらここは異国……?

いやしかし、確かにわしはに自害したはずだ。あの焼け落ちる寺の中では助かるどころか、首さえ見つかるまい。腹の傷は……、無い。うむ…幸い言葉は通じそうだ。ここは思い切って問うてみるしかあるまい。


「すまぬが、ここは何処で今は天正何年か」

と、少し丁寧に(へりくだっ)って問打てみた。すると小娘は首を傾げ、より一層怪訝そうな顔で--


「テ、テンショウ? 今は令和五年ですけど…」

と、申し訳なさそうに答えた。


 令和?もう天正ではないのか?

 頭の中がさらなる情報で大洪水を起こし、それを必死に処理せんと、頭の中で一人格闘していると、小娘がいきなり--


「あっ!テンショウって、戦国時代の元号のことか、なーんだ急に、びっくりした。君かなりの歴女?」

と、急に笑顔で距離を詰めてきた。手には何やら細長く、平べったいものを持っておる。

そして、小娘はそれを覗き込みながら--


「天正って一五九二年までってことは、四百年くらい前の話か!」



思わず耳を疑ってしまった。四百年前…??つまり今は、寺でわしが死んでから四百年後の世界ということ…なのだろうか。にわかには信じ難いが、整備された道や川に、大きな橋、天をも穿つほど高い建物、そして摩訶不思議な見目をした者たち。確かに、わしの生前には見たことも無いようなものばかりである。

 もうこの時点でわしの頭の中は、両軍入り乱れた合戦状態。何が何だか訳も分からずこんがらがっていると、


「そんなことより!女の子がこんな時間に、こんなとこに居ちゃ危ないでしょ!ママと喧嘩でもした?それとも、スマホでも落とした?」



 思わず耳を疑ってしまった。本日二度目である。女の子?この童、わしを見て、今、女の子と言ったのか?四十九になるわしを女子呼ばわりするとは、こやつ目に何か患っておるのでは?それか…まさか、わしをそんな目で見ておるのか!?破廉恥な小娘め、まあ、確かに否めなくも無いが…いや今はそれどころではない。


 確かに、この状況はまずい、空の様子からして黄昏時頃であろうか。飯もなければ、宿もない。どうにかして早いことこの場を切り抜けねば、など、あれやこれや考えていると、脇腹のあたりに違和感を感じた。とりあえず手を入れて弄ってみると、先ほど小童が手にしていた薄っぺらいものと、少し厚い皮細工のようなものが、ポトっと落ち、中身が少しこぼれ出した。


「あ、携帯と財布あるじゃん、よかったー訳あり家出少女かと思っちゃった、って弘南学院(こうなんがくいん)!?制服めっちゃ似てるとは、思ったけど、同じ高校じゃん!しかも一年ってことは、同じだ〜。あれB組ってことは、君が今日欠席した--明智 桜華あけちおうか--ちゃん?」



 トドメを刺された気分だ。明智桜華?誰じゃそれは。もう訳が分からぬ。頭は完全に思考を停止し、まるで頭から湯気が出ているような気分だった。

 完全に意識が飛びかけていた正にその時、虚な目で遠くを眺めていたわしを見兼ねて、小娘が

「大丈夫?家この辺?帰れる?」

と、心配そうな面持ちで問いかけてきた。

 正直、この状態でこれ以上会話をするのは、一向宗の門徒どもを相手に戦をするくらい疲れそうな気もしたが、むしろ親切にしてくれている今が好機。なんとかして、この奇妙な世の中のことを、そして自分自身のことを知らねばなるまい。背に腹はかえられぬ。そう覚悟を決め、行く宛がないこと、ここが何処か、自分が何者かわからないことを告げた。初めは、耳半分で聞いていた小娘も、神妙な面持ちで言葉を並べるわしを見て、ただ事ではないと解したのか、真剣に耳を傾けている様子であった。


「なるほどね…思ったより訳ありって感じか。嘘言ってるようなアレでもなかったし、財布の中のものも本物っぽかったし…んんんん」

 小娘は、大分頭を抱えて悩んでいる。それもそうだ。見ず知らずの人間が俗世のことや己のことが微塵もわからないと言っているのだから。


 申し訳ないことをしてしまったと思い、声をかけようとしたところ、頭を抱えていた小娘は、とてつもない勢いで顔を上げ、何かを固く決意した顔でこう言った。

「とりあえずあたしの家、くる?」

 

自分で頼んでおいてなんだが、此奴大丈夫か?





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