ペロ
皐月空 風が 奏る 恋の歌 ハナミズキ咲く 道を歩けば
薫風の候、垣根に卯の花が匂う季節となった。残念ながら都会でホトトギスの鳴き声を聴くことは稀だが、新緑目に染みる、よい季節になってきた。
「にゃぁ〜 にゃご、にゃご、にゃご、にゃ〜ご」
「ああ、ペロ、お昼のオヤツだね。すぐ用意するから待ってて」
うん? 断っておくが、ここはペットホテルではない。れっきとした探偵事務所だ。俺、河合トウヤは、大学の先輩、戦国ヶ原ゆずきと二人、7年前にこの事務所を立ち上げた。
オープンするや否や、我が事務所は数々の難事件を、所長ゆずきの類稀な推理力で解決し、今や警視庁からも一目置かれる存在となっている。
ああ、アハハハ!!
随分と盛った話をしてしまったようだ。だが、ゆずきが推理の天才であることに嘘偽りはない。
ないんだけどね……。
もう、昼近くなるというのに所長様は姿を見せない。しかたがないので、俺は事務所の飼い猫ペロにお昼のオヤツをあげながら、資料整理をしているところだ。
と、いつものことだが、乱暴に、彼の言によれば、元気に、事務所のドアが開いた。
「ふぁ〜 おっはよう、トウヤ君」
少々、茶色みがかった髪と瞳、痩せ型でジャニーズ系の童顔、イケメンと言えばそうかもしれない、身長175センチの所長、ゆずきが、遅刻の照れ隠しだろう、はにかんだ笑顔で朝の挨拶をした。
「ずいぶんと、お早いご出勤ですなぁ、最高経営責任者殿。もうお昼ですよ」
努めて渋い顔をして俺が答える。
「そこは、大目に見てくれてもいいんじゃない? 君もGPS、確認してただろ? 明け方近くまで対象を探していたんだから。代々木公園、新宿御苑、石神井公園まで、さすがに疲れたよ」
対象などと大層な言い方をしているが、なんのことはない、いつも通りの猫探しだ。言ったろ? ゆずきは天才だって。迷い猫をいとも簡単に見つけることができる、SSR級スキルを神から授かっているのだ。
このペロも猫探し事件解決後の成り行きで、当事務所が預かることになったのだが、事件を通して知り合った娘さん、いたく俺たちを気に入ってくれた。彼女のSNS発信による口コミが功を奏し、ここ数ヶ月、ペット探しの依頼に限ればずいぶん増えている。
という次第だが、学生時代からの親友でもある、ゆずきは常にマイペース、俺がどんな皮肉を言っても動じる気配もない。
「ま、捜査は足で稼げ、無事対象は確保出来たんだけどね」
「そうですね、明け方まで頑張ったのですから、遅刻は大目にみましょう。ところで、今回は何かトラブルありませんでしたか?」
そんな、ゆずきのポーカーフェイスにもめげず、俺は、ちょっとしたジャブを繰り出した。
「君は失礼なことを言うな。まるで僕がトラブルメーカーみたいじゃないか! まぁ、僕にはよく理解できないが、猫を探していると、なぜか、お巡りさんが寄ってくるんだけどね」
公園の草むらをガサガサやっている不審人物、最近は物騒な事件も多い、勤勉な警官なら、普通、職務質問するだろう。今まで三度ほど、警察から身分照会の電話が事務所にかかって来ている。
「ああ、これ領収書」
ゆずきは、何食わぬ顔で、ドンキホーテのレシートを差し出してきた。
「いや、猫じゃらし3本って、経費では落ちないでしょ?」
「猫と意思疎通を図る必須アイテム、通信費だな」
まったく、ああ言えばこう言うだ。
「ま、経費で落ちるか否かを心配しなければならないほどの商売繁盛、いいことじゃない?」
本当のことを言うと、我が事務所、開所してから数年間、大した依頼もなく開店休業状態、毎月の家賃も滞る状態だった。その状況を一変させたのが、猫探しなわけだが。
「うーーん、こうもペット探しばかりだと、当事務所、経営方針の転換が必要になりそうだね」
「確かにそうかもしれません。ちょっと案件を振り返るだけでも……。2月20日足立区、霧生ポテトくん探し、白猫、ピコピコと鳴く? 翌21日練馬区で神木そらちゃん、こっちは黒猫、カラスの濡羽色? 以降も猫、猫、猫、にゃぉぉーーん 捲っても捲ってもホモサピエンスが出てきませんね。ふぅーー」
俺は依頼履歴を繰りながらため息をついた。
「まぁ、いいじゃない。『人が全生物の上位にある』という創世記の考え方は人類の傲慢というものだ。生物は皆、兄弟姉妹」
旧約聖書かい! 《我々のかたちに、我々の姿に人を創ろう。そして、海の魚、空の鳥、家畜、地のあらゆるもの、地を這うあらゆるものを治めさせよう》 これを読むと人類って何様? と思わぬではないが。