エピローグ?? 流者はつらくないよ
ふぅううう。
やっとの思いでゴブリン・グリガルを撒き、リリベル姫を背から降ろす。
「足手まといでゴメンなさい……」
「いや、おかげで最速でグロッテの森ぎわを抜けられましたよ」
展望室での戦いからこちら、姫はいまだに自信を失ったままだ。もっとも彼女は今、『姫』ではないのだけれど。
衛兵隊本部に出現し、二人の人間を同時に精核として取り込んだ先の卵の事件 ―王都炎上事件― は、数十名の死者を出しつつその晩のうちに鎮圧された。
多くの衛兵や何人かの親衛騎士が殺害され、その中の一人に『前チグリガルド国王(ランキフォウ爺)』も含まれていた。
明日は国を挙げての国葬が営まれる。
けれども俺とリリベルはそれには出席せずに、西の地を目指している。
別に駆け落ち、というような甘美なものではない。
旅の理由その一。
驚いたことに事件後、(姫)は王家からその籍を抜かれてしまった。公に明かされることはないだろうが、事件の首謀者が王子の親衛ガザニア騎士の一人と判明したらしい。そいつはリリベル(姫)のガルベラ騎士からの編入組で、しかも『反王子派』の一味であったという。
反王子派がそこまで深く浸透していたことに、国王も王妃も尋常じゃない衝撃を受けていた。加えて『チグリガルドを二つに割って統治する』という別の陰謀の情報までが飛び出し、決断に一刻の猶予もなくなってしまったのだ。
明日の国葬の場で、逢魔の年が明け次第グロリオサ王子が国王の位を譲渡される旨が、国民へ発表されるという。
そのダメ押しのつもりなのか、リリベルは姫の位をはく奪され、王都外追放となったのだ。彼女のせいで事件が起きたわけでもないのに、明らかにやり過ぎ・踊らされ過ぎだとは思うが。
理由その二。
リリベル(姫)が嫁ぐ縁組が破談となった。つまりイスタンベール王国行きがなくなったのだ。
これには説が二つあり、『姫が婚約を拒否した』という説と『瘴気に侵された姫を向こうが断った』という説が関係者の間で囁かれている。
俺はどちらかといえば前者なのではないかと思う。王家から籍が抜かれるという行き過ぎた処遇の理由が、(姫)による縁組の拒否にあるならつじつまが合いやすいからだ。つまり、勘当することで、イスタンベールの面子を保つ狙いがあったのではないかと俺は推測している。
というか、後者だったらイスタンベールと戦争になっちゃうでしょ。あの国王の性格的に。
推測の当否はともかく、王宮にリリベル(姫)の居場所が今はない。
理由その三。
さきの戦いにおいて(姫)が、魔者の瘴気を浴びて『聖』属性のスキルを使えなくなってしまったこと。実はこれが一番切実な理由だったりする。ランキフォウ爺さんが下剤を飲まされた45年前と同様、グロリオサ王子は魔王との戦いには不参加となるらしい。
ならば『勇者パーティー』の『聖者』は誰が務めるのか。今のところ目ぼしい人材はいない。だとすればその役を担うのはリリベル(姫)になる可能性が高いのだという。そうやって人を駒のように都合で引っ込めたり出したりしていると、いまに痛恨の一撃を食らうと思うけど。
俺はリリベル(姫)が瘴気から回復すればそれで充分なのだが、彼女は真面目に魔王戦のことを危惧している。政治的な理由があるにせよ、娘を勘当するような親をそれでも魔王から守りたいだなんて……そんな彼女の優しさが踏みにじられないよう、俺はもっともっと強くなりたい。
千里の道も一歩から。まずはチグリガルドに点在する『七つの聖蹟』を巡り、瘴気によるダメージを癒すのが、俺にとってのこの旅の第一目的だ。
ランキフォウ爺さんの遺言は三に含めてよいものか。一にも二にも関わっているように思うが……。
職歴書の遺言機能。そこに前国王から双子へ宛てた、ジョブの譲渡と手紙が見つかった。
「旅をせよ。冒険をせよ。絶望とは『挫折』にあらず『後悔』に他ならない」
『聖者』として開眼し力をつけてゆくには、発現の鍵となる『浮流士』のレベルをあげなければならない。そのためには『冒険の旅』が欠かせないのだという。それにしても(姫)のジョブを『浮流士レベル1』以外は全て、グロリオサ王子が徴収したものだから、楽な旅にはなるはずがない。
蝶よ花よと温室に囲っていては浮流士が育たない、というのは分からないでもないが。昨日まで一国の姫君だった彼女を無一文で放り出すなんて、過酷な修行にも限度というものがあっていいと思う。
これはオマケみたいなものだが、ランキフォウの爺さんから一つだけ、俺へのジョブの譲渡があった。
『樹木士LV24』
引退して盆栽でもやれというのだろうか?意味がわからない。
そういうわけで俺はリリベル(姫)と連れ立って、西の聖蹟『ペタル』を目指している。
「よっこらせっと。荷物で肩、痛くないですか?」
「えぇ。でもこのくらい平気です」
俺は彼女の背から大きなリュックを降ろし『葉緑苦汁』を二つだした。
彼女は汁を飲み干し、苦そうに舌を出す。
「タイガさん見て。コロポックルよ」
あれ?なんだか時間が巻き戻ってないか?
リリベル(姫)が指差した森の木陰には、髭モジャの小さな生き物がいた。
あぁ、コロポックルって存在するんですね。え?さっきの所から俺たちについて来ていた?すみません、世間知らずは俺の方でした。
『香具士』の商材からガルガル飴を手渡すと、コロポックルはてくてく森へ帰って行った。全力疾走の疲れを忘れて、思わずほっこり和んでしまう。
「なんだかランキフォウさんみたいな髭でしたね……」
あっ。
言った後で後悔しても、いつものごとく後の祭り。
爺さんを思い出したリリベル(姫)がめそっとしてしまう。
あわわわわわわわ。
「そこの木に隠れてる人。ちょっとは手伝ってくださいよ!」
隠密のローブに身を包んだ少女が、うすら白い目で俺を見ている。
ったく何眼だよそれ?新スキルじゃあるまいし。
まぁいい。自分の尻は自分で拭くって決めたからには、実践しなきゃだ。
師匠もとい(元師匠)のジミュコーネは『無花果賢者会』から派遣された俺の監視者だった。最初は俺を賢者会へいざなうつもりだったらしいが、今は俺が魔者堕ちし魔王となってしまわないよう、見張っているのだという。
やまほど世話になったから怒る気にもならないのだけれど、ずっとああやって後ろをついてくるつもりなのかね。
リリベル(姫)の保護だとか、おろらく俺の知らない意図がまだまだ隠されているのだろうけれど。
「さてリリベル様。早く聖蹟に行って温泉にでも浸かりましょう」
「タイガさん、ペタルは早馬で二日の距離です。しかもそこは、ただのトラの住処らしいですよ?」
まじですか……。もう汗でびっしょりなのに。しかも獣の巣って。
それでも。
『旅は道連れ、異世は情け』
惚れた乙女子とだったら、流れ渡る旅もつらくない。
ながらくおつきあい下さり感謝です!
とくに初期からブクマいただいて、根気よくお読みいただいた方々。
おかげ様でここまで書くことができました。
ストーリーはまだ続きますが、書きたいテーマの区切りがよい所でお終いにします!
ご愛読ありがとうございました!!
いつかいつの日か「旅情編」「建国編」でお会いいたしましょう。
2019/9/2 大幅改稿して投稿中です。『異世界最強の ジョブ・ウォーカー』