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異世界転職: 『流者はつらいよ』  作者: 息忌忠心
【王都編】Ⅳ 一花心の流者 と リリベル姫
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希望がないとつらいよ

 部屋に飛び込んだ瞬間、俺は無意識のうちに軽業師の『動体視力』を発動していた。


 瞬時に頭をフル回転させ状況を飲み込む。

 1・3・5・6人、倒れている三人は服装から姫の親衛騎士。眷属化はしていない。姫は無事。けれども冒険の歴書を携帯していない。つまり無防備。


「流者さん!」

 姫が展望室の隅からローブの少女を指差している。


 どうして師匠がこんな所にいるのか、杖で『魔者』をどうにか抑え込んでいた。

 向こうは向こうで『どうしてここにいるのか?』という視線で俺を一瞥する。

 その隙に魔者がパワーでゴリ押し、ひらひらしたローブの『急所隠防』が触手に貫かれる。


 舞踏師EXスキル『剣の舞』発動!!

 間一髪とびこみ、チタン・ナイフ3本の連続斬撃で触手を切り刻み、俺は師匠を援護した。

 魔者が紫色の目を見開いて、後ろに跳びすさる。


 ランキフォウ爺さんの言っていた「双子の片割れ」って、こういう意味だったのか。

 おそらく『悪夢の卵』に、同時に二人の精核が取り込まれたのだ。

 つまり一卵性双生児の『魔者』。



「話は全部あとで。一気に叩きますよ」


「そんなに軽く言わないで下さいよ、師匠」

 なにせ足元の親衛騎士を床に転がすほどの相手だ。増援が来るまで持ちこたえるのが関の山ではないだろうか?


「できなければ姫が眷属化します。時間がありません」


 ……姫が瘴気に汚染されているということか。ならばぐずぐずはしていられない。


「姫、これで時間を稼いでください!」

 俺はドナの手(ゴッド・ハンド)で、リリベル姫に聖蹟アジジの『温泉卵』をノールックでパスした。


「えっ!?」


 …………ベシャンと卵が壁で潰れる音が聞こえる。

 見えざる第三の手は、今に限って使うべきではなかった。


 が、反省している暇はない。

 魔者がぷくぅと頬を膨らませ、口元をぐつぐつと煮えたぎらせる。


『冷水噴爆!』

『…瞬間凍結』


 俺が放った水の幕を、師匠がすかさず氷の壁に変えた。

 遅れて吐き出された瘴気混じりの業火が、展望室の半分をサウナにする。

 これ以上瘴気が部屋に充満したら、こっちまで汚染されそうだ。


 ジミュコーネ師匠とアイコンタクトを交わし、俺は壁際に走った。

 ……師匠、あなた多分『賢者』なんでしょう??尻ぬぐいは頼みます。


『残像』『猛疾駆』『急所打撃』!!


 魔者が投擲する円盤をかわし、師匠の援護を受けながら、俺は金色に光る『農具』をふりかぶった。

「ドッコイショ!!」

 王都に面した南の壁に大きな穴をうがつと、勢いよく風が流れだした。


 ひゅうううう。これ、落ちたらヤバイな。

 綱渡りの経験がなかったら、足がすくんで動けなくなるだろこんなの。


 魔者は切り刻まれた触手を再生しながら、その先端を『鎌』状にした。

 俺はドナの手で占い士(ギャンブラー)の『表情読み』を使用し呼吸を整える。

 …………師匠。表情が薄すぎて、タイミングを合わせにくいです。


 ジミュコーネ師匠がパンと手のひらを打ち、なにかの印を描いた。

 見たことはないが、準備時間の必要なスキルなのだろう。

 ならば俺は『棒・チタン化』、『ナイフ接続・チタン化』からの『急所隠防(クリティカル・ガード)』と『棒舞踏』で待機だ。


 触手の波状攻撃を合成武具の『薙刀(なぎなた)』で撃ち落とし、口から放出された火球を曲芸士の『操火』で師匠から逸らす。


 そろそろ、いよいよか?

 師匠がチラリとこちらを見て、印を結び終える。


『網罠』『チタン化』、そいやっ!

『北極氷塊・磁縛陣!』


 極度の危険を察知した魔者が壁の穴からの脱出をはかるが、先んじて投擲したチタンの網が逃がさない。


 グルォオォオオ!ブォウズィイ!地獄で待っているゾォオオオ!

 魔者が氷の像となりながら、最期の呪詛を浴びせてくる。

 そしてついには散り散り粉ごな、あちこちで火の手が上がる王都へと風に吹かれて消えた。




 姫は瘴気に侵された腕に聖蹟の温泉卵を塗ってこらえていたが、ホッとしたのか部屋の隅にうずくまって泣いていた。


 万年樹の下で会った時のような、ふわふわした慈悲の天使でなく。

 シュッドの森へ向けて騎士団を率いる、華麗荘厳な指揮官でもなく。


 ジョブもスキルもなく、無力感で自分をさいなむ一人の女の子がそこにいた。



 同情――――と言ってしまうと何だかベッタリして嫌なのだけれど。どうしても情がわいてしまう。

 はじめて出逢ったあの日の俺も、似たような状況だったから。


 『借りは作るな』という家訓のせいではないけれど。

 あの日に受けた恩を、今こそ返したい。


「リリベル姫……」


 彼女が潤んだ瞳で見上げてくる。

 俺は膝をついて、ランキフォウの爺さんから預かった『農具』を差し出した。


「……はじめてお会いした時に、俺はあなたから『生きる希望』をいただきました。『苦しみを覚えつつ、されども望みを捨てるなかれ。あきらめなければ、再び芽は生えいずる』。……この農具は折って打ち直した『伝説の剣』の片割れなのではないでしょうか?焼け野原から再出発、土を耕し種を蒔いて、いつかまた笑える日がくるはずです。だから……」


 あれっ。姫がますます泣き出してしまった。

 あわわわわわわ、ちょっと生意気なこと言いすぎたか?

 どうする俺?どうしたらいいんですか?師匠?


 師匠はジト目で『自分で何とかして下さい』と突き放してくる。


 騎士や王、王妃が青息吐息で展望室へ駈け込んできた。

 まるで俺が姫を泣かせている図に見えるだろうか。


 だが、それがどうした?

 やるだけのことはやったのだから、あとは野となれ山となれだ……。

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