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異世界転職: 『流者はつらいよ』  作者: 息忌忠心
【王都編】Ⅳ 一花心の流者 と リリベル姫
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なんでもかんでも期待されちゃ つらいよ

 公園に渦巻く緊張をまるで無視した、でたらめな陽気が飛び込んでくる。

 振り返るとアンナが、折れた剣を得意げに天空へかざしていた。

 親父譲りの剣を失ったあと、姿が見えないと思ったらソレ(・・)を盗りに行ってたのかよ。


 アンナは万年樹の石碑の『伝説の剣』を手に、目を輝かせていた。


 いや、本当に輝いているのだ。―― 剣の金色の光を受けて。

 誰もがアンナに一目を置き、息を呑んだ。

 が、油断禁物。

 戦闘中に隙なんか作るもんじゃない。ほれ見たことか、魔者が全身から瘴気を噴出しながら石のつぶてをバラ撒いた。


 ダテに親衛騎士として叙任されていないらしく、自動で跳ね返す者、大盾を繰り出す者など多彩なスキルで各々防御しているが。

 何人かは瘴気の爆撃をかわしきれずに(ひる)んでいる。


 むしろ俺が驚いたのは騎士の底力ではなく、アンナのほうだった。

 半ばで折れた剣が、瘴気の腐食に耐えるどころか、瘴気の流れを裁ち斬っていたのだ。

 騎士たちが驚きのノックバックを受けているのを見るに、スキルでもアンナの力量でもなく、剣の力なのだろうけれど。


 これはイケるかもしれない、と誰もが思っているハズだ。

 ということは……次の展開が容易に想像できる。

 間に合うか……間に合わせるしかない……俺はとっさに『急所隠防の扇ファン・オブ・クリティカルガード』を三枚具象化して、アンナへと駆け寄った。


「ほあぁぁあああ!」

 まったく世話が焼ける異母妹だ。

 予想通りにアンナは間髪入れず魔者へと斬り込んだ。

 イケると踏んだ瞬間が一寸でもあれば一も二もなく飛び出してしまう性格は、ゴブリン戦で把握済みだ。

 だが敵とて当然、ただで斬られるようなヘボではない。魔者は待ち構えていたかのように両腕の先端を鋭くとがらせ、アンナの急所を狙ってくる。

 その為に展開した『急所隠防の扇』だ。

『守りたいという気持ちの強さで性能が上昇する』というパーピリアさんの教えの通り、扇はアンナの急所をがっちりガードしてくれた。

 扇を弾き飛ばされ、指先に痺れが走る。


 アンナの一刀で魔者の片腕にようやくダメージが入った。しかも、刀傷のあたりが苦しそうに暴れて瘴気の力を失っていく。

 もしかしたら、あの剣は『聖属性』が賦与されているのか?

 騎士の一人が「俺に貸せ!」と手を伸ばすが、アンナは耳すら貸さなかった。

 まぁ、アイツのことだ、貸すわけがない。



 いよいよ反撃開始の烽火(のろし)が上がった。

 騎士たちもグロリオサ王子から聖属性らしき加護を受け、得意の職人武具を具象化し直している。


 俺も一枚かんでやろうと武具を出しかけた時。

 目の前を銀色の光の筋が横切った。

 光の軌跡はひらりひらりと弧を描き、魔者から遠ざかるように浮遊した。


 …………蝶だ。


 銀色の蝶が何かを告げるようなサインを描きながら、中央広場へと流れてゆく。

「おい!流者!どこへいく!怖気づいたのかっ!!」

 王子に呼び止められたが、俺は全力で無視した。


「貴様!逃げるのか!」

「裏切者!」

 親衛騎士たちからも罵声の追撃が飛んできたが、かまうものか。

 八方にいい顔をしたり、裁きへの恐怖に足を止めている場合じゃない。

 どこまでも我がままに、自分の願望を叶えるためだけに俺は走りだした。


 誰かの期待と願望に応えるのが英雄(・・)の仕事なのだとしたら、それは俺の道ではない。

 俺は俺の道をゆけばいい。

 この先一生、誰かを恨みながら、後悔しながら生きるのなんて真っぴら御免だ。

 そうだろ?ランキフォウの爺さん?



 鱗粉をこぼしながら銀色の蝶は中央広場を一直線に横切り、新王通りを北上してゆく。

『扇・ブーメラン!』

 群がって来るフェスミーダの群れを薙ぎ払い、蝶を守りながら俺は走るスピードを上げた。アクティブ・スキル全開でも、はやる気持ちに追いつかない。


 魔者の眷属と化した都民をときに踏み越え、ときに飛びかわすとチグリガルド城門が見えてくる。

 『虫の知らせ』と進路の方角から予想はしていたが。


 どうして城に近づくにつれて眷属が増えていく(・・・・・)のか。

 重なり合って逃げるような悲鳴をかき消し、ガルガル・ライオの遠吠えが耳をつんざいた。

 跋扈(ばっこ)しているのは、チグリ大サーカスから逃げた猛獣だった。


 猿型・熊型・蛇型・鳥型など猛獣珍獣のオン・パレード。もちろんこれはサーカスのアトラクションなんかじゃない。

 先ほどの炎魔術師を中心に衛兵たちも奮起はしているが、紫色の瘴気をまとった眷属獣にはそれほど太刀打ちできていない。


 次第に濃くなってゆく瘴気の不快感をかき分け、それでも蝶は進んでゆく。


『猛疾駆』『残像』『ナイフ』

 …………リリベル姫。

『操獣』『虎バサミ』『金縛眼』

 …………リリベル姫。

『カード』『急所隠防』『獣魅了』

 …………リリベル姫!


 持てる限りのスキルを駆使して、俺は銀色の蝶を追った。

 もしかしたら結果的に見殺しになるのかもしれない衛兵たちを、押しのけて走った。

 なりふり構わず。わき目もふらずに。



 いつか修行の成果が実り、一人前になったら告白しよう――

 ――という選択は、自分を偽るための欺瞞でしかなかった。

 告白が受け入れられるはずなんかまるでないのが分かっていて、フラれて傷つくのが怖くて、先延ばしにしていただけのこと。

 成果が実るのなんて何年後だよ???


 ただ、それでも。

 無茶な告白で、今日を耐え忍ぶための夢と希望を失いたくない……そういう自分の弱さも少しは受け入れてもいいような気がしている。

 リリベル姫という希望がなかったら、たぶん俺は、真っ先に悪夢の卵に取り込まれていただろうから。


 それがわかったからこそ。

 絶対にリリベル姫の元へとたどり着きたい。いや、たどり着いてみせる。



 チグリガルド城はあちこちから火の手があがり、まるでかがり火のように王都を照らしていた。

 今まさに持ち上がっていく跳ね橋に跳びつき、しがみつき、中へと転がり込む。

 瘴気の乱気流に煽られた蝶が、迷いながらも正門をくぐった。


「流者よ……」

 誰かの声が聞こえた気がした。

「ここじゃ……タイガよ……」

 ランキフォウの爺さん。どてっ腹に穴を開けられ、虫の息で俺を呼んでいる。

「誰にやられたんですか!?」

「双子の片割れじゃ……」

「姫は?姫はどこですか!?」

 爺さんは腹の出血を押さえた手を上げ、山腹にある展望台を指差した。


 介抱もせずに飛び入ろうとする俺を、爺さんは文字通り引き留めた。

 爺さんは懇願するような、鬼のような、泣き出しそうな目で俺に見つめ、一本の『農具』を握らせてくる。

「流転者よ、頼んだぞ……チグリターレ……」


 俺は後ろ髪を裁ち斬って走り出した。

 せめて清掃士の『魔法の布』で止血だけでもすべきだったのでは?という後悔を打ち消しながら。

 俺は爺さんを助けるために、ここへ来たのではない。

 今さら引き返すわけにも行かない。


 金色の光を帯びた農具で城の木扉を打ちこわしながら、俺は展望台へと続く階段を探した。これじゃ一揆か打ち壊しだ。

 そこにもここにも兵士や騎士が倒れていて走りにくい。


 踊り場では王と王妃らしき女性が、眷属と化した騎士と切り結んでいた。

「タイガよ! 登ってくれ!!」

 チグリガルド王の声に合わせ、王妃が俺に水を浴びせてくる。

 ……癒水如雨露だ。

 治癒+聖+水の組み合わせが、今は素直にありがたい。


 王族だけが歩ける赤い絨毯が、あちらこちらで燃え上がっていた。

 熱い……熱っつつ。火は俺の弱点だ、などと言っている場合じゃない。

『冷水噴爆』でいくらか消すことはできるが、そのぶん熱い蒸気が煙と混ざって視界を塞ぐ。

 それでも火の中、水の中。

 崩れ落ちた廊下は、綱渡りのロープを張って走り抜けた。

 追って来る犬型眷属の群れは、情け容赦なく蹴り落した。



 登れば登るほどに瘴気が濃くなってゆく。

 もうすぐそこ、敵が近い。

 銀色の蝶の羽に火が燃え移り、螺旋を描いて炎へ落ちた。

 すまない……ここまでありがとう。


 登りつめた最後の扉は、開け放たれたままだった。

「姫!!流者タイガ、只今参上しました!」


 積み上げられた騎士たちの呻きのその向こうで――

 紫色に光る妖しい瞳が俺を出迎えた。

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