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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
38/86

34.「なんなら猫に話してみろ」



 ――カランカランカランッ……



「……ごめんください」



 覇気のねえ声に目をやると、入口にずぶ濡れの少年が立っていた。



 青いスラックスに白い聖職胴衣、腰には立派なクレイモア――



「よー、大聖堂の英雄じゃねえか」



 ソファーでぐでっていた俺は、手をヒラヒラ振ってやった。



閉店(クローズ)のところすみません」



 アリオスはどんよりとした緋の瞳でロビーを見回した。



「あの、神官長は……」



 消え入りそうな声だった。



「あん? 美人の神官長ならちょいと外出中だ。どした? なんか用事か?」

「いえ……彼女が居たらバツが悪かったから」

「ほーん?」



 なんだ、彼女目当てじゃねえのか。


 一応、気をつかってレヴィを探しに行った事実を伏せてやったんだが。



「あーい、いらっしゃ――あやや、ずぶ濡れじゃないのよ!?」



 登場したアヤが、客室の方に戻ってタオルを取ってきた。



「すみません、店先汚しちゃって」



 アリオスがタオルを受け取りながら頭を下げる。



「そのままじゃ風邪ひいちゃうよ」

「あ、お構いなく」



 パチリ、とアリオスが指を鳴らした途端、服が新しいものに換装された。


 マジッグバッグに替えの服があったようだ。



「なんでえ、雨に濡れたいお年頃か」

「え、あ、いや……出る頃には止みかけだったし……」

「あーッ!?」



 アヤが突然声を上げた。



「アンタ、大聖堂の英雄、アリオス・ウォークだ!?」



 アヤがビートの重役机の上から、号外を手に取ってアリオスと見比べた。



「銀髪の赤目、うむん! 間違いないわ!」

「……」



 冴えない様子のアリオスが曖昧に笑った。


 顎に手を当てたアヤは、アリオスの周りを回ってジロジロ物色し、



「ほうほう、ふむふむ……」



 ペタペタとアリオスの体を触り始めた。



「え、いや、ちょっと、え……!?」



 胸やら腹やら、挙句尻までまさぐられ、アリオスがアヤから飛び退いた。



「な、なんですか……?」

「むふッ、ちょっと青いけどー、いい男! 英雄に触っちゃった!」



 アヤが灼眼をうっとりさせて笑う。


 初対面の人間にセクハラたァ、ピンクの子虎の異名も伊達じゃない。



「……あん?」



 よく見ると、綺麗めのスカートに赤いリボン、アヤが余所行きの格好をしている。



「なんでえアヤ、これから出るのか?」



 午前中、傷だらけになって戻ってきただけに行き先が気になる。



「あとちょっとしたら工房街にね」

「ビートん所か」

「そうそう」



 工房街なら問題ねえな――



 城南じゃ、子虎もそれなりに顔が利く。


 とりわけ狼の縄張りだってんなら、俺がついて行く必要もない。



「なーんか、銀の取引で揉めてるらしいのよ。魔物騒動が収まっちゃって、銀の値段が暴落しちゃったでしょ? たんまり抱え込んでた城北の商人が、工房街にまで押し寄せてるんだって」

「ほーん」



 今回の騒動で、リディアの市場も大分荒れたらしい。



「さっき紅茶入れたばかりだからちょっとまってて。ウィルくんはホットミルクで良い?」

「今日は気が利くじゃねえか」

「いつもでしょうよー」



 アヤが鼻歌を歌いながら厨房に駆けていった。


 俺はボサッと突っ立ったままのアリオスに顔を向けた。



「なんの用事か知らねえが、ま、適当に座れや」

「あ、はい……」



 アリオスの反応が鈍い。


 魔力が元々濃いだけに、沈んだ気分のアンニュイオーラが超絶にダダ漏れしている。



 雨空よりも湿っぽいでやんの――



 思い当たる事と言えば、月曜未明のケイン・ルースの事件ぐらいだ。



「むしろ俺の方がそのうち挨拶に行こうと思ってたぐらいなんだがな」



 俺は特に気にせずいつもどおりに肩を竦めた。


 萎縮したアリオスが俺の正面のソファーに座る。



「そっちから出向いてくれるたァありがてえ」



 暴走して地下に駆け込んでいたレヴィに当身を食らわせた後、俺は放心状態のアリオスに「監察の御用だ」と言って交渉を持ちかけ、アリオスの従者と言う名目で邸宅を解放してもらった。


 マンフレッドは多少訝しんでたが、アリオスが「親父の知り合いだ」と誤魔化してくれたおかげで、特に何ごとも無く切り抜ける事が出来た。



「あの晩のこと……」



 アリオスがぼそぼそと切り出す。



「あん?」

「出まかせだったんだけど、貴方はホントに親父の知り合いだったんですね」



 アリオスが伺うような目で俺を見た。


 騎士家を束ねる将軍、ランディス・ウォークとは多少面識がある。


 アリオスの口調が改まってるのはそれが理由だろう。



「近衛府直属の、『魔物盗賊改め方』に居たって聞きました」

「もう三〜四年前の話だ」



 俺は手をヒラヒラと振ってやる気のない顔をした。



「魔物盗賊改方って言ったら、王都で一番鉄火場に立つ精鋭じゃないですか。しかも、部隊長やってたなんて……」

「ちょいとした縁でな。俺ァ剣振り回せりゃそれでよかったんだが、なんだかんだで出世しちまってよ」

「剣の腕前都一、魔盗改め七番隊元隊長、ウィル・フォード……」

「よせよせ」



 アリオスが真面目な顔で過去の肩書きを列挙し、俺は苦笑った。



「背中がむず痒くなる」



 かつて騎士団に所属していた頃、俺は団長に剣を腕を買われ衛兵から騎士へと成り上がった。


 貴族なんて高貴な身分な方々との付き合いが増えたが、口八丁で人付き合いをそれなりにこなし、黒い毛並に緑の瞳をして「猫」なんて愛称で呼ばれていた。


 冒険者ってぇいかがわしい出自の俺に気を回した団長が、「剣の腕前都一」なんて称号を当てちまったもんだからさあ大変。


 俺は都中の騎士だ剣士だに決闘を挑まれ、街を歩けば冒険者やらゴロツキやらに狙われる身分になった。


 剣の腕で騎士になりあがった男だ、勝てば自分が代わりになれるとでも思ったんだろう。


 貴族におべっかつかって仕事をこなし、街を歩けば「お手合わせ下さい」、俺は騎士ってえのがほとほと面倒になって団を抜けた。



「でも、精鋭を率いる団長の言葉なら、本当に――」

「都一なんてえのはな、少年。都中の騎士集めて殺し合いでもしねえかぎり答えなんかでねえの」

「……」



 アリオスは膝に手を置いて目を伏せた。



「なんか悩み事か?」

「……」



 視線を落としたアリオスが、眉間に寄せて表情を険しくした。



「マンフレッドさん――レアード卿を問い詰めて、フラガラックの活動の全容を聞きました」

「ほーん?」



 俺はアリオスの乱れに乱れまくった魔力に目をやって、気のない返事を返してやった。



「ケイン神父は、都の為に善意から活動をしていたんですね」



 アリオスの肩が震えている。



「俺は、そんな人の殉職の場に立ち会っただけで、都の治安を回復した英雄だ……」



 緋の瞳が揺れている。



「マンフレッドさんは『担ぎ上げられることを誇りに思いなさい』と言う。胸を張るのが英雄の責務だって」



 濃い魔力が、怒りにもにた感情を表していた。



 流石、議会参議のお貴族サマだぜ――



 どういう腹でそんな言葉を吐いたかは知らねえが、言ってることは間違っちゃいない。


 アリオスにとっても、周りにとっても、悪いようにはならない科白だ。



「俺だって戦は何度か経験した! それなりに場数を踏んできたつもりだ! 英雄だなんだって担がれるのはいい! でも――」



 アリオスがそこで言葉に詰まる。



「でもの先が、出てこねえな」

「……」



 アリオスが黙ったまま顔を伏せる。


 静かになったロビーに、アヤがパタパタと食堂から戻ってきた。



「あーい、お待たせー」



 アヤがアリオスに紅茶を出す。



「あ……どうも」

「はいウィルくんはホットミルク」

「おう、サンキュー」



 配膳をし終わったアヤが俺の隣に座る。



「で、なんの話? もしかして、ボーイズトークとかしっちゃってた?」

「ピン子、ちょいと黙ってな」

「誰のことかしら……」



 アヤが首を捻りながらもしっかり黙る。



「……今回の件は、大聖堂の対応の遅さが事の原因じゃないですか」



 アリオスが絞り出すような声で言った。


 深刻な場の空気を読んでか、アヤも表情が引き締めた。



「なのにどうして都の為に活動をしていたケイン神父が死ななきゃならなかったんですか!?」



 アリオスが吼えた。



「結界の不正接続は罪だ、罪だけど――それでもケイン神父は讃えられるべき人だ!」



 アリオスの声と魔力に圧倒されて、アヤが体を強ばらせる。


 若いとはいえ、アリオスが魔力でしてみせる威圧は相当なもんだ。



「何も知らずにただあの場に呼ばれただけの俺が英雄で、都を真に救った人間が逆賊だなんて……こんなこと、あっていいはずがない!」

「あったんだからしょうがあんめえ」



 俺は顎下を掻いて溜息をついた。



「ケイン神父の手にすがる、妻の姿が忘れられないんです……」



 アリオスが気を萎ませてまた俯いた。


 起伏の激しいこって――



「……それで、俺にどうしろってえの?」



 俺はやる気のない調子で聞いた。



「貴方は、神官長の依頼であの場に居たと言った」

「ああ」



 詳しい話をしなかっただけで、嘘は言っていない。



「ラブリッサの皆さんは、フラガラックの活動の実態は知ってたんですよね?」

「……うん」



 アヤが俺の方を伺いながらおずおずと頷いた。



「騎士の貴方だったら、今回の件をどう思うのか聞いてみたくて」

「頭に元がつくって言ったろ」



 俺は視線を宙に投げ出した。



「ケイン神父は覚悟の上で殉職を選んだ。大聖堂もレアード卿も苦渋の選択だった……それは俺も分かってるつもりです」



 額に手を当てて、アリオスが俯いた。



 大聖堂のお偉いさんが、苦渋かどうかは知らねえがな――



 俺は大聖堂の上層部ってのを見たことがない。


 マンフレッドに関しては、少なくとも簡単に決断した事じゃなかったようだ。


 書斎での苦悩ぶりを、俺のニャ眼が目撃している。



「でも、なんでしょうね……なんて言うんですかね、こういうの。もう俺、何を信じたらいいのか分からなくなってしまって……」

「アリオスくん……」



 アヤが気遣うように呟いて、また俺に目を向ける。


 俺は顎の下を掻いて溜息をつき、



「嫌な事件でしたね」



 そう言ってやった。



「……え?」



 アリオスがポカンとする。



「今回の話を俺から説明するならな――」



 俺は温めのホットミルクをグビリとやってアリオスを見た。



「猪が自分(てめえ)を育てた家のために命張る決意をした、狸がそれを最後まで面倒みてやった、猪が死んで家も狸も大助かり、なんか知らんが居合わせた犬の人気が急上昇――ざっとこんなもんだ」



 アリオスが緋の瞳を揺らし、俺の言葉を解釈しにかかる。



「ええと……狸はレアード卿で、犬が俺?」

「お前さんは犬だろ? 根が真面目で従順だ。猫なんて呼ばれてる俺にゃ、お前さん方の『あれが正しい、これが間違い』ってえ感覚はようわからん」



 俺は頭の後ろで手を組んでソファーに身を沈めた。



「むぅ……確かにレヴィさんと同じで、アリオスくん犬っぽいよね。血統書つきの忠犬よぅ」



 アヤが手をパタつかせて笑う。



「は、はあ……」



 アリオスが頭を掻いて曖昧に笑い返した。


 アヤの見た目で無邪気に言うからこそ許されるが、聞きようによっちゃァすげえ暴言だ。


 先に英雄を犬呼ばわりしたなァ俺だけど。



「誰も泣かずに済むんならそれに越したこたァねえさ。……だが今回はそうならなかった。過ぎた事グダグダ言ったってしょうがあんめえ」

「でも……」



 アリオスがカップを手に取ってまた黙る。



「フラガラックの猪は、教だとか都だとか、冒険者のことまで全部背負って逝った。――んで? たまたまでも立ち会った英雄のお前さんはどうすんの?」

「どうする、って……」

「マンフレッドからケインの話を聞かされて、『じゃあ俺はこれからどうしよう』たァ考えなかったのかよ」

「これから……」



 アリオスが俺の言葉を繰り返し、手にしたカップを見つめる。



「不便だと思うんなら、あの世でいい夢見れるようにしてやりゃァいいだけのこった。猪のやつァなにを望んでいたんだ?」

「あ」



 アリオスがぼんやりと呟いた。



「そっか……」

「嫁の姿が忘れらんねえんなら、嫁が喜ぶようなことしてやったって良いじゃねえか。後釜に座るとかな」

「あとが――はい?」



 緋の瞳がパチクリ瞬いた。



「逆賊の嫁を今度は英雄が娶る、ってなどうよ?」



 俺はニヒルに笑ってやった。



「そ、そんな……! 俺はケイン神父の死でもてはやされてる男で、彼女にとっては仇みたいなもんだし……俺には神官長が――」



 アリオスがおたおたと動揺する。



「あー! やっぱり好きなんだ!? アリオスくんって、やっぱりそうなの!?」



 目を輝かせたピンクの子虎がすかさず食いついた。



「や、やっぱり……!?  いや、あの、違うくて……そういう話じゃなくてですね……」



 顔を赤くしたり、落ち込んでみたりと、アリオスが忙しなく表情を変える。



「例えの話だ、例え」



 俺は手をヒラヒラとさせてアリオスを落ち着かせた。



「経験を振り返るってな大事なこったが、ちったァ生産性のあること考えろっつってんの」

「前向きというか、軽いというか……なんか、凄いなあ」



 アリオスが呆れた様子で頭を掻く。



「人生なんてな、先の見えない一本橋みてえなもんだ。後ろ向きにガッチガチで歩いてどうなるってんだよ」

「落ちるだけ……ですか?」

「当然の理屈だろ? なら前向いて小躍りしながら行け。鼻歌混じりぐらいが丁度いいんだ」

「ウィルくんはホント身軽よねえ。らしいっちゃらしいけど」



 アヤが笑う。



「なんか、ホントに猫と話してるみたいだ……」



 やべえ、こいつも頭がメルヘンだ――



 大聖堂育ちってな、男女問わず頭にお花畑が咲くらしい。



「ウチにいる馬鹿犬を見てみろ。後ろ向きっぱなしで、奈落に転落しっぱなしだぞ」

「アレは後ろ向きよねえ……人生バックダッシュって感じだわ」



 アヤが腕を組んで頷く。



「馬鹿犬って、レヴィさんのこと?」

「ああ。お前さんと同じで、今日は雨に打たれながら出てったぜ。後ろばっか見てるせいで、頭の程度が十代の若者と同じ」



 雨に打たれて浸りたい時ってなァ誰だってある。


 冒険生活が長い俺は、そもそも傘なんて貴族チックなもん持ったことがねえが。



「……」



 アリオスが恥じるように頭を掻いた。


 犬ってやつァ、ほとほと頭を掻くのが好きらしい。



「でも、そっか……これからかどうするか考えろってことか」



 アリオスが少しスッキリとした顔になって頷いた。


 レヴィの馬鹿は何度言って聞かせてもこれが理解出来ない。


 若者ってな素直な吸収力があって良い。



「なんか、ウィルくんが他人にお説教だなんて珍しいわねえ。しかも相手が大聖堂の英雄だなんてね」



 アヤがクスクス笑った。



「どう思うって聞かれたから答えただけだ。アリオス、こりゃ説教でもなんでもねえからな」

「え、あ、うん……」



 アンニュイオーラを散らしつつあるアリオスが、紅茶を飲みがてら頷いた。



「むふーッ! ツンツンしちゃって。素直じゃないんだかァ」

「お前さん、いいからさっさと工房街に行けよ」



 ラ行を滑らせて目尻を下げるアヤに、俺はざっくり返してやった。



「そういえば、レヴィさんお仕事ですか?」



 ふとアリオスが目を上げて訪ねてきた。



「えー、あー……」



 アヤが激しく目を泳がせながら俺の方を向いた。


 ピンクの子虎の評価更新。



 交渉力はある癖に、恋話だとまったく役に立たねえ――



 興味が有りすぎるってのも、困ったもんだ。



「ま、大した用事じゃねえがな」



 俺は小首を傾げて聞いた。



「あいつにも何か用か?」



 言及されたくないことは、質問で潰すのが一番だ。



「……ちょっと、妙な噂を耳にしたもんだから」

「妙な噂?」



 アヤが首を傾げる。



「大聖堂学び舎七不思議の一つ、開かずの間……」

「「は?」」



 俺とアヤの声が重なった。


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