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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
37/86

33.「パラダイムシフト」



「アヤに、貴方がふらりと居なくなった聞いたのよ」

「別に逃げやしない。ちょっと散歩に出るぐらいはいいだろ? それとも、トイレ行くまで逐一報告書を上げようか?」

「……随分機嫌が悪いのね」



 彼女は距離を開けて、俺の座るベンチの端に座った。


 フラガラックが壊滅し、俺の立場は報告書を一度も上げていない巡礼神官に戻った。


 監察の情報漏洩も、逃げ出した事も、「全ては潜入捜査のだめだった」というのが、神官長である彼女の取りなしだ。


 事前も事後も、俺はただの破戒僧である。



「「……」」



 彼女は何も言わず、俺も何も言わなかった。


 頭の中を酷く赤黒い感情が渦巻いている。


 言葉では到底表現しきれない。



 それはドロドロとしていて腸を煮えくり返らせる――

 それはゴロゴロとしていて胸を内側から傷つける――



 俺の足は、せめて誰も居ないところに、苛立たない場所にと、ここを選んだらしい。


 その証拠に、このドロドロゴロゴロしたものが、隣に座る神官長に向きつつある。


 何をしたわけでもない、何一つ落ち度のない振る舞いを見せる彼女が、憎くて憎くてしょうがないのだ。



「神官長殿」

「なに?」

「公園は破戒僧だろうが神官長だろうが出入り自由だ。居なくなれとは言いません、ただ――出来ることならベンチを変えて貰えませんか」



 俺は極めて慇懃にそう言った。



「……」



 彼女は無言で立ち上がり、俺の後ろを回って隣のベンチの端に座った。


 一緒のベンチに座っていた時よりも距離が近い。



「これでいい?」

「〜〜〜〜ッ」



 俺は苛立たしげに右手で濡れ髪をかきむしった。



「戻る、商館には今日中に戻る――これで満足か?」

「満足も何も、それは当然のことではなくて?」



 彼女はただ真っ直ぐに、高台の公園から見える都の夜景に目を向けていた。



「……分かった、分かったよ分かりました。戻ればいいんだろう? 今すぐラブリッサの商館に戻ります」

「そう、良かった」



 立ち上がった俺に対し、彼女は一向に動こうとしなかった。



「……行かないのか?」

「私が、貴方を連れ戻しに来たとでも?」



 僅かに振り返って、彼女はそう言った。



 突ける矛盾はいくらでもある――



 いくらでも言葉が沸いて出た。


 しかし、そのどれもが憎まれ口の形となって、そのどれもが罵倒の形になって、口にすれば余計惨めな結果となることが想像に難くない。



「――ッ!」



 俺は公園を後にしようと踵を返し、彼女に何か吐きかけてやろうとまた振り向き、「行く行かない」の狭間をウロウロとした。


 頭を掻いて濡れ髪をぐちゃぐちゃにしておいて、俺は結局、またベンチに座る事にした。



「忙しない。貴方は本当に犬のようね」



 鈴鳴の声がする暴言に、目眩すら覚える感情のうねりが体を満たし、目の前がチカチカした。



 これ(・・)は他人を傷つける。


 他人の傷ついた様子に自分が傷つく。


 だからさらに他人を傷つけて、そんな自分にまた傷ついてしまう。



 傷つけて、傷つく――



 その繰り返しだ。



 上等だ馬鹿野郎――!



 傷つけたいし傷つきたい。


 そういう気分であることに気づいた。



「〜〜〜〜ッ! 」



 気づいたはいいが、膨れ上がりすぎた感情が胸につっかえて言葉が出ない。


 言い表す単語が見当たらない。



「撃てば?」



 鈴鳴りの声が、冷ややかにそう言った。



 ――ブチリッ



 こめかみ辺で音が鳴った。


 俺はコインを呼び出し、ありったけの魔力を溜めた。



 ――キィィィィィ……



 青白い光の仄ゆれる右手を、彼女に向ける。



「……どうしたの?」



 全身全霊の銀の弾丸(シルバー・ブリット)を前に、彼女は平然と夜景を見続けていた。



「言葉じゃ収まらないのでしょう? だから手を上げるのではなくて?」



 子供の事だ――



「くそああああッ――!」



 俺は彼女が目を向ける街の方に向き直り、空に向かって銀の弾丸(シルバー・ブリット)を撃った。



 ――ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ! 



 射程の伸びた魔法銀(ミスリル)の弾丸が、リディアを覆う結界にまで届きバチリと小さな閃光を放った。


 全力で撃ったところで大結界はビクともしない。


 例え解体しかけでも、揺るがす事など俺には出来ない。



 ――ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ! 



「……ッ!」


 立て続けに六発打って、俺は右手の魔力を散らした。


 少し気が晴れたような気はするが、同時に馬鹿らしくなってまた苛立ちが溜まる。


 負の連鎖というやつだ。


 俺はどっかりとベンチに腰を下ろして頭をかきむしった。



 なにやってんだ俺――



「どうすれば、おさまるのかしらね」



 彼女は夜景眺めながら、静かにそう言った。



「どうすれば、貴方のそれ(・・)をおさめてあげられるのかしら」

「はッ! 大聖堂監察の神官長様が、破戒僧に貞操でも捧げるか!」



 短く笑って吐き捨てた俺に、彼女はチラリを目を流して来た。



「私がその要求を飲んだとして、それで貴方は救われるの?」



 救われない――



 怒りに委ねて拳を振るい、本能に任せて乱暴をして、感情に任せて言葉を吐いて、そんな自分にいつも思う、



 今日も救われませんね――



 俺は両手で顔を押さえて、ベンチの上でうずくまった。



「くそがッ――」



 ――十年は若返った、ありがとよ兄弟



 直接聞いたわけでもないのに、頭の中でケインがすきっ歯を見せて満面の笑顔で言うのだ。



 ――どうしようもないうちの馬鹿が奸賊なら、どうしようもないあたしは奸賊の嫁役だ



 どこか諦めたような微笑みで、アイリアが言うのだ。



「なんで……なんでだ!」



 頭の中の思考のコインが一向に飛ぼうとしない。


 ただひたすら、ノーが頭を埋め尽くす。



「ふざけんな畜生が――ッ!」



 白じんでいく視界の中で、俺は歯を食いしばった。


 遠のく意識を保つ為に、赤黒い感情を燃やし続けた。



「俺は口先ばかりで、いつも逃げてばかりだ! 何かの度に逃げまわるッ!」



 俺は、ただひたすら逃げ回っていたただけだった。


 逃げ回った先で、修行時代の友人に会った。


 友人は苦境にありながら妻を娶っていて、


 妻と友人は互いに想い合っていた。


 俺は是が非でも救いたかった。


 幸せになって欲しかった。



 でも全部、遅かった――



 俺は大事な局面で、意識を失っていた。


 自分の歪さに驚いて、ひたすら逃げていた。


 現実から目を逸らし、夢の中に逃げ込んでいた。



「何をしているんだ俺はッ! 何をしてきたんだ俺はッ!」



 ただ無力だった――



「気が付けばここ(・・)だ! 俺はいつだってここに居るッ! いつもこの場所にたどり着いて、いつもコイツ(・・・)と向き合っているッ! なぜ、どうして――ッ!」



 押さえた目から涙が溢れ出る。


 人のために泣いているのか、自分の為に泣いているのかさえ分からない。



 わからない――



「……」



 彼女は何も言わなかった。


 別に彼女に何かを言って欲しいわけではないし、彼女に聞かせたいわけでもない。



 ――辛いことは誰でも辛い



 みんな我慢をしているのだと、誰も彼もが口にする。



 ならば、起こっても居ないことを鮮明に頭に思い浮かべられる俺は――


 見ても居ない事を見たかのように映像をフラッシュバックしてしまう俺は――


 現実と虚構の区別のつかない俺は――


 胸が詰まって息が出来なくなるほどに、頭が焼き切れるほど、意識が遠のくほど、記憶と夢に苛まれる、過敏な感覚をもった俺は――


 歪な魔力中枢を抱えた俺は――



 こんな時でさえ、俺は「俺」のことばかりだ。



 俺がおかしいのか――!?



「ぐ、ぅ、ぅ……ッ!」

「声上げたら? どうせみっともないのだし」



 彼女がぼそりとそう言った。



「ぐ――ふ、ふふッ」



 俺は泣きながらも、思わず笑ってしまった。


 彼女が投げかけたたった一言に、気分が脱線してしまう。



「ふ、ふッ……! 君が、俺の立場なら――わんわん、泣き散らすのか? そんな風に、したいのか……?」

「それはやだなー」



 独り言の様に、彼女が言う。



「――だろう?」



 俺はケインの口真似をして、鼻をすすり上げた。


 裏返しを食らった感情が、あっさり涙を止めてしまう。


 大暴走の瞬間に、彼女が棒を放り投げ、犬は見事に気を取られた。



「……はぁーあ」



 右手で濡れ髪をかき揚げ、俺は溜息をついた。


 いつの間にか、雨も止んでいる。



「とってもみっともなかった」



 彼女が傘を畳んで水を切った。



「今に始まったことでもない」



 俺は鼻で笑った。


 感情が一気に膨れ上がって、爆発して泣く。


 泣いている最中になにか別の事を見つけると、次の瞬間全てを忘れてしまう。


 一瞬しか魔力を発揮しない魔力中枢が、感情をも一瞬で推移させてしまう。



 全ては一瞬の出来事だ――



 心を動かさない様に、人に間違っていると言われないように、犬のように愛想を撒いて、犬のように生きている。


 こんな自分であることを、悟られないよう生きている。



「ケインの妻女……」



 傘を懐にしまいながら、彼女がポツリと口にした。



「うん?」

「アイリアは極刑を免れたそうよ」

「……そうか」

「レアード卿が、アイリアの罪の減刑を嘆願したの」

「自分ででっち上げておいてよくやる。制度実現へのパフォーマンスか」

「そうかもね」



 彼女は静かに相槌を打った。



「たとえそうだったとしても、彼女が助かったと言う事実は喜ぶべきことではなくて?」

「夫と死に別れた妻だぞ?」

「ケインが彼女の死を望むの?」

「……」



 にべもない彼女の物言いに、俺は黙った。


 死にゆく猪が望んでいたのは、残された兎の幸せだった事だろう。



「君は、強いんだな」

「貴方が弱いだけではなくて?」

「……キツいなあ」



 人が我慢してると言うこれ(・・)を、堪えきれない俺は弱い。


 魔力も感情も安定した彼女の様子に、俺は苦笑って煙草を探った。



 そう言えば無かったんだっけ――



 思った矢先に、にゅっと隣から手が伸びた。



「え?」



 彼女が正面を向いたまま煙草を差し出してくれている。



「……吸うの?」

「私を誰だと思っているの?」



 俺は訝しみながら彼女の差し出す煙草を受け取った。


 さらににゅっと携帯灰皿が差し出される。



「用意のよろしいことで」

「一応ここは禁煙だからね」

「いいのか?」

「良くない」



 戒律の番人がハッキリと断じる。



「――けど、一本ぐらいなら、バレないんじゃないかな」



 前を向いたまま、彼女は独り言のように言った。


 俺は煙草に火を付けて、ゆっくりと紫煙を吐き出した。



「……生まれついた魂は、生まれついた俺というのは、どうしようもないもんで」



 俺は煙草を咥えながら独り言を言った。



「貴方は自分の話ばかりするのね」



 彼女が静かに言った。



「私だって上手く出来てない。良かれと思ったことが裏目裏目に出てばかりいる。その度に出来る限りの改善をして――それでも上手く事は運ばない」

「何処かで、聞いたような科白だな」



 俺はくわえ煙草に笑った。



「上手く行かないのは、俺が邪魔ばかりしているからだろ?」


「「自分の話ばかりするな」」



 彼女がピシャリと言うのに合わせて、俺は言葉を被せた。



「……」



 彼女が黙る。



「レヴィ、私が言いたいのは『こんなに大変なの』じゃない。『貴方だけではない』ということ」



 そう口にしたのは俺だ。


 平素安定する彼女の魔力が、珍しく大きく揺らいだ。



「『俺だけじゃない……?』 と、つぶやいたら、君はなんて答えるだろうな?」



 俺は一人で話を進めた。


 彼女が瞳を揺らしながら口を開く。



「上手く行っていないのは貴方だけではない――」

「『皆が皆、生という苦しみの中、試行錯誤で前に進んでいる。暗中模索で歩いている。それが人の生というものよ』」

「貴方……」



 才色兼備の神官長が目を剥く様は、胸をくすぐられるものがあった。



「サフィアから、俺が抱えている問題とやらを聞いたんだろ」

「……ええ」



 静かに答える彼女に、俺は手を差し出した。



「何?」



 彼女が問う。



「俺に、煙草以外に渡すものがあるんじゃないのか?」

「……」



 彼女が無言で取り出したのは、俺が商館を飛び出すときに残して行った書き置きだ。



「大聖堂監察の神官長として命じます」

「了解」



 紙を受け取って、懐にしまう。



「まだ前置きだけよ」

「捨てないよ。それが逃げる犬の、逃げない第一歩だと言うのだろ」

「……」



 彼女が拳を口持ちに構えて、目を伏せた。


 高速で思案するときの彼女の癖である。



「『し』が抜けてて恥ずかしかったわ」

「子供みたいだろ? 『しぬき』だなんて。誓って言うが、わざとじゃない。ただの脱字なんだ」

「……」



 やはり彼女は黙った。



「ふッ――くくくッ……!」



 俺は身を揺すって笑った。



「何がおかしいの?」

「多分俺がおかしい(・・・・)んだ。はははははッ!」



 髪をかき揚げて、俺は大いに笑った。



「レヴィ」



 袖を引くような口調で、彼女が俺の名を呼んだ。



「……はぁーあ」



 俺は笑いを納めて彼女に目を向けた。



「現実と夢の区別が付かない俺の世界の中で、君だけは唯一、間違いではないんだな」

「どういうこと?」

「さあ? 俺にもそれがわからない」



 俺は煙草の灰を落として、彼女の方に顔を向けた。



「君はどうしてそう俺を追う」

「え?」



 投げかた質問に、彼女が間の抜けた声を上げた。



「君はどうして俺の前に現れる。俺には君が光の女神に思えてならない。一目見た時からそうだった」



 考えるより先に、言葉が口をついて出た。



「口説いているの?」

「いいや」



 俺は笑って首を振った。


 口説いているつもりなど毛頭ない。



「俺にとって教の掲げる女神というのは、慈悲の聖母でもあり、怒れる戦女神でもある畏れ多い存在だ。口説き文句で口になどしない」

「破戒僧のくせに……」



 独り言のように、彼女がつっけんどんな物言いをした。



 ――なにが女神だ馬鹿馬鹿しい



 ふと、そんな風に毒づいたアイリアの姿が思い浮かんだ。



「大聖堂監察の神官長だと知って、その想いは強まった。これは俺の不道徳が世に現した、怒りの戦女神だろうと」

「随分と主観的な物の見方をするのね」



 彼女が薄く溜息をつく。



「でも安心したわ。貴方の中に光の女神を畏れる心があるようで」

「ふむ……」



 俺は右手にコインを呼び出して、親指で弾いた。


 銀のコインがキラキラと光を反射しながら宙に躍り上がる。



「俺はいつでもコインを弾く。いつでも女神のご機嫌伺いだ。いつでも彼女を畏れ、彼女に許しを乞うている」

「信仰は失っていないのね」



 コインキャッチ――



「信仰心の本質は、救いを求める弱い心だろうからな」



 俺は「にへっ」と口を緩めた。



「人の心は弱いものよ」

「無意識に逃げ出す俺は、脆弱も良いところだ」



 俺は感覚過敏にして魔的要素に打たれ弱い。


 そんな自分を守るための過剰な防衛本能が、意識はおろか無意識までもがストレスを回避しようとしてしまう。



 本能がする逃げ――



「レヴィ」



 彼女は真っ直ぐに俺を見た。



「人は救いを求めて止まない。それは生きようとする欲求、生を保とうとする本能……自らの命の希なるを望む心」

「……」


 俺は彼女の言葉と共に、鎮守の森の湖畔のような深いサファイアブルーの瞳を、前髪のフィルター無しで見つめた。



「弱さとは、人の命の一部――」



 見つめてしまった――



「弱い心と人の希望は表裏一体。信仰心は人の命の根幹から来る。良しきも悪しきもそれぞれの世にあって、人を導く聖職者たらんとするのであれば、常に己を戒めなさい。常に自分を律しなさい」



 彼女は静かに柔らかく、諭すように言葉を続けた。



「私たち僧侶が学んだ光の女神の教えは、そういうものだったはずでしょう?」

「……」



 俺の中に居座って、頭と胸を苦しめていた「赤黒い何か」がぐるりと反転した。


 手が震え、膝が震え、湧き上がるものに一瞬呼吸を忘れる。



 俺の人生には目的と呼べるものが何一つ存在しない――



 目的もなく、熱中できるものがないと、のんべんだらりと毎日を繰り返し、行き詰って全てを放り出す。放り出して辿りついた先で行き詰まり、遂に全てを諦める。



 生きる事さえも――



 それでも消せないモノがある。


 確かに消えないモノがある。



 指を弾くに満たない一刹那、ほんの瞬きの俺でいい――



「君は、どうしてそう、俺を追う……?」



 俺はしどろもどろになりながら聞いた。



「え?」



 彼女が首を傾げる。



「君はどうしてそう、俺の前に現れようとする? 俺には君が光の女神に思えてならない。一目見た時からそうだった」

「……口説いているの?」

「ああ」



 夜の公園を、静寂が満たした。


 好きか嫌いかで行けば、俺はずっと彼女が好きだった。


 彼女と出会った瞬間に生まれた恋は、ずっと消えずに俺の中にあった。



 恋と言うのは好意と恐れ、欲が支点のシーソーゲーム、不安定な心が生む心の状態異常――



 容易に飲み下すことのできなかった恐れを、遂に好意が上回った。



「監察神官だと知っていても、長だと聞いてもこの想いは消えなかった。これは俺の求める心が世に現した、慈悲の聖母なのだろうと」

「随分と主観的な物の見方をするのね」



 そう言って、彼女は視線を逸した。



「私に……女神を求められても困る」



 ――光の女神に妬くなよ。俺の女神はお前なんだ



 ふと、からかうように笑うケインの姿が思い浮かんだ。



「これは失礼」



 煙草をもみ消して、携帯灰皿の蓋を閉める。



「俺が求めているのは君だ。光の女神は関係がない」



 ――ジャリッ、



 と、彼女の足元の土が鳴った。



「なんでだろう」



 俺は思わず吹き出した。



「そういえば俺は、君の名を知らない。知らないままに、どうしてこんなに好きになった?」

「……」



 彼女は無言だった。


 綺麗に整えられた眉が厳しく顰められている。


 青い瞳は冷ややかで、小刻みに揺れていた。


 出力の安定する水を張ったような魔力の方は激しく振れ続けている。



「すぐに答えは貰えない、か……」



 俺は溜息をついて頭を掻いた。



「私は貴方の言葉を信じない」



 彼女の腰が、僅かにベンチから浮いた。



「私は神官長……貴方は破戒僧なのよ」

「それでも身分に貴賎はないと、俺たちは教えられている――」



 俺もベンチから腰を浮かせる。



「――はずだ!」


 立ち上がって逃げようとする彼女の両腕を捕まえて、俺はそのまま唇を押し付けた。


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