幕間 「鍵」
暗い部室の中で、一人僕はコインを弾き続けていた。
これが答えだと、納得の行く方式が浮かばない。
計算しても計算しても、答えが出ない。
どうしてもたどり着けない。
辿りつけない――
「なぜ……ッ!」
何を口にしても、おかしいと言われてしまう。
どんな風にしても、お前は変だと言われてしまう。
「僕がおかしいのは分かっているッ!」
だからこうして一生懸命考えているんじゃないか――
今まではこうじゃなかった。これまでは違った。
人に何か言われても、「知ったことか」とはねのける力があった。
言ってろ言ってろ、今に見てろ――そんな力が僕にはあった。
だから自分を保ってこれた。だから世界の中に居られた。
「なんで……なんで……ッ!」
僕は今、自分の存在が間違ったものだと考えている。
言われ続けてきたこと、巡り合った嫌な場面、フラッシュバックする記憶を跳ね返す力がない。
僕は絶対に間違っている――
「なぜ……!?」
世界が僕を否定する。
世界が僕を拒んでいる。
「馬鹿な事を……ッ!」
世界はただそこ在るだけ。
矮小な有機物の塊を特別に扱って否定することなどあろうはずがない。
なら世界を否定しているのは僕か?
世界を拒んでいるのは僕か?
「なぜ――ッ!」
僕以外の全ての人間が、みんな幸せと共に消えればいい。
誰も彼もが満足の行く世界に言ってしまえばいい。
全ての物が消えて無くなってしまえばいい。
全部全部、無くなってしまえばいい。
「なんでだ!? 違う――!」
こんな考え間違っている。
他人を害する事を、世界を侵すことを望んでいいはずがない。
僕は絶対に間違っている――
「そうだ、僕は間違っている……でもなぜ!? 違う、絶対なんて存在しない! 違う、違うッ!」
否定を否定しても否定が否定する。
頭の中がノーで埋め尽くされていく。
否定の反対は肯定、否定を否定する否定じゃない。
考えても考えても、イエスと言えるものが思い浮かばない。
記憶の中に存在しない。
「どうして、なんでだよ――ッ!?」
誰になにを言われても、例え世界の全てを敵に回しても、口の端を持ち上げる不遜な心、毒舌をはばからない傲慢な思考、僕の中にはそれがあった。
誰にも破壊することの出来ない、絶対のイエスが存在したはずなのに――
「だから絶対などないッ! でも、じゃあ、僕のイエスは!? 僕のイエスが見つからないッ!」
答えが出ない。
答えに辿り着かない。
頭に浮かぶものを否定して、否定を否定する繰り返し。
記憶に、知識に、ノーのレッテルが貼られていく。
やがて意識すら遠のき始め、否定が本能にまで回り始めた。
「ふざけるなッ!」
僕は机に頭を打ち付けた。
額を裂傷する痛みに、遠のく意識を何とか繋ぐ。
白じんだ視界が色を取り戻す。
それでもやはり、頭の中にはノーが広がり続けていった。
「ふざける……な……ッ!」
全ててがノーであるというこの状況の本質はなんだ?
否定しか存在しない今の僕とはなんだ?
「僕の全てが間違っていると言う事はない……術式に例えるなら、どこかに狂いが生じているのだ……どこかが間違っているのだ……」
間違いがない様に、僕は僕を組み立てきたはずだ。
全てが間違いであるはずがない。
本当か? 本当にそうか――?
「……否定に呑まれるな!」
血の滴る額をそのままに髪をかきあげる。
「堂々廻りと言うことは、思考がどこかで偏っていると言うこと」
暗い部室、閉ざした扉を睨みつけて、僕は必死に考えを巡らせた。
「思考が偏っていると言うことは、何かが足りないからバランスが取れていないと言うこと……僕は何かを失ってしまった状態か!?」
かつてこうではなかったものが、今こうなった。
その原因はなんだった――?
「う、ぐ、うぅ……ッ!」
頭の中を酷く赤黒い感情が渦巻き始める。
それはドロドロとしていて腸を煮えくり返らせる――
それはゴロゴロとしていて胸を内側から傷つける――
「お前だ……! お前なんだ! お前が余計で、お前が間違っているんだよッ!」
言葉では表しきれないものに、僕は頭を抱えて吐き捨てた。
例え何があろうとも、世界を否定していい筈がない。
どんな辛いことがあったとしても、彼女が居るこの世界を否定したくない。
彼女を――
「僕は、絶対に間違っている――ッ!」
ノーがなぜノーなのか、それが問題だ。




