後日談 千年後の衝撃
その異変は、ある朝だった。
ヴィーラは目覚めた瞬間、違和感を覚えた。
重い。
体が、妙に重い。
翼を出そうとした。
出ない。
いや、出る。
だがなんだか形が安定しない。
眉をひそめた。
『……シャルル』
「んー……」
『起きなさい』
「もうちょい優しく――」
『起きなさい』
低い。
シャルルは即座に起きた。
ヴィーラは既に竜の姿だった。
完全な深紫の竜。
巣の奥で、巨大な体を丸めている。
そして。
人型に戻れない。
「……どうした?」
シャルルが近づく。
ヴィーラの尾が不機嫌に揺れる。
『戻れない』
「何に?」
『人型に』
沈黙。
――そういえば。
昔、母が言っていた。
卵を抱えた雌竜は、人の姿を保てなくなると。
命を守るために、竜の器へ固定される。
鱗は厚くなり、翼は重くなる。
卵を優先する体になる。
それは弱体ではない。
母竜になる兆しだと。
あの時は自分にとって遠い話だと思っていた。
それがまさか、自分の身に起きるとは。
シャルルは、ゆっくり瞬きをした。
「……え?」
ヴィーラはつい叫んでしまった。
『だって番になって千年よ!』
谷が震える。
妖精たちが木の陰に隠れる。
『卵なんてできないものだと思ってたのに今更孕むだなんて!!』
岩肌にひびが入る。
シャルルはぽかんとする。
「……孕」
『言わせないで!!』
翼がばさりと広がる。
でも飛ばない。
重いからだ。
シャルルはゆっくりと理解する。
理解して。
顔が真っ赤になる。
「……あの」
『何よ』
「それは」
『何』
「めでたいのでは」
ヴィーラが睨む。
竜の金の瞳で。
『番になって千年よ』
「うん」
『千年経ってから卵ができるなんて聞いてない』
「聞いてないって誰に」
『お母様に』
「予測できるものじゃないんだからそれはそうだろ」
ヴィーラは牙を鳴らす。
『あなた、平然としているけれど』
「いや全然平然じゃない」
シャルルは両手を挙げる。
「俺、今頭真っ白」
『そう見えないわ』
「固まってるだけだ」
しばらく沈黙。
泉の水音だけが響く。
ヴィーラは、巨大な体を少し丸める。
『……巣、広げなきゃ』
「そうだな」
『妖精の結界も強化しないと』
「そうだな」
『あとあなた、もっと肉食べなさい』
「俺?」
『父親でしょう』
シャルルがゆっくり笑う。
震えながら。
「……父親、か」
その言葉が空気に落ちる。
ヴィーラは一瞬だけ目を伏せる。
千年前、処刑台で死んだ女は、子を持つ未来など想像できなかった。
千年前、復讐で世界を焼こうとした竜は、巣を広げる未来など想像できなかった。
でも今。
腹の奥に、確かに命の気配がある。
『……壊さないわよ』
ぽつりと。
「何を?」
『この子を』
シャルルは近づく。
竜の額にそっと触れる。
『今度こそ守るのよ』
真名で繋がった魂が、静かに共鳴する。
妖精が一匹、そっと近づき、ヴィーラの頭に小さな花冠を乗せた。
ヴィーラはそれを振り払わない。
面倒で。
予想外で。
それでも。
胸の奥は、あの復讐の炎とは違う熱で満たされていた。
千年越しの命。
竜は、ようやく本当の巣を作る。
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