第22話
街外れの舗装もされていない小道を抜けた先に、半分崩れかけた石垣に囲まれた広場がある。かつては住民の集まりにでも使われていたのかもしれないが、今では草がまばらに生い茂り、ところどころ地面が露出していた。しかし、そんな荒れ果てた場所でも、魔法の演習には十分だった。
木切れと古布で即席の標的を作り、簡易な訓練場所が整ったところで、それぞれが静かに立ち位置につく。
一番に動き出したのはラミシーだった。彼女は迷いのない足取りで標的の案山子の前に立ち、片手をゆっくりと掲げる。
その背後で、私は無言で見守っていた。――今日が彼女の、初めての回復魔法の実技演習。緊張がその細い肩越しにはっきりと伝わってきた。
「……えっと。で、では……行きます……!」
ラミシーは細い腕を前へ伸ばすと、すぅ、と深呼吸をした。
「【回復魔法】……!」
彼女の手元から放たれる淡い光が、案山子の胸元あたりへゆっくりと浸透していく。光はほんのりと揺らめきながら案山子全体を包み込み、やがて、すうっと吸い込まれるように消えていった。
「――うん、いい感じね。動きも滑らかになってきたわね」
案山子の隣にいたシドファが、魔力反応を確認するように杖をかざし、何度か短い呪文を唱えた。
「正確性と速さはA。効率性はB、安定性A、負担は……B+ってとこスかね。全体的にいい感じッスよ」
「ふむふむ、ざっと見て78点、ってところかしらね。いいじゃないの、ラミシー! 始めたばかりなのに、ずいぶん上手くなったじゃない!」
「……あ、ありがとうございます……! ふふ……ちょっとホッとしました……」
「やっぱりあなた、ヒーラーの才能あるわよ。元々、状態異常回復はピカイチだけど、他の回復魔法まで基礎ができるの早いわね」
ラミシーは顔を赤らめながらも、まんざらでもなさそうに小さく笑う。私もつい、うんうんと頷いてしまう。これならプリーストの認証試験も十分狙える……なんてことを考えていると。
「はいはーい! じゃあっ、次、いっきまーす☆」
横合いから元気な声が響いた。プラチナブロンドの髪を片側で軽く束ねた少女が勢いよく手を挙げ、まるで跳ねるように案山子の前へ歩み出る。その瞳は好奇心に満ちあふれている。
「【回復魔法】っ!」
少女の手元にも回復魔法の光が宿り、案山子にスッと浸透していった。ラミシーより荒い印象だが、ちゃんと形になっているのは確かだ。
「判定するッス。正確性と速さB、効率性B、安定性はC、負担Cッスね」
シドファが淡々とした口調で告げる。
私は顎に手を添えて考えるように口を開いた。
「うーん……そうね。50点。あとちょっとでギリギリ及第点、ってとこかしら」
「えっ!? そんなぁー! それってぇ、もしかしてのもしかしてぇ……」
彼女は難しい顔で宙を見つめ、腕を組んでしばらく黙りこむ。
「――つまり、伸びしろしかない……ってこと!? しゃー! やる気出てきた!」
少女は大げさに胸をそらして喜んでいる。その見事なポジティブシンキングに、私は呆れ半分、感心半分で肩をすくめる。
「物は言いようね……まあ、認証試験を受けるなら、まずはノービスプリーストの段階から始めるべきかもね」
「えー! いいじゃんいいじゃん! 初心者マークってかわいいしっ♪」
全くめげずにプラスに捉えるその少女の勢いに、私は「やれやれ」と言わんばかりに頭をかく。
――と、ちょうど切りもいいので、全員をひとまず手招きして集めた。
「はい、それじゃあここまでの成果は上々、ってことで。もし認証試験に合格すれば、みんな正式にヒーラーとして活動できるようになるわね。でも……」
私は思わず額に手を当て、遠くの森を見つめる。
「……改めて考えると、どうかしてるわよね。ヒーラーだけでパーティを組むなんて」
私の言葉に、シドファは楽しそうに頷いた。
「でも、そういうパーティが一つくらいあっても面白いと思うッスよ?」
シドファがほがらかに笑う。続けて、少女がやたらとノリノリの声を張り上げた。
「だよねーっ! この世界にはみんな、癒しが足りてないと思いまーす☆ だから、ヒーラーだけでもいーじゃん♪」
「はいはい……まあ、なってしまったものは仕方ないわ。リーダーとして、どうにかこの先の方針は考えておくわね」
そう口にしながらも、私はふと視線を落とす。
そして、神妙な面持ちで、改めて口を開いた。
「……それで。あなたたちに話しておかないといけないことがあるの」
私は軽く頭を振って気持ちを切り替えたところで、みんなの顔をざっと見渡した。
彼女たちは首をかしげ、きょとんとした表情でこちらを見つめる。
「実は昨日……ギルドから通達があったの。今、上位階級の冒険者が、深刻に不足しているらしいわ」
「……え? 上位階級って……あの、ですか? でも、ミレミさんもシドファさんも、プリースト最上位の階級――"エンライトプリースト"でしたよね?」
ラミシーが戸惑いがちに問い返す。
「そうよ。だからこそ、なの。つまり、うちはヒーラーしかいないっていうとんでもない構成なのに、パーティに最上位階級の冒険者が二人もいるってことになってしまうの」
「うーん? それの何が問題あるッスか?」
シドファが素朴な疑問を口にする。
「……本来、私たち冒険者には、どんなクエストを受けるかを自分で選ぶ自由があるわ。でもね、"例外"もあるのよ。例えば、魔王のような世界全体に関わる脅威があった時……とかね。そういう場合には、"連合指令"っていう特別法が発動して、各国が冒険者ギルドを通じて、対象の冒険者を強制的に動員することができるの」
「……強制的……ッ!? で、でも、それって非常事態だけ、なんですよね……?」
「ええ、本来はね。……だけど、今回はちょっと事情が違うの。上位階級の冒険者が不足してるのを理由に、その法の抜け道みたいな形で、ギルドが私たちのパーティを"緊急時優先派遣対象"に指定する……そんなきな臭い動きがあるのよ」
「えっ、それってつまり……」
ラミシーの顔から血の気が引く。
「そう。つまり、うちみたいに階級だけは高いパーティが、前線に強制的に送り込まれる可能性があるってこと。……もちろん、ギルドには抗議するつもりよ。私たちのようなパーティを前線に出すなんて、ナンセンスだもの」
私は唇をかみしめながら、静かに拳を握る。本当なら、そんな事態にこの子たちを巻き込みたくない。けれど、自分にはそれを完全に止める力がない――その事実が、今は何よりも悔しかった。
「――でも、どれだけ抗議しても止められないかもしれない。だからこそ……あなたたち自身の意思で決めてほしいの。残って共に進むのか。それとも、ここで身を引くのかを――」
「残るに決まってるッスよ!」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、シドファが即答した。その表情は迷いひとつなく、胸を張って堂々としている。
「そもそも、あたしからミレミさんを誘ってるッスからね! 身を引く理由なんてないッスねえ?」
彼女はいつも通りの軽い口調でそう返すと、にやりと笑って私の顔を覗き込む。うん、シドファならそう言うだろうと思ってた。
「……私も、残ります」
次に答えたのはラミシー。
「確かに……正直言って怖いです。そんな危険なクエスト、私には荷が重すぎるかもって思います。けど……やっと見つけたんです、私にも役に立てる場所があるかもって……。だから、もちろん残ります……!」
彼女はぎゅっと胸元に手を置く。
すると、すかさず少女がその横からひょいっと頭を突き出してきた。
「うんうん! みんなの力を合わせれば、ぜーったい大丈夫っ♪ それが仲間ってやつでしょっ☆」
「そうッスよね!」
シドファが嬉しそうな声で肯定する。ラミシーも照れたように「ふふ……」と笑っている。彼女たちの気持ちがひとつにまとまっているのが、見ていてはっきりと伝わってきた。
私は胸の奥にこみ上げる熱を感じながら、全員の顔を見渡した。
「――みんな、ありがとう。あなたたちの想いは絶対に無駄にしないわ。よし、それじゃあ、これからも一緒に頑張っていきましょう!」
「「「おーっ!!」」」
息を合わせたように声を上げる姿は、まだ頼りないながらも、眩しいほどの希望を感じさせた。私も思わずこぼれる笑みを抑えきれない。
……と。ふと、私は先ほどからやけに自然と溶け込んでいるその少女に目をやる。シドファもラミシーも、まるで当たり前の仲間という顔をしているが――。
「ところで…………あなた、一体だれ?」
私がそう尋ねると、プラチナブロンド髪の少女は首をかしげ、「ん?」とだけ返して、きょとんと目を丸くしていた。




