第21話
翌日。私はシドファとともに、街の門近くでクエストの準備を整えていた。今日こそ楽なクエストへ行こうという算段だったのに、どうにも気持ちがそわそわして落ち着かない。
「……ミレミさん? なんだか浮かない顔してるッスねえ?」
「ちょっとね。考えごとしてただけよ」
「もしかして……ラミシーのことッスか? 色々ぶっ飛んでたッスけど……特にスライムへの執着、ヤバかったッスねえ」
そう。昨夜の彼女とのやりとりが、ずっと頭から離れなかった。あの子はこれから、どんな道を選ぶのだろう――そんな想いが胸に引っかかっていた。
その時だった。
「――きゃああっ!」
遠くから小さな悲鳴が上がった。それも、子どもの声。明らかに切羽詰まったものだった。
「今の、聞こえたッスか!?」
「ええ、行くわよ!」
私たちは顔を見合わせ、一気に駆け出す。
門を抜けて街道に出ると、悲鳴の聞こえた方角――林の切れ間に向かって足を速めた。
やがて、木々の陰にうごめく影が見えた。モンスターと、それを前に怯える小さな人影――。
幼い女の子と、一匹のポイズンスライムだった。
女の子は尻もちをついたまま、身動きも取れずにいる。どろりとした紫色の粘液がうねりながら、女の子の足元にじわじわと迫っていた。
「――ッ! 危ない!」
杖を構えて駆け寄ろうとした瞬間、黒い人影が視界を横切った。
「えっ? ――ラミシー!?」
目を見張る間もなく、突如として現れた彼女は、躊躇なくスライムへと飛び込み、勢いよく杖を振り抜いた。
鈍い音が響き、スライムの身体が勢いよく吹き飛ぶ。もともと弱い個体だったのか、それだけでぐにゃりと形を崩し、地面を這うように逃げていった。
「ミレミさん! きっと彼女、逃げたスライムを追うッスよ! あたしたちは女の子の治療を――」
シドファがそう言いかけた瞬間、ラミシーはスライムには目もくれず、毒でぐったりとしている女の子のもとへと駆け寄った。
「……だ、大丈夫。すぐに良くなるから……! 怖かったよね……痛くないようにするからね……」
小さく震える女の子の肩にそっと手を添えながら、ラミシーは呪文を唱えた。毒に触れたらしい足元に杖をかざすと、優しい光が浮かび、みるみるうちに女の子の表情が和らいでいく。
「……あれ? 足、もう痛くないっ……!」
驚いたように目をぱちくりさせた女の子が、ラミシーを見上げた。
ラミシーの口元には、ほっとしたような笑みが浮かんでいた。私たちが彼女に追いついたころには、すでに回復魔法は完了していて、女の子は立ち上がれるほど元気を取り戻していた。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
無邪気に笑いかける声に、ラミシーは少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
「……ふふっ……」
「――その選択でよかったの?」
「ひっ!」
彼女はハッとして振り向いた。私たちが近くにいたことに気づいていなかったのか、とても驚いた様子だった。
「……ミレミさん、シドファさん……」
気まずそうに目を伏せる。
私からしたら何とも思っていないけれど、彼女は何かしらの罪悪感を抱いているのだろうか。
「スライム、逃げちゃったけど」
「……はい。でも、いいんです」
ポイズンスライムは、とっくにどこかへ姿を消していた。なのに、ラミシーは女の子の傍を離れようともせず、ただじっと彼女に寄り添っていた。
「もちろん、スライムは殺したいですけど……。それより、この子の悲鳴を聞いたとき――私、助けなきゃって思ったんです」
ラミシーはそっと女の子の頭を撫でる。女の子はもう、泣いていない。
「……この子を助けながら、思い出しました。私、あの日……本当は家族を助けたかったんです。もし、あの時に少しでも力があったなら――私はスライムを倒すより先に、きっと家族を助けたはずなんです……! この想いこそが……私に遺されたものだったと……ようやく気がつきました」
「ラミシー……」
彼女の瞳は、以前のような陰りを帯びていない。まるで新しい可能性を見たかのように、まっすぐ前を見据えていた。
「私、決めました。これからは……みんなのために人を助けて、自分のために復讐を果たします。……なので、ミレミさん。ひとつ、お願いがあります……」
「……ん? なにかしら?」
と、とぼけてみせたが、彼女の意図は手に取るように伝わってきた。とはいえ、どんな内容だとしても私は受け入れるつもりだ。それが、未来を歩く若者たちに対する、年長者の務めってものなのだから。
「私をパーティに加えてくださいませんか? そして――人を助ける方法を教えてください。戦いで足手まといだった私が、こんなお願いをするのは図々しいと分かっています。でも……それでも、少しでも前に進みたいんです――」
私とシドファは思わず顔を見合わせる。
「ええ、もちろ――」
と答えかけた矢先、シドファが大きな声を上げた。
「もちろんッスよ! これから賑やかになるッスね!」
シドファは勢いよくラミシーに抱きつき、当の彼女は「わ、わっ!?」と声を上げ、頬を真っ赤に染めて戸惑う。
「ちょっと! あなたが勝手に決めないでよ!」
「――でも、もう決めてたんスよね?」
私はやれやれと、こめかみに手を当てる。そして、ラミシーと向き合って手を差し出した。
「これからよろしく。私が教えられることは全部教えてあげるわ」
「――ッ!! はい……! ありがとうございます! 私……頑張ります!」
二人の手がしっかりと握られた。
その様子を見ていた女の子が、無邪気に小さな手をぱちぱちと打ち鳴らしていたのが、ちょっと微笑ましかった。女の子は、まるで憧れを抱いたかのように目を輝かせていた。そんな視線を受けて、ラミシーは気恥ずかしそうに目をそらすも――どこか嬉しそうだ。
一段落したところで、私は思い出したように言う。
「ところで、早速だけど……二日酔いを回復してほしいのよ。昨日ちょっと飲みすぎちゃってね」
「……うわぁ……」
シドファが「あんたマジか」と言いたげな表情で、ドン引きしながらこっちを見てくる。ラミシーは小さくふふっと笑い、くるりと背を向けて数歩進む。
「……嫌です! 私……そのために、このパーティに入ったんじゃありませんからねっ!」
ふっと笑顔を見せたかと思うと、振り返りざまにいたずらっぽく舌を出した。
◇◇◇◇
街外れの石畳を、ひとりの少女が鼻歌まじりに歩いていた。年の頃は十代半ばほどか。明るい髪が風に遊ばれるようにふわりと揺れた。手には小ぶりの杖らしきものを携えている。
まるで楽しいお散歩の最中のように、軽やかに足を運んでいた。
「るんるるんるん♪ あはっ、やっと着いた! ここに噂のヒーラーだけのパーティがいるんだね! ヒーラーだけだなんて、きっと心が清い人たちの集まりで、この――"ソラソラちゃん"にぴったりね☆」
そう言って小さくスキップすると、少女は、勢いよく街の門をくぐり抜けていく。大通りへ出ると、周囲を物珍しそうに見回しながら、迷うことなく中心部へと向かうのだった。




