第20話
「知らないわよ、そんなもん」
あまりに素っ気ない私の声が、広場に冷たく響いた。ラミシーは目を瞬かせ、そして絶句する。まさかそんな返答が来るとは思わなかったのだろう。
「……えぇ!? 今の流れは、何か助言とかいただける展開じゃないんですか……?」
慌てた調子で問い返してくる彼女に、私は小さく息を吐く。
「私は家族をモンスターに殺されてないし、強い恨みがあるわけでもない。あなたの気持ちなんてわからないわ」
彼女は押し黙ったまま、唇をきゅっと引き結んでいる。
「……それに、あなたも分かってるんでしょう? モンスターっていうのは、支配する存在が強ければ強いほど恩恵を受けて強くなる。でも、その支配者――魔王が倒された今となっては、力を失っていく一方よ。……きっと、あの時あなたを襲ったスライムも、当時とは比べ物にならないほど別物になってるはず。とっくに誰かに狩られたか、別のモンスターにでも食われてるわ」
「……例えそうだとしても、関係ありません」
小さいながらも強い声で、ラミシーは顔を上げる。その瞳には、荒れた決意が宿っていた。
「……あの時のスライムが、どうなったとしても……全てのスライムを殺すだけです。あの時のスライムの家族がいるかもしれませんから。仲間もいてもおかしくないです。だから――全部、殺します……ッ!」
「相手と同じに成り下がるつもり? 同じ手段で復讐するなんて――」
「……構いません。それで復讐が果たせるのなら、どこまでも堕ちてみせます」
きっぱりと宣言する。その目は不自然なほど据わっていて、抱える怒りの深さを物語っていた。
「――なら、なおさら私から言うことは何もないわ。私は、ヒーラーだもの。モンスターをいたぶる方法も、そんな趣味も、持ち合わせていない。……何かにすがりたい気持ちだけはわかるけどね」
率直な言葉に、彼女はふと表情を曇らせた。どこかで期待していたのかもしれない。その気持ちがゆっくりとしぼんでいくような顔だった。
「……そう、ですよね……。ごめんなさい……こんな変な話をして。ここでのことは……忘れてください」
静かな声でそう告げると、ラミシーはベンチから立ち上がり、私に背を向ける。そして、街灯のほうへ歩み去ろうとした。
「――でも」
小さく呼び止める私の声に、ラミシーはぴたりと足を止めた。うっすらと振り返った横顔には、戸惑いを滲ませている。
「でも、私はヒーラーとして、他の選択肢を示してあげることはできる。――だから、ひとつだけ聞かせて」
ラミシーは目を見開いた。私は続ける。
「あなたがしたい"復讐"というのは――ご家族のためのもの? それとも……自分のためのもの?」
「――ッ!! ……わ、私は……」
問いかけられた彼女の口元がかすかに震えた。何かを言いかけるも、唇をそっと閉ざして視線を落とす。
「……私もね、たくさんの人を救えなかった。一緒に戦った冒険者たちも、必死に助けを求めていた人たちも。だからこそ私は――彼らが遺したものを、今も大切にしている」
私は立ち上がり、ラミシーの方へと一歩近づいて、真っ直ぐ彼女の目を見た。
「あなたの大切な人が、あなたに復讐をしてほしいと願った――あなたがそう思うのなら、たかがこんなことで立ち止まってないで、スライムを殺すことだけを考えなさい」
ラミシーは何も返さず、ただ拳を握りしめたままだった。
その姿が、どこか痛々しくて――だからこそ、私は静かに続けた。
「……でも、もし違うと思うのなら。少しだけ、考えてみてほしいの。全てを失ったように感じても、本当は何かが残ってるはずだから。きっと、それはあなた自身の中にも――」
街灯の下に伸びた影が、ほんのわずかに揺れていた。
その輪郭は風もないのに揺らぎ、光と闇の境界が曖昧になっていた。
「だからこそ、大事にして。それらを全て抱えた上で――あなたが本当にやりたいことを、ね?」
場を覆う沈黙が、次の言葉を待つように張り詰めた。
……そして、揺れる思いを押し込めるようにして、ラミシーは掠れる声で言葉を絞り出した。
「……私は――復讐以外のことなんて……!」
そう言い放ち、深く息を吐く。唇を噛んで視線を逸らすと、そのまま何も言わず夜の暗がりへと消えていった。




