取り替え子
そこまで話すと、ジェインさんはふぅと息を吐いた。
「でも、その子には魔力がなかった。そんな事はありえなかった。魔力がなく、なぜ生きているのか。誰にも判らなかった。呼び寄せられた神官も自分に落ち度はない、確かに魔力反応がないんだと強弁を張っていたわ」
そこでジェインさんはふふっと笑うと
「母親というのは愚かなものなのよ。自分の子のためなら、なんでもしてしまうの」
ジェインさんは魔力がない事で自分の子である、とそういい募った。本来なら不審な子として王宮に届けるべきだった。しかしそうなるとこの子を取り上げられてしまうかも知れない。魔力がないのに生きているこの子が魔法院で実験材料になるかもしれない。
私の子にそんな事させない。そう思ったジェインさんは父に実子として届けるように頼んだ。
最初は渋っていた父だったが、その子を見ていて気がかわったらしい。亡くなった娘の代わりに棺にいた赤ん坊、髪色が違う、魔力がない――不審な点は幾つもあったが、妻がこれほど可愛がっているのだ。孤児院に届けるのも忍びない。父は貴族院にその子を実子として届けた。
時は少し遡って、ジェインさんが出産したその日、王宮では王妃様、当時はまだ王太子妃だった、が出産なさった。王妃様によく似た黒髪の王女殿下だ。その王女様には魔力がなかった。これは極秘だが、王族には希に魔力なしが生まれる。それも女の子に限ってだ。これはウェネーフィカ王国の建国神話が関係している。ウェネーフィカは魔女の手によって建国され、その子孫に魔力なしの子が生まれるのは、魔女の力を受け継いでいるからだと。
ジェインさんはそんな事は知らなかった。ただ生き帰った自分の子を育てているだけだ。しばらく幸せな日々が続いたが、ある日王宮から使者がやって来た。
使者はしばらく前にお生まれになった王女殿下が何者かによって連れ去られた。そちらに黒髪の女児が生まれたとの事だが、調べさせて欲しい、と告げた。
ジェインさんは子を取り上げられると思い、その子を連れて逃げ出した。広大な敷地内の森の奥にかつて庭師のために建てられた家があった。そこに隠れてやり過ごそう、そう考えた。この時のジェインさんは子を亡くしたショックからおかしくなっていた。
赤ん坊を抱いてその家に入った。家の中にいるはずのない、老婆がいた。
「やれやれ、やっと器が生まれたのにその子を盗られまいと幾重にも結界を張りおって、子をすり替えるのに難儀したもんだよ。さあ、その子をお寄越し、心配しなくとも時が満ちるまで私が大切に育てるともさ」
老婆はそう言うと子を取り上げた。
「イヤ!返して!その子は私の子よ!」
「お前の子は死んだじゃないか、諦めるんだね。この子は将来美人になるね。楽しみだこと。そうだね、この家はなかなかいいね。森の生気に満ちているしこの子を育てる条件が揃っている。この家で育てようか、たまには子供がどれくらい成長したか知らせてやるから、必要なものを準備するんだよ。さあ、お前はもうお行き」
老婆が指を振るとジェインさんは森の外れまで弾き飛ばされた。怪我は無かったがそこで意識を失った。
ジェインさんが目覚めると、屋敷は大変な騒ぎになっていた。騎士団や魔法師団が王宮から派遣されていた。森の外周に強固な結界が張られていて、そこに王女が拉致されたと見られるが、それを破れないでいた。
ジェインさんと父は騎士達に連行され、王宮で取り調べを受けた。
幸い、ジェインさんや父の供述、使用人達の証言に食い違いがない事から、王女誘拐の罪には問われなかったが、無罪放免という訳にもいかなかった。
夜、貴族牢で独りぼんやりしていたジェインさんの元に、お忍びで侍女を一人だけ連れて王妃様が訪ねて来た。
王妃様はジェインさんを地下の霊安室に連れて来た。そこには痛まないようにと氷に包まれた我が子の遺体が棺の中に眠っていた。ジェインさんはその氷に触れて自らの罪深さに静かに泣いた。そんなジェインさんを王妃様は抱きしめてくれたそうだ。
翌日にはジェインさん達は牢から出された。ジェインさんの赤ん坊の棺も返してもらえた。
森の結界は誰にも突破出来ず、しばらくすると見張りの騎士を数名残して引き揚げて行った。
敷地内の墓地で夫婦二人だけで静かに娘を弔った。その日の夜、ジェインさんは父に離婚を切り出した。父は引き留めたが、ジェインさんの意思は固かった。このまま何事もなかったかのように夫婦として暮らせない。王妃様は罪に問わないでいてくれたが、王女誘拐の一因は自分にある。そう話すと父も離婚に同意してくれた。




