修道院へ
私達は港町から乗り合い馬車を乗り継ぎ、母が暮らす修道院のある街までやって来た。
平和そうな街だった。子供達がキャッキャとはしゃぎながら通りを走り抜けて行く。
街の中心部を過ぎ民家もまばらになった、静かな場所にその修道院はあった。私達は何の約束も取りつけずにやって来たので、追い返される可能性もある。
緊張に少し震えながらドアをノックしようとしたその時、誰かに声をかけられた。
「あら、お客様かしら、院長は今いらっしゃらないのよ」
肖像画で見た女性がそこに立っていた。女性は私を見て息を飲んで固まってしまった。叶斗が声をかける。
「突然お邪魔して、済みません。ジェインさんはあなたですか?」
「はい、――はい私です。どうぞ中にお入りください」
やはり、私は似ていない。実物を前にしてもそんな感想しかなかった。母と言われても、何の実感もない。
私達は質素だが、手入れの行き届いている応接室に通された。ジェインさんが全員にお茶を振る舞ってくれる。最後に一人掛けの椅子に座ったジェインさんは私を真っ直ぐ見つめた。
「あなた達が何を尋ねにいらしたのかは、想像がつきます。結論から言うと、私はあなた――イリス様の母ではありません。誤解しないでください。私は不貞もしていなければ、子を捨ててもいません」
そう言うとジェインさんはかすかに震える手でカップを持ち上げ、両手で持ち直し一口お茶を飲んだ。叶斗が問いかける。
「どういう事ですか、あなたは確かに女児を出産したはずだ」
「確かに女の子を産みました。しかし、その子はもうこの世にいないのです……イリス様はロイド・バーネット、あなたの父に会った事はありますか?」
「いいえ、一度も目にしたことさえありません」
「そうですか。彼もまた、あなたの父ではありません。あなたは私達夫婦の子ではないのです。」
ジェインさんは事の成り行きを静かに語りだした。十六年前、ジェインさんは産み月より一月も早く産気付いた。結果死産だった。金髪の女の子だった。
娘の亡骸にすがり付いて泣くジェインさんに父は優しかったそうだ。亡くなった子をそのままにしておいては、現世をさ迷い来世を迎えることができなくなる。ちゃんと弔わなければ、とその言葉にジェインさんは娘の亡骸を棺に納めた。
異変が起きたのはその夜だ。ジェインさんは棺を抱いて子守唄を唄っていた。母としてしてあげられる最後の子守唄だった。女神ヘリオーラがこの子の魂を無事楽園へ導いてくれますように、と心を込めて唄った。
すると、棺の中から赤ん坊の泣き声が聴こえた。ジェインさんは急いで棺の蓋を開けた。
そこには黒髪の女の赤ちゃんがいた。ジェインさんはその子を抱き上げると、乳を含ませた。一生懸命お乳を飲む姿に涙が溢れた。この子は息を吹き替えしたのだ、と信じた。実際、仮死状態だった子が息を吹き替えすことはあった。
屋敷は騒然となった。赤ん坊の亡骸に魔物が取り憑いたのでは、と言い出す使用人までいた。息を吹き替えしたとしても髪色が変わるなんて話しは誰も知らなかったからだ。
しかしジェインさんはこの子は私の子だと言い張った。父は魔力鑑定をしよう、と神官を呼び寄せた。魔力を見る事で自分達の子でなかったとしても、どこから来た子供なのかある程度判るからだ。




