第3章16話 第一の助言:協力者を集めるべし
今回は、少なくとも前回、前々回より鬱要素は少な目です。ですが、話は長めです。何卒ご了承の上、読み進めて頂きたく思います。
余力はそこまでないですが、ゴールデンウィーク直前に投稿した方が、より多くの人に見て頂けると思ったので、思い切って投稿してしまいます。なので、是非本作品がお気に召した方は、ブックマークや感想などを頂けますと今後の励みになります。よろしくお願いします。
蒼蘭はスマホを片手に、女子寮を駆け抜ける。最初に声をかけるべき相手は、既に決まっていた。目的の部屋に辿り着き、インターホンを鳴らす。間を置かずして、部屋の主がドアを開けた。
「良かった……まだ部屋に居てくれて」
「セーラ……さっきのメッセ、本当なヤツ?『ひじりんが、悪魔達のボスに捕まった』って」
「うん、本当の事。さっき、マギナさんが部屋に来て、私に教えてくれたの…………だから……!」
蒼蘭はこの時、次に続けるべき言葉を飲み込んでしまった。友人を巻き込む事に、何の躊躇も感じない訳がない。だが蒼蘭は既に、『自分一人で出来ること』の限度は知っている。蒼蘭が自然と俯いていた顔を上げると、自分の言葉を待ってくれている友人の顔があった。
「……炎華の力を、貸してください!」
「うん、勿論!」
友達想いな魔女ギャルは、二つ返事で承諾した。
「…………え?良いの!? こんなあっさり!?」
「『あっさり』って……別に悩む要素無いし」
「いや、でも……悪魔を使役する悪魔達のボスな訳で……、今までの異世界人とは比べ物にならない程に強いらしくてですね……。その……本当に良いの?」
「セーラだって、その強い悪魔のボスからひじりんを取り返しに行くんでしょ?」
「それは、そうだけどさ…………」
蒼蘭には、ずっと疑問に思っている事があった。課外授業で、炎華達に助力をお願いした時にも思った事だ。
「助けをお願いしている立場で言う事じゃ無いけどさ……炎華は、怖くないの? いや、炎華だけじゃなくて……皆、この前まで中学生だった訳じゃない? 中3の私なんて……家に籠ってたり、そのクセ『何もしない』のが不安で気休め程度に勉強したり、時々学校行ったり、その程度の事しかしてなかったよ? 炎華達だって、都会の中学生なら放課後にハンバーガー屋さん行ったり、友達とカラオケやボーリングしたりっていうのが普通だったんでしょ? なのに、いきなり悪い魔法使い……もっと言えば、魔法を扱う犯罪者と戦う事になってさ……しかも、今度は悪魔、化け物だよ? だから……こんなお願いをしている私って、凄い悪いヤツなんじゃないかなって……」
蒼蘭自身、大いに自覚している。これは、友達を危険に巻き込む事への罪悪感。そして、良心の呵責に耐えられず、少しでも心を軽くしたいが為に零してしまった、エゴに満ちた悔恨だ。
多くの人間は、『己が悪人である』事に耐えられない。そして行動を止める事なく後悔の念を口にした自分の弱さを、蒼蘭は自覚し、自己嫌悪に陥った。
「……セーラが魔法を使える様になったのは、つい最近だもんね」
「……へ?」
「んーっとね……こんな大変な時に言って良い事か分かんないけどさ……『魔法を悪い事に使う悪いヤツ』って、普通に生きてても結構出会うワケよ」
「そ、そうなんだ……」
魔法の世界の真実を知り、蒼蘭は驚いた様な、少し幻滅した様な表情を浮かべた。
「うん……そりゃ、引くよね。でもさ、だからこそ、あーし達は『自分達の魔法を、正しい事に使う』ってのを実践するの。それは学園に入学した時から、皆が目標にしている事。だから、将来は魔法機関に入って、悪い魔法使いを捕まえるお仕事を目指す子も、沢山居るってワケ。
そんで、セーラがひじりんを助けに行くのは、学園のみんなが目指している『正しい事』って、あーしは思うよ! だから、セーラが遠慮したり、『自分って悪いヤツだー』的な事を思ったりする必要は無いってコト!」
そういうと、炎華は不意に蒼蘭を抱き寄せた。
「ほ、炎華……さん?」
「セーラ、ちょっぴり震えてる。やっぱ、不安?」
一瞬戸惑った蒼蘭だが、炎華の声色ですぐに彼女の意図に気がついた。蒼蘭が持つ迷いや不安など、友達想いなギャルにはお見通しだったのである。
「そりゃ……本音を言うと不安だよ?でも、更に本音を言えばさ……炎華が来てくれるなら、すっごく心強いよ!」
蒼蘭は炎華の肩を掴み、真剣な眼差しで友人を見つめた。聖に次いで、魔女学園で2番目に出来た友達の、紫水晶の様な瞳を。
「だから、改めてお願いします! 私と一緒に、聖の救出に協力してください!」
「勿論、改めてお願いされちゃうね!」
炎華の、太陽を連想させる暖かな微笑みに、蒼蘭はとても安心させられた。
◆
蒼蘭と炎華が次に向かったのは、A組の校舎だ。明星と美雪にも声を掛けたかったのだが、生憎二人とも寮には居なかった。電話かチャットアプリで連絡を取ろうかとも考えたが、危険な場所への同行をお願いする以上、面と向かって頭を下げるのが礼儀だと蒼蘭は判断した。加えて大魔女の助言に従う以上、時間は限られている。ならば次の段階に進むべきだ。非常に幸運な事に蒼蘭は、特進クラス生徒の何人かと縁がある。頼り甲斐という意味では炎華と負けず劣らず、心強い魔女達だ。とは言え、炎華や聖ほどの接点がないため、果たして『聖奪還作戦に協力して欲しい』というお願いを聞き届けてくれるのか、という不安は残るのだが。
とは言え、行動しない事には始まらない。最初の目的地、生徒会室へ足早に向かう中、彼女らは異変に気がついた。
(何だか、ざわついてる様な……?)
A組の先生はバタバタと廊下を行き来し、上級生と思しき生徒がヒソヒソ声で会話している。彼女らの表情から、決して流行りのアイドルや話題のスイーツといったお気楽な話題でない事は察せられる。それも数人ではなく、廊下ですれ違う生徒が悉く、真剣な表情で話をしているのだ。
「あの……何かあったんですか?」
漠然とした悪い予感が湯水のごとく注ぎ込まれ、心のグラスの許容量を瞬く間に超えて溢れ出した。蒼蘭は耐えきれず、上級生に質問をした。
「貴女は……あ、アルバイト探してた可愛い子!」
「確か、蒼蘭ちゃんだよね? それで、貴女が炎華ちゃん。初等部から居る子でしょ?」
蒼蘭は最初の学内バイトで、A組校舎の学生センターに訪れた際に、上級生のお姉さん達から揉みくちゃにされた事を思い出した。そして今、その上級生達との再会を果たしたという訳である。何という偶然か。
「折角遊びに来てくれた所悪いんだけど……今日のA組校舎は忙しくなっちゃったから、のんびり見て回りたいなら、日を改めた方が良いと思うな」
「私達、生徒会の皆さんに用事があって来たんです。何か、事件やトラブルが起こったって事ですか?」
蒼蘭の質問に、上級生達は互いに顔を見合わせて言い淀む。どうやら何かを知っていそうだが、話すべきか否かを迷っている様だ。
「先パイ、覚えてるっしょ? こっちのセーラちゃんとあーしが、生徒会庶務のふーちゃんと書記のライライと一緒に居た事! あーし達、知り合いの生徒会メンバーに、どうしてもお願いしたい事があるの! だからお願い、先パイ達! 何が起こったのか、ふーちゃん達が今忙しくしてるのかを教えてください!」
見かねた炎華が上級生達にお願いをし、蒼蘭も炎華に続いて頭を下げる。優れたコミュニケーション能力を持つ都会のギャルは、自分達と生徒会の関係性、そして目的の説明を端的且つ的確に行って見せたのだ。
「……良い? 今から言う事は、一般クラスの皆にはあまり言いふらしちゃダメだからね? 後でちゃんと、先生からお話がある筈だから」
そう前置きした上で、可愛くて誠実な後輩達に話を切り出した。
「都内23区の色々な所で、悪魔達が大量に発生したんだって」
「な……!? 『悪魔騒動』が、更に勢いを増したって事ですか!?」
「ええ、蒼蘭ちゃんの言う通りよ。池袋とか、お台場とか、東京駅の周りにも出たって話。勿論、今は魔法機関の職員さん達が対応しているらしいけど、人手が足りないらしいのよ」
「って事は……もしかして、いざって時にはA組の先パイ達にもお声が掛かる感じ?」
「そう、炎華ちゃんの言う通り。試験休み中に私達へ悪魔退治のアルバイトが募集された様に、今日もA組の誰かが招集されるかもしれないってウワサよ。そして最初にお声が掛かるのは、きっと生徒会役員の皆。だから、会長さん達にお願いがあるなら、またの機会にしたら?」
「……教えてくれて、ありがとうございます。でも私達、その『悪魔騒動』絡みでお願いがあって来たんです!」
「詳しくは言えないけど、要はあーしらも悪魔達をやっつける相談をしに来たって事!」
力強い後輩達の言葉で、上級生達は彼女らがA組に宛てられた学内バイトを成し遂げた事を思い出した。蒼蘭はアディラとの演習試合でポテンシャルを全校生徒に見せつけている。炎華に至っては一般クラスの上級生との喧嘩騒動や、『A組推薦を二度も蹴った一般生徒』として、A組の上級生達の間で度々ウワサになっていたのだ。ならば、この後輩達の実力はかなりの物と言っても過言ではない。
「そっか……分かった。いってらっしゃい、二人とも!」
「でも、無茶はしちゃダメだからね。困った時は、ちゃんと先生や先輩に相談しなさいよ!」
「ありがとうございます、親切な先輩方!」
蒼蘭は上級生に礼を言うと、生徒会室への足を速める。
「炎華も、ありがとう。お陰で先輩達からお話しを聞けたわ」
「どういたしまして! それより、急がなきゃだね!」
◆
「会長! 魔術道具及びスクロール一式、搬出終わりました!」
生徒会室のドアを勢いよく開けて、副会長の菊梨花が入室する。悪魔達を討伐する為に、生徒会も色々と動いている最中なのだ。
「………………」
菊梨花は結構な声量で報告をしたのだが、返事がない。別に無視している訳ではなく、暁虹学園生徒会長、言葉 字実は真剣な表情で机に置かれた手紙を読んでいるのだ。
「言葉会長?」
「あ……す、すまない、錫宮君。物資の搬出、お疲れ様」
「会長の方こそ、お疲れ様です。それで、その手紙は……?」
「この前と同じさ。スワローテイル女史からのお手紙だ」
手紙の右下部分描かれた『虹色のアゲハ蝶』を指し示しながら、字実は菊梨花に説明する。
「いつの間にか生徒会室の机に置かれていた手紙でね。このイラストと封蝋代わりの魔法陣が、署名以上に差出人の正体を物語っていたよ。
『夕方、生徒室にやって来る二人組のお客様を迎えて欲しい』
という非常にアバウトな文面なのが気になる所ではあるけれどね」
「二人組の来客……?」
菊梨花が首を傾げたが、彼女が抱いた疑問は1秒後に氷解した。
「会長、錫宮ちゃん、緊急案件発生。生徒会に助けを求める声アリです」
「まだ詳しくは聞いてないけど、ヤバい話かもしれない! 蒼蘭、炎華、説明頼んだ!」
生徒会メンバーの双子が、『二人の客』を連れて来たのだ。彼女らの顔ぶれと表情を見れば、雷葉の言う通り緊急の相談である事は容易に察せられる。1名欠けたD組トリオの、深刻な表情を見れば、だ。特に蒼蘭は顔色が悪く、少々呼吸が荒くなっている。
「取り敢えず、二人とも座ってくれ。茶を出す時間は取れないが、少しでも落ち着いてから話を聞かせて欲しい」
字実自身、声が上擦りそうになるのを抑えながら、『白百合君はどうしたのか?』という、彼女が一番聞きたい質問を口の中で噛み殺しながら、後輩達を気遣った。学年こそ違えど、字実にとって聖は友人だ。つい先日、目の前の後輩達から、聖の誕生日会に関する相談をされたばかりだ。悪魔騒動への支援に連日駆り出されていた字実だが、せめて何かしてあげたい一心で、誕生日会を彩る為の魔法陣を作ったのだ。パーティは盛り上がったか? 聖は自分の作った魔法陣を見て喜んでくれただろうか? そうした和気藹々とした話題こそ、本来後輩達の口から語られるべきだろう。
(だと言うのに、一体何が起こったんだ……?)
だが、字実は自分の心境を口に出さないように努める。仮に聖に何があったのなら、炎華と蒼蘭だって辛い筈なのだから。
「…………単刀直入に言います! 悪魔騒動の黒幕を倒して、聖を救出したいんです! だから、力を貸してくれませんか!?」
その場にいた生徒会役員は、皆が目を見張る。お調子者の風歌も、普段気怠げな雷葉も、蒼蘭の口から出た『お願い』には度肝を抜かれた。
「今……なんつった? 『悪魔騒動の黒幕』だって? 聖が、悪魔達の親玉に誘拐でもされたって事か!?」
「待って、フウ。まだ話は終わってない。助けに行くって言ってたけど、場所とか目星はついてるの? もしかして、瑠璃海ちゃんの未来予知で分かったとか?」
雷葉は姉を遮り、話を持ちかけた蒼蘭に質問をする。
「行き先は、聖の実家。場所は私の予知で見た訳じゃなくて、マギナさんから色々聞かされたの。聖が今晩、『聖女ショコラの手中に堕ちる』って言う予知を覆す為に、炎華を筆頭に助っ人を探している最中なの」
蒼蘭からの回答に、室内の全員がフリーズした。
「………………すみません、瑠璃海さん。今、何と言いましたか?」
「瑠璃海ちゃん……悪魔のボスが『シスター14(フォーティーン)』って言ったの?」
「嘘でしょ!? だって、シスター14は子供達に優しくしてたし……あ、いや、セーラやマギナさんが嘘つく訳はないんだけどさ……それでも、信じらんないよ……」
菊梨花、雷葉、炎華が各々、『信じられない』という感情を吐露する。
「正直、私も信じられないよ……。ここ連日、それどころか今も東京の色々な場所で暴れている悪魔が、聖女ショコラの差し金だなんて。でも、マギナさんが私の部屋まで来て知らせてくれた以上、本当の事……本当の危機が迫っているに違いないわ」
この部屋に集まった実力者達に、蒼蘭はいま一度頭を下げた。
「私は、聖の事を助けたい。でも今回の相手は、今までとは訳が違うから、私ひとりじゃ確実に失敗する。だから、貴女達の……皆さんの力を貸してください!」
少しの間、室内を静寂が支配する。そして、生徒会会長が代表して、最初に沈黙を破った。
「……大体の事情は分かったよ。確かに黒幕を討伐すれば、都内各地で発生した悪魔達も大人しくなる可能性がある。それに、『友達を助けたい』という生徒の気持ちは、生徒会として汲まない訳にはいかない」
「字実会長……!」
「だが……済まない、瑠璃海君。少なくとも、生徒会総出で助力する事は不可能だ」
「…………!?」
「君も知っている通り、現在進行形で『悪魔騒動』が起こった以上、どうしても人員は必要になる。それに、君達が来る少し前に、魔法機関から要請があったんだ。『学園内の特進クラス生を集める様に』とね」
「で、でもさ、会長!? あーしらが、ボスを倒せば、全部解決する訳じゃん?」
「確かにその通りさ、葡萄染君。でもね……その間、被害は確実に発生してしまう。その対処が必要だから、魔法機関も生徒会に要請を出したんだ。その上で、生徒会役員の全員が『行けません』という返事をする訳にはいかない。何より、国家機関の要請を突っぱねるのは、学生の立場では厳しいものがあるんだ……分かって欲しい」
「それは……確かに、そうですよね……」
会長の言う事は正論だ。学生の立場で出来ることは限りがあり、何より『今大変な目に遭っている人を助ける』事もまた重要な事だ。その判断に、蒼蘭は何も言えなかった。
「待ってください、会長」
その時、副会長の菊梨花が凛とした声で会長に進言をした。
「確かに、会長の仰るとおり、生徒会総出での助力は出来ません。
ですが、一人くらいなら問題はないのではないでしょうか?」
「菊梨花……?」
蒼蘭の呟きに菊梨花は振り向く。
「私もご一緒させてください、瑠璃海さん。こうした異例の事態に対応する生徒にも、生徒会役員が付く必要があるかと考えます。何より、会長は元々誰か1人派遣させるつもりだったのでは? だからこそ、『誰も手を貸す事は出来ない』と言ったハッキリとした物言いを避けたのではないですか?」
「……鋭いね、流石だよ」
字実会長は観念した表情で、副会長に向き直る。
「お願い出来るかな、錫宮君?」
「元より、そのつもりです。瑠璃海さんとは編入当初から、何かと縁がありますし」
菊梨花の言葉に、蒼蘭は内心で大きく頷いた。転校初日の事件でも助けられて、公開演習の時も自分を気にかけてくれた。
「アタシも手を貸したいところだけど……会長達の言う通り、誤魔化しが効くのは1人までだよな……」
「フウ、暴れている悪魔を雷葉達が惹きつければ、瑠璃海ちゃん達が本丸に攻め込み易くなる。だから雷葉達も、悪魔の大ボスと戦う事に他ならない」
雷葉は蒼蘭の肩に手を置き、言葉を続ける。
「……白百合ちゃんを助けて、無事に戻って来て。雷葉達、待っているから」
「そうだ、そうだよ。ちゃんと皆で戻って来たら、その時の話、聞かせてくれよな!」
双子からの励ましを受け、そして強力な助っ人を得られた事で、困難と思われた聖の奪還に希望が見出せた。
だが、戦力は多いに越した事はない。
(せめて後ひとり、協力者が居てくれれば……)
だが、学園内でも最上位レベルの実力者が集まる生徒会メンバーには、既に国からお声がかかっている。その中で何とか一名、協力者を捻出してくれたのだ。これ以上、生徒会に迷惑をかける訳にはいかない。
(他に誰か……何か特殊な委員会に属している訳じゃない、言ってしまえばフリーな身分で、且つ実力も高くて、更に言えばこんなイレギュラーな事態への助力をお願いできる、ある程度見知った仲の魔法使いが居たのなら…………)
だが、編入してから2ヶ月も在籍していない身分の新入り魔女に、そんな都合の良い知り合いなど、普通に考えれば居るはずがない。
約一名を除けば、だが。
「話は聞かせて貰ったわよ! それにしても、この『柘榴石の魔女』、アディラ・ナヴァラトナへ真っ先に声を掛けないのは、どういう了見なのかしら!?」
「アディラ!?」
そう、編入して間もない蒼蘭に公開演習(半ば決闘)を申し込んだA組の問題児、されど折り紙付きの実力を持つ砂使いの魔女、アディラ。彼女に目をつけられたあの日から、蒼蘭はこの財閥令嬢と奇妙な縁を持つ事になったのだ。
「あ、いや……勿論、アディラにも声をかけるつもりだったよ?」
「それは当然の事でしょう? この連日、貴女が『メイドのお仕事』をしている間、私達 は実際に悪魔を討伐していたのですもの。悪魔の首魁を撃退するのに、私以上の適任は居ないわ! だというのに、この愛玩動物と来たら……一番に声をかけるべき魔女が誰か、分かっていない様ね!?」
「えっと……ご機嫌を損ねたのなら、ごめんなさい。それと、改めて……私達と一緒に、聖を取り戻しに来てください!」
ご機嫌斜めな財閥令嬢を宥めつつ、蒼蘭は彼女に頭を下げた。
「ええ、勿論、手を貸してあげる分には問題ないわ。但し……」
アディラの声色が、少し冷たい温度になった。
「こちらからも、改めて聞いても良いかしら?」
「な、何を?」
「ヒジリの家庭事情について。もっと言えば……セイラ、貴女がなぜ白百合先生に反抗的な態度を取ったのか。その理由を、話してくれないかしら?」
「それは…………」
言い淀む蒼蘭を庇う様に、炎華が前に出る。
「待ってよ、あれにはセーラなりの考えがあったんだってば!」
「だから、その『考え』を聞かせなさいって言っているのよ! わだかまりを抱えたまま私達に協力を求める方が不誠実ってものでしょう!?」
「……ッ!」
アディラの言い分は尤もだ。命懸けの戦いへの助力を求める以上、協力者の心に『納得のいかない何か』を残したままでいるのは、あまりに誠実さに欠ける話だ。蒼蘭とて、それが分からない程愚かではない。それに蒼蘭は、アディラの視線に気がついたのだ。その先に居たのは、菊梨花だ。彼女もまた、昨日の騒動について、納得のいく理由を聞きたがっていた。動機自体の正当性というよりは、『何故あの様な行動に出たのか』という蒼蘭の思考・内面を知りたがっている。蒼蘭はその事を、アディラの視線を通じて察したのだ。
「うん、アディラの意見は尤もだし、ちゃんと話すわ。けど……虫の良い話だけど……聖には、『私が皆に話した』って事は、黙ってくれる?」
全員が無言で頷くのを見て、蒼蘭は話し出した。聖が話さなかった、詳細な事柄まで。
先日の誕生日会で見せた、聖の涙を。
5歳から先の誕生日を祝って貰えず、聖がどれだけ寂しい想いをしていたかを。
春休み生まれの蒼蘭は、『誕生日を祝って貰えない事の寂しさ』を人並み以上には理解している事を。
それだけでなく、聖の母親-白百合 癒香-は何故か彼女の事を認めておらず、一人前になるまで実家の門を潜らせないと宣った事を。
更に昨日、癒香が聖の事を自分の娘として扱っていないと知った事を。
これまで聖に支えられて来た蒼蘭にとって、到底赦し難いと思った事を。
蒼蘭が抱えていた『理由』、『内面』、『動機』を、全て話した。
「……………………………………」
話し終えた時、水を打った様に室内は静まり返っていた。
「…………事情は大いに理解出来ました、瑠璃海さん」
最初に静寂を破ったのは菊梨花だった。彼女は蒼蘭の元へ歩み寄り、
「貴女の気持ちに寄り添うどころか、責める様な行動を取ってしまい……申し訳ございませんでした」
と、頭を下げたのだ。
「えっ、いや、その…………頭を上げてよ、菊梨花! 貴女は、揉め事を起こした生徒を諌めただけ! 生徒会として正しい事をした訳だし、そこまでされると流石に申し訳ないと言いますか……」
「ですが……生徒達の代表として、悩みを抱える生徒に理解を示せなかったのは、それどころか疑うような言葉をかけたのは、私の不徳の致すところでした……」
副会長の肩が、声が、僅かに震えていた。それは、悔しさや後悔による類のものだった。それを察した蒼蘭は、すぐさま菊梨花をフォローする。
「いや、寧ろ逆! 菊梨花は、理由を話そうともしない私の事を、信じようとしてくれたじゃない! 黙りを決め込む生徒相手に『信じさせて欲しい』って言えるのは、菊梨花が良い人だっていう証拠よ!」
「瑠璃海さん……」
「だから、あまり重く受け止めないで欲しいな。黙っていた私にだって、非がある訳だし」
菊梨花は俯いたまま拳を握り締め、グチャグチャになった心の中を押し固める様に力をいれた。やがて顔を上げて、開いた手のひらを蒼蘭に差し出した。
「分かりました。確かに、今は白百合さんを取り戻すのが先決です。故に私も、精一杯の力添えを約束します! 信頼できる学友の為にも!」
「ありがとう、菊梨花」
蒼蘭は友人と固い握手を交わし、協力を取り付けて貰う事となった。
「別に、私は『謝罪』をするつもりはないわ。私もキリカも、置かれた状況、得られる情報から判断した結果、行動した事ですもの」
今度は、高飛車な財閥令嬢が蒼蘭の前に出た。そして、大きくため息をついた後、言葉を続ける。
「けれど貴女が何を考えていたのか、一応の納得は得られたわ。なら約束通り、ヒジリの救出に協力してあげるわ」
「アディラ……ありがとうね」
「礼を言われる筋合いは無いわ。それに、私はあくまでヒジリの為に力を貸すのよ? 思い上がりはよして頂戴な」
これで一応、話は纏まった。蒼蘭が得られた協力者は、炎華、菊梨花、アディラの三人だ。彼女らは皆、蒼蘭が知る限り学園でも指折りの実力者だ。他に助力を頼めそうなのは、あと一人だ。
「私、胡桃沢先生のラボに行ってくる」
「先生に、助力をお願いするのですか?」
「違うよ、菊梨花。あのラボには同じ研究者同士、偶にお姉ちゃんが遊びに来るの。もし居たら、強力なポーションや魔術道具を融通してくれるかも。だから皆は、先に校門前に行ってて。そこで、マギナさんが待っている筈だから」
蒼蘭が生徒会室から出ようとした時、
「待ってくれ、瑠璃海君!」
カバンから細長い木箱を取り出しながら、字実が呼び止めた。
「私は白百合君を助けには行けない。だから、これは君が持っていってくれないか?」
字実が開けた綺麗な装飾がされた木箱の中には、丸められた巻物の様な物が入っていた。
「これは……『スクロール』!?」
「そう。悪魔によく効く、光属性の魔法が込められたスクロールさ」
「でも、私は光属性の魔法は使えませんよ?」
「普通のスクロールならね。けどこれは、言葉家が代々受け継いできた、謂わば『高性能スクロール』さ! ルーン魔術のスクロールと同様に、魔力を流すだけで適正の無い属性の魔法も扱える代物だよ」
術式魔法の担い手は後輩の手を取り、スクロールを握らせた。
「こんな凄そうなアイテム、良いんですか?」
「これは私が自作したスクロールだよ。校内の備品では無いし、必ず君達の役に立つ筈だ。だから……白百合君を……聖の事を、頼んだ」
「分かりました。いざと言う時には、有り難く使わせて貰います!」
会長に礼を言うと、今度こそ蒼蘭は、姉の居るラボに直行した。
【ちょっとした補足】
『時の魔女-クロニカ』のメインウェポンであるタロットカードも、実は沙織お姉ちゃんお手製のマジック・アイテムです。普段は何の変哲もない占い用のカードですが、魔力を流す事で鋭利な刃の投擲武器となります。
なので、きっと今回も可愛い妹の為に、とっておきのアイテムを用意してくれている……かどうかは、近いうちに判明します。どうぞ、お楽しみに。
次回は5/1(金)に投稿予定です。




