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5 デデデ

 


「わあ、豪華な建物ですね!」

 シャーロットは彫刻がいくつも彫られた石造りの大きな建物の前で感嘆の声をあげる。


「………君なら何度も来たことあるんじゃないか?」

 隣でエリアスが怪訝な顔をしている。


「!え、ええ、そうでしたね。でも素面では久しぶりなんです」

「……とんだ飲んだくれだな」



 思いきってデートがしたいと連絡したところエリアスは意外にもすんなりと予定が会う日を教えてくれた。

 今日は劇場に来ていて、ここで人気のソプラノ歌手のコンサートが開かれる。


 小さな頃、両親と姉とこのような劇場に来た記憶があるがそれ以来、とても久しぶりのことなのでシャーロットの心は自然と弾んでいた。


 しかも隣には憧れの恋人(仮)がいる。

 エリアスは仮の恋人なのにシャーロットを気遣いエスコートもしてくれる。

 こんなに格好良くて優しい男性と恋人体験ができるなんて幸せだなと感じる。



 建物の中に入ると、敷き詰められた赤い絨毯に天井には豪華なシャンデリアが吊り下がっているのが目にはいる。内装もとても素敵だった。


 シャーロットは物珍しさについついキョロキョロと周りを眺める。


「……君は素面だと幼くなるんだな」

 シャーロットの様子をチラリと見てエリアスが言う。

「!す、すみません」


 キョロキョロしすぎてしまったようだ。田舎者のようだったろうか。シャーロットは急に恥ずかしくなりカーッと頬が熱くなった。

 きっと姉ならこういう場所も行き慣れていて上品に振る舞っているのだろう。



「ねえ、あの方って」

「ああ、噂の―――」


 囁くような声が周囲から聞こえてきた。

 シャーロットのようなピンク色の髪の毛はけっこうは珍しい。社交界でのシャーロットの評判は姉のお陰で散々なものだし、きっと悪口を言われているのだろう。



「彼女、また違うお相手と歩いてるわ」

「まあ、はしたないこと!」

「相手の方も見る目がないわね」


 自分のことだけならまだしも、エリアスまで悪く言われてしまったことに急に申し訳なさが募る。


「エリアス様、ごめんなさい」

「何だ?」

「私と一緒にいることで悪く言われることがあるかもしれません」


「僕はそんなこと気にしないが、君はもう少し気にした方がいいかもしれないな。心を入れ替えて禁酒でもするといい」

 どうでもよさそうに前を向いたままエリアスは言った。


「…はい」


 姉リーディア扮するシャーロットと面識があるエリアスに以前、人が違うようだと言われ、とっさにお酒を飲むと人格が変わるという話をでっち上げた。

 でも実際のところシャーロットは滅多にお酒を飲む機会はなかった。夜会や舞踏会などは姉がシャーロットに扮してほとんど行ってしまうし、屋敷の中でもシャーロットにはお酒を飲むような贅沢は許されていなかった。



 案内されて座席に着く。舞台が良く見渡せ、近すぎず遠すぎない良い席だった。


 コンサートのチケットも席もエリアスが用意してくれたものだ。

 期間限定の、それも無理矢理頼み込んだ仮の恋人にもこういう気遣いができる。エリアスは本当に優しくて紳士的な人だとシャーロットは思った。


 わくわくしながら(恥ずかしいので態度は抑えつつ)、開演までの時間を待つ。

 やがて幕が開き、ピアノの音が流れる―――


 ―――

 ――――――



「素晴らしかったです!!最後の高い声は天にまで届きそうでしたね!まさに歌の天使様のようでした!羽が見えました!」


 人気の歌手の公演が終わった後、シャーロットは感動のあまり涙ぐみ席を立てずにいた。拍手をする手もひとり止めることができない。


「…そんなに感動してもらえてよかった」

 静かに隣に座るエリアスは少し首を傾げた。

「しかし君は以前、別の場所で一緒に歌劇を観覧したときはとても冷静にその内容を分析していたのに。ずいぶんの変わりようだな…」


「た、たまたまこの歌手の歌声が心に響いたのです」

 慌ててシャーロットは答えた。

 頭の良い姉ならきっともっと適切に冷静にこの感動を表現できるんだろうな。



「この後はどうしたい?」

 エリアスがシャーロットに尋ねた。


「えっと…もう少しだけ、デデデートしていたいです…」


 “デート”という今まで縁のなかった言葉を発するのに思わずどもってしまう。


 本当はどこかでお茶でもして甘いものでも食べたかったが、シャーロットには手持ちがほとんどない。

 と言うのも、姉妹の分として毎月父が渡してくれるお金のほとんどを姉が使ってしまうので、シャーロットの手元にはほんのわずかしかなかった。

 公演のチケットはエリアスが用意してくれて、その上お茶までご馳走になるのは、例え貴族の間では男性がお金をもつのが一般であっても、こういうことに慣れていないシャーロットには申し訳ない気がしていた。


「そうだな。どこかお茶でも―――」


 そう言ったエリアスの目にとまったのは珍しいクレープ屋の屋台だった。


「それではあの屋台で甘いものでも食べようか?」

 エリアスはシャーロットに屋台の方を指し示す。


「!」

 シャーロットの瞳がみるみる輝いていった。


「いいですね!美味しそうです。本日のお礼に私が買って来ますね!」

 エリアスがあのような庶民感のある屋台の食べ物が好きだなんて意外だったが、あの屋台だったらシャーロットの手持ち分でも払えそうな気がする。


 その言葉を聞いたエリアスが驚いたようにエメラルドの瞳を見開いた。

「ちょ、ちょっと待て―」

 今にも一人で買いにいきそうなシャーロットを慌ててひき止めた。




「美味しそうです。ありがとうございます」

 結局シャーロットが払うと申し出たものの固辞されてエリアスが支払いを済ませてくれた。


 近くの公園のベンチに2人並んでいる。


「エリアス様はクレープはよかったのですか?」


「あ、ああ」

 エリアスはコーヒーのテイクアウトをしたのみでシャーロットだけ苺に生クリームが入ったクレープを頼んだ。滅多に食べられないけど苺はシャーロットの大好物だった。


「甘酸っぱくてとても美味しいです!」

 一口食べるとイチゴの甘酸っぱさと生クリームがとてもマッチしていて美味しかった。


「それはよかった」

「一口食べますか?」

「―――は?」

「あっ、ごっ、ごめんなさい。はしたなかったですね。し、失礼しました!」

 とっさに出た自分の言葉にシャーロットは慌てた。

(何言っちゃってるの、自分!?恥ずかしい)


 初めてのデートで完全に舞い上がっている。



「…………生クリームがついてる」

「えっ」

 そう言われて慌ててシャーロットがハンカチを取り出す前に、エリアスは指でシャーロットの口の端についた生クリームを拭い、ペロリと舐めた。


「本当だ。美味しいな」


(!?!?)


 あまりに自然な動作だった、が、シャーロットには刺激が強すぎた。


 衝撃で真っ赤になり口をパクパクさせることしかできない彼女を見て、

「ふっ、なんだその顔」

 エリアスは思わず笑みをこぼした。





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