4 期間限定の…
シャーロットはある目的をもって久しぶりに夜会に出席していた。
夜会に出席するのは姉のリーディアに指示されて、渋々出席したもの以来だった。その時も、リーディアはシャーロットに扮して交際していた男に飽きてしまい、別れ話をするのが面倒でそれをシャーロットに押し付けてきたのだった。突然の別れ話に激怒した初対面の相手に口汚く罵られたのは本当に最悪の思い出だ。
美しく着飾った男女が会場を行き交う中、シャーロットは極力目立たないように壁際の柱のあるところに隠れるようにして立つ。
それでも――
「見て、あの方って…」
「まあ、厚かましい。よくまた顔を出せたものね」
「婚約破棄までさせたのに、飽きたらその男性もさっさと捨てたらしいわよ」
「最低ね」
「また男を漁りに来たのかしら」
シャーロットのくすんだピンクの髪はけっこう珍しい。(姉扮する)シャーロットが男性と交際しては別れるを繰り返しているのも有名な話だ。それに今度は婚約者がいる男性に手を出し、婚約破棄させたという醜聞も貴族の間ですでに広まっていた。
ある程度予想していたことだが、非難するような視線をあちらこちらから浴び、シャーロットの心は早くも挫けそうになった。
人目を避けるために出たバルコニーで、シャーロットは目的の人物を見つける。
(いたわ!)
薄明かりの中でも、その男性は際立って美しく、格好がよかった。キラキラした金の髪の長身の男性、黒の正装姿がとてもよく似合っていた。
シャーロットはドッドッドッとうるさい鼓動をなんとか落ち着けながら近づいていく。
「エ、エリアス様、ご無沙汰しています」
「………シャーロット嬢、何か用が?」
怖いほど冷ややかな瞳で見つめられ、シャーロットは身を固くした。
それでもシャーロットが今のところ顔見知りの男性で、こんなことを頼めそうなのは彼以外思いつかない。
もっともシャーロットの知っている男性とは、ほぼ姉の元交際相手で、別れ話が面倒と押し付けられ、そのためだけに1度だけ会った面々であった。
その中で、紳士的でシャーロットの話を聞いてくれそうだと思ったのがエリアスだった。
彼に頼むほかない。
(勇気を出せ!シャーロット!)
断られたらそれまで。そうしたらさっさと逃げ出せばいい。
意を決してシャーロットが切り出す。
「エリアス様、お願いがあるんです!」
「…何だ?」
エリアスの煩わしそうな表情に、萎みそうになる気持ちをなんとか奮い立たせる。
「私と半年間だけでいいんです。恋人になってくださいませんか!?」
恥ずかしくて言葉にするには勢いが必要で、もうほとんど叫ぶように言った。
「………全く意味がわからない」
眉を寄せ、ため息混じりにエリアスは言った。
「前に言ったはずだ、もう2度とこうして会うことはないと」
それだけ言うと彼は背中を向けて去っていく。
「あっ―――」
やっぱりだめだった。
当然といえば当然だ。
以前、婚約も考えていると話したエリアスを振ったのはシャーロット自身だったのだから。
厳密に言えばエリアスが惚れていたのはシャーロットに扮した姉のリーディアにだけど。
父親に子爵の後妻になることを命じられ、数日間悩んだシャーロットが思いついたのは期間限定の恋人をつくることだった。
どうやっても子爵の後妻になることを拒むことはできそうにない。それならば半年間だけでもいい、恋人になってくれるという人を探そう。仮の恋人でもいい、せめて年頃の女の子らしく恋愛を雰囲気だけでもいいから楽しんでみたかったのだ。
シャーロットはうつむいてその場に立ち尽くしていた。
他に恋人役を頼めそうな男性の知り合いはいない。
いや、諦めず探せばいるのかもしれない。でも本心では相手がエリアスならいいなと思ったのだ。初めて会ったとき、なんて素敵な人なのだろうと思った。対応も紳士的で、こんな人が恋人ならどんなにいいだろうと分不相応にも思ってしまったのだ。
でもエリアスにはきっぱり断られてしまった。
(ダメだった…)
これで自分は恋のひとつも知らずに嫁いでいくしかない。愛人を囲った親子ほど年の離れた子爵の後妻に。
急にとても惨めな気持ちが押し寄せる。
鼻がツンとして目の前がゆるゆると滲み出した。
(泣いては駄目だ…余計に惨めになるだけだ…
もう帰ろう)
こぼれそうな涙をふいて顔をあげたときだった。
「…理由を聞いてもいいか?」
目の前に、先ほど去っていったはずのエリアスが立っていた。
「なぜ期間限定の恋人がほしいんだ?」
「……結婚が決まりました。親子ほど年の離れた方の後妻です。私は…私は恋をしたことがありません。もちろん恋人がいたことも―――」
「君にはいつだって恋人がいただろう?」
怪訝な顔をしたエリアスが言う。
「!…あ、その、お酒に酔ってない状態で…素面での自分の話です。私は自分に自信が持てなくていつも夜会などではお酒を飲んで出席していたんです……だから素面では、本当の自分では恋人がいたことがないんです」
苦しい説明になる。姉リーディアがシャーロットに扮してひっきりなしに恋人を作っていたので『恋人がいたことがない』という話に納得してもらえるかわからなかった。
「結婚の相手には愛人もいるようで、その人相手に恋愛はできそうにありません」
「自業自得だな」
エリアスの冷ややかな声を聞き、シャーロットはぐっと詰まった。
でもここで諦めたらもうそこで終わりだ。
ぎゅっと手のひらを握りしめ、もう一度勇気を振り絞る。
「1度でいいから本当の私で恋人らしいことがしてみたいんです。エリアス様にあんなに失礼な態度をとっておいて、今さら都合が良すぎるとは思っています。ですが、お願いできそうなのがエリアス様しかいないんです… 本当の恋人でなくても仮初めで構わないんです。
どうか、どうかお願いできませんか?」
気持ちが伝わるようにエリアスの瞳を真っ直ぐに見つめて話した。
シャーロットの瞳を見つめ、しばらく思案していたエリアスが口を開いた。
「…………いいだろう。半年間だけであれば」
「っありがとうございます!」
「ただ、勘違いしないでほしい。僕はもう君のことを何とも思っていない。了承するのは、こちらもちょうど望まない縁談話がいくつもあって煩わしかったんだ。君を女性避けに使わせてもらう」
「それで構いません、ありがとうございます」




