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「あら・・・またどうしたの?」
「すいません、聡君に会わせてもらえますか?」
「・・・どうぞ」
僕は後日、一人で水野君の家に行った。
おばさんは、少しいやそうな顔をしたが、僕を通してくれた。
僕は、きちんと会うんだ。
水野君に、直接会って、話を聞くんだ。
部屋をノックすると、床の上にうずくまっている少年がいた。
「・・・水野君」
「あ・・・梶中先輩・・・でしたっけ?」
「梶谷だよ」
僕は苦笑いをして、床に座る。
「執行部の先輩ですよね、何のようですか?」
水野君は、中田が見せてくれた写真よりずいぶんやつれていた。
「あの事件のことなんだけど・・・」
僕がそれだけ言うと、水野君は立ち上がった。
「先輩もですか?!僕のことを犯人呼ばわりして!僕はやってないんですよ!」
「・・・」
水野君は髪の毛を掻き毟って、地団駄を踏む。
「生徒会にも見放されたのか・・・」
「違う。僕は、水野君を信じてる。水野君はやってない、そうだろ?」
「先輩・・・」
「僕は、じゃないな。僕ら生徒会は、水野君の無実を証明する為に動いてる」
「・・・」
「君は、やってないんだろ?」
水野君は落ち着きを取り戻した様子で座り込んだ。
そして、ゆっくりと、でも、しっかりとうなずく。
「じゃあ、何であそこに行ったんだ?警察の人が何も行ってくれないってこぼしてたぞ?」
「・・・僕が、逃げたから」
胸がずきんとした。
「あの時、塾の帰りに通りかかったんです。そうしたら、おじさんが血だらけで倒れてて・・・助けてって・・・僕、怖くなって、思わず逃げたんです。
そしたら、僕の姿を見たって言われて・・・警察に連れて行かれて・・・でも、逃げたって知ったら、貶されて・・・信じてもらえなくなると思って・・・それで、何も言えなかったんです・・・僕は・・・僕は・・・」
そこまで水野君が言ったところで、部屋のドアが勢いよく開いた。
「聡・・・そうだったの・・・」
「母さん・・・」
おばさんが立っていた。
「ごめんなさい・・・何も気づいてあげられなかったわね・・・」
目に涙をためて、水野君を見ている。
「本当に・・・ごめんなさい」
水野君は、ひたすら謝るおばさんに、首を横に振った。
「僕が逃げたから、こんなことになってしまったんだ。僕も、ごめんなさい」
「聡・・・!」
水野君の目にも、涙がたまっていた。
今まで枯れてしまいかけていた感情が、あふれ出すようにぼろぼろと涙を流す二人。
僕は、立ち上がって一礼すると、部屋を後にした。
逃げる。
それはどういうことなのだろうか。
みんな、逃げた後から後悔をしてしまう。
僕もだ。
家に逃げ込んでから、全部終わってしまってから、後悔した。
でも、自分が行動している最中に、「自分は逃げている」と感じられるだろうか?
後になって、自分のやったことを考え直してから、「逃げてしまった」と感じるのではないだろうか?
前に、先生たちも逃げていると思った。
でも、その時、先生に逃げているという感情はあっただろうか?
きっと、なかっただろう。
でも、逃げていると感じることは出来なくても、逃げていると人に教えることは出来る。
教えてもらえば、変わることは出来る。
そう、大事なのは、逃げてしまっている人に「逃げるな」ときちんと言うことだ。
僕は空を見上げてそう思った。
そうだよね、父さん。




