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先生はESPでストーカー  作者: 依馬 亜連
番外編

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番外編 露芝家に出没する幽霊の後日談

 拍手お礼画面へ掲載した、小話です。

 ご希望を受け、後半を少し多めに加筆いたしました。


 本編30話前の、ちょっとした一コマです。

 三潮は今、四半世紀を少し過ぎたばかりの半生において、最大級に緊張していた。

 顔は青白いを通り越して、死体の色味になっている。同じく血の気の引いた手は、いつも以上に冷たかった。


 十和の父親と会うのだ、緊張して当然である。


「あらあら。みっちゃん先生、そんなに固くならないで下さいな」

 ソファーの上で石と化している彼を見つめ、十和の母が苦笑した。


 隣の十和も、よく似た表情を浮かべている。

「まだお父さんは帰って来ませんから、少しリラックスして下さい」

 そしてソファー前のテーブルに、麦茶の入ったグラスを置く。


 彼女の気遣いはとても嬉しかったが、今は水すら受け付けない自信があった。

 口に入れた瞬間、嘔吐しかねない。


 十和の励ましを受けても強張ったままの彼に、十和の母は吹き出した。

「嫌ですよ。ここで暮らすんですから、もっとのびのびして下さい」

「しかし、家主である、露芝父の了承がまだ」

 乾ききった喉へ唾を流し込みながら、ぼそりと返した。


 そう。何度か面識のある十和の母はともかく、十和の父とは本日が初対面なのだ。


 初対面の父へ、居候を願い出る。

 これは三潮にとって、秘密結社を抜け出すよりも、勇気を要する行動だった。

 不動産会社から要注意人物のレッテルを貼られているため、他に手立てもないのだが。


「大丈夫ですよ、先生」

 ソファの隣にしゃがみこみ、十和が笑いかけてくる。ホッとしたあまり、泣きそうになるぐらい優しい笑みだ。

「お父さんはお人好しですから、事情を話せば歓迎してくれますよ」

「露芝よりもか?」


 情けなくも震えた声を、彼女はあざ笑ったりしない。

 むしろきょとん、と目を丸くした。


「私って、お人好しですか?」

「重度のお人好しだと、認識している」

 うなずけば、彼女は少し困った顔になっていた。


「ちっとも、気付きませんでした」

 困っている様も可愛らしい、などと、彼女の肉親の前で考えたのが悪かったのか。


 出し抜けに、ドアを開ける音がした。

「ただいまー」

 続いて能天気な声も。


 心の整理が付く前に、十和の父が帰宅したのだ。

 たちまち、三潮は姿を消したい衝動に駆られるが、太ももをつねってやり過ごす。

 代わりにソファから立ち上がり、直立不動の姿勢で彼を待った。


「あの、先生、かえって怖いですよ?」

 三潮の隣に並んだ十和は、少々呆れ気味だ。

「すまん」

 謝ったものの、他に良い表情も思い付かない。ガチガチに固まった顔のまま、居間の扉が開くのを見守る。


 三潮にとって、十和の父とは初対面である。だが、向こうは違った。


 一度だけ、面識があったのだ。本当に束の間の遭遇であるが。


 十和の部屋にて、父は三潮を目撃したことがあった。しかしすぐさま三潮が消えたため、彼は自分の見たものを、生者と認識していなかった。


 地縛霊の一種だと、思い込んでいた。

 その地縛霊が、居間に入ると自分をにらみつけているのだ。

 石膏のように白い顔へ、恨み辛みを塗りたくって。


 仕事の疲れも遠くへ放り投げて、十和の父は真っ白になった。

「ぎゃあああ! 出たああああ!」

 次いで、カバンも放り出して絶叫した。


 だが彼以外の三人には、絶叫の理由が分からない。

 中でも三潮は、一番困惑していた。いや、混乱していた。

 自分に何か落ち度があったのか、と定まらない思考の中で自己嫌悪する。


 その混乱は、思考を飛び出し、部屋中へ飛び火する。

「だめ! 先生、落ち着いて下さい!」

 十和が制止の声を上げるが、遅かった。


 三潮の混乱に呼応して、部屋の家具や調度品が浮かび上がり、乱舞する。


 初めての光景に、十和の母は唖然としていた。

 何度か経験のある十和は、諦めたように首を振っている。


 そしてガクガクと震えていた父は、更に怯えた。

「ひいいいい! ポルターガイストおおお!」

 再び悲鳴を上げる。


 そこからしばらくは、阿鼻叫喚であった。

 父は腰を抜かして絶叫し、三潮は白目をむいてトランス状態であった。

 十和の母が夫をタオルで仰ぎ、十和が三潮の背中をさすることで、どうにか両者落ち着きを取り戻す。


「ゆっくり深呼吸して、先生! 過呼吸気味ですっ」

「すっ、すまっ」

 紙袋を口元に当てられ、三潮は荒れ狂う呼吸を整える。


 十和の父もネクタイを緩めながら、妻から事の次第を聞き出す。

「そうなんです。三潮さんは十和のお友達なんだけど、見ての通り人見知りの緊張屋さんなの。おかげで、なかなか新居が決まらないそうでして」

「とととっ、トモダチ? どう見ても三十近い、この男が?」


 それよりも訊くことがあるだろうに、父が発した言葉はこれだった。

 娘への愛情は、十二分に伝わる台詞である。


 しかしその問いを受けた十和の母は、変わらずにっこり笑っている。

「ええ、そうですよ。友情に、年なんて関係ないですから」

「友達ではなく……彼は、その、十和のいい人、なのでは?」


 疑惑の念も、母はあっさり笑い飛ばす。

「いいえ、友達ですよ。ねえ十和?」

「え? あ、はい……たぶん……」

 突然話を振られ、十和は面食らったものの、曖昧にうなずく。


 ごにょごにょとした言葉尻に、父は膝を叩いた。

「ものすごく、ごまかしてるじゃないか! 嘘が下手なのに!」

「お父さん。もう遅いんですから、あまり大声を出さないで下さいな」

「しかしだな!」


「お静かにっ」

 金剛石のような声音と同時に、高く振り上げられた猫の手パンチが、フローリングへ振り下ろされた。


 ガツン、といい音がした。

 十和の父は無論、十和と三潮も固まる。

「まるで般若だ」

 ぼそり、と三潮が呟いた。

 この場合に限って、彼の表現は的確であった。


 多くの家庭がそうであるように、露芝家も母の権力が強大だ。

 結婚して一年後には、服従者の地位に甘んじていた父が、何かを反対出来るわけもなく。


「わ、分かった……」

 娘と同じくごにょごにょと言い訳し、大人しくなった。

 こうしてうやむやの内に、三潮は露芝家の居候となることが出来た。


 だが同時に、父は三潮へ、そして三潮は父よりも母へ、何ともいえない苦手意識を抱いてしまうのであった。


 今のところ、その「ちょっとこの人、怖いかもしれない」という感情は、払拭されずにいる。

 なお、トランス中の先生のイメージは、『コジコジ』のジョニー君です。

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