番外編 ハンカチの処遇に困惑の巻
拍手お礼画面へ掲載した、小話の加筆修正版その4です。
時期としては、21話後の一コマです。
みっちゃんなりに、何やら考えている様子。
図らずも、十和からハンカチを借りてしまった。
どうしたものかと、三潮は準備室の最奥でうなっていた。
目の前の机に広げているのは、猫のシルエットが織り込まれた、可愛らしいタオルハンカチ。実用性を重視したその素材が、いかにも十和らしい。
脂汗まみれで生徒と討論した折に、彼女が助け舟と共に差し出してくれたものだ。
思い返すたびに、自分の不甲斐なさに懊悩するのだが、今はそれどころではない。
「私の汗に汚されたハンカチを、そのまま返す訳にもいかない……いや、しかし、これを洗濯して返しても良いのだろうか?」
ひょっとすると、自分の汗が染みこんだ時点で、ハンカチはお払い箱となったのかもしれない。
そんな事実があるとすれば、非常に切ない。だが年頃の少女は、異性を不浄なものと判断するという。体育教官のゴリ松こと笠松が、そう嘆いていたのを耳にしたことがあるのだ。
潔癖すぎる拒否反応が、十和に限って有り得ない、とは言い切れない。自分はそこまで、彼女に詳しくないのだ。
「新品を買うべきか……だが、私に女性のハンカチの善し悪しなど分からん……」
そもそも、一人で百貨店に入ることを想像すると、それだけで卒倒しそうになる。
「……無理だ、無理無理無理……絶対に無理」
首をブンブン振って独り言を続けていた三潮の脳裏に、ピッカリと妙案が浮かんだ。
思い付くや否や立ち上がり、三潮は空間を飛んだ。
飛んだ先にいたのは、渡り廊下の自動販売機でミックスジュースを買う八重だった。
突如真横に現れた三潮に、八重は驚きのあまりミックスジュースを落としかける。わたわたとお手玉をしながら、なんとか紙パックを両手で受け止めた。
「あっぶないなー! いきなり出てこないで下さいよ! あ、十和なら教室っすよ?」
「貴様に用があって飛んだ」
「はぁ。しっかし、よくここにいるって分かりますね?」
「気配で分かる」
「みっちゃんって、舞空術とか使える人っすか?」
「ぶくう?」
「あ、別に何でもないっす。それで、どうしたんです?」
八重は首をひねりつつ、三潮へ続きを促す。
「露芝からハンカチを借りたが、新品を贈るべきか、私の汗にまみれたものを洗って返品しても良いのか、分からん」
うなだれる三潮に、八重はけらけらと笑って答える。
「ハンカチなんて、そもそも汗とか鼻水とか水とか拭くもんでしょ? 洗って返せばいいっすよ」
「だが、私の汗だ。露芝の汗や鼻水とは……露芝も鼻を垂らすのか?」
「みっちゃん、みっちゃん、落ち着いて。論点ずれてますから」
ちょいちょい、と広げた手で教師をなだめる八重の後ろを、六斗が通った。彼もジュースが目当てらしい。
二人の会話を耳ざとく聞きつけた六斗は、端正な顔をニヤケ面に変えている。
「俺なら、十和ちゃんの汗が染みこんだハンカチ、洗わず取っとくけどなー」
『変態は黙れ!』
八重と三潮が揃って恫喝する。
目を白黒させる変態を横目で見ながら、八重は肩をすくめた。
「ま、こんな変態もいるんですし? 洗えば問題なしっすよ」
「現代の洗剤の力で、私の汗は一掃されるのか?」
「そんなに心配なら、洗濯が本業の人に頼めばどうです?」
かくして十和の使い古されたハンカチは、クリーニング店のタグが付いた状態で返却された。
受け取る十和は疲れ半分、呆れ半分の顔。差し出す三潮は、どこか誇らしげだ。
「クリーニング店の老婆に任せた。柔軟剤をサービスすると言っていた」
「また、変なお金の使い方をしちゃって……独身貴族なんだから」
カクリ、と肩を落とした十和を、わけが分からずに三潮はぽかん、と見下ろしていた。




