INTERCEPT_1-2
恐怖!未だに主人公の異能すら明かされないドパガキ殺しの異能モノ
目が覚めると、そこは病室だった。
なんてテンプレートな展開なのだろうか。そんな考えも、痛む身体にムチを打って上体を起こしては、ふと隣のベッドを覗いたときに金髪ロングで褐色肌の少年が眠っていたことで吹き飛んだ。
まるでビリヤードのように少年の顔から様々な映像が浮かび上がってくる。晩ご飯に食べた母さんのカレーを解凍する電子レンジ、赤い魔法陣、自分の震える手に握られたロープの輪っか、激しく揺れる視界、閃光の柱、鎧、そして……青白い双眸。
自分の右腕がギプスと包帯で固定されていることから、それらの映像が断片的な夢の映像というわけでもなさそうだった。
「……ロープ?」
思い出した映像の中で、自分が握っていたロープの輪っか。どうしてあんなものを握っていたのだろうかと首を捻る。私は、私はそんなことを選ぶような人間ではないはずだ。自分から逃げ出すような、彼女は、彼女は逃げ出していないのに、私だけが逃げ出すような、そんなことは。
「……ははっ」
自嘲のような声が漏れ、それを堰き止めるように左手で自分の顔を抱える。
逃げ出したんだ。
口では逃げないと言っても、心では逃げないと思っても、私は逃げ出してしまったんだ。自分が一人の人生を捻じ曲げてしまった事実に耐え切れずに、現実逃避をしてしまった。
長い、とても長い間逃げ続けた果てにわかったことは、どこまで行っても逃げられないこと。あの夜と結論は変わらないが、あの夜と違うのは、日向に向き合いたい、日向から逃げたくない、そういう気持ちになったことだ。
壊れたテレビを治すために叩くように、私の頭も爆発に揺さぶられて元に戻った、そんな感覚だった。
連歌屋純花は映像群を再び思い返す。
青白い双眸。鎧、光の柱、激しく揺れる視界、握っていたロープの輪っか、赤い魔法陣、回転するタッパーを見つめる自分の顔が反射する電子レンジのフタ。そこに、母さんの顔も映っていた。
『じゃーあぁ、日付が変わる前までには帰ってきてねぇ?』
思い出した約束にハッとするのと同時に、ふと金髪の少年以外にもこの部屋に誰かがいる気配がした。というかずっとしていた。私が起きてから、ずっと。
おそるおそる視線を正面に向けると、銀髪のポニーテールに青い瞳、私と変わらないくらいの年齢に見える少女が立っていた。もう、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
なんだか、母さんの姿を久しぶりに、しっかりと見たような気がした。
「す、スススミちゃちゃちゃぁんん」
壊れたテレビみたいな言葉を発しながら、その手に持っていた見舞いの品らしき果物の山が床へと落ちて散らばっていくのを気にも留めず、母さんは私へと近づき、抱き付いてきた。
「スミちゃぁぁぁあん、死んじゃやだぁぁぁあ!!!」
そして、私が骨折している重傷患者だということを忘れているかのようにガクガクと身体を揺らしてくる。がっしりと左腕まで掴まれて、固定不能となった首と共に私の視界はあっちこっちへと散らばっていく。
「ちょっ、かっ、母さんっ!やめっ、そのっ、ままっ、続けっ、るとっ!しっ、ホントっ、にっ、し、死ぬっ!」
ピタリと母さんの手が止まり、考え込むように押し黙る。そして、実の娘が狂っても底抜けに明るかったこの人は、静かに泣き始めた。
「か、母さん?」
いつしか母さんの手は肩へと動き、啜り泣きが振動で伝わってくる。こちらを見上げてきた顔は涙に濡れており、やがて震える口を開く。
「す、スミちゃぁん、ふ、二日も眠っててぇ……起きないかもってぇ、こ、怖かったのぉ。そ、それでねぇ、スミちゃんが倒れてた公園を調べてた警察の人たちがぁ、現場の写真って、見せてきたのぉ、きっ、木にぶら下がってたろっ、ロープの写真、とかぁ……す、スミちゃんの指紋と血が付いてたぁ、ナイフとかっ……」
なんてこった。おっと、父さんの口癖が伝染ってしまったな……と、茶化せるような雰囲気ではなかった。数世代前のテレビを直すように、衝撃(物理)によって正気を取り戻した私とは違って母さんはいつも正気だった。警察が話していた私のことを正気で受け止めたはずだ。実の娘が、自殺を図っていたであろう痕跡の数々を。
父さんが家を出て行っても、娘が不登校になっても、それでも明るく振舞っていた、振舞い続けていた……正気だったから、受け止めていたのだ。正気だからこそ、狂っていた私のように逃げずに、ずっと、私を見ていたのだ。
そんな私が消えようとしていたことを、私はずっと隠していた。他にも、不登校になった理由も。
「……ママ、ズミぢゃんにいなぐなっでぼじぐないよぉ――ッ!」
私の胸に頭を埋め、ついにわんわん泣き出した母さんの頭を撫で……るか数瞬迷った後に結局撫でる。
「大丈夫だよ、母さん」
私の顔を見上げる母さんをまっすぐ見る。
「もう大丈夫だよ母さん………………全部話すよ。もう、隠さなくていいと思ったんだ、隠したらいけないって思ったんだ。ほら、腕がこんなになっちゃって正気に戻ったっていうか……アレだよ。もうあんな黒魔女みたいな格好をするつもりもないし」
「そ、それはぁ、たまには着て欲しいぃ」
オイこら。
ぺしょ、と涙と鼻水で少し湿っている母さんの顔を軽くチョップする。ひゆ、と額を抑える母さんに、しばらくちゃんと見ていない自分の表情をなんとか微笑ませてみる。
本当に笑えているかはわからない、わからないけど、
少なくとも、
「もう、私は逃げないから」
「……嬉しいぃ」
にへら、と母さんは笑った。
この様子だと、ちゃんと笑えていたのだろう。胸を撫で下ろす私の背中に、ふいに母さんの手が回ってきた。未だ潤んでいる母さんの目と目が合う……まずい。
こんな感じで目を潤ませたこの人は、目を潤ませて見つめ合うこの人は、連歌屋香織は、私の母であるのと同時に、キス魔でもあった。
妙に力の強い抱擁……こういうときの母さんの狙いは、おそらく唇だ。
顔が近づき始める、と同時にその湿った顔面を左手で抑える……凄い力だ。いつもは両手で抵抗してやっとこさ離れられるが、今日は片手でしか力を加えられずじりじりと距離が縮まっていく。
「母さん、思い出してほしいんだけど、ここって一応病室で、それも相部屋で、隣には他の患者が……今は寝ているけどもしこんなタイミングで起きられたりしたらちょっとなんて言い訳をすればいいのか既に不安で」
「スミちゃんがぁ、言ったのぉ……ママの愛からぁ、逃げないってぇぇぇええ!」
さっきまでのシリアスな表情から一転し、いつもと変わらない明るいテンションの母さんに戻っていた。
できれば、今じゃない方が嬉しい。
「だーーーーッ!近親でそういうことをするのは厳しいんだよ!特にヨーロッパの諸の国とかでは未だに刑事罰が」
「愛は愛でも家族愛なんだけどぉ……スミちゃんが望むならママはいつでもがもが」
もう鼻と鼻が触れそうになる。
そうだ、ナースコールを押そう。今の今まで気を失っていた患者が目を覚ましたのだからなんら不自然ではないはずだ。というか、そういうのがマナーというか推奨行為というか、そういうもの等に類するはずだ。
これは逃げじゃない。
ナースコールを押そうと周りを見ようとするが、背中を抱く手は後頭部もカバーしており首を動かせなくなっており、何とか手探りで探そうと考え付いたのはいいものの、右手はギプスに収まっており、左手はキス魔を抑えている。
これは逃げられない。
そして鼻と鼻が触れる…………そのときだった、隣のベッドから声が聞こえたのは。
「邪魔するようで悪いが、ここがどこなのか教えてもらえると嬉しいんだが」
蒼い、声。
特別低いわけではないが、高くはない声。
声変りは済んでいないが、大人びた声。
空色ではないが、夜のような黒に近い青でもない、そんな声が聞こえる方へと母さんと同時に振り向く。
私と同じくあの公園から病院に運ばれてきたのであろう金髪ロングで褐色肌の少年がベッドの上で上体を起こし、青い双眸を開いてこちらを眺めていた。なぜか、少し申し訳なさそうに。
「……青い、瞳」
母さんがポツリ、と呟く。目を離せなくなっているのか、左手を離しても母さんの顔が近付いてこないのでそのままナースコールを手に取り、ボタンを押す。けっして、これはけっして母さんから逃げようとしたのではない、隣の患者が起きたことを病院へと知らせようと思ったからだ。……けっして。
思えば、私も初めてこの少年を見たときはその瞳に目を奪われていた気がする。青い瞳、というものは自分のモノと母さんのモノ以外、実際に生で見たことがないから珍しく感じていたのだろうか。雑誌に現れる魔法少女型の異能者であったり、テレビに映る外国人であったりと青い瞳を持つ者は結構いるのだが、生で見たという一点においてとても『珍しい』といった感想になる。母さんもそうなのだろう。
そんな珍しい青い双眸が、一つの病室に三セット。昔のトレーディングカードゲームにそんな三セットが融合するとアルティメットなドラゴンが生み出されてしまうとかしまわないとかいう話を聞いたことがあるな…………と、そんなことを一通り考えたとき、その三セットのうちの一つ、目の前の青い瞳の金髪少年をほったらかしにしていたことを思い出したので、とりあえずここが病院であると教えようと口を開きかけたと同時に、先ほど自分が押したナースコールに呼び出されたであろう看護師が病室に入ってきた。
その看護師はナースコールを押した私……ではなく、私の隣にいる少年を見るなり驚いたような表情になった。そしてそのまま踵を返し、小走りで誰かを呼びに行くように病室を後にした。
「……ま、まぁ見てわかると思うけど、病院だよ」
本当に、見てわかる通りのことを言ったものだ。
気まずさから少し引きつった少年の顔を見て同じく気まずくなった私は、とりあえず次のイベントまで待つことにした。
というのも、連歌屋純花にはこの先の展開が予想できていた。
あの看護師が呼びに行ったのはおそらく担当医でも、院長先生でもない。あんなに派手な、まるで異世界から現れたかのような登場シーンを演じたこの少年に用があるのは少なくとも、そんな一般人ではないからだ。警察機関、もしくは――
ゴツッ、と思い足音と共に大きな人影が病室の入り口に現れた。
それは残暑が残る季節だというのに漆黒のスーツを羽織っており、同じく漆黒の角刈りで、またまた同じく漆黒のスクエア型サングラスを着用していて頬に傷のある少し、否、だいぶ強面の男だった。
普通であればここで110番だ。しかしなんということでしょう、連歌屋純花はこの男と顔見知りであったのだ。
「……石坂さんか」
「人の顔を見るなり、ヤの付く自由業者でも見たような顔は勘弁してくれ」
警察機関、もしくは――の『もしくは』の方。
日本で一番有名な民間軍事会社『リーサル』の職員がそこに立っていた。
主人公の異能は次の……次(の次?)になりそうです
次回「※ラブコメの導入みたいだがこの二人がそんな関係になることはありません」




