番外編 エレンのそばかす その一
ある日、ミーヤが洗濯室へ出勤すると、エレンが控室で化粧直しをしていた。パタパタとパフを叩くエレンの周りに、白粉の粉が朝の光に舞っている。
(ううう、やっぱり嫌なニオイがする……)
ミーヤは鼻をつまんで言った。
「エレンそれ、からだに、わるいニオイがする。つかわない方がいいよ」
「ああ、そんな話を聞いたことがあるね。でも……あたしは、そばかすがあるから……」
エレンが鼻の頭に皺を寄せて言った。いつも大きな声で楽しそうに話す、エレンらしくない言い方だ。
そばかすの何が悪いのか、ミーヤは全然わからない。愛嬌のあるエレンに、そばかすはとても似合っていてキュートだと思う。
「そばかすがあると、だめなの?」
ヒューゴは背中から腕が生えたミーヤですら『可愛い』と言ってくれた。そばかすくらい、何だというのだろう。
「だめってわけじゃないよ。でも、ない方がいいってみんなが言うからさ。あたしも、そばかすは……あんまり好きじゃないし」
「そばかす、かわいいよ?」
「あはは、ありがとうミーヤ」
エレンはいつも通り口を開けて笑い、化粧道具を自分の鞄にしまって洗濯室へと向かった。けれどミーヤには、その背中がほんの少し小さく見えた。
ミーヤは次の日の朝、起きるとすぐに人間の姿になって森へと向かった。少し、思いあたることがあったのだ。
✱ ✱ ✱
「あった! オシロイバナ!」
太陽が真上に来る頃、ようやくミーヤは目当ての花を見つけた。
美弥の時に、この花の種で『お化粧ごっこ』をしたのを思い出したのだ。
どんどん根っこごと引っこ抜いて、土の付いたまま両手に抱える。
(イレーヌも欲しがるかもしれないから、ヨシュアに畑で栽培してもらおう!)
ミーヤは頬にも額にも泥を付けたまま、走って城へと戻った。
洗濯室まで来て、さすがに泥だらけの自分に気がついた。東側の窓のある方へ周り、中を覗き込む。
「エレン、エレン!」
窓枠を叩いてエレンを呼ぶ。
「どうしたんだミーヤ、泥だらけじゃないか」
エレンはすぐに来てくれた。窓を開けて、ミーヤの頭に付いた泥を払ってくれる。
「これ、オシロイバナ! これなら、身体にわるくないよ」
「へぇ、懐かしいな! あたしも子供の頃、オシロイバナの種でお化粧ごっこして遊んだよ」
「うん、一緒に、おしろい、つくろう! いっぱい採ってきた!」
ミーヤは勢い込んで、ポケットから真っ黒な種を取り出して見せた。左右のエプロンのポケットが、パンパンに膨らんでいる。
けれどエレンは、気まずそうに笑った。
「ミーヤ、これは本物の白粉にはならないんだ」
「えっ、どうして?」
「見ていてごらん」
エレンが黒い種の外皮を取り除き、中の真っ白い部分を取り出した。指の腹ですり潰して捏ねて、手の甲へと塗りつける。
「白くなった!」
ミーヤは目を輝かせて言った。
だが、しばらくすると、白い部分はじわりと湿って、指で触れたところから崩れていった。白く染まったと思った部分も、すぐにカサカサに乾いて、粉のようにパラパラと落ちてしまう。
「あっ……、だめなんだ……」
ミーヤはシュンとしょぼくれた。毛玉だったらきっと、頭の花が萎れている。
「ミ、ミーヤ! これ知ってるか?」
そんなミーヤを励ますように、エレンが明るい様子で声をかけた。
オシロイバナの花をひとつ手に取り、萼の部分をプツンと折る。そして、そのままスーッと引っ張った。
ミーヤは琥珀色の目を大きくして、エレンの手元を見つめている。
花と萼のあいだから、細い白い糸のような芯がするりと伸びてくる。
花びらはその先にぶら下がり、小さな傘のようにふわりと広がった。
エレンが手を離すと、花びらがくるくると回りながら、ゆっくり落ちていく。
まるで小さなパラシュートみたいに。
(パ、パラシュートだ!)
「なっ、面白いだろう!?」
ミーヤはコクコクと頷き、自分も花を折ってみる。……千切れてしまった。
「いいかい、ここを持って、千切れないように……」
「こう?」
「そうそう、そーっと引っ張る」
「そーっと……。出来た!」
満面の笑みを浮かべてミーヤが思い切り、花を空へと放り投げる。
急に上を向いた二人は、眩しくて同時に目を細めた。
クルクルと回りながら落ちてくる花を見つめながら、エレンがポツリと言った。
「ミーヤ、ありがとな。あの身体に悪い白粉は、もう使うのやめるよ」
✱ ✱ ✱
「あら、ミーヤ。来ていたの? そろそろお昼休みよ」
イレーヌがエプロンで手を拭きながら歩いて来た。
「うん、今日は、しごとじゃないの。あの……」
「お花を持ってきてくれたの?」
「そうじゃないんだ。あたしが、良くない白粉を使っていたから……。なぁ、イレーヌ、白粉って、何から出来てるんだ?」
「あー、なるほどね。それでオシロイバナなの……。ミーヤは井戸で顔と手を洗っていらっしゃいな。その花は、花瓶に活けちゃっていいかしら?」
ミーヤはこくりと頷くと、イレーヌに花を渡して、井戸に向かって駆けて行った。
「エレンったら、まだあの白粉を使っていたのね? 身体に良くないからやめなさいって言ったでしょう?」
「ああ、もうやめるよ。ミーヤにまで心配かけちまった……」
「こんなにたくさん……」
「ポケットに、パンパンに種を詰め込んであったんだ。……ミーヤには敵わないよ」
✱ ✱ ✱
けっきょくミーヤは午後から働くことにして、三人で食堂へと向かった。以前は下男と下女は食堂の利用は出来なかった。出勤した人数分のパンのみが支給されていた。毛玉様の保護に洗濯室が貢献したことにより、下働き全体の処遇が改善されたのだ。
「それで……。白粉って、何で出来てるんだ?」
日替わりランチのサラダをパクつきながら、エレンがイレーヌに話を振った。ミーヤは一番美味しそうなミートボールを『最初に食べるべきか、それとも最後の楽しみに取って置くべきか』と、真剣に悩んでいる。
「基本的には、貝殻か鉛ね。貝殻は加工に手間が掛かるから、どうしても高価になるの。貴族の使う白粉は、真珠を砕いて入れたりするわね」
「貝殻自体はそんなに珍しいものじゃないんだろう? そんなに手間がかかるのか?」
「ええ。塩を抜いて乾燥させるために、十年寝かせるの。砕くのも大変らしいわ」
(貝殻は海だよね? 森の川で、貝は見たことない……)
ミーヤはまたしょんぼりして、ミートボールにぶすりとフォークを刺した。ミートボールは最初にひとつ、途中でひとつ、最後の最後にひとつ食べることにしたようだ。
「鉛は安価だけど、身体に害があるの。どちらも混ぜものをして、かさ増ししものが多いわ。貝殻は材料費をおさえるために、鉛は毒の症状をおさえるために」
「鉛って、どのくらい身体に悪いんだ?」
「身体に蓄積されていくの。最初は軽い頭痛や食欲不振だけど、貧血や脱毛の症状が出て、不妊や死亡に至ることもあるの」
「えっ、そんなにヤバイ毒なのか?」
「エレンが使っていたのは、混ぜ物が色々入っていたから、それほどでもないと思うけど……」
カランと音がした。ミーヤがフォークを取り落とした音だ。
「エレン……わたしが、なんとかするから、あの白粉、やめて……!」
涙目になって、プルプルと震えている。
「わかった。もう絶対に使わない」
エレンが真面目な顔で応えた。エレンもイレーヌも、改めて……ミーヤには敵わないなぁと、こっそり笑った。
「わたし、白いもの、探してくる。イレーヌ、たとえばどんなもの?」
「うーん、そうね、植物の根とか、木の皮とか、樹液とか……かしら?」
「わかった!」
ミーヤはランチの残りを口に詰め込むと、『ごちそうさまでした』と律儀にあいさつをしてから、食堂を飛び出して行った。
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《次回予告》
森でミーヤが『白いもの』を探します!
次話『番外編 エレンのそばかす 中編』は書けたら投稿します!
新作短編投稿しました。
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