番外編 ただのヴォルガルド
「ふ、ふざけるな! 龍が喋ったから何だというのだ! 貴様ら、その化け物を今すぐ捕らえろ! 城を壊したのはそいつだぞ!」
金ピカの玉座にしがみつき、民衆に命令を下す帝王。だが、誰一人として動く者はいない。それどころか、民衆の視線は冷ややかさを通り越し、もはや「ゴミを見る目」に変わっていた。
「喋るドラゴンなら高く売れるんじゃないか?」
「兄上、見せ物にして儲けるのはどうでしょう?」
バルガスと使者がコソコソと、ろくでもない相談をしている。
「ミーヤ様、見てはいけません。あのような品性下劣な人間は、外道といって、路傍の石より価値がない」
ザックがミーヤの目を、そっと塞いだ。
「そうだな、教育上、良くない」
ヒューゴが耳を塞いだ。
二人とも、それは過保護というものだ。良いも悪いも、親が決めるものではない。
……いや、二人とも親ではなかった。
「さて、ルーガ。どうする?」
ヒューゴが低く問いかけると、ルーガはふんと鼻息を漏らした。その風圧だけで、帝王の剥げかけた冠が虚しく転がっていく。
「この者どもに、国を治める能力などない。こすからく上前を撥ねていただけだ。我で良ければ、しばらく尽力しようぞ」
「ルーガが、おうさまになってくれるの?」
小さな子供がコショコショと、隣の母親に耳打ちした。
「いや……、娘。我はそんなつもりでは……。生活を立て直す手伝いくらいなら我でも出来るゆえ……」
ルーガがゆっくりと首を振った。人々の上に君臨すると思われたのだろうか。そんなことはルーガは少しも望んでいない。
「ルーガならいいんじゃない?」
「うん、帝王なんかよりずっといいよ。無理やり娘を後宮に召し上げたりしないだろうし」
「無理やり戦争に行かせたりもしないだろうしな」
「もう、俺たち“帝国”なんて嫌なんだよ。ただの“ヴォルガルド”の、のんびりした普通の国の王様になってくれよ」
ドラゴンの王様は……、果たして普通なのだろうか。いや、いい話の最中だ。口を挟んではいけない。
「な、何をいっておる? この国は余のものだ。でかい爬虫類に何ができるというのだ?」
後宮に娘を無理やり召し上げたり、無理やり戦争に行かせたりした帝王が言った。
「何ができる、か。……まずは煤払いから始めるとしよう。その玉座にこびりついた、強欲という名の煤をな」
「ま、待て! 話せばわかる! 余のペットにしてやろう……ぎゃあああああああああ!?」
ルーガの尻尾が、小石を払うような軽やかさで帝王をペシッとはじき飛ばした。
「余は帝王ぞおおおぉぉぉぉーーーーーー」
放物線さえ描かずに、真っ直ぐ空の彼方へと飛んでいく。
続いてジロリとバルガス兄弟を睨む。
「わ、わしと組んで、世界を手にする気はないか? 美食も美女も思うがままだぞ! 世界の半分をくれてやるぞ」
「我は草食だし、既婚者だ」
ペシッとはじき飛ばす。
「愛妻家とは聞いてないいいいぃぃぃーーー」
最後は弟……使者だ。
「えっ、わしも? わし、そんなに悪くなくない? ダメ?」
ペシッ!
「オムレツ食べてごめんなさいいぃぃぃーーー」
続けて三人、キランと空に消えて行った。
* * *
「……すごい、飛んでったね!」
ミーヤは目の上に手を翳して、眩しそうに見送った。ヒューゴが満足そうに頷く。
「ああ。二度と帰ってこなくていい」
いや、ああいうタイプは空に打ち上げられても、きっと死なない。
* * *
「ところでルーガ、これからどうするつもりだ? 資金も資材も、この国には残っていないようだが」
ヒューゴの現実的な問いに、男が答えた。
「少しずつみんなでやるよ。どうせもう、城なんかいらないんだ。国じゃないなら、それでもいい。俺たちが望んでいるのは、せいぜいが“子供には腹一杯食わしてやりたい”くらいのもんなんだよ」
「それなら、我は力になれる。森の実りに詳しいし、空も飛べる。力も強いしな!」
「ルーガ、スーパー村長さんだね!」
ミーヤがにこにこと笑いながら言った。マブダチが楽しそうで、見ているだけでミーヤも楽しくなった。
「すーぱー?」
「とってもすごい村長さんってことだよ!」
毛玉の語彙は……いつまでたってもあまり増えない。
「うん、いいな。ヴォルガルド村……。ドラゴンの村長がいる、普通の村だ!」
誰かが朗らかに言った。子供が「わー、格好いい!」と歓声をあげ、拍手が巻き起こった。
「復興支援とか、資金援助とか、色々考えたんだけどな」
「へーか、また来ようよ。平民父ちゃんで、大工さんしに来よう!」
「……おう、がってんだ」
まだ変身していないのに、ヒューゴが言った。若干照れ臭そうなのは仕方ない。今はまだ、スパダリヒューゴなのだ。
* * *
こうして“ヴォルガルド帝国”は地図からその名を消した。
だが、代わりに森の入り口付近に、ドラゴンの村長がいる、のんびりした普通の村ができた。
くれぐれも『それって普通なの?』などと言ってはいけない。そんな村だ。
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さて、番外編の第一弾、『帝国編』はおしまいです。
次の番外編は何にしましょうかね!?




