アフター
「なんでカラオケ……」
食事と言われ連れてこられたのは、まさかのカラオケボックスだった。唖然とする颯谷をしり目に、剛は慣れた様子で軽食を注文している。それを終えると、彼はやや非難めいた颯谷の視線に気付き、苦笑しながらこう説明した。
「完全な個室で話したかったからな。だがこのタイミングで個室を予約できる料亭やレストランに行けば、まず間違いなく関係者だらけだ。そんなわけでな、ここにさせてもらった」
「まあ確かに関係者はいないでしょうけれども……」
あまりにも予想外過ぎて、と颯谷は心の中で付け足した。それからふと思ったことをこう尋ねる。
「関係者といえば、数馬さんはどうしたんですか?」
「数馬社長なら、今はそれこそ料亭かどこかだろう」
「……仕事、押し付けたんですか?」
「まあな。いやぁ、面倒事を投げる先があるっていうのは素晴らしいな」
「ひっでぇ」
颯谷が思わずドン引きすると、剛は愉快気に大笑いした。カラオケボックスだけあって、彼が大笑いしても他の客に迷惑は掛からない。「案外ここで正解だったかも」と思いながら、颯谷は本題に入るよう剛を促した。
「タケさん。それで話っていうのは?」
「ん、ああ。いろいろあるんだが……、オークションはどうだった?」
「結局個人用には落札しませんでしたね。全部、仙樹林業に回すと思います」
「そうか。例のドロップしたインゴットで弾頭を作るという話、実はもう進んでいてな。試験的にだが、鉛と銅でやってみたそうだ」
剛の話を聞いて颯谷は少し驚いたが、すぐに納得した。国防軍は国防軍でかなりの量の金属インゴットを確保している。その中には鉛もあったはずで、きっとそれを使ったのだろう。
「弾頭の等級は?」
「二級だな。さすがに弾頭を練氣鍛造法で一発ずつ作るというのは狂気じみている」
「それはそうですね……。で、結果は?」
「良好らしいぞ。銃も、仙樹弾用に改良したヤツがそのまま使えたそうだ」
もちろん実際に怪異に対して使用したわけではない。だが銃に装填した状態で氣を込めることはできたし、そのまま発射することもできた。これは鉛弾頭だけではなく銅の弾頭も同じで、つまり作りさえすればいつでも実戦に投入できるということだ。
「あの場では言わなかったが、予算が増えたのはこの結果を受けてのことだろうな。仙樹弾の生産数は決して多くない。金で解決できるならもう一億くらい、というところだろう」
「分からなくはないですけど、そんなに使うもんなんですかね?」
颯谷は小さく首を傾げた。対物ライフルの場合、通常弾でも中鬼までは有効なのだ。つまり仙樹弾を使うとすれば大鬼以上。だがそのクラスのモンスターは比較的少数と言って良い。在庫を溜めておきたいという気持ちは分かるが、「実際の消費量と比べてどうなんだろう」と思ったのだ。
「使用量が少なく思えるのは、結局生産量が少ないからだ。あれば現場は使うと思うぞ。それに使うのは日本だけじゃない」
「あ、そうですね……」
異界顕現災害は世界中で起こる。つまり仙樹弾の需要はワールドワイドだ。颯谷はそのことを改めて思い出した。どうにも日本のことだけ考えがちだ。そのことを颯谷はちょっと反省した。
「話はオークションから少しそれるが、そんなわけで仙樹弾の需要は大きい。それで仙樹林業としては、海外進出を真剣に検討しているそうだ」
「海外……!」
「さらに言うと、銃器メーカーもそれに乗るらしいぞ」
「なんかすごいスケールになってますねぇ……!」
颯谷は感嘆した様子でそう呟いた。彼は想像が追い付いていないようだが、剛に言わせればこれは既定路線だ。仙鋼や仙樹弾が仙樹に依存し、仙樹が異界でしか生えてこない以上、日本国内での生産量はいずれ頭打ちになる。であれば海外に仙樹を求めるのは自然な発想だ。
仙樹を輸入して国内で諸々を生産する、という方法もある。だが特に銃器メーカーは現地生産を視野に入れているようだった。日本は世界でも有数の異界顕現災害大国。いつ生産設備が被害を受けるか分からない。いざという時のために生産設備を分散しておこう、というわけだ。
「具体的にはどこを考えているんですか?」
「仙樹の調達はインドネシア、生産拠点はマレーシアを考えているそうだ」
インドネシアは日本と同じく有数の異界顕現災害大国。仙樹の調達先としては有望だろう。一方のマレーシアはインドネシアの隣国であり、しかし異界顕現災害は比較的少ない。輸送コストを抑えつつ、工場は比較的安全な国に作る、という方針らしい。
加えてインドネシアとマレーシアが有力候補になった理由としては、その両国が親日国であることが挙げられる。マレーシアはイギリスの植民地だった時代、旧日本海軍が一時期そこに軍艦を置かせてもらっていたのだ。イギリスと一緒に海賊対策をやっていたこともあり、そういう経緯でマレーシアは親日的と言われている。
一方のインドネシアはオランダの植民地だった。だがオランダは植民地の異界対策に積極的でなかった。見かねたイギリスが口を挟み、なんやかんやあって一時期旧日本軍がその征伐を担っていたのだ。そういう背景があって、インドネシアも親日的と言われている。そして「親日国だから進出しやすい」という側面は間違いなくあるだろう。
「それに人件費も向うの方が安い。それも海外進出の理由の一つだろうな」
「でもそれだと、日本での生産が廃れませんか?」
「たぶん大丈夫だと思う。私も経済のことは良く分からんが、仙鋼も仙樹弾も戦略物資と言って良い。それを完全に海外に依存、という形にはならんだろ」
「なるほど」と颯谷は呟いた。加えて、やはり需要の大きさと言うのがある。インドネシアで仙樹の調達体制を構築し、マレーシアで仙樹弾の生産工場を稼働させたとして、それで全世界の需要を賄えるかというとたぶんそれは不可能だ。日本の設備も必要とされるだろう。
「まあそんな具合で動いているらしいという話だ。まだ内部で揉んでいる段階らしいのでな、外に漏らしてくれるなよ」
「了解です。……オークションと言えば、タケさんの方はどうでした?」
「頼まれた二億の分はほぼ使い切ったな。後は鉄を中心に、といった具合だな」
「じゃあ次はハンマー、ですか」
「そうなるな」
颯谷の言葉に剛は大きく頷いた。正確にはハンマーのヘッドを作り、この先の練氣鍛造法の精度を上げる。それが剛の考えている次なる一手だ。もちろん鉄のインゴットはそれ以上に買い込んでいるので、武器も作る。だが何よりもまずはハンマーだ。
「お待たせしました~」
カラオケボックスの店員がやって来て、テーブルの上に注文した品を並べていく。だいぶジャンクな感じだが、たまにはこんな夕食も良いだろう。そう思いながら颯谷はピザに手を伸ばす。向かいでフライドポテトをつまみながら、剛が続けてこう言った。
「……それで一つ、いや二つ頼みがあるんだが」
「一応、聞くだけは聞きましょう」
「一つはハンマーヘッドだ。銅で上手くいったら、鉄の方は颯谷に任せたい。それこそ、例のハンマーで」
「もう一つは?」
「練氣鍛造法のお手本を、ウチの連中に見せてやって欲しいんだ」
もちろん組み合わせて上手くいくことが前提だが、ハンマーヘッドは何が何でも一級相当に仕上げたいと剛は思っている。そうでなければやる意味がないからだ。
そして一級相当のハンマーが完成すれば、練氣鍛造法の重要性はさらに上がる。仮に失敗したとしても、仙鋼製のハンマーはあるのだ。練氣鍛造法を扱う職人のスキルアップを図るというのは、良いアイディアに思えた。
剛から二つの頼みごとを聞くと、颯谷はまずピザを一口食べた。モグモグと口を動かし、飲み込んでからさらに烏龍茶を飲む。そしてこう答えた。
「どっちもタケさんがやれば良くないですか?」
「ふむ。実は来年中にでも、一門とあとは幾つかの流門で氣功能力技術交流会を開催しようと考えているのだが……」
「あ、やります、やりまーす! 喜んでやりまーす!」
「お、そうか。じゃあ頼んだ。交流会もぜひ参加してくれ」
剛はそう言って満足げに頷いた。彼の手のひらで転がされてしまった自覚はあるが、颯谷も悪い気はしない。氣功能力技術交流会。今から楽しみだった。
「交流会って、どんなことをやるんですか?」
「簡単に言えば氣功能力の見せ合いだな。他流派の技を見て刺激を受けよう、というのが基本的なスタンスだ」
「へえ……。でも見せちゃっていいんですか? 門外不出の技だったりとか……」
「そのへんはもちろん選ぶさ。なんでもかんでも見せるわけじゃない」
「そうするとだんだんマンネリ化するんじゃ……?」
「だから毎年やっているわけじゃない。今回も四年ぶりだな」
剛がそう答えると颯谷は「なるほど」と呟いて小さく頷いた。付け加えると、決して四年毎と決まっているわけでもない。五年ぶりのこともあれば三年ぶりのこともある。そのへんは結構ガバガバだ。
ただ指標というか、大まかな目安になっているモノはあって、それは新たに氣功能力に覚醒した者、いわゆる新人の数だ。これが一定以上になると「そろそろやろうか」という雰囲気が盛り上がってくる。それが氣功能力技術交流会だった。
「そうだ。颯谷も技を一つ披露してみないか?」
「え、いや、でも……」
「伸閃、だったか。あの斬撃を伸ばすっていう技。アレでいいと思うぞ」
それくらいなら、と颯谷は躊躇いがちに頷いた。「伸閃・朧斬りはともかく、高周波ブレードも見せて良いかもしれない」と颯谷は内心で考える。それを見て剛は満足げに頷いた。そして今度はチキンナゲットに手を伸ばす。そんな彼に今度は颯谷がこう話しかけた。
「あ、そう言えば仙樹刀がダメになっちゃって。もう一本欲しいんですけど、良いですか?」
「いいぞ。依頼の報酬、の一部ということにしておくか」
剛は気楽な調子でそう答えた。それからふとニヤリと笑みを浮かべる。そしてこう続けた。
「例のパターンの加工、アレもそろそろ解禁できると思う」
剛の言う「例のパターンの加工」とは、かつて颯谷が仙樹刀に刻んだ「ハ」の字を横に並べたような加工のことだ。新幹線のパンタグラフを参考にしたもので、氣の流れを整えて技の難易度を下げたり、もしくは技の精度を上げたりすることが目的だった。
そしてその効果は確かにあった。あくまで補助程度のふんわりしたモノだったが、それでもパターンの有無で差を感じられたのだ。これは画期的と言って良い。しかし颯谷はその加工がされた仙樹刀を青森県東部異界の征伐では使わなかった。剛から使わないよう頼まれていたのだ。
その理由を言語化すれば「この画期的な技術が広く世の中から注目される前に、先行して研究を深め、あわよくば製品化につなげたいから」と言ったところか。その製品化として駿河仙具が打ち出したのが「氣功計測デバイス」である。そのうえで、剛はパターンの加工をした仙樹刀を、もう衆目にさらしても良いという。
「え、じゃあ……?」
「氣功計測デバイスの開発は思ったよりも順調に進んでいる」
大きく頷いて剛はそう答えた。氣功計測デバイスはこれまでにない画期的な装置だ。取っ掛かりは掴めたものの、製品化には長い時間がかかるだろうと思われていた。しかし開発は思った以上に順調に進んだ。心臓部となる「氣を流すと電圧を発生する部品」の研究がわりとすんなり進んだのである。それで来年中には製品を発表できるのではないかという。
「それはスゴいですね……!」
「ああ。数馬君も驚いていた」
感嘆する颯谷に、剛はそう答えた。氣功計測デバイスの発表は世界に衝撃を与えるだろう。千賀道場の門下生たちなど、身近なところからも反応があるに違いない。彼らがどんな反応を示すのか、颯谷は今から楽しみだった。
「まあそんなわけで、だ。例の仙樹刀、宣伝がてらぜひ見せびらかしておいてくれ」
「はは。了解しました」
悪戯っぽい剛の言葉に、颯谷も笑いながらそう答える。正直、あの仙樹刀が氣功計測デバイスの宣伝になるとは思わない。とはいえ、アレだけでもそれなりに物珍しさはあるだろう。それなりに注目されるかも、と彼は内心で呟いた。
「……そう言えば、岡崎家のことってどうなりました?」
ピザの合間にシーザーサラダを食べてから、颯谷は剛にそう尋ねる。剛は一口食べたチーズバーガーをお皿に戻し、ナプキンで手を拭いてからこう答えた。
「仙樹の挿し木のことなら、まだちゃんと葉を茂らせているぞ」
岡崎晋が青森県東部異界から持ち帰った仙樹の挿し木は、今のところは基本的に岡崎家で管理されている。ただしこのプロジェクト自体は皇亀のドロップの土の関係で仙樹林業との共同プロジェクトだ。それで颯谷はこう尋ねた。
「もしもですけど。仙果が実ったら、半分は仙樹林業に権利があるってことでいいんですよね?」
「基本的にはそうだろうな。だがそこまで上手くいくかは分からんぞ。そもそも挿し木を増やせるかも未知数だ。結局全滅、なんてこともあり得る。その時はアレだ、ウチの関係者ってことで颯谷に挿し木の調達依頼が出るかもな」
剛がニヤニヤしながらそう言うと、颯谷は思わず「うげ」という顔をしてしまうのだった。
剛「アフターといえばカラオケだろう」
颯谷「どこ界隈ですか」




