表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀後の日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

220/224

オークション5


 颯谷が国防軍基地の食堂で頼んだのは油淋鶏定食。しかもオークション出席者は無料だという。颯谷はありがたく定食を受け取り空いている席に座った。味噌汁を一口飲んでから早速油淋鶏に箸を伸ばす。サクサクに揚げられた鶏肉に、ネギの利いたタレが絶妙にマッチしている。彼は白飯をかきこんだ。


 昼食を食べながら、颯谷はスマホを取り出した。そして第一部で使ったお金を計算する。しめて9643万円。少し余ったが、ほぼほぼ使い切ったと言って良いだろう。本当に第二部はどうしようかと悩み始めたその矢先、彼のスマホに一件のメッセージが入った。


(雅さんから……。なになに……)


 メッセージを開いて読むと、彼はたちまち眉間にシワを寄せた。曰く「報奨金の分配について話し合いたいので、征伐隊のメンバーは第二部終了後に少し残ってほしい」とのこと。これで帰る選択肢はなくなってしまった。


(しゃーない。それじゃあ見物してるか……)


 内心で肩をすくめながらそう呟き、颯谷はスマホの画面を消した。それから油淋鶏を一切れ口に運び、すぐさま白飯に後を追わせる。サラダで口の中をさっぱりさせてから、味噌汁を一口啜る。そうやって黙々と昼食を食べる彼に声をかける人物がいた。


「お、颯谷。ここにいたか」


「タケさん」


 颯谷に話しかけたのは剛だった。数馬から来ているとは聞いていたが、ここで顔を合わせたのはこれが初めてだ。彼も昼食らしく、颯谷の向かいに座った。ちなみに彼の昼食のメニューはアジフライ定食だ。


「第一部はどうだった?」


「結構白熱してましたよ。天鋼が3億5500万円。ちょっとびっくりしました」


「なるほどな。で、お前さんはどうだったんだ?」


「単価が安いのを中心に、9600万くらい使いました」


 颯谷がそう答えると、剛は頷きながらもう一度「なるほど」と呟いた。それからさらにこう尋ねる。


「第二部はどうするんだ?」


「帰ろうかなとも思ったんですけどね。終わってから報奨金の分配についてちょっと話し合うみたいなので、見物がてら出るつもりです」


「そうか。実はさっきまでちょっと電話をしていてな。……予算は倍、だそうだ」


 後半は少し声を落として、剛はそう言った。剛と颯谷は仙樹林業を介して、その株主である銃器メーカーから金属インゴットの落札を依頼されている。その予算は当初それぞれ1億円だったのだが、それを倍のそれぞれ2億円にするという。


「それってやっぱり、第一部の様子を聞いて、ってことですよね?」


「だろうな。思った以上に高かったのか、あるいは逆にチャンスだと思って予算を増やしたのか」


 もしかしたら「第二部は相場が上がる」と見込んだのかもしれない、と剛は味噌汁をすすりがら答えた。第一部は征伐隊のメンバーかその代理人しか入札できない。言ってみれば全員身内であり、多少は遠慮や譲り合いがあったはず。だが第二部にそのような「暗黙の了解」は通用しない。それに対応するための予算増ではないのか。剛はそう語った。


「ああ、それと。言い忘れていたが、引き渡すときは一割増だそうだ。まあ手数料ってところだな」


「ますます出ないわけにいかなくなりましたね」


 ややわざとらしい口調で颯谷はそう答えた。この世の中から転売ヤーがいなくならない理由が分かった気がするが、まあそれはそれとして。彼は味噌汁を飲み干してから、少し話題を変えて剛にこう尋ねた。


「タケさんは何を狙っているんですか?」


「それは個人的に、ということか?」


「個人的にというか、駿河家的にというか、駿河仙具的にというか」


「ふむ。やはりまずは鉄だな」


 剛はそう答えた。「鉄板だな」と颯谷は思う。そして鉄のインゴットは需要が大きいことを見越して出品数が増やされている。幾つ落札できるかは分からないが、幾らかは落札できるだろう。


「何を作るんですか?」


「まずはハンマーだな」


 思いがけない返答を聞いて、颯谷は剛の顔をマジマジと見た。彼はタルタルソースをかけたアジフライを一口食べてから、さらにこう続ける。


「颯谷も言っていただろ? 武器を作ったとして補給に問題がある、と。私もそれは理解できる。だからハンマーだ」


「一級相当のハンマーが欲しい、ってことですか」


「そうだ。それこそ、今後のためにな」


 落札した鉄のインゴットを使って一級仙具相当のハンマーを作り、それを使うことで練氣鍛造法の精度を高めようというのだ。そうすれば将来にわたって質の良い仙具を作り続けることができる。


 天鋼製が一級に届くかは分からない。だが開祖からこれまで、駿河家では多数の二級仙具を作ってきたのだ。今後それがすべて一級相当に届くかもしれないと考えると、インパクトはかなり大きい。二十年、三十年先を見据えた妙手に思えた。ただ問題もある。


「どれくらい必要なんでしょうねぇ……」


 自分が使っている阿修羅武者の戦鎚ハンマーを思い浮かべ、颯谷はやや頬を引き攣らせる。アレは相当重い。間違いなく10kg以上あるだろう。一方で鉄のインゴットは小分けにされており、すべて1kg未満になっている。単純に考えて10個以上落札する必要があるわけで、すると費用は一体いくらほどになるのか。


(第一部の相場で言うと、10~12億くらい……?)


 言うまでもなく大金だ。しかも自分たちで使うものだから、転売もできない。もちろん駿河家、というより駿河仙具なら出せない金額ではないだろう。だが将来的に回収の見込みがあるとしても、そう簡単に決断できるものなのだろうか。


「実はな、柄の部分はもうアテがあるんだ」


 剛はニヤリと笑ってそう答えた。何でも、以前一級仙具のハンマーがないか一門内で探したとき、ハンマーの柄の部分(木製)は見つかったのだという。ちなみに鉄製のヘッドは鋳潰して別の武器にしたのだとか。その当時であれば二級であろうから、颯谷は思わず「勿体ない!」と叫んでしまった。


「ははは。まあ得物の得手不得手というヤツだな。……で、だ。柄の部分はアテがある。だからあとはヘッドさえあれば……」


「合体させれば一級仙具のハンマーが完成する、と」


「そうだ。そして、ヘッドだけならそう高くはつくまい」


「それは分かりますけど……。紆余曲折というか、壮大な回り道をしたというか……」


「歴史を感じるだろ?」


「感じますねぇ……、ダメな方向に」


 颯谷がそう答えると、剛は楽しげに大笑いした。当時としてはそれで合理的な判断だったのだが、まあそれはそれとして。ひとしきり笑ってから、彼は気楽な調子でさらにこう続けた。


「もっとも、組み合わせて本当に上手くいくのかはやってみるまでは分からん。だから最初は銅でやってみるつもりだ」


「まずは安い素材で、ってことですね」


 剛が大きく頷く。もし上手くいかなければ、鉄は別の用途に使うことになるだろう。どちらにしても大きな損にはならない。そしてそこまで話すと、剛はふと思いだした様子で颯谷にこう尋ねる。


「そうだ、颯谷の番号を教えてくれ。競合せんようにしないとな」


「あ、はい。21番です。タケさんは何番なんですか?」


「318番だな。まあ、お互いなるべく競合しないように、ということでひとつ頼む」


 颯谷は「はい」と答えた。昼食を食べ終えると、彼は一足先にオークション会場へ向かった。たぶん途中で抜けると思うので、端の席を取りたかったのだ。そして第二部の開始までスマホをいじって時間を潰した。


「お待たせしました。定刻になりましたので、これよりオークションの第二部を始めさせていただきます」


 司会者がそう告げると、会場から大きな拍手が起こる。その中で颯谷は熱気よりも闘志が高まっていくのを感じた。少し周囲を見渡してみれば、どいつもこいつも目をギラつかせている。お預けをくらった犬みたいだな、と彼は少々失礼な感想を抱いた。(ちなみにマシロたちの場合は、「待て」と言われると情けない顔になる)。


 前置きは短くして、オークションはさっそく商品の紹介に入る。最初に紹介されたのは、第一部と同じく鉄のインゴット。重さは689g。颯谷の周囲の反応は二つに分かれた。さらに闘志を滾らせる者と、傍観のスタンスを取る者だ。そしていよいよ入札が始まる。


 落札価格は8075万円。相場感でいうと、第一部よりも高い。最初の商品だから熱が入ったというのはあるだろう。だがそれを差し引いても、参加人数が多い分、やはり第二部の方が価格帯は高くなりそうだった。


 颯谷が狙うグラム単価の安い金属でもその傾向が同様に見られた。つまり第一部と比べると少し高くなったのだ。「アルミなんて武器には使えないだろ」と思いつつ、颯谷はレイズを繰り返す。少なくとも仙樹林業(のバックにいる銃器メーカー)が予算を増やしたのは英断だったと言って良い。


 第二部にもクロムモリブデン鋼やクロムバナジウム鋼は出品されていたが、ハイライトはやはり天鋼。716gのインゴットが登場すると、会場のボルテージは最高潮に達した。落札価格はなんと4億4660万円。第一部で出品された天鋼812gの3億5500万円を大きく上回っている。


 最後まで競っていた紳士がちょうど颯谷の隣にいたのだが、目を血走らせ唾を飛ばしながらコールするのでちょっと怖かった。最後降りる時にはまるで人生を賭けていたのかと思うような表情で、苦渋の決断だったことがヒシヒシと伝わった。


 そしてすっかり暗くなり、いつもなら夕食を食べ終えるような時間になった頃、オークションの第二部は幕を閉じた。盛大な拍手が鳴り響き、それが収まると出席者たちがぞろぞろと席を立ち始める。そんな中で十三が壇上に上がり、マイクを手に持ってこう言った。


「征伐隊のメンバーは前の方に集まってくれ。疲れているところ申し訳ない。すぐに終わらせる」


 征伐隊のメンバーがぞろぞろと前の方へ集まってくる。彼らが席に座ると、十三はさらにこう続ける。


「オークションが無事に終わって何よりだ。狙っていた品は落札できたか? ここから先、ドロップの取り扱いに関して征伐隊や国防軍が関与することはない。『落札できなかったがどうしても欲しい』なんてモノは、個人で交渉してくれ」


 十三がそう言うと、聴衆からは乾いた笑い声が上がった。それを聞いて十三自身も小さく笑い、そしてこう続ける。


「さて、連絡を回してもらったとおり報奨金のことだが、まずはオークションの集計が出た。落札者が全員間違いなく入金するという前提だが、売り上げは379億8821万になった。つまり報奨金の合計は482億1121万円だ」


 十三がその数字を告げると、メンバーからは「おお!」と感嘆の声が上がった。報奨金が480億円を超えることは滅多にない。十三は聴衆が落ち着くのを待ってからさらにこう続けた。


「分配は基本的に総括ミーティングで決めた通りだ。ただあの時は、最終的な金額がいくらになるのか分からなかったので、お見舞金などに関しては何も決めなかった。それを今話し合いたい」


 そう前置きしてから、十三はまず自身の腹案を話した。青森県東部異界の征伐に関し、民間のメンバーで損耗と判断されたのは9名で、うち死亡が3名である。十三はまずこの3名の遺族に対し、お見舞金として2億円ずつ支払うことを提案した。


 さらに今回、皇亀が拠点を強襲したことで、本来危険度が低いはずの遊撃隊や後方支援隊からも損耗者が出ている。それで損耗扱いになったメンバー6名に対しても、お見舞金として各々5000万円を報奨金に加算することを提案した。


「……よって合計9億だな。9億をまずは取り分け、473億を事前に決めた割合に従って分配する。これを提案したい」


 十三がそう述べると、メンバーたちは少しざわついた。しかしその一方で反対意見は出てこない。473億円と比べると9億円は比較的少額に思えたのだろう。30秒ほど待っても反対意見が出なかったので、十三は「では、そういうことで」と言って話を決めた。そしてこう続ける。


「報奨金の振り込みは、オークションの支払いが全て済んでからになる。ここにいる者たちも請求書が来たらきちんと期日までに支払ってくれよ」


 メンバーの間から小さく笑い声が起こる。支払期限を過ぎてしまった経験のある者が何人かいるのかもしれない。それはそれとしても、オークションの売り上げが全て揃ってからということは、実際に報奨金が支払われるのはもう少し先になるということ。結構時間がかかるな、と颯谷は内心で呟いた。


「では、今日はご苦労だった。気を付けて帰ってくれ」


 そう言って十三は話を締めた。これで青森県東部異界の征伐に係わるアレコレは全て終わったと言って良い。少なくとも颯谷が関わる部分については全て終わった。あとは報奨金の振り込みを待つだけだ。だが彼はそのことに充足感を覚える間もなく、足早に立ち上がって会場の外へ向かう。これから剛と食事の約束なのだ。


「お、来たか」


「すみません、お待たせしました」


「構わんさ。いま、タクシーがくる。それで行こう」


 そう話しているうちにタクシーが来て、二人はそこへ乗り込んだ。剛が運転手に行き先を告げる。タクシーは静かに発進した。


とある紳士「ぬぅぅぉぉぉ、お小遣い40年分!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ハンマーって10㎏も重さ必要なんですかね?
銅は貴金属だからね・・・。 鏡とか銅線とかそっちの方の需要がありそう っていうか・・・どう考えても性能面でネックになりそう>二級相当の柄
今後異界の戦闘規模がこのクラス続くならば少なかった死者や損耗は確実に増加傾向になりそうなのが怖いんだよなぁ 陸オンリー亀さんだったらその数に留まらなかったことは確実で……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ