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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀後の日常

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219/224

オークション4


 オークションはテンポよく続いている。雅がクロムモリブデン鋼を落札してから、さらに503gと619gの鉄のインゴットが出品され、それぞれ4800万円と5220万円で落札された。最初と比べると幾分グラム単価が安くなったか。最初の興奮が少し冷めてきたのかもしれない。颯谷はそう思った。


 彼自身の入札状況としては、基本的にグラム単価の安い金属を落札している。多いのはやはり銅。今また銅50.4kgを355万円で落札した。続いて鉛11.1kgを112万円で落札。満足げに頷く彼を隣の雅が少し呆れたように見た。


 さてオークションが始まっておよそ一時間半。出席者の幾人かがポツポツと席を立ち始めた。颯谷はトイレにでも行くのかと思ったが、数馬も立ち上がったのを見てそれだけではないことを察する。


(相場はだいだい分かった、ってことか……)


 そういうことなのだろう、と颯谷は思う。ただ席を立つ者の中には征伐隊のメンバーもいる。こちらは純粋に休憩だろうか。予定通りに進んだとしてもオークション第一部はまだまだ続く。喉が痛くなったのか、司会進行役も交代する。それを見て彼も立ち上がった。


「ちょっと外の空気を吸ってきます」


 雅にそうことわってから、颯谷は会場の外に出る。オークション会場の熱気から離れ、外に出て深呼吸すると少し頭がクリアになった気がした。


 少し身体をほぐしてから彼が向かったのは国防軍が喫茶を提供してくれているスペース。セルフサービスのコーヒーを紙コップに注ぎ、同じくサービスのお菓子を一ついただく。それから空いているイスに座った。


 コーヒーを一口飲んで「ふう」と息を吐く。諏訪部が淹れてくれるコーヒーとは比べるべくもないが、それでもインスタントっぽさがないのでそれなりに美味しい。取ってきたお菓子を食べ、それから彼はスマホを取り出した。


 立ち上げたのはメモアプリ。何かを書き込むわけではない。書き込んでおいた内容の確認だ。これまでに落札したインゴットの価格をメモっておいたのである。その数字をざっくりと足し合わせていく。


(だいたい……、6500万くらい、か?)


 結構使ったな、と颯谷は少し驚いた。グラム単価の安いインゴットを中心に入札していたはずなのだが、すでに予算の六割以上を使ってしまっている。第一部はともかく、第二部はちょっと予算不足に陥りそうだ。


(そっちはタケさんに任せればいいかなぁ)


 そんなことを考えながら、颯谷はコーヒーを一口啜る。そしてメモアプリを閉じ、ダウンロードしておいたオークションの出品リストを開いた。彼が席を立った時点で消化されていたのは、だいだい全体の三分の一強、いや二分の一弱と言った方が近いだろうか、ともかくそのくらいだ。


(予算的に全部は無理だな。まあ、競っていた人たちもいるし、少しは譲るか)


 リストを眺めながら颯谷は内心でそう呟いた。それからなんとなしに画面をスクロールしていき、さらに内心でこう呟く。


(鉄は小分けなんだよな……)


 総量で見れば、鉄よりも銅のほうが多い。ただ鉄はほぼ全て1kg以下の小分けになっていて、出品数だけで見るとダントツで多い。これはなるべく全ての者に鉄がいきわたるようにしているのだと思われた。


 ただ、と颯谷は難しい顔をする。先ほどまで見てきた通り、鉄には全て高値がついている。これだけの数があって落札者の予算は果たして足りるのか。本当にどこかで値崩れしやしないかと彼はまたちょっと心配になった。


(だからこそ第二部のほうに半分以上を回しているんだろうけど……)


 リストを見ながら颯谷は難しい顔をする。自分が心配するような問題ではないと分かってはいる。だが気にはなる。今回のオークションは日本全国の武門・流門が参加しているという話だが、その予算規模、ひいては資産規模はどのくらいなのだろうか。


「あれ、颯谷か?」


 ふと名前を呼ばれて颯谷は顔を上げた。首を左右に動かして声の主を探すと、少し離れたところに見知った顔がいる。ただ咄嗟に名前が出てこなくて、彼はちょっと考え込んだ。


「……、浩司さん?」


「おお、久しぶりだな」


 颯谷に声をかけたのは岩城いわき浩司こうじ。大分県西部異界でお世話になった人物だ。ざっと二年ぶりと言ったところだろうか。近くへ寄って来た彼に、颯谷はこう尋ねた。


「浩司さんもオークションですか?」


「まあな。そりゃ来るだろ。こんなイベント、滅多にない」


「旅行も兼ねて?」


「そうそう。この時期、東北は紅葉が綺麗だから実は嫁さんと一緒に来ていて……、ってそりゃ別にいいんだよ」


 苦笑を浮かべながらそう答え、浩司は颯谷の隣に座った。そして彼にこう尋ねる。


「それより颯谷はなんでこんなところにいるんだ? 第一部はまだ終わってないだろ」


「あ~、ちょっと休憩です」


「ふうん? まあ、結構長いからな。で、オークションはどんな感じだったんだ?」


「結構盛況だと思いますよ。モノによってかなり値段が違いますけど」


「ほうほう、そんなに違うのか?」


 颯谷は「はい」と答えて、大まかな相場を伝える。それを聞くと、浩司は驚くでもなく「なるほどなぁ」と呟いた。彼の反応が思ったよりも淡泊だったので、颯谷はこう尋ねる。


「もしかしてすでに知ってました?」


「いや? ある程度予想通りだなって思っただけだ。でも第二部の方は人数が多い分価格も上がるんだろうなぁ」


「……ちょっと不思議というか、聞きたいことがあるんですけど……」


「どした?」


「あの相場で落札していって、予算って足りるもんなんですかね?」


「そりゃ、足りるだろ」


 浩司はあっさりとそう答えた。彼があまりにも簡単にそう答えるので、むしろ颯谷の方が一瞬言葉に詰まる。数秒言葉を探してから、彼はやや呆れたようにこう答えた。


「武門とか流門って、お金持っているんですねぇ……」


「あ~、違う違う。金を持っていないわけじゃないけど、この場合、重要なのは資金じゃなくて信用だ」


「信用?」


「そ。つまり借金だよ」


 オークションの支払いは「即日現金払い」というわけではない。後日請求書が送られてきて、入金が完了すると落札した品が送られてくるという手順だ。武門にしろ流門にしろ、ほとんどの落札者は請求書が来たら銀行からお金を借りるつもりだろう、と浩司は言う。


「一部か全部かは分からんけどな。で、金を借りるのに必要なのは何よりも信用だ。武門や流門ってのは、結構信用があるんだよ」


「でも、返せるんですか? 数億、下手をしたら十億を超えると思うんですけど……」


「返せるさ。落札したインゴットを転売すればいい。鉄なんかは、それこそ引く手数多だろうよ」


「でも、日本中の武門や流門がここに来てますよ?」


「海外に、転売すればいい」


 浩司にそう言われ、颯谷は「あ……」と呟いた。そもそも彼自身、ある意味では転売しようとしている。それなのにその選択肢に気付かなかったのは、察しが悪いと言われても仕方がない。


 異界顕現災害は日本だけで起こっているわけではない。地域によって偏りはあるものの、基本的に世界中で起こっている。そして怪異モンスターに対して銃器の相性が悪いのも世界共通だ。


 つまり仙具の需要は世界的に大きい。そして一級仙具を素材にすれば、練氣鍛造法を使わなくても二級仙具が作れる。そういうことを考えあわせれば、海外の能力者たちもこのオークションに強い関心を持っているであろうことは十分に考えられた。


「海外にもいわゆる武門や流門みたいなのはあるし、中には会社としてやっているところもある。……これはウチの話だが、実はすでに問い合わせが何件か来ている」


 後半部分は声を潜めて、浩司はそう教えてくれた。信用があり、転売先もすでに目星がついているなら、銀行としてもお金を貸すハードルは低いだろう。そして銀行をアテにでき、なおかつ転売による利益も見込めるならば、オークションで使える予算の規模は桁違いに大きくなる。


「値崩れは心配しなくて良さそうですね……」


 若干呆れながら、颯谷はそう答えた。自分のことは棚に上げつつ、「それでいいのかなぁ」と思わなくもない。だが借金と転売前提なら、落札相場は現在の水準を維持するだろう。ともすれば浩司の言う通りさらに上がる可能性もあり、それは報奨金の増額に直結する。「ならいっか」と彼は自分を納得させた。


 さて、浩司ともう少し話してから、颯谷はオークション会場へ戻った。席に戻ってみると、隣には変わらず雅の姿がある。ずっと参加しっぱなしなのかと思ったが、彼は小さく笑って「一回、トイレに行った」と答えた。


「それより颯谷、もう少しだぞ」


「何がです?」


「天鋼の出品。次の次だな」


 それを聞いて颯谷は「おっ」という顔をした。天鋼は彼も注目している素材。入札するつもりはないが、幾らで落札されるのかには興味がある。


「狙うんですか?」


「さすがに予算が足りない。というより無理だと思ったから、早めに仕掛けてクロムモリブデン鋼を取ったんだ」


 雅は苦笑しながらそう答えた。天鋼のインゴットは全体で二つしか出品されていない。第一部で一つ、第二部で一つだ。第二部は人数が多くなる分、競争が激しくなるだろう。よって狙い目なのは第一部で出品される天鋼のはず。だが彼は「予算が足りない」という。それだけ高額になると彼も考えているのだ。


「次はこの第一部、最大の目玉と言って良いでしょう。皇亀がドロップした天鋼ですっ。重さは812g! 一万円からスタート!」


「1億!」


「2億!」


 ポンポンッと数字がコールされ、続けて会場がどよめいた。最初の1億円はともかく、すぐさまそこへもう1億円上乗せされるとは。この時点ですでに第一部の最高入札価格である。しかもまだ終わりではない。


「2億3000万!」


「2億5500万!」


「3億!」


 レイズされていく金額が大きくて、颯谷は競っていないのにちょっと怖くなってきた。3億円といえば、征伐報奨金としてもなかなかお目にかかれない金額だ。つまり「攻略隊として一回征伐隊に参加する」よりも皇亀がドロップした812gの天鋼のインゴットのほうが価値があると言っているようなもの。そのことに彼はちょっと心がザラついた。


「3億2500万!」


「3億3000万!」


「3億5500万!」


「3億5500万! 他にいらっしゃいませんか? ……では82番の方、3億5500万円で落札ですっ!」


 木槌が振り下ろされる。会場からは拍手が起こった。颯谷も手を叩きつつ、努めてちょっと冷静になる。812gなら、普通サイズの刀を一振りと、小太刀をもう一振りなら打てるのではないか。すると二振り分ということで、3億5500万円は法外と言うほど高くない、と言えるかもしれない。


 拍手が収まるとその余韻の中、司会者は次の商品の紹介へ移る。最大の目玉が終わったからなのか、どこか消化試合じみた入札と落札が続く。颯谷もグラム単価の安い金属を幾つか落札したが、やはり前半と比べると少し安くなっているように感じる。チャンスだと思い、彼は入札を加速させた。


 第一部の最後に紹介されたのはクロムバナジウム鋼。 クロムバナジウム鋼と言えば、クロムモリブデン鋼と合わせて雅が落札を狙っていた金属だ。颯谷が「落札を狙うんですか?」と尋ねると、彼は苦笑しながら首を横に振り、「予算がない」と答えた。


 それはつまり自分で使うから、転売しないから予算が足りない、という意味なのだろう。颯谷はそう解釈した。あるいは「転売するくらいなら自分で使う人に落札して欲しい」という意味なのかもしれない。


 何にせよ、雅は入札するつもりはないという。だが目星をつけていた金属だけあって、幾らくらいで落札されるのかは興味があるようだ。彼は腕を組みながら「さてどうなるか」と呟く。完全に傍観モードだが、颯谷も興味はある。内心でワクワクしながら順番を待った。


 1万円からスタートし、すぐに5000万円がコールされる。そこからレイズが繰り返され、たちまち1億円を超えた。とはいえ驚きはない。むしろ予想通り。最終落札価格は1億4600万円になった。


「安く買おうとしてかえって高くなったな」


 ニヤニヤと笑いながら、雅がそう呟く。自分のほうが安く落札できたことが嬉しいらしい。颯谷がちょっと呆れていると、司会者が第一部の閉幕を宣言。拍手が上がり、出席者たちがぞろぞろと立ち上がり始めた。


(さてどうしようか……)


 雅と別れてゆっくり歩きつつ、颯谷は第二部に出るかどうかを考える。たぶん1億円の予算はほぼ使い切っている。用がないなら帰ってしまってもいい気がした。


(まあ、とりあえず……)


 とりあえず昼食を食べ、ちゃんと計算してみよう。そう思い、彼は食堂へ向かうのだった。


浩司「ちなみに嫁さんはスイーツを食べに行ったよ」

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― 新着の感想 ―
ここで安いうちに買いだめしておくのもありだとはおもうけどねー
戦場で命を懸ける者たちこそ大切だが、後方支援がなければ戦い続けることはできない。 でも戦場で戦う事よりも価値があるみたいな値段つくのはもやりますよね。
海外転売もお目こぼし範囲だろうし信用で転売ヒャッハー勢はさすがにおらんやろうけど2部は結構あがりそうなイメージ。普通の素材と違って国防というか国家の存亡に直結する素材やしねぇ 今後大型ボスが標準装備の…
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