オークション3
「……オークションとは直接関係ないのだが、青森県東部異界の報奨金が正式に算定されたので、この場を借りて発表したい。今回報奨金は102億2300万となった」
オークションの冒頭、挨拶のため壇上に上がった十三がそう発表すると、客席からは「おお!」と好意的な驚きの声が上がった。ただ概算で約98億円という話だったので、プラスは4%強。100億を超えたということでインパクトがあったのだろう。
概算と比べ、正式に算定した報奨金は+7%が平均だと聞いていたが、それは下回ってしまった。総括ミーティングまでに地表に露出した天鉱石の鉱脈が見つかっており、つまり概算の段階で結構精度が高かったのだ。
「露出したのって、つまり皇亀が喰ったからってことですよね……?」
「だろうな」
十三の話を聞きながら、颯谷と雅は小声でそう言葉を交わした。征伐に成功したとはいえ、皇亀という怪異についていえば、征伐隊は手も足も出なかったと言って良い。そして皇亀の行動は報奨金にも影響を及ぼし、またこうしてオークションの開催にも結び付いている。
(図体がデカいと影響力もデカいのかね……?)
颯谷は思わず内心でそう呟いた。たぶんそんなことはないのだが、それはそれとして。報奨金の話に区切りがついたところで十三は「さて」と呟き一拍置く。そしてニヤリと笑みを浮かべてから宣言した。
「……財布の紐は緩めてきたか? それではオークションを開始する」
十三が木槌を振り下ろす。客席から喝采が上がり、司会者が進行を引き継いだ。そして早速最初の商品の紹介に入る。
「最初は鉄のインゴットになります。重さは706g。一万円からスタートです!」
さて一体いくらの値が付くのか。入札する気のない颯谷は腕組みをしてオークションを見守った。ちなみに出品される全ての商品は一万円からスタートになっている。そして鉄のインゴットの入札が始まると価格はたちまち高騰した。
「150万!」
「200万!」
「300万!」
次から次へと威勢の良い声が上がり、その度に値段が跳ね上がっていく。雅も言っていたが、相場は完全に手探り状態で、つまり幾らで落札されるのかはまったく見通せない。そんな中颯谷が思い出していたのは、大分県西部異界で手に入れた仙具を売買するために開催された競争入札のことだった。
あの時、入札対象になったのは一級仙具の武器で、平均は1億円ほどだったはず。ただこれには破格の安値で譲った分も含まれているので、実際に競争入札で落札された分に限ると平均は1億2000万円ほどだったと記憶している。
もちろん今回は武器になる前のインゴットだからそれほどの値段はつかないだろう。ただこの値段は調整や忖度、家同士の貸し借りなどがあまり反映されていないという点で特異であり、今回のオークションのモデルケースと言えなくもない。
「960万!」
「1000万!」
「1200万!」
入札価格がついに1000万円を超えた。しかも入札に参加している人数は減ったようには見えず、ボルテージはむしろ高まっている。彼らが頭に血が上って冷静さを失っているとは思わないが、しかしそれでも2000万円を超えるのも時間の問題に思われた。
現在入札が進んでいる鉄のインゴット。仮にこれで刀を一本打つとしよう。練氣鍛造法を使用し、一級仙具相当の刀が出来上がると仮定する。ではその刀の相場はどの程度になるだろうか。
(異界由来で1億2000万として、人の手で作った物になるわけだから、半分で6000万くらい?)
颯谷はかなりざっくりとそう見積もった。もちろんその見積もりが正しいとは限らない。品質が同等と仮定するなら異界由来の刀と同じ価値があると評価するかもしれないし、一方で由来を重視するなら差がつく可能性もある。
どちらにしてもある程度合理的というか、納得のできる理由がつくのだろう。ただ人の手で作る場合、もしかしたら二級と評価されるかもしれない。実際、仁科刀剣の仕事でも評価が分かれた刀があった。そこはリスク要因だろう。
(さあ、どうなる……?)
完全に傍観者モードになって、颯谷はオークションを見守る。しばらくは間合いの探り合いのようなレイズが続いたが、2000万円が近づいてきたところで大きく動く。勝負に出たのだろう、大きく数字を叫ぶ声が聞こえた。
「3000万!」
「……っ、3500万!」
「5000万!」
そのコールが響くと、客席がざわめいた。キリのよい数字ということで、大台に乗ったと感じたのだろう。颯谷も内心で「この辺りが相場かな」と呟く。しかしレイズはまだ続き、ついに6000万円を突破した。入札に参加しているのは、すでに二人だけだ。
「6200万!」
「6500万!」
「7000万!」
「7250万!」
「……っ」
「……7250万、他にいらっしゃいませんか? ……では37番の方、7250万円で落札ですっ!」
そう叫び、司会者が力強く木槌を鳴らした。その瞬間、客席から拍手が沸き起こる。颯谷も手を叩きつつ、頭の中ではこの数字の意味について考える。
落札された鉄のインゴットで刀を打つとして、鞘や技術手数料など諸々含め、だいたい300万円ほどかかると仮定する。すると刀一本を仕立てるのにかかった費用は7550万円(税別)だ。
品質が一級相当に届いたとすれば、1億円かからずに一級仙具相当の刀を手に入れたことになる。実用品として考えるなら格安、と評価することもできるだろう。一方で資産や芸術品として考えると、「異界由来のモノには一歩劣るので妥当な価格」と評価されるかもしれない。
ただ前述したとおり、これは一級相当に届いた場合だ。二級と評価された場合、7550万円(税別)は果たして高いか安いか、それとも妥当か。二級にも幅があるから、準一級レベルならまだ「安い」と言えるのではないか。颯谷はそう思った。
(ああ、だからか……)
先ほど雅が、誰が作刀をするのかにこだわっていた理由。それが腑に落ちて、颯谷は小さく頷いた。一級と二級では大きな差がある。武器としての性能だけの話ではなく、資産価値も大きく変わってくるのだ。準一級とは、一級相当ではないのだから。その微妙なラインが職人の腕によって左右されるなら、職人を選びたいと思うのは当然だろう。
(いや、でもこれ大丈夫か……?)
ふと颯谷は内心で首を傾げた。kgの総量で見ると銅が多いが、出品数で見ると圧倒的に多いのは鉄だ。全て1kg以下の小分けにして出品されているからだ。この相場感で入札が続くとして、予算不足になりはしないだろうか。そしてそれが値崩れに繋がりはしないだろうか。彼はちょっと心配になったが、オークションは次へと進む。
「さて続きましては銀のインゴットです。重さは105g。一万円からスタートです!」
さて颯谷がそんなことを考えているうちに、二番目のインゴットの入札が始まった。二番目に銀という貴金属を持ってきたのは、やはりある程度の相場感を作ろうという十三の狙いがあるからだろう。果たしてどうなるのか。颯谷が見守る中、値段がつき始める。
「20万!」
「25万!」
「30万!」
鉄と比べるとかなり低調な値動きだ。銀は確かに貴金属だが、だからこそ武器の素材として一般的ではない。きっとその辺りが理由だろう。ただ、普通の銀と比べれば圧倒的に高い。将来的に使い道があるかも、と考えての入札なのだろう。
「212万円で77番の方が落札です! 続きましては……」
オークションはテンポよく進んだ。大半は金属インゴットだが、少数ながら宝石類も出品されている。三番目は0.9カラットのダイアモンドで、これは278万円で落札された。将来的にどんな使い方があるのか、颯谷は想像もできない。
彼が初めて入札に参加したのは四番目。銅のインゴット50.8kgだった。彼はこれを346万円で落札。続けて真鍮10.1kgを47万円、アルミ30.7kgを151万円、鉛10.6kgを96万円で落札した。鉛が少々高くなったように思うが、鉛は銃弾に適した金属なので、きっと国防軍も喜ぶだろう。
「お前さん、そんなに買って何に使うんだ?」
「まあ、いろいろありまして。でも合金とかちょっと面白そうじゃありません?」
颯谷は半分だけ本当のことを答えた。ただそれもどうなるか分からないのだが。一方で雅は「金のかかる趣味」と解釈したのだろう、苦笑を浮かべながらこう答えた。
「混ぜる過程で等級が下がるんじゃないかなぁ。タングステンとかなら興味あるけど」
そんな雅の隣で颯谷はまた別のインゴットに入札する。今度は銅が51.5kg。彼はこれを368万円で落札した。リストを見ていても思ったが、やはり銅は総量が多い。グラム単価でみれば鉄よりはるかに安いし、この後もなるべく落札したいところだ。
提示されている予算は1億円。どうせ自分のお金ではないし、オークションの売り上げは報奨金に組み込まれるので、彼も遠慮なしだ。とはいえそうはいかない場合もある。彼が個人的に狙っている品の場合だ。
「続きましてはチタン。重さは102g。一万円からスタートです!」
「100万!」
「160万!」
「200万!」
颯谷がレイズする。102gでは、刀を仕立てるには少なすぎる。だがナイフなら十分すぎる。彼は青森県東部異界で最後、コアにテーブルナイフを突き立てた。取り回しが良く、常に身に着けていても邪魔にならないサイズの武器が一つあっても良いかと思ったのだ。ただチタンは人気で競争相手の人数は減らず、値段はどんどん上がっていく。
「1820万!」
「1950万!」
「2000万!」
2000万円代に突入したのを見て、颯谷はレイズを躊躇った。落札したら自分で使う予定だから国防軍の予算は使えない。「ナイフ一本で2000万かぁ……!」と思ってしまったのだ。そして一度勢いがしぼむと後が続かない。結局、彼は入札から降りた。
(まあ? 脇差あるし? いざとなったら天鋼で作るし? そもそも同じものが手に入らないんじゃ、補給に問題があるし?)
などと内心で呟いてみる。負け惜しみだ。自分でもそれが分かって、颯谷はちょっと物悲しい気分になった。その間にも入札は進み、最終的にチタンは2980万円で落札された。次に紹介されたのは変わり種だ。
「続きましてはガラスの塊です。重さは1.5kg。一万円からスタートです!」
「3万!」
「7万!」
「15万!」
他と比べると低調だな、と颯谷は思った。ガラスの出品はこれが初めてなのでまだ間合いを探っているのかもしれないが、それでも鉄のインゴットなどとは比べるべくもない。雅も「興味がある」と言っていた割には入札を躊躇っている。
(まあ、分からなくもないけど)
颯谷は内心でそう呟いた。出品されたガラスの塊はかなり黒ずんでいたのだ。例えば眼鏡を作ろうと思った場合、まずはガラスから不純物を取り除くところから始めなければならないだろう。
つまりその分だけ人の手が加わることになる。そうすると等級が下がる恐れがあり、いざ眼鏡を作っても、期待した「氣を詳細に可視化する」という機能は失われてしまうのではないか。皆、それを危惧しているのだ。
しかしその一方で「もしかしたら」という可能性も捨てきれない。入札は進み、結局100万円で落札された。期待値込みとはいえ、真鍮などと比べると結構割高だ。「さてどうなるかな」と颯谷は内心でやや否定的に呟いた。そして次の山場がやって来る。
「次はクロムモリブデン鋼、627g! 一万円からスタート!」
「1億!」
開始早々、超強気の入札をしたのは雅だった。思わずギョッとした颯谷の隣で、彼は腕組みをしながら大きく鼻息を吐きだす。初手から決めに来た格好だ。それが功を奏したのか、他の者たちはレイズを躊躇っている。このまま決まるかと思ったが、そうはならなかった。
「……っ、1億と200万!」
「1.2億!」
すかさず雅が値段を引き上げる。しかも相手が増やした額の十倍だ。それを受け、彼が絶対に退かないと察したのだろう。競争相手は引き下がり、他にレイズする者もいない。司会者が木槌を振り下ろした。
「59番の方、1億2000万で落札です! 続きまして……」
落札することができ、雅は満足げに大きく頷く。それから颯谷の方を振り返り、ニカッと笑ってこう言った。
「じゃ颯谷、よろしくな」
「話が来ればやりますけど。でも出来に文句言わないでくださいよ」
颯谷がそう言うと、雅はニヤニヤ笑いながら彼の背中をバシバシと叩いて答えるのだった。
【注意】妖怪「アリガネゼンブオイテイケ」が現れるでしょう。
十三「支払い方法は振り込みだがな」




