ドロップインゴットを用いた作刀
夏休みが終わり、大学の後期課程が始まった。実際に講義が始まるのはもう少し先だが、他にもやることはある。颯谷は大学へ行き、諸々の用事を終え、時間があったので諏訪部研に足を向けた。
「お、桐島か。久しぶりだな」
「お久しぶりです。伊田さん」
颯谷が部屋に入ると、まずは伊田勝俊が彼に声をかけた。颯谷がそれに応えると、宮本陸も顔を出す。颯谷は彼にも挨拶をした。ただ、彼ら以外に人の気配はない。
「二人だけですか?」
「そ。夏休みが忙しかったからな。みんな、『ようやくゆっくりできる』って言ってたぜ」
「まあ、久石は早速就活だがな」
伊田と宮本がそう答えた。颯谷がイスに座ると、宮本が冷蔵庫からペットボトルのアイスコーヒーを出してくれる。ガラスのコップに注がれたそれを見て、颯谷は思わず苦笑を浮かべてしまった。それを見て宮本が小さく笑う。
「悪いな。先生のコーヒーじゃなくて」
「あ~、いえ、大丈夫です」
「ま、味気ないのは確かだよな」
自分のマグカップにアイスコーヒーを注ぎながら、伊田が混ぜっ返す。颯谷は何と答えてみようもなくて、アイスコーヒーを一口飲んでから話題を変えてこう尋ねた。
「……夏休みはどうでしたか?」
「さっきも言ったが、忙しかったぞ。本当にひっきりなしだった」
「だがその分だけデータは得られた」
「じゃあ、希望者は全員やったって感じですか?」
「いや、希望者はまだ列になってる」
「え、ってことはデスマーチ継続?」
「そうだぞぉ~、お前も手伝え、タダ働きだ!」
伊田が悪い顔をしながらそう言って颯谷に迫る。宮本はそんな彼に頭にチョップを落とし、呆れながらこう訂正した。
「んな訳あるか。確かに計測希望者はまだ多いが、俺たちもそっちにばかり構ってはいられない。後期からは事前予約制にして、さらに一日当たりの人数も制限することになった」
「あと、計測を行うのは週二日な」
「ずいぶん思いきりましたね……」
「そうでもしないと、計測しているだけで卒業になっちまうからな。オレらはそれでもいいけど、学部の四年にそいつはムゴすぎるだろ?」
「それに、いくらデータを取っても、それを整理して、集計して、考察しないと意味がない。だけど希望者を消化しようとすると、その時間がなくなるんだよ」
「それで制限をかけた、と」
そういうことだ、と答えて宮本は大きく頷いた。ただ先ほど彼自身が言っていたように、データは山のようにある。それをまとめるだけでも卒業論文になるだろう、と彼は付け加えた。
「それはそうと、桐島が紹介してくれた駿河さん、通訳がかなり助かった。改めて礼を言っておいてくれ」
「オレらも少しはできるけど、テンション上がるとあちらさんも早口になってなぁ。まくし立てられても分かんねぇっての」
「はは、分かりました。伝えておきます。まあ、本人も楽しかった、って言ってましたよ」
「で、お前ら、付き合ってるの?」
ニヤリと笑って、伊田がそう問いかける。不穏な空気を感じ取り、颯谷はわずかに腰を浮かせた。その彼の首に、いつの間にか隣に来ていた宮本が腕を回す。さらに反対側には伊田が座った。
「詳しく聞こうじゃないかぁ」
「大丈夫、時間はある」
連携が良いのは征伐の時だけにしてくれないかなぁ、と颯谷は心の中でぼやく。もっともそれを口には出せず。彼がヘンな汗を流すなか、尋問は開始されたのだった。
§ § §
週末の土曜日。颯谷はSUVを運転して仁科刀剣へやって来た。後部座席には、阿修羅武者のドロップである一級仙具のハンマーも載せてある。仁科刀剣が国防軍から依頼されたという武器の作成。それを手伝うためだ。
「あ、センパイ。お久しぶりです」
車が入ってくる音を聞きつけたのか、工房から一人の少年が顔を出す。電話をくれた宏由の息子の俊だ。颯谷が彼と最後に会ったのは高校の卒業式だったが、その時と比べて彼の体つきは少し引き締まっているように見える。「コイツも頑張ってるんだな」と思い、颯谷は少し嬉しくなった。
「久しぶり。清嗣さんと宏由さんはもう工房?」
「準備中です。もう少しかかると思います」
「分かった」
そう答え、颯谷はSUVの後部座席からハンマーを取り出し、俊に案内されて工房に入った。炉にはすでに火が入っていて、工房の中は蒸し暑く感じる。颯谷が炉の近くまで来ると、作業をしていた大人二人が彼の方に視線を向けてこう言った。
「久しぶりだな。今日はよろしく頼む」
「引き受けてくれて助かったよ。よろしく、颯谷君」
「はい、よろしくお願いします。……それが今日使うヤツですか?」
宏由の手元に金属のインゴットを見つけ、颯谷はそう尋ねた。しかし彼は首を横に振ってこう答える。
「いや。コレは、今日は使わないよ。今日使う分は、もう炉の中」
「ああ、そりゃそうですね」
「でも、コレも国防軍から預かった素材なんだ。ちょっと触ってみる?」
宏由がそう言ってくれたので、颯谷は手を伸ばして彼からインゴットを受け取った。鉄だろうか、持ってみると当たり前にズシリと重い。インゴットは二つ、量としては刀一本分ほどだ。
氣を通して見ると、一級仙具らしくよどみなく流れる。今日はコレとほぼ同等の素材を使って刀を打つのだ。どんなモノが出来上がるのか。自分の物ではないとはいえ、期待が高まった。
「コレって、皇亀のドロップですか?」
「いや、どうかな……。そこらへんの詳しいことは聞いてないんだ」
「じゃあ、炉に入っているヤツも?」
颯谷がそう尋ねると、宏由は少し困った顔をしながら頷いた。彼の様子からすると、今の今までそのことは気にしていなかったようだ。刀鍛冶の側からすると、何のドロップであるかはあまり重要ではないのだろう。
「颯谷。今日の予定だが」
「あ、はい」
清嗣から声をかけられ、颯谷はインゴットを宏由に返した。そして清嗣のほうに向きなおる。彼はこう続けた。
「まずは天鋼製の短刀を一本やる」
「それも国防軍の依頼ですか?」
「違うが、颯谷も鎚を振るうのは久しぶりだろう? まずはカンを戻せ」
最初はリハビリというわけだ。確かに颯谷がハンマーを振るうのは数か月ぶり。とはいえ、ただハンマーを振るうだけなら、清嗣もリハビリをさせようとは思わなかっただろう。だが今回の仕事では練氣鍛造法を用いる。
氣を叩き込み、“ライン”を作りながら刀を打つわけだ。それこそが練氣鍛造法の胆であり、完成品の質を左右すると言って良い。加えて用いる素材は替えの利かない一級品。清嗣が「まずはカンを戻せ」というのも当然だろう。それで颯谷も素直に「分かりました」と答えた。
リハビリ用の短刀の他に、今日はさらに三振り、刀を打つという。午前中に一振り、休憩を挟んで午後からもう二振りだ。依頼分としてはさらにあと四振り打つことになるという話だが、これは明日の午前と午後にやることになった。
「こちらとしては構わんが、良いのか?」
「それこそ、カンが鈍らないうちにやりたいので」
颯谷がそう言うと、清嗣と宏由は揃って頷きその予定を了解した。さて、そうこうしている内に炉に入れた天鋼がちょうど良い温度になった。清嗣がそれを取り出し、金床で叩いてまずは形を整える。
それを見ながら、颯谷も上着を脱いでシャツ一枚になり、さらに頭にタオルを巻いた。そして深呼吸をしてから内氣功を滾らせ、目元に妖狐の眼帯を装着する。これで彼の準備も完了だ。その彼を一瞥してから、清嗣はこう言った。
「よし。こい」
「はいっ」
颯谷はハンマーを振り上げ、熱せられた天鋼めがけて振り下ろした。そして叩きつけると同時に“ライン”を意識して氣を流し込む。やはり久しぶりでカンが鈍っているのか、最初はあまり上手くいかない。だが回数を重ねるごとに感覚が戻ってくる。そして短刀を一振り打ち上げるころには十分温まって来た。
「よし。では本命だ」
打ち上げた短刀を宏由に渡してから、清嗣はそう言って炉から次のインゴットを取り出した。先ほどと同じく、彼はまず小槌で形を整えていく。それが終わると、彼は真っ赤なソレを金床の真ん中に差し出した。そこへ颯谷がハンマーを振り下ろす。
(おっ?)
先ほどとの手ごたえの違いを、颯谷は感じた。先ほどの天鋼と比べて氣の通りが良い。それはやはり素材の格の差なのだろう。
今叩いているコレが皇亀のドロップなのか土塊人形のドロップなのかは分からない。ただいずれにしてもそれ自体が一級仙具だ。完成品への期待が高まった。
集中力を維持しながら、颯谷はハンマーを振るう。妖狐の眼帯を通して視ると、相変わらずロスが少なくない。ただもうそれは織り込み済み。多少のロスなど問題にならないくらい大量の氣を、颯谷は一振りごとに叩き込んだ。
「よし。こんなものだろう」
満足げな声でそう言って、清嗣が打ちあがった刀を金床から取り上げる。それを見て颯谷は一歩後ずさり、そしてゆっくりとハンマーを床に降ろした。
「ふう」と大きく息を吐くと、思い出したように汗が流れ始める。彼は妖狐の眼帯を外してから、頭に巻いていたタオルでその汗をやや乱暴に拭った。
これで午前の予定は消化した。四人は一度母屋へ引き上げる。そして用意されていた昼食を食べた。サンドイッチとポトフだ。それを食べながら、颯谷は俊にこう尋ねた。
「俊は、今は身体鍛えたりしてるの?」
「あ、はい。そうですね。体力と筋力を付けようと思って、走り込みとか筋トレとかやってます」
今はまだ自己流ですけど、と俊は付け加えた。つまりまだどこかの道場に通ったりはしていないということだ。だからなのか、彼はやや縋るような眼をしながら颯谷にこう尋ねた。
「センパイ、何かいいトレーニング方法とか知りませんか?」
「そうだなぁ……。ウチの道場だと、リュックサックに重りを入れて走るとか聞いたことがある」
征伐隊に入るための条件として、「60kgの重りを担いで1kmを五分以内に完走」というのが一つの目安になっている。颯谷が千賀道場で耳にしたトレーニング法はそれを意識したものだ。
もちろんいきなり60kgの重りを担いで走るわけではない。最初は1kg程度から始めて、徐々に増やしていくのだ。やる側にとっても、今自分がどの程度の位置にいるのか、分かりやすいトレーニング法だった。
「あとは柔軟かな。身体を柔らかくしておくと、何をするにしてもケガをしにくくなるから」
「なるほど……。分かりました」
颯谷の話を聞いて俊が大きく頷いた。颯谷は次に清嗣のほうへ視線を向け、彼にこう尋ねる。
「今日打った刀って、完成したら引き渡す前に一度見せてもらうことってできますか?」
「う~ん、これはあくまでも国防軍からの依頼だから……」
そう言って宏由がやんわりと断ろうとする。颯谷が頼まれたのは要するにハンマーを振るいながら氣を叩き込むことで、それが終わればそれ以上彼がこの仕事に関わる道理はない。
まして完成した仙具は貴重品。颯谷のことを信用していないわけではないが、関係者以外に必要もなく触れさせるのは、それこそ仁科刀剣の信用にかかわる。宏由が断ろうと思ったのも無理はない。だが横から清嗣がこう答えた。
「ふむ。まあよかろう」
「お義父さん!?」
「なに、引き渡す前に検品は必要だろう?」
ニヤリと笑って清嗣は宏由にそう答えた。完成した刀が仙具としてどれほどのものなのか。それを確認するには氣の流れを目視するのが一番いい。そのためには妖狐の眼帯が必要で、それを持っているのは颯谷だ。
宏由は苦笑しつつも、それ以上は何も言わなかった。反対意見が出ないのを見て、清嗣は改めて颯谷にこう依頼する。
「では颯谷君。検品でも協力してもらえるかな?」
「はい、ぜひ!」
颯谷は笑顔でそう答えた。
清嗣「検品。そうコレは検品だ、いいな?」




