分析完了
もうすぐ夏休みが終わる。そんなタイミングで颯谷のもとに一揃いの書類が届いた。青森県東部異界、そこで出現した土塊人形と皇亀のドロップ、特に金属のドロップについて、分析が終わったのだ。
「どれどれ……」
颯谷は書類を封筒から取り出して、まずはざっと目を通す。書類の大半は分析結果の概要だ。あるドロップについて、それがなんの金属だったのかが記されている。リストには少量ではあるが宝石類も含まれていた。
「皇亀の体内で生成された、ってことはないよなぁ」
恐らくは皇亀が喰ったのだ。原石を土ごとか、金庫などの保管場所ごとか、もしくはソレを身に着けた被害者ごとか。三つほど可能性を思い浮かべ、彼は沈痛な顔をしながらそれ以上考えるのは止めた。どう転んでも愉快なことにはなりそうになかったからだ。
一度大きく息を吐いてから、彼は目をリストに戻した。上から順番に見ていくと、銅や鉄、アルミ、鉛など、多様な金属の名前が並んでいる。インゴットごとに分析しているためか、同じ金属の名前が幾つもあった。
少量だが銀や金などの貴金属もリストに入っている。当然仙具化しているのだろうが、これはどう加工するのが仙具として正解なのだろうか。颯谷にはちょっと思いつかない。興味をひかれたところで言うと、「チタン」なんていうのもあって、オークションの時には入札してみようかと思った。
「でもまあ、大手の本命はコッチだろうな……」
颯谷の目がリストのある欄で止まる。そこには「天鋼」とある。大きさはモノによってまちまちだが、純度は一般に出回っているモノと遜色ない。つまり天鋼のインゴットだ。
恐らく生成された天鉱石の鉱脈を皇亀が喰って、その鉱石を体内に取り込んだのだろう。ということは、皇亀は体内で精製までやっていたことになるが、まあそれはそれとして。
これまで天鋼を用いた武器は三級仙具に分類されていた。最近では練氣鍛造法によって二級以上が作れるようになっている。なぜそれが可能なのか。それは天鉱石がそもそも異界由来の鉱物だからだ。天鉱石それ自体が仙具の一種と考えられるわけである。
その天鉱石を皇亀が取り込み、天鋼の形でドロップした。当然ながら一級仙具相当の氣の通り具合で、この時点で普通の天鋼よりもランクが上である。というより、これほどの質の天鋼は金輪際手に入らないのではないだろうか。
もちろん、この「皇亀がドロップした天鋼」は飾っておくための貴重なコレクションではない。普通の天鋼よりもランクが高いコレを使い、練氣鍛造法で鍛えたら一体どれほどの武器になるのか。能力者であればそれを考えずにはいられまい。
ちなみに練氣鍛造法を用いると、二種類の方を打つことができる。誰でも使える汎用品と、質を一段上げられる代わりに使い手が限定される特化品だ。颯谷の予想では、皇亀のドロップである天鋼のインゴットを使った場合、汎用品であっても一級品相当になる。特化品ならそれ以上だ。
「…………」
無意識のうちに、颯谷はごくりと唾を飲み込む。彼自身、興味は凄くある。ただ同時に、非常に値段がつり上がるだろうことも容易に想像できる。大手武門や流門の資金力からすると、下手をしたら億単位の落札価格になるのではないだろうか。
(どう、した、もん、か……)
仮に颯谷が本気で入札すれば、ほぼ確実に落札できる。武門にしろ流門にしろ、彼ほどの資金力を持つところはほぼない。もし保有資産が互角だとしても、その資産のすべてをオークションに突っ込めるわけではないだろう。
だからもし金に糸目をつけないのであれば、颯谷は望むドロップを落札できる。ただ前述したとおり、皇亀のドロップは飾っておいて嬉しいコレクションではない。少なくとも彼は実用品と考えている。ではドロップ、特に天鋼を落札したとして、何に使うのか。
「それはまあ、やっぱり刀を打つことになる、よな」
颯谷はそう呟いた。仁科刀剣でやった諸々の実験のことを思い出す。彼一人で刀を打てるわけではないが、腕の良い職人に当てはある。彼自身も練氣鍛造法を使うことができるし、そのために使う一級仙具の金鎚もある。きっと納得のいく業物を打てるだろう。
ただその一方で。そうやって打った刀を、果たして自分は使うだろうか。颯谷はそう自問する。征伐に関わっている限りは、優れた武器はいくつあっても良い。だが彼には仙樹刀があり、また練氣鍛造法を用いた天鋼製の刀がある。そして阿修羅武者がドロップした八つの一級仙具もある。
つまり颯谷は優良な武器をすでに多数持っているのだ。しかもより重要なこととして、阿修羅武者のドロップ品を除けば、それらの武器は一点物ではない。つまりお金を出せば用意できる。狐火との親和性が高い「蒼尾」でさえ、その気になれば量産が可能だ。
武器と言うのは基本的に消耗品だ。使い捨てとは言わないが、少なくとも惜しみながら使うようなモノではない。その前提に立つとき、量産が可能であること、つまり補充が容易であることは大きな意味を持つ。「良い武器がない」という事態を回避できるからだ。
では皇亀のドロップを使った天鋼製の刀はどうか。同じモノをまた手に入れることは、恐らく不可能だろう。至高の一振りになるかもしれないが、しかしだからこそ補充ができない。失われたら、それまでだ。
武器は替えが利くモノが良い。青森県東部異界で研修扱いとはいえ司令部入りしたことで、颯谷はそう考えるようになった。一点物には確かに憧れる。「より良い武器を使うべき」という考え方もそうだと思う。
ただ颯谷としては、同じ品質で安定的に手に入る武器が良い。それに貧乏性を告白するようで恥ずかしいが、貴重な一点物というのはもったいなくて惜しんでしまうのだ。妖狐の眼帯のように便利すぎると使わないという選択肢がなくなるが、皇亀のドロップを使った天鋼製の刀はそこまでではないだろう。
(使わない、だろうなぁ)
まあ要するに。皇亀のドロップを使って天鋼製の刀を打ったとしても、颯谷としてはそうと思ってしまうのだ。もちろん資産として持っておくという選択肢もある。だが観賞用の刀ではないのだ。飾っておくくらいなら、使う人に譲るべきではないだろうか。征伐に関わる人間として、彼はそう思う。
(それに……)
仮に天鋼のインゴットを落札したとして、そして練氣鍛造法で刀を打つとして、颯谷が打つのは彼しか使えない特化品の刀だ。使うとしたら自分なのだから、これは彼にとって当然である。一方で他の武門や流門はどうか。
これはあくまでも颯谷の個人的な意見だが、彼らは誰でも使える汎用品の刀を打つのではないだろうか。なぜなら武門や流門は組織であり、次の世代のことも考えているからだ。もちろん武器は消耗品であるから、本当に次の世代にまで引き継げるかは分からない。だが引き継ぐことを想定して刀を仕立てるのではないか。そう思うのだ。
その場合、打たれた刀は世代を超えて活躍するだろう。もちろんすぐに失われてしまう可能性もある。だが誰でも使える汎用品なら、世代を超えることが可能なのだ。使い手が限定されてしまう特化品とはそこが違う。
この業界全体のことを考えたとき、プラスになるのは果たしてどちらの刀だろうか。颯谷としては汎用品であるように思える。特化品が役に立たないということではない。ただ道具と言うのは結局、使われてこそ、だ。優れた道具が長く使われるとしたら、それはとても良い事のように思えた。
「天鋼は、止めておくか」
颯谷はそう呟いた。そうやって声に出すと、未練がスッと薄れる。まあ完全になくなったわけではないので、安いと思ったら容赦なく入札するが。「予算は3000万くらいかな」と彼は嘯いた。
さて、送られてきた書類の中にはオークションの案内も同封されていた。場所は総括ミーティングが行われた国防軍基地で、日時はおよそ二か月後。日曜日に開かれるのは、颯谷など大学生らに配慮してのことかもしれない。
書類にはさらに出欠確認のハガキも同封されていて、期日までに回答するように求められている。ハガキが同封されているのは征伐隊に入ったメンバーだけで、それ以外の出席希望者はオンラインで申し込みをするよう案内されていた。
颯谷はもちろん出席する。ハガキにそう書き込むと、彼は後日、大学へ行くついでにそのハガキをポストへ投函した。これでオークションが開催されるまでは何もないかと思ったのだが、数日後、思いがけないところから連絡があった。
「仁科です。颯谷君、お久しぶり」
「あ、ああ、宏由さん?」
電話をかけてきたのは、仁科刀剣の宏由だった。仁科刀剣とは練氣鍛造法にいたるアレコレで一緒に実験をしたが、それ以来である。一体何の用かと思う一方で、颯谷のところに連絡をよこす理由なんて一つしかないようにも思う。そして予想通りというか、宏由は用件をこう切り出した。
「颯谷君。少し仕事を手伝ってくれないかな」
「仕事というと、つまり作刀ですか?」
「うん、そう」
「しかもオレに頼むってことは、練氣鍛造法を使った仙具、ってことですよね?」
「もちろんそうなる。順を追って説明すると……」
そう前置きして宏由は話し始めた。彼が言うには、今回の仕事は国防軍からの依頼であるらしい。その時点で颯谷はピンッと来たのだが、まずは黙って宏由の話を聞く。その内容はおおよそ颯谷が思った通りだった。
事の発端は、皇亀が残した大量のドロップである。その中でも特に金属のインゴットの分析が終わったことで、国防軍は次の段階に進むことにしたのだ。つまりそれらのドロップを用いた仙具の作成である。
国防軍は現在、組織を挙げて能力者の育成を進めている。そのプロジェクトはおおむね順調と言って良い。これまでのオペレーションで国防軍はすでに千人以上の人数を氣功能力者として覚醒させている。そしてその人数は今後も増えていく見通しだ。
それでプロジェクトはすでに次の段階へ移っていると言って良い。つまり個々の能力者のレベルアップだ。これは氣の量と技量の、両面での話になる。
技量のほうは道場へ通うなり、もしくは道場から講師を招くなりして鍛えていくことができる。いずれにしても異界の外で対応可能な話で、こちらは滞りなく進んでいる。
問題は氣の量のレベルアップだ。氣の量というのは、基本的に怪異を倒すことでしか増えない。異界の中でしかレベル上げができないわけで、こちらはもうその場その場で臨機応変に、別の言い方をすれば場当たり的にやるしかない。
ただそうだとしても、事前にやることがないわけではない。その一つが装備の調達だ。国防軍が異界内へ人員を送り込むようになったのは近年のことで、つまり手に入れた仙具の数というのは決して多くない。その中でも武器となると本当に数が限られるのが実情だった。
モンスターと戦う上で、武器の仙具はどうしても必要というわけではない。だが非仙具と仙具であれば、仙具のほうが優秀なのは確かだ。何より命のやり取りをするのだから、より良い武器を使いたい、使わせたいと思うのは当然だろう。
(持ってるはずだしな、国防軍も……)
宏由の話を聞きながら、颯谷は内心でそう呟いた。脳裏に思い浮かぶのは、先日送られてきたドロップのリスト。その中には天鋼をはじめ、作刀に使える金属も含まれていた。そして少なくとも皇亀のドロップは征伐隊と国防軍で折半したのだ。ということは国防軍も同じだけのドロップを確保していると思っていい。
まあ要するに。国防軍は現在、武器の仙具が不足している。そんな時に皇亀のドロップを手に入れたのだ。となれば考えることはただ一つ。それらを使った武器の作成だ。それが仁科刀剣に仕事の依頼が来た経緯である。
「……とまあ、そういうことなんだ」
「なるほど……」
一通り宏由の話を聞き、颯谷は電話越しに大きく頷いた。経緯は納得できる。そもそも国防軍からの仕事だ。妙な裏があったりはしないだろう。
(それに……)
それに国防軍が持っている素材には、正直興味がある。特に天鋼。もちろん天鋼を使えるか分からないし、完成品が自分の物ではないことも分かっている。だがそれでも。皇亀のドロップである天鋼を用い、練氣鍛造法で鍛えた刀がどんな一品になるのか。それは見てみたい。それで颯谷は宏由にこう答えた。
「分かりました。良いですよ、やります」
「引き受けてくれてありがとう。それじゃあ予定だけど……」
その後、二人は予定をすり合わせる。国防軍は「なるべく早く」ということらしいので、早速週末にやろうということになった。
「じゃあ、まずは今週末、よろしくね」
「はい。……ん、『まずは』?」
「そうそう。提示された素材の量からすると、七、八本は打つことになると思う。もしかしたらさらに増えるかもね」
「わぁお……」
驚いたような、呆れたような。颯谷はそんな声を出した。仕事を受ける前にその分量も聞いておくべきだったかもしれない。後悔したわけではないが、彼はちょっとそう思った。
まあ、ともかく。忙しくなりそうだ。
宏由「練氣鍛造法が提唱されて、大量の金属インゴットがドロップした。まさにグッドタイミングだね」
颯谷「なんか、忙しくなりそうな予感が……」




