かき氷
駿河仙具の本社で実験に協力した、その次の日。颯谷は木蓮と一緒に、最近新しくできたというかき氷店に来ていた。木蓮が運転する車で来たのだが、颯谷は昨日ほどは緊張せずにすんだ。
「運転の練習はこっちに帰って来てから、結構したの? いや、練習ってのもヘンな言い方だけど」
「ふふ。そうですね、買い物の足になったり、ですね」
「あ、オレもやった」
「でも叔父様もお母様も酷いんですよ? 絶対に手すりから手を離さないんですから」
木蓮が口を尖らせながらそう愚痴る。もしかしたら剛は内氣功まで使っていたかもしれない。ふとそう思い、颯谷は思わず笑ってしまった。
とはいえ彼に笑う資格はない。彼だって免許取りたての頃、助手席に座る玄道は硬い表情をしながら手すりをしっかり握っていたのだから。
「ウチの家の周りは本当に田舎だから交通量も少ないけど、こっちは結構車も人通りも多いんじゃない?」
「国道とか、大きい道は結構車が走ってますね。でもこっちだってそんなに都会ってほどではないですから。運転するのが怖くなるほど車や人が多いとは感じませんでしたよ」
「そっか、良かったね。いや、良かったのかな……?」
「ふふ。さあ、どうでしょう。でもそのおかげか、このお店もあまり混んでいませんし、良かったのかも知れませんね」
木蓮は小さく笑いながらそう答えた。そしてちょうどそのタイミングで、「お待たせしました」と声をかけながら店員さんがやって来る。そして彼女と颯谷の前に注文したかき氷を並べた。
「へえ、美味しそう」
「はい。美味しいですよ」
颯谷が注文したのは抹茶と小豆とホイップクリームがトッピングされたかき氷。正直、ここまで来るともうケーキと変わらないような気がする。木蓮が薦めてくれた一品で、以前に食べたとき「とっても美味しかった」らしい。
ちなみに彼女が頼んだのは地元のフルーツがふんだんにトッピングされたかき氷。頂点に盛られたホイップクリームのようなモノは、練乳のエスプーマソースだという。彼女も「初めて食べます」と言っていた。
早速、颯谷も一口食べてみる。抹茶とあんこの組み合わせに間違いはない。ホイップクリームも一緒に食べれば、味はさらにまろやかになった。ふわふわな氷はまるで雪のよう。あっさりしていて、いくらでも食べられてしまう。かき氷と言うと、夏祭りの屋台で食べたことくらいしかない彼にとって、このかき氷はちょっと革命的だった。
「最近のかき氷ってこんな感じなんだ……!」
「最近というほどでもないですけど……。でも夏にぴったりのスイーツですよね、かき氷って」
にこにこしながらそう答え、木蓮は半分にカットされた大粒のブドウを口に運ぶ。そしてさらに顔をほころばせた。
黙々というほどではないが、氷が融けないうちにまずはかき氷を食べる。お互いのかき氷を交換したりもした。食べ終えるとなかなか満足感がある。「ケーキみたい」と感じたのは、あながち間違っていなかったようだ。
空になった器を店員さんに下げてもらい、お店が出してくれた冷たい緑茶を飲む。二人はそろって「ふう」と小さく息を吐いた。それがなんだか年寄り臭く思えて、彼らは顔を見合わせてから小さく笑った。
「こういうかき氷は初めて食べたけど、美味しかった」
「はい。ご馳走様でした。また来たいですね。……颯谷さんはこのあと、何か夏休みの予定はありますか?」
「特に大きな予定はないかなぁ。皇亀関連のオークションがもしかしたら入って来るかも知れないけど、それも正直いつになるか分からないし。木蓮はどう?」
「わたしはもう少ししたら向こうに帰って、諏訪部研のアルバイトをまたやろうと思っています」
「ああ、通訳の?」
「通訳だけやっているわけじゃないんですけどね。あと、ネイティブの方は少なかったんですが、やっぱり英語が共通語ですから。いっぱい話せて楽しいですよ。やっぱり日常生活の中で英語を話す機会って少ないですから」
「そっか。どこの国の人が多いの?」
「色々な国の方がいらしていますよ。アメリカやフランスはもちろんとして、インドネシアとか、南中国とか、イギリスの方もいましたね」
指折り数えながら、木蓮はそう答えた。やはり日本の友好国が多い印象だ。一方で北中国やロシアの能力者は見かけないという。それらの国々は能力者を国家戦力の一部とカウントしている節がある。氣の量を計測すれば、当然それを日本側に把握されてしまうわけで、そういうことは容認できないのだろう。
「面白いですよ、クセとかなまりがあって。あとは文化的な差みたいなのも感じますね」
「カルチャーショックってこと? 何かあった?」
「ええっと……、フランスの方なんかは、女性を見たらまずは口説くのが礼儀みたいに思っているらしくて……」
「……口説かれた?」
「はい……」
少し答えにくそうにしながら、木蓮は小さく頷いた。直接的に「お付き合いしたい」とか「デートしよう」と言われたわけではない。「このあと一緒に食事でもどう?」と言った具合だ。ちなみに彼女の印象ではアメリカ人もこういうことには軽いというか、ハードルが低い印象だった。
「も、もちろんお断りしましたよ? ただ、今は挨拶みたいなものだと理解していますが、最初はびっくりしてしまって……。諏訪部研の方に助けていただきました」
「そ、そっか……」
なんだかもやもやしたモノを胸に感じながら、ひとまず颯谷はそう答えた。木蓮のことを信じていないわけではない。だが、なんだかオモシロくないというか、ちょっと焦るというか、危機感を覚えるというか。
(オレも……)
自分も諏訪部研でアルバイトをしようか。ふとそんなことまで考える。とはいえその場合、きっと別の問題が起こるだろう。木蓮への注目度は下がるだろうが、代わりに颯谷が注目を集めてしまうに違いない。
それはそれでマズい、というのは颯谷も分かる。だがこのままにしておくのもなんだかイヤだ。かといってすぐに妙案は出てこない。二人はなんだか黙り込んでしまい、微妙な空気になってしまう。このままではマズいと思い、颯谷はなんとか言葉を探した。
「今度……」
「はい?」
「今度、食事でもどう?」
「はい、ぜひ!」
木蓮がはにかみながらそう答えた。彼女の笑顔を見て、颯谷はほっと胸をなで下ろす。そして諏訪部研のアルバイトの話は切り上げ、話題を変えてこう言った。
「そう言えば、昨日、駿河仙具の本社に行ったとき、鉄室があってさ。仙具の検証も駿河仙具でやってるの?」
「う~ん、わたしも詳しくは知らないんですけど、形としては業務提携らしいですよ」
「え、どことどこの?」
「武門としての駿河家と株式会社駿河仙具の、仙具研究に係わる業務委託、らしいです」
「それってアリなの?」
若干呆れながら、颯谷はそう尋ねた。駿河家の当主は剛だし、駿河仙具の筆頭株主兼会長も剛だ。そもそも駿河仙具自体、駿河一門からかなり人を入れているという話だし、「業務委託」というのは建前以外のなにものでもなにように感じる。そしてそのことを木蓮も否定しない。彼女は苦笑を浮かべながらこう答えた。
「業務委託にしておくと、その業務のために会社として人を雇えるから、ということらしいです。鉄室なんかも経費になりますし」
「あ~、つまり駿河一門の仙具の研究とか検証のために一門から人を入れて、給料払いながら仕事としてやってもらっている、ってこと?」
「はい。そうみたいです」
「……こう言っちゃアレだけどさ、スゴい内向きのアレだね」
「あははは……」
颯谷の言葉に木蓮も苦笑した。確かにそういう側面はある。身内にお金を回すため、あえて仕事にしているという面は否めない。ただ、だからといって無駄ではない。
現在、仙具の再発見が相次いではいるが、一度の征伐に持っていける仙具の数というのはどうしても限られる。一方でこれまでに収集したものの、使い道がないと思われていた仙具というのはかなりの数にのぼる。
これを全て異界内で検証するというのは、現実的に不可能と言って良い。加えて効率もあまり良くない。空振りが多いのだ。また異界の中に持ち込めば、再発見できたとしても紛失のリスクが付きまとう。
それで事前に有望な仙具の絞り込みを行っておくというのは、現地での空振りをなるべく避けるための有効な手段と言って良い。もちろん、すぐに成果がでるわけではない。直接金銭的な利益に結び付くわけでもないだろう。だがそれで損耗率を少しでも減らせるなら。やる価値はある。
「仙具の実験というか検証は、引退された方々が熱心にやっていると聞いています。そういうモチベーションって、決してお金だけではないと思います」
自分が再発見した仙具のおかげで、将来的に自分の子供や親族が死や損耗を免れるかもしれない。そういう想いがモチベーションになっているはずだ、と木蓮は言う。剛もそれを理解し、また仙具と人員の両方に価値を認めているからこそ、お金を出してこの事業をやろうと思ったに違いない。
「なるほどねぇ。まあ数が集まればインデックスっていうか、データベース化もできるだろうから、丁度いいかもね」
「データベース、ですか?」
「そ。どんな実験をしたのかとか、どんな変化があったのかとかをまとめておけば、何か傾向みたいなのが見つかったりとか、そうでなくても新しい仙具を手に入れた時に目途が立ちやすくなったりするんじゃないかな」
小さく首をかしげる木蓮に、颯谷はそう答えた。全国の武門や流門がどのように仙具の実験や検証を行っているのか、颯谷は全く知らない。ただ個別にやっているところは多いのではないだろうか。
どんな仙具を保有しているのか、おいそれと外に漏らすことはできないだろう。それが、言ってみれば発言力や影響力、格といったモノに繋がっていくからだ。駿河家とてこういう形を取ってはいるが、他の武門や流門と合同で研究を行っているわけではない。
ともすれば同じ武門や流門の中でも、個別の検証が行われているのではないか。颯谷はそう思っている。つまり分家や支部がそれぞれ自分たちの持っている仙具の検証を行い、その結果については内部で秘匿しているのではないか、ということだ。
この場合、検証方法はバラバラだろうし、当然ながらそのデータも共有されない。つまりサンプル数が少なくなる。検証はすぐに終わるかもしれないが、限られたデータだけではよほど分かりやすいか、あるいは目端の利く者でもいない限り、仙具の再発見は難しいだろう。
つまり個別にやればやるほど、見落としが多くなって仙具の再発見は遠のく。そういう意味では駿河家のやり方はベストではないにしてもベターと言えるのではないか。颯谷はそう思っている。
「それにサンプル数が多ければ、シナジーが起こるかもしれないし」
颯谷はそう付け加えた。単体では使い道がないように思える仙具でも、別の仙具と組み合わせることで新たな使い方が生まれるかもしれない。そのために重要なのはやはりサンプル数と、それを比べて考察できる環境だ。そういう意味でも駿河家のやり方は理にかなっていると言って良い。
「役立つ仙具がたくさん見つかるといいですね」
「うん、そうなんだけど。でも役に立ちすぎるのもなぁ……」
「良くないんですか?」
「そう言うわけじゃないけど、一級仙具って基本的に一点物だから。すごく役に立つヤツだと、無くなったときの影響がデカそうだな、って」
苦笑しながら颯谷がそう答えると、木蓮も「ああ」という顔をする。例えば氣功計測用スクロール。この仙具の類似品はまだ見つかっていない。もし今これが使えなくなったら、その影響は各方面に及ぶだろう。
「知らなかった頃に戻るだけって見方もあるけど、一度知っちゃった以上はやっぱりねぇ」
「そうですね、なかなか以前と同じようにはできないと思います。ましてそれが征伐の中核に据えられていたりしたら、本当に大変だと思います」
木蓮の言葉に颯谷も頷く。とはいえそれでも、仙具の再発見というこの流れは止まらないだろう。そしてこの場で二人が思いつくようなことを、各武門や流門が考え付かないとも思えない。そうなると……。
「再発見したはいいけどもったいなくて使えない、なんてことになったりして」
「まあ」
颯谷の冗談に木蓮がおかしそうに笑う。「補充できるかどうか」はやっぱり重要で、突き詰めて言えばそれは補給の問題なのだろう。颯谷はそう思う。そしてそんなふうに考えられるようになったのは、研修扱いとはいえ司令部に入ったからに違いない。木蓮の笑顔を見ながら、彼はそんなふうにも思うのだった。
颯谷「フランス人って、強心臓だ……」




