氣功計測デバイスの開発3
駿河家で昼食を食べた後、颯谷は駿河仙具の本社工場へと移動した。本社工場といってもここで実際に仙樹をセルロースナノファイバー化したり、仙甲シリーズを作ったりしているわけではない。
言ってみればここは配送センターであり、幾つかの工場で作った製品(委託分も含め)をここに集め、ここからエンドユーザーへ発送しているのだ。また在庫管理もここで行っている。
その本社工場の一角に設けられた実験室。部屋と言うより、パーテーションで区切られただけのスペースと言うべきか。ともかくそこに颯谷は数馬と一緒にいた。急遽造ったのだろうが、素人目ながらも機材は揃っているように思える。一部手作りの痕跡もあって、それがこれまでの創意工夫をしのばせた。
さて、颯谷がここへ来たのは駿河仙具が進めている、氣功計測デバイス開発のための実験に協力するためである。では具体的に何をするのかと言うと、数馬が彼に求めたのは「試作品にゆっくり、でも思い切り氣を流してくれ」ということだった。
「確かめたいことは主に二つ。電圧がどんな具合で上昇していくのかということと、もう一つは試作品の耐久性」
試作品に氣を通すと電圧が発生することはすでに分かっている。だが電圧がどこまであがり、またどのようなグラフを描くのかは、まだはっきりとしていない。耐久性のほうも同様で、納得のいく実験ができていない理由を数馬はこう白状した。
「こちらでも一通り実験はしたんだけど、どうしても氣の量には限りがあるから……」
そこで桐島君の出番だ、と数馬は言う。颯谷ほど膨大な氣を保有している能力者は、恐らくこの日本において二人といない。そして日本にいないということは、世界にもいないということだ。試作品の上限を測るうえで、これ以上ない人選と言えるだろう。
実際、桐島颯谷に伝手があったことは、この氣功計測デバイスを開発する上でこれ以上ない幸運だったと数馬は思っている。彼の瞬間最大放出量を測れるなら、他の能力者も測ることができるだろう。そして彼の瞬間最大放出量に耐えられるなら、普通に使っている限り他の能力者が壊してしまうことはないだろう。
(いや、必然かな、これは……)
数馬は心の中でそう呟いた。この氣功計測デバイスは仙樹鋼がなければ作れない。二級仙具相当に氣を通し、なおかつ幅広い加工が可能な仙樹由来のセルロースナノファイバーがどうしても必要なのだ。
そして仙樹鋼の開発経緯を辿っていくと、颯谷が使っていた仙樹の枝に行きつく。仙樹に仙具としての適性があることを発見したのは彼なのだ。彼がいなければ仙樹鋼は開発されず、駿河仙具も創立されず、氣功計測デバイスの開発も始まらなかったに違いない。
(だから幸運というか、奇跡的だったのはむしろ……)
奇跡的だったのは剛と颯谷に面識があったこと、そして駿河家に特級仙具凩丸・雷鳴があったことだろう。この二つの要素が揃わなければ氣功計測デバイス開発への扉は開かれなかった。それを考えると、数馬は巡り合わせというか、そういうモノの不思議さを思わずにはいられないのだった。
さて数馬がそんなことを考えている間に準備は整い、いよいよ実験が始まろうとしていた。颯谷が手に持っているのは試作品の一つ。凩丸・雷鳴のレプリカなので、木刀の短刀のようにも見える。
その仙樹鋼製の短刀の表面には“回路”が刻印されている。多数の図形を組み合わせたような“回路”で、颯谷にはどことなく和風な雰囲気に思えた。試作品には全て別々の“回路”が刻印されているが、系統は全て同一と言って良いだろう。
さて颯谷が手に持つ試作品にはクリップが二つ、リード線が三本接続されている。オシロスコープから出ている、電圧を計測するための線が二本と、放電用の接地線が一本だ。そして電圧のマイナス側の線とアース線が同じクリップに接続されている。
「よし、じゃあ始めよう」
オシロスコープの設定が終わると、数馬はそう颯谷に声をかけた。颯谷は一つ頷くと、深呼吸をしてからまずは内氣功を滾らせる。そしてゆっくりと手に持った試作品に氣を流し始めた。
「よし、きたきた」
オシロスコープが電圧を計測し、それがグラフとして画面に表示される。それを見て数馬は大きく頷いた。颯谷が見るかぎり、試作品に変化は起こっていない。だが確かに氣を流したことで、試作品には電圧が発生している。つまり氣が電気に変換されているのだ。そしてオシロスコープの画面を見ながら、数馬は颯谷にこう指示を出した。
「桐島君。なるべくゆっくり流す氣の量を増やしていってくれ」
「やってみます」
そう答え、颯谷もオシロスコープの画面を見ながら徐々に流す氣の量を増やしていく。最初、電圧は順調に上昇していたが、一定のところで上がり方が緩やかになる。これは氣の流し方を緩やかにしたからではない。試作品の側の特性であり、要するにこれ以上は電圧が上がりにくいということだ。
先ほど数馬も話していたが、こういう特性を調べるのが、今回の実験の主な目的の一つだ。氣を流せば電圧が上がっていくとして、それが一次関数的な上がり方なのか、それとも二次関数的な上がり方なのか、もしくは対数的な上がり方なのか、それぞれしっかりと把握しておく必要がある。
例えばAさんが100Vを、Bさんが200Vを発生させたとする。この時、電圧を一次関数的に発生させるデバイスを用いていれば、「BさんはAさんの二倍の量の氣を放出した」と言えるわけだ。しかし電圧の発生の仕方が二次関数的であれば、二倍云々という話は成り立たないことになる。
「でもそれだと、実際問題使いにくくないですか?」
「だから『このデバイスはこういう特性です』っていうグラフを付けるつもり。あとは、使っているうちに基準みたいなのができるだろうって期待してる」
「期待、ですか……」
「正直、今言えるのはそれくらいだからね」
いっそ開き直って数馬はそう答えた。とはいえそう答えるしかない側面もある。デバイス完成の目途が立っていない状況では、何を言ったところで希望的観測、つまり期待でしかないのだ。
さて、そんな無駄話をしている間にも実験は続いている。颯谷は徐々に流し込む氣の量を増やしていき、そしていよいよ全力で氣を流し込んだ。その状態を三秒ほど維持してから、彼は試作品への氣の供給を止めた。
その瞬間、オシロスコープに表示される電圧の値がゼロになる。それを確認してから、数馬は計測を終了してデータを保存した。そしてオシロスコープの設定を元に戻し、さらに二度、同じ試作品で同様の実験をする。
その後、用意された全ての試作品で同じように実験を行った。全ての試作品で、基本的には込める氣の量を増やすと電圧が上がっていき、一定のところで頭打ちになるという形だ。ただ試作品ごとに電圧の上がり方には個性がある。
一次関数的でも途中から角度が変わったり、二次関数的に上がったかと思いきや実は三次関数的だったり、値をジグザクに上下させながらも基本的には上昇していくものなど、さまざまだ。頭打ちになる値も、高かったり低かったりして同じものは二つとない。
「いいね、いいね、貴重な実験データだ」
記録した実験データをパソコンの画面に表示して、数馬は満足げに大きく頷いた。もちろん、これまでも実験は繰り返してきた。ただこれらのデータを見ると、やはり氣の量が大きな壁になっていたことが分かる。
これまでは分からなかった領域の特性が確認できたし、またこれだけ多量の氣を叩き込んでびくともしなかったのだ。少なくともこの試作品が、込める氣の量が多すぎるために破損することはないだろう。やはり颯谷に協力を頼んで良かったと彼は思った。
「ところで、一つ聞いて良いですか?」
「なんだい?」
実験が終わり、並べられた試作品を眺めていた颯谷が数馬に声をかける。彼はパソコンの画面から視線を外して振り返った。そんな彼に颯谷はこう問いかける。
「このレプリカ? って本当に雷撃は飛ばせないんですか?」
「無理だろうねぇ」
「……オレがやっても?」
「うん。実験の数字を見るかぎり、雷撃を飛ばせるほどの電圧は発生していないからね。それに……」
「それに?」
「仮に雷撃を飛ばせるほどの電圧が発生したとして、その雷撃が飛ぶ先は、たぶん試作品を握っている桐島君自身だよ」
「あ……」
数馬に指摘され、颯谷ははじめてそのことに気が付いた。今回の実験ではきちんとアース線を付けていたので、発生した電気は全て大地へ流れていた。だがもしアース線を付けていなかったら、氣を込める度に颯谷は静電気のために痛い思いをしていただろう。ではもしそれが静電気ではなく本物の雷だったなら……。それを想像して彼は盛大に顔をしかめた。
「雷撃を飛ばす実験は止めておきましょう」
「そうだね。安全第一だ」
「それにしても、なんで凩丸・雷鳴は大丈夫なんでしょう……?」
「さあねぇ。分からないことだらけだよ」
楽し気に口の端を歪めながら、数馬はそう答えた。凩丸・雷鳴に限らず、特級仙具は謎と未知の塊と言って良い。つまり能力者たちはよく分からないモノをよく分からないまま使っているのだ。
そう考えるとちょっと恐ろしくもなるが、しかしその一方で例えば妖狐の眼帯を使わないなんてことは颯谷にはもう考えられない。せめて取説があればなぁ、と何度目か分からないボヤキを彼は心の中でこぼすのだった。
「それはそうともう一つなんですけど……」
「なんだい?」
「コレが計測デバイスの心臓部になるってのは分かるんですけど、このままぶっ込むんですか?」
「いやいや、まさか。もっと小さくして組み込むつもりだよ。可能なら、プレート状にしてそのまま基盤に入れちゃいたいんだよね」
「……できるんですか? そんなこと」
疑わし気な顔をしながら、颯谷はそう尋ねた。この試作品に刻まれている“回路”は何かしらの理論をベースにして考案されたモノではない。凩丸・雷鳴という、すでにある特級仙具の“回路”を模倣したデッドコピーだ。つまり基礎理論が存在しないわけで、どういじれば良いのかなど誰にもわからない。だが数馬はけろりとした様子でこう答えた。
「それこそ、何も雷撃を飛ばしたいわけじゃないんだ。ほんのちょっと電圧が発生すればいいんだから、それくらいなら多分できるんじゃないかな」
そもそも今のままでは電圧が高すぎる、と数馬は思っている。計測する度にバチッと静電気に襲われるようでは、ユーザーからは敬遠されるだろう。そう言う意味では、少なくとも電圧発生能力はもっと低い方が良い。そしていろいろと弄りまわしてプレート状に落とし込めれば、電圧発生能力はたぶん下がるだろう。むしろそれでいい、と彼は考えていた。
「う~ん、そもそも電圧が発生しなくなるような気が……」
「まあ、そこらへんは試行錯誤を繰り返すよ。データが集まれば、突破口も見えてくると思う」
やや言葉をぼかしながら、数馬はそう答えた。実のところ、彼の頭の中にはおぼろげながらも一つのプランがすでにある。彼は大学でAIを使った解析技術について研究している。それを使えないかと考えているのだ。
確かに基礎理論は何もない。だが“回路”とそこへ氣を通したときの実験結果はある。それをAIに読み込ませ、新しい“回路”を設計させるのだ。もちろん最初から上手くいくとは思っていない。だがサンプル数が増えれば、AIの精度も上がっていくはず。いずれは、と数馬は思っていた。
「今まで存在しなかったデバイスを作ろうっていうんだから、ある程度時間がかかるのは覚悟の上だよ。他にウチにみたいな取っ掛かりを得ている企業や研究所があるとは思えないし、まあ焦らずにやるさ」
颯谷に答えるというよりは自分に言い聞かせるようにして、数馬はそう語った。見方によっては、ここまでが順調すぎたのだ。その同じペースでデバイス開発を続けていけると思っているなら、それは妄想だろう。これは駿河仙具の新たな柱となるべきプロジェクト。腰を据えて取り組まなければならない。
「まあ、そんなわけだから、今後もちょくちょく協力をお願いするかもしれない。その時はよろしく頼むよ」
「はい、分かりました。あ、でも大学もあるのでそう頻繁だと困るんですけど……」
「了解。そのへんはちゃんと考えるよ。あ、その代わり、今日のことも含めてこの件は他言無用でお願いね」
「了解です」
颯谷は大きく頷いて数馬に答えた。
数馬「接地は偉大」




