氣功計測デバイスの開発2
「氣功計測デバイス……!?」
思わず、颯谷はそう聞き返した。氣功を計測するモノというと、氣功計測用スクロールが思い浮かぶ。だがアレは仙具だ。どういう理屈でそうなっているのか説明できないアーティファクト。よって人工的に同じモノを作るのはほぼ不可能と言って良い、はずだった。まさか再現に目途がついたのだろうか。そう考える彼に、しかし数馬はこう答える。
「勘違いしているようだから最初に言っておくけど、桐島君の巻物とは全く別物だよ。そもそもこれは怪我の功名というか、最初はそんなデバイスを作るつもりは全くなかったんだ」
「え、じゃあ、何を作るつもりだったんですか?」
「凩丸・雷鳴、そのレプリカ」
颯谷の質問に、数馬は端的にそう答えた。【凩丸・雷鳴】とは、駿河家の家宝である特級仙具のことだ。氣を通すと雷を放つ力を持つ短刀で、武器としての意味合いを越えて駿河一門の象徴とも言うべき仙具である。最初はその凩丸・雷鳴のレプリカを作るつもりだったのだと、数馬は言う。
「でも、どうやって……?」
「君が教えてくれたあの刻印技術、アレの応用だよ」
そう言われ、颯谷はますます首をかしげる。「刻印技術」なるモノに心当たりはある。新幹線のパンタグラフを参考に仙樹刀の刀身にパターンを入れたことがあるが、そのことだろう。剛と数馬にも見せ、技術提供という形で駿河仙具に投げたモノだ。
だがアレはせいぜい氣で刃を形成するのをアシストする程度の効果しかなかったはず。間違っても雷を放つような能力はなかったはずなのだが、まさかこの短期間にそこまで技術を進化させたのだろうか。だが数馬は笑ってそれを否定する。
「いやいや、まさか。どう話したもんかな……」
数馬はそう呟いて少し考え込んだ。そして顔を上げるとこう話し始める。コトの取っ掛かりはやはり、颯谷が見せてくれたあの仙樹刀だ。
「特定のパターンを入れる事で氣の流れに干渉できるってことは、つまり物理的な、なんていうのかな、回路的なモノが作れるってことを示唆している。その回路に通すと、氣が変質するというか、何かに変換されて出力されるわけだ」
そう言われて颯谷は内心でドキリとした。そういう回路に思い切り心当たりがあったからだ。衝撃波や狐火を使う時に現れる、あの回路である。あの回路のことを、颯谷は誰にも話していない。だが数馬は、取っ掛かりがあったとはいえ、どうやら自力でそこへ辿りついたようだ。そして内心で冷や汗をかく颯谷に気付かないまま、彼はこう説明を続ける。
「で、そういう回路を思いついたとき、次に頭に浮かんだのが特級仙具のこと。特級仙具の中には氣を流すだけでカマイタチを放ったり、炎が出たりするのがある。それってつまりそういう回路が仕込まれているってことじゃないかと思ったんだ」
「……どうやってそれを確認する、いや、したんですか?」
「ほら、ウチ、というか駿河家にモノクルの仙具があるだろ? アレで確認できた」
それは半分予想通りで、もう半分は予想外の返答だった。颯谷が“回路”に気付いたのも妖狐の眼帯を使ってそれを確認したのだ。だから似たような能力を持つ眼鏡やモノクルの仙具を使えば回路”を確認できるというのは、決しておかしな話ではない。
ただその一方で、颯谷は失望にも似たショックを受けていた。そんな簡単に確認できてしまうモノなのか、と思ったのだ。妖狐の眼帯はもっと特別な物なんじゃないかと思っていたのだが、どうやらその点については他と同じだったらしい。
(いや、まあ、いいか……)
モノクルの仙具で確認できたということは、“回路”の存在そのものについてはもう隠す必要が無いということ。そう考えれば悪い事ではない。それに完全に目隠しされているのにちゃんと「視える」時点で妖狐の眼帯は十分に特別である。そして颯谷がそんなことを考えている間にも、数馬はさらにこう話す。
「モノクルの仙具を使えば確認できるだろうとは思った。いや、確認するための方法はそれしか思いつかなかった、と言うべきかな。まあ結果的にはそれで良かったわけだけど、実際にはもう一つ問題があったんだ」
「特級仙具をどうするか、ですね」
「そう。見せてもらえそうな心当たりは凩丸・雷鳴しかなかった」
数馬はそう答え、視線を剛のほうへ向けた。それを追うように颯谷も剛へ視線を向ける。二人の視線を受け、彼は苦笑しながらこう話した。
「話を聞いた時は驚いたというか、ハッとさせられたな。ただ同時に、面倒なことになるとも思った」
剛は確認そのものに反対したわけではない。むしろ確認については、彼は賛成だった。彼が「面倒なことになる」と思ったのは、その先である。とはいえこの時点では“回路”の存在自体がまだ仮説の段階。彼は大きく頷き、こうして実験を行うことになった。
「で、回路の存在は確認できた、と……」
ここまでの話の流れとしてそういうことなのだろう。剛と数馬も大きく頷く。そして当然の流れとして話は次の段階に移った。
「回路が存在するなら、それを再現できれば、と考えるのは当然だ」
「それがレプリカ、ですか」
「そうだ。だが当たり前に簡単な話でないし、その前提として面倒な話でもあった」
「簡単じゃないって言うのは分かるんですけど、面倒ってどういうことですか?」
「凩丸・雷鳴はただの武器じゃないってことさ」
「そりゃ、家宝でしょうけど……」
数馬の言葉に颯谷は首をかしげる。彼が何を言わんとしているのか、いまいち判然としない。そんな颯谷の様子を見て剛がこう補足した。
「何て言うかな、凩丸・雷鳴は駿河一門の象徴なんだ。特別で、唯一無二で、不可侵であってほしい。そんなふうに思う方も多いんだ」
凩丸・雷鳴は駿河家の家宝、つまり財産である。しかしだからと言って駿河家の自由にできる、というわけではない。管理しているのは確かに駿河家だが、「駿河一門の至宝」という認識がこの武門の中に根付いているのだ。
もちろん法的なことを言えば、駿河家の財産なのだから、当主としてそれを相続した剛の一存で決めて良いはず。だが実際には分家の長老格、つまり過去に活躍した能力者たちを無視できない。彼らには駿河一門を支えてきたという自負があり、その中には凩丸・雷鳴の存在も含まれているのだ。
理論的でも理性的でもない、と思うだろうか。その通りだ。これは感情の話である。そしてその感情こそが、凩丸・雷鳴のレプリカを許容できないのだ。一門が大切であればあるほど、その象徴を複製しようなどという試みは容認できないのである。
「『金のために誇りを捨てるつもりか』とか、まあいろいろ言われたよ」
苦笑しながら剛はそう言った。数馬も神妙な顔をしながら頷いている。実際にはもっといろいろと言われたのだろう。武門の内情に疎い颯谷でも、そのことは簡単に想像できた。しかしそこで終わっていたら、彼は今ここに呼ばれていない。
「説得、できたんですね」
「まあな。前提として、完全なレプリカを作るのはほぼ不可能だと思っていた。だからその点を強調して、あくまで技術開発のためだと説明し、納得してもらった」
「なんで完全なレプリカは作れないんですか?」
「確認した“回路”は多層構造になっていて、しかも動くし、構造自体が変化するんだ」
颯谷の質問に数馬がそう答える。そのことは剛も確認したようで、彼も重々しく頷いている。多層構造だけなら今後の工夫次第では再現可能かもしれない。だが動いたり、さらには構造自体が時々刻々と変化するようでは、それを固定された回路で再現するのは確かに不可能だろう。
(そう言えば……)
そして颯谷も思い出す。そう言えば、確かに狐火のほうはそんな感じだった。衝撃波のほうはそんなに複雑ではなかったと記憶しているので、操作性があったり自由度が高かったりするモノは“回路”が複雑になるのかもしれない。
まあそれはそれとして。一門内の「頭が固い」長老たちを説得し、数馬たちはようやく凩丸・雷鳴のレプリカの作成に取り掛かれるようになった。では具体的にどうレプリカを作るのかと言うと、その手法はとてもアナログだ。
まず凩丸・雷鳴と同じ寸法の仙樹刀を作る。そして凩丸・雷鳴に氣を流したときに現れる“回路”を、目視でその仙樹刀に描き写すのだ。これはモノクルの仙具を使わなければ、つまり目視でなければ“回路”を視認できないがための苦肉の策だった。そしてこれが「完全なレプリカは作れない」と判断した理由の一つでもある。
「正確さは、あんまり期待できなさそうですね……」
「まあな。ただ個人的には結構上手くできていたと思うぞ」
「はは、ありがとうございます」
剛の言葉に数馬は苦笑しながらそう答える。たぶん描き写したのは他でもない彼なのだろう。そして苦笑を引っ込めてから、彼はさらにこう続ける。
「さっきも言ったけど、回路は多層的だったから、書き写したのも何本か用意した。それぞれ別の回路を描いてね。それを後はレーザー加工で溝を作ってもらってひとまず完成したのがレプリカというか、まあ試作品」
試作品が出来上がったのなら、次にやることは決まっている。実験だ。試作品に実際に氣を流してみるわけである。モノクルの仙具を使ってじっくり視ながら氣を流したところ、回路が無い仙樹刀と比べて確かに氣の流れ方に変化はあったものの、しかし雷が発生するようなことはなかった。
とはいえ失望は少ない。「そんなもんだよな」と思いながら、数馬と剛は別の試作品でも同じように実験を行う。そして何番目かの試作品を試したとき、ある画期的な出来事が起こった。静電気が「バチッ」と数馬を襲ったのだ。
『痛っ』
数馬は思わず声を出し、その声を聞いて剛も反射的に彼の方を向いた。何が起こったか分からず、二人は狼狽えたように視線を彷徨わせる。やがて二人の視線は数馬が握る凩丸・雷鳴のレプリカに注がれた。
『数馬君。これは、まさか……!』
『はい、剛さん。もしかすると、もしかするかもしれません……!』
二人は興奮気味にそう言葉を交わした。そしてもう一度、同じように実験してみる。すると同じようにまた静電気が数馬を襲った。「痛っ」と言いつつ、数馬は頬が緩むのを止められない。脳内でアドレナリンがドバドバ出ているのを、彼は自覚した。
これはつまり、「静電気を発生させる仙具の開発に成功した」ということだ。思っても見なかった成果で、成功を越え大成功と言って良い。もちろん武器として考えた場合、これだけでは貧相だ。しかし可能性は無限大である。
そして同時に、研究者(もしくは技術者)の端くれである数馬の脳裏には、また別のアイディアも浮かんでいた。静電気が発生したということは、別の言い方をすれば電圧が発生したということ。ならばその電圧、計測できるのではないか。そして計測できるのであれば、それは間接的に氣を計測していることになるのではないか。
「それが氣功計測デバイス……」
「まあ、そういうこと」
颯谷の呟きを数馬は小さく頷いて肯定した。「氣を流すと電圧が発生し、その電圧を計測する」というのが、現在駿河仙具が開発しようとしている氣功計測デバイスの基本メカニズムになる。
つまりこのデバイスは「現在どれくらいの氣を流しているのか」が判るデバイス、ということだ。氣功計測用スクロールのように、最大保有量が判るわけではない。いや計測方法を工夫すれば判るのかもしれないが、表示されるのはあくまでも現在の量ということになる。
「でもそれって、人間の側で出力を変化させたら表示も動くってことですよね?」
「まあ、そうなるだろうね」
「……意味がありますか?」
「最大出力なら、興味のある能力者は多いと思っているよ」
数馬の返答を聞いて、颯谷は「ああ、そうか」と思った。実際の話、氣功能力を最大出力で使う機会は少ない。しかしだからと言ってそれが重要でないわけではない。最大出力とはつまり攻撃力や防御力の上限であり、また基本的に氣の量が多いほど最大出力も大きくなるからだ。
「さて、と。ちょっと前置きが長くなったかな。改めて桐島君には実験への協力をお願いしたい」
「良いですけど、具体的には何をすればいいんですか?」
颯谷がそう聞き返すと、数馬は早速具体的な話を始めた。
剛「技術の進歩に痛みはつきものだ」
数馬「確かに静電気は物理的に痛かったですけど」




