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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀後の日常

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209/224

氣功計測デバイスの開発1


 大学の前期が終わり、夏休みに入った。青森県東部異界で手に入れたドロップのオークション開催の知らせはまだない。


 代わりというわけではないが、諏訪部研では夏休み中、氣功計測集中期間プログラムが実施されている。


 休みに入る前はあくまでも学業優先のため、事実上一日当たりの計測人数は制限されていた。しかし休み中はその上限が大幅に引き上げられている。


 それが可能になったのは、諏訪部が方々調整し、アルバイトという形で人手を確保したからである。そのおかげで実験はほぼ流れ作業で進められるようになり、全体の流れがスムーズになったのだ。


 颯谷もアルバイトに誘われたが、彼は身バレを恐れてそれを断っている。一方で彼から話を聞いた木蓮は興味を持ったようで、外国人が多い日に通訳としてアルバイトに参加しいていた。


「ネイティブの方と話せる機会はなかなかありませんから」


 木蓮は参加理由をそう語っていた。必ずしもお金が目的ではないところが彼女らしい、と颯谷は思う。ちなみに外国人参加者のうち、英語のネイティブスピーカーは実のところそれほど多くないのだが。とはいえ英語が共通語であることに変わりはなく、たくさん話せて木蓮的には大満足だったらしい。


 そんな木蓮だが、夏休み中はアルバイトばかりしていたわけではない。彼女は夏休み前から自動車学校に通っていて、予定通りお盆前に運転免許証を取得することができた。本人大喜びで「レンタカーで帰省します!」と言うのを、駿河家総出で止めたとか。ちなみに颯谷も加勢した。


 さて繰り返しになるが夏休みである。今年も尋常ではない暑さで、比較的涼しいはずの東北でも連日暑さが続いている。ただそれでも山の中は幾分マシなのか、マシロたちは連日山の中を駆け回っていた。


 ただやはり暑いらしい。ある日、マシロたちは泥だらけになって帰ってきた。今までにない汚れ方で颯谷は首をかしげたが、どうも沢かなにかで水浴びでもしたらしい。普段は徹底して身体が濡れることを嫌うのに、自分から水の中に入ったというのは、やはりこの頃の夏が尋常ではなく暑いことの証拠だろう。


 動物であっても辛いだろうと思うが、しかしそれはそれ。こんな泥だらけの状態のままにしておくことはできない。颯谷は三匹を捕まえると容赦なくシャンプーの刑に処した。わしゃわしゃとシャンプーを泡立てて身体を洗い、シャワーで水をかけて流す。三匹とも身体を拭く前に身震いして派手に水滴を飛ばしてくれたが、外なのでまあ良しとする。


「まったく、水浴びしたいならいつでもさせてやるぞ?」


 顔にかかった水滴を拭いながら颯谷がそう話しかけると、三匹は揃って視線を逸らした。シャンプーとセットだとでも思ったのだろうか。颯谷は苦笑しながら三匹にドッグフードを用意してやるのだった。


 そんなこんなで夏休みを過ごしていた颯谷だが、お盆過ぎに静岡県に帰省している木蓮から電話があった。曰く「近く、こちらへ来ることは可能でしょうか?」。駿河仙具の関係でちょっと話したいことがあるというのだが、それを聞いた時、颯谷は少し首を傾げた。


 ちょっと話したいくらいなら、それこそ電話で済むのではないか。わざわざ静岡県にまで呼び出す理由は何なのか。少なくとも電話で済ませるような話ではないはずだ。木蓮も話の内容は聞いていないという。


(岡崎家の仙樹関係かな……?)


 颯谷は内心でそう考えたが、口には出さない。「分かった」と答え、さらに駿河家はいつでもいいというので、その場で予定を決めた。木蓮は「叔父様に伝えておきます」と答え、さらにこう続けた。


「美味しいかき氷のお店ができたんです。用事が終わったら一緒に行きませんか?」


「良いね、楽しみだ」


 颯谷がそう答えると、木蓮は弾む声で「はい」と答えた。そして約束の日、彼は最寄り駅まで玄道に送ってもらい、いつも通り新幹線で静岡県へ向う。駿河家の最寄り駅に降り立つと、出迎えてくれたのは木蓮だった。


「あ、颯谷さん。こっちです!」


 笑顔で手を振る木蓮を見つけ、颯谷も笑顔になって手を振り返す。しかしその直後、彼は内心で首を傾げた。木蓮は一人だ。そして彼女の後ろには車が一台。それが意味するところはつまり……。


「さ、乗ってください。行きますよ」


「あ、うん……。安全運転でお願いね……」


 やや頬を引き攣らせながら、颯谷は若葉マークの付いた車に乗り込んだ。彼が内心で身構える中、木蓮はハンドルを握って車を発進させる。ちなみにとても丁寧な運転で、颯谷は「オレより上手かも」と思ってしまった。


「よく来てくれた」


 駿河邸に到着すると、作務衣を着た剛が出迎えてくれた。居間に通され、冷たい麦茶を一口飲むと、颯谷はさっそくこう切り出した。


「それで今回は何です? 岡崎家の事ですか?」


「岡崎家……、ああ、仙樹のことか。それもあったな」


 はたと気付いた様子で剛がそう答える。その反応だけでどうやらこれが本題でないらしいと分かったが、こちらについても何か続報があるらしい。それで颯谷は視線だけで続きを促し、剛も一つ頷いてからこう続ける。


「まず私の方からは、颯谷から聞いたことを仙樹林業へ伝えた。その際、なるべく早く話をして枠組みを決めてしまうべきだと私見を付けてな。そこからはノータッチだったんだが、少し前に『話がまとまった』と連絡があった」


 合意した内容を簡単に要約すると、「将来的な提携を視野にいれた実験協力と資金提供」だろうか。仙樹を異界の外へ持ち出すことに成功したとはいえ、現状はまだ小さな鉢植えが一つあるだけ。今すぐに素材としての仙樹を供給できるわけではない。越えるべきハードルはいくつもあり、それを「一緒に乗り越えていきましょう」と約束したわけだ。


 仙樹林業の態度としては、基本的には下手に出たらしい。とはいえこの事業の主導権が完全に岡崎家のモノになってしまうのは、仙樹林業としても避けるべきと考えたのだろう。岡崎家と話をする前に、彼らは核心を抑える妙手を打っていた。


 すなわち「皇亀がドロップした土の確保」である。まず前提として、皇亀のドロップについては、その半分は国防軍に権利がある。当然、ドロップ土についても同様だ。仙樹林業は自身の株主である銃器メーカーの伝手を使って国防軍に掛け合い、ドロップ土の半分を確保することに成功したのである。


 こうなると岡崎家としても仙樹林業を無視することはできない。仙樹の鉢植えという最も重要な部分を握っているとはいえ、将来的に事業として成立させるにはどうしても相応のドロップ土が必要だからだ。岡崎家に仙樹林業の提案を断るという選択肢はなかったのである。


 今後の方針としては、まずはまだ小さな仙樹を成長させ、樹木として強くすることが最優先とされている。そしてそれと同じくらい大切なのが鉢植えの数を増やすこと。「今年の冬を乗り越えられるかどうか、それが最初の関門だな」と剛は語った。


「なるほど……。何て言うか、気の長い話になりそうですね」


「颯谷はどう思う。冬を越えられると思うか?」


「越えられると思いますよ」


 悩むことなく、颯谷はそう答えた。剛には少し意外だったらしい。彼は「ほう」と呟くと面白がるようにさらにこう尋ねる。


「どうしてそう思う?」


「雪の中でも普通に実を付けて葉を茂らせていましたから」


 自身の経験を振り返りながら、颯谷はそう答えた。実際、環境が冬であっても、仙樹は枯れずに仙果をならせることが幾つもの異界で確認されている。それを踏まえれば、仙樹とは寒さに強い植物といえるはずだ。


「だが異界の外だ。そもそも仙樹の育成には絶望的に向いていない環境で、さらに寒さというストレスが加わることになる」


「でも、どうせ温室に入れるんですよね?」


「まあ、たぶんな」


「なら、寒さはあんまり関係ないんじゃないんですか? いや、でも暖かい季節と比べて、土に蓄えた氣を早く消費するってのはあり得るかもしれませんね」


「そういう懸念もあるか……。よし、伝えておこう」


 剛はそう呟いて大きく頷いた。繰り返すが、鉢植えは今のところ一つしかない。もちろん仙樹自体は異界へ赴けばまた手に入る。だが持ち出せるかは別問題だ。そういうリスクを踏まえれば、「絶対に失敗したくない」というのが岡崎家と仙樹林業の本音だろう。ほんの思い付きの意見だが、「実験に役立ててくれればいいな」と颯谷は思った。


「でも、仙樹の育成とかそっちがメインってことは、仙果の方は……」


「うむ。今のところ、実る気配はないらしい」


 剛の返答を聞き、颯谷は「まあ、そうだろうな」と思いながら大きく頷いた。仮に、異界の外へ持ち出した仙樹が仙果を実らせたら、それはこの業界において100年に一度レベルのビッグニュースになるだろう。のんびりと観察記録を付けている場合ではなくなるに違いない。「やっぱりそんなうまい話はないか」と颯谷は心の中で呟いた。しかし剛はこう続ける。


「ただ、あくまでも今のところ、だ。栽培を始めてから一年も経っていない。『異界の外で仙果は実らない』と決めつけてしまうのは、まだ早いな」


「そのうち実をつけるかもしれない、ってことですか?」


「その可能性は否定できないし、特に岡崎家は期待しているだろうな」


「う~ん、そんなにうまくいきますかねぇ……」


 颯谷は腕を組みながら首をかしげてそう答えた。正直、彼は仙樹の異界の外での生育にも懐疑的だ。不可能ではないのだろう。だが事業化までいくかは怪しいと思っている。そのうえ、仙果もというのは夢物語に聞こえた。ただそれを口には出さない。代わりにこれまで黙って話を聞いていた木蓮の方へ視線を向け、彼女にこう問いかける。


「木蓮は、どう思う?」


「そうですね……。スーパーで仙果が買えるようになったら嬉しいです」


 木蓮がニコニコしながらそう答える。それを聞いて颯谷は一瞬唖然とし、それから思わず笑ってしまった。みれば剛も苦笑を浮かべている。「スーパーで仙果を買える」。そんな未来が来たら、異界対策の形も変わるのだろうか。颯谷はふとそんなことを考えた。


「えっと、岡崎家の事じゃないなら、本題は……?」


「うむ、もう少しで数馬君が来るはずだから。来てからにしよう」


 剛がそう言うので、颯谷はひとまず「分かりました」と言って頷いた。ただ内心では首をかしげる。木蓮に用件を伝えてなかったこともそうだが、なんとなく頑なさを感じる。いや、慎重と言うべきか。引っかかるほどではないが、気にはなった。


(まあ、いいか……)


 数馬が来たら話すと言っているのだし、そもそも何か用事があるから呼んだはず。そう思いながら颯谷は麦茶の入ったコップに手を伸ばす。喉を潤してから、数馬が来るまでの間、彼は雑談を楽しんだ。


 正之のお嫁さんは名前を佳澄かすみというのだが、彼女がこの駿河家に嫁いできてからもう一年以上が経過している。剛はもとより分家からの評判も良く、「これで次の代も安泰だ」と武門内では安堵の声が多いという。


 そんな彼女だが、普段は正之の母である薫子の下、駿河不動産で忙しく働いている。現在は外回りが多いという話だが、もしかしたらこれには顔を売るという意味もあるのかもしれないな、と颯谷は思った。


「お義姉様は子供好きで、悠斗ちゃんのことも可愛がっているんですよ」


 木蓮は嬉しそうにそう話した。ともかく佳澄は上手く駿河家に溶け込んでやっているらしい。彼女とはまだ顔を合わせたこともないが、ギスギスするよりは良い事だ、と颯谷は訳知り顔で思うのだった。


 さて、そんなことを話しているとベルが鳴って来客を知らせた。恐らくは数馬が来たのだろう。剛が立ち上がって玄関へ向かい、予想通り数馬を連れて戻ってきた。剛は木蓮に人数分の麦茶を頼む。彼女はそれを用意すると、部屋には残らず、一礼してから下がった。


「さて、と。ではまず何から話したものかな……」


 剛がそう呟いて麦茶を一口飲む。にわかに緊張感が高まったように思えて、颯谷の背筋も自然と伸びた。麦茶をコップ半分ほど飲み干してから、数馬がこう言った。


「やはり最初から話すべきでしょう」


「うむ。では数馬君、頼む」


「え、あ、はい……。えっと、桐島君。我々、駿河仙具は現在、氣功計測デバイスの開発を進めているんだ」


「え!?」


 颯谷は思わず大声を上げて腰を浮かせた。


木蓮「わたし、運転は上手だと思うんです」

颯谷「確かに上手だけど、その謎の自信が逆に怖い」

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― 新着の感想 ―
運転上手なら自然と自信持つんじゃない? 教習所をスムーズに卒業してすぐの人の方が交通法規よく守るのあるある。 ウィンカー曲がってからだす。そもそもださない。 曲がる時に反対車線はみ出るくらい無駄に膨…
新たなアイテムが爆誕?!!!!
> 「レンタカーで帰省します!」 > 「さ、乗ってください。行きますよ」   颯谷のバイクで、2ケツで帰れば良かったのでは?   木蓮の地元の友達の、怨嗟の視線を浴びながら。
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