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彼女はなぜ異世界転移したのか、そして唯一攻略できた理由とは

「はっ」


 目覚めたら真っ暗な世界だった。

 でもそこは、心優の知っている黒とは違う。

 どこにも逃げられず、黒い箱に閉じ込められているかのような窮屈で暗い世界(いろ)だった。


 槍のような雨が空から降り注ぎ鮮明な記憶を呼び寄越す。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 雨が体に染み渡る。傷ついた心に染みる。

 囚われることから解放されたくて、乱暴に放り投げ、外してしまった指輪。くっきりと残る指輪の跡。自身の体を強く抱き締める。

 子供なら声を張り上げ胸の悲鳴を伝えられることが出来る。だが、彼女はもう子供ではない。すすり泣くこともできない。


 雨に打たれながら泣きたい気持ちを我慢して、声を出さずに唇を噛んだ。


(元の世界に戻ってきてしまったーー……)


 《ガチャ、ガチャ……ガラッ》


心優(みゆう)……!?」


 二階の明かりがともされ心優が逃げた男性が顔面蒼白で彼女を見つける。片手に光るのは外した対になるもう片方の指輪だ。

 彼はーーーー彼女(みゆう)の旦那だーーーー……。


「こんなところにいたのか……!? 心配したぞ」


 雨に打たれ、ずぶ濡れな妻を見て、ベッドのシーツを剥がし彼女をくるみ部屋の中へと連れていく。


「心配した……? 嘘でしょう……?」


 心優はシーツにくるまり顔を隠した。

 冷静に段々と腹に抱えた闇を吐き出す。


 《ーー諦めてはいけないーー》


(だからもう私は諦めない、未来を受け止める)


「できれば結婚前の自分に戻りたい」


「は?」


「なにも知らずに明るい未来を信じていた頃の自分に戻りたい。

 私は結婚して知らない土地に一人で来た。知らない街、知らない人、隣の人でさえもまったく知らない人。

 そして、失った名前の一部。

 私が両親や友達と大切に育て上げた『黒埼(くろさき)心優(みゆう)』は結婚と同時に消えたの。それじゃあ、ここに立っている自分は誰かしら? あなたは優秀だから追うのに精一杯。あなたに相応しい妻になるために一人で努力して、一人で切り盛りして、でも、こんな私は本当の私ではない。『瀬嶺(せみね)心優(みゆう)』は、私ではないのよーー……!!」


 どしゃ降りの雨が降る。

 彼女の悲鳴を書き消すようにーー……。



「わかった、わかったから……」


 彼は妻を抱き締める。


「お前の言い分はわかったから。これから、なにがしたいんだ? 実家に帰るか?故郷の友達と思う存分遊びたいのか?」


 心優はまるで子供のように「あれも嫌だ、これも嫌だ」と駄々をこね彼を困らせた。

 彼は深くため息をついて頭を優しく撫でる。


「おまえの好きにさせてやるから。雨に打たれるのだけは止めてくれ。もう、おまえだけの体じゃないんだーー……。ここに大切な子がいるんだからーー……」


 心優は膨らんだお腹を撫でる。


「一緒に風呂入って体を暖めるか……?」


 《ザァーー……》


 *



「なぁ、心優(みゆう)。お前と出会ったときとあるゲームの話をしたこと覚えているか?」


「私が『駄作』と言ったあのゲームでしょ? 覚えているわ」


「そうだ、お前が罵った『陰キャラ』で『悪役』の伯爵、実はあれは俺自身がモデルなんだ」


「えっーー……!? あり得ないわ!!だって私が中学の時にハマったゲームよ? そんなはず……」


「まあ、どうせ、おまえのことだから全ての攻略可能な王子を攻略したのちに、イベントスキルも全て見て、隠しキャラの伯爵も軽々攻略したのだろうけど」


(いや、オトメ女子の私でも途中で放り投げたなど言えない……)


「あれの復刻の話が決まってな。今新しいプロジェクトの話を進めていた所なんだよ」


「だから、最近ずっと遅かったの?」


「ああ……。まあ、そんなとこだ」


 心優はほっと胸を撫で下ろす。


(それにしても、クロウ伯爵のモデルが彼だったなんてーー……)


 湯水に濡れた前髪を書き上げ、鋭い強い瞳でじっと彼女を見つめる。体が温まり火照った妻がいつも以上に美しく見えたのかそっと頬にキスをするーー……。


「全王子のハートを射止めるだけでなく、隠れていた俺の心まで攻略するなんて、とんだヒロインだよ。

 ああ……そうだな、君はヒロインというよりも……罪な悪役令嬢寄りだな」


「どうしてよ?」


 心優はむくれている。


「社内じゃ人一倍優秀なこの俺を、いつも悪戯に困らせるからだ」


 その悪戯な笑顔がなんだか『彼』に似ていて。

 顔が真っ赤になった。

 彼は外された指輪をそっと元の指へとはめる。


「愛している、心優(みゆう)

 もう、どこにもいかないでくれ。


 そして、これから生まれてくる命をともに

 育てていこうーー……」


 指輪は元の位置に戻される。


 心優はこの世界から異世界転移(きえた)した、あの日。まさか、自分の妻が自分を重ねたキャラと恋に落ちてしまったことを彼に伝えようと思ったが、これは私だけの秘密の思い出として取っておこうと心に決めた。

 浴室の片隅に置いてある、黄色いアヒル。

 なんだがどこがで見覚えがあると思ったら、これも長年変わらぬ彼の趣味だったのね。まさか、旅の途中伯爵が呟いた「クールビズ」という言葉も彼のアイディアだとしたら少し笑えてくる。

 

 心優が彼の顔を見て、なにも言わずに笑うものだから、やはり彼は少し戸惑い慌てていた。そんな彼はやはりどこか、伯爵と似ていてーー……。



「私も愛しています。


 これからも、あなたとともにずっとーー……」



 99パーセント攻略不可能なクロウ伯爵。

 攻略したのは彼の妻である『心優(みゆう)』だけでしたーー……。


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