人斬りの末路
「さて、誰から殺してあげましょうか? ねぇ、アデル」
「……化け物が」
アデル、アルファ、シルの三人は武器を構え応戦態勢入る。
「もう一度聞くわ。アデル、まずは誰を殺せばいいのかしら?」
「…………」
「答えられない? なら、あなた自身が初めに殺される事になるけれどいいのよね?」
「ちっ、遊んでんじゃねぇよっ!」
「…………」
ローズがゆっくりと、一歩ずつアデルへと間合いを詰める。
「遊んで何が悪いのかしら? 楽しいわよね、自分の返答一つで、他人の生死に関わるのだから、それはもう悦びにも似た感情になるじゃない、ねぇ、アデル」
「仕返しのつもりかよ……」
「言ったでしょう? 別に私が受けた事に対しては、もうどうでもいいと」
「なっ、消え、た?!」
すぐ目の前、一瞬たりとも目を離していなかったローズの姿は、アデルの視界から突然消えた。
「アデルっ、後ろだっ! 避けろっ!!」
「もう遅いわ」
「がぁああああぁあっ! あぁ、ああうううっ! あああっ!」
アデルの右腕が飛んだ。
絶叫と共に、切断された腕から大量の血液が噴き出して行く。
「あっああうううっ! ああぁぁぁっ!」
「情けない。たかだが腕一本落とされたくらいで」
痛みの中床の上をのたうち回るアデルを見下しながら、ローズは更に続けて言う。
「さぁ、ほら、誰を殺せばいいのかしら? 次は本当に……心臓を突き刺して殺す事になるけれど、答えなくていいのかしら? ねぇ、アデル」
アデルは表情一つ変える事無く言い放つローズの言葉に、心の底から戦慄を覚える。
殺される。
コイツは、絶対に自分を殺しに掛かって来る。
今直ぐ、自分以外の名を示さなければ、殺されてしまう。
「ふーん、意外ね。あなたの性格上、戸惑う事無く他の人間を犠牲にすると思ったのに。じゃあ、仕方ないわね。あなたが先ずは先に死になさいな」
「くがくうううっ! シ、シルだっ! シルの奴を殺せっ!」
「アデル……本気、で言ってるのかっ?!」
「あら、嘘なのかしら? そしたら、やっぱりアデル、あなたが死ぬ事になるけれど?」
「嘘、なんて言って、いないっ! シルのヤツを、殺せって言ってるんだよっ!」
「お、前…………」
「くすくす。だそうよ、シルさん」
ターゲットをシルに変更したローズが、アデルに裏切られたシルに向けて歩みを進め始めた。
「く、そっ! 大地の聖霊よっ、我が声に耳を傾け、その力を示せっ! グラビティクエイク!」
地属性最大の魔法。
ローズの足元の床が大きく隆起する。
魔法によって重力場と化したローズを中心にして、隆起した床の破片が圧殺する為に倒れ込む。
捉えた、と確信したシルの目は、何度かの閃光を視認した。
大きな音を立て、幾つかに割れる床の破片。
「残念だけれど、諦めなさい。あなたは、この世界の勇者に切り捨てられたのよ」
「ば、かな…………俺が使える、最強の魔法……なんだ、ぞ…………」
グラビティクエイクは、重力場が発生した時点で、転生者であろうと身動き一つ取れなくなる強大な魔法。
その上、人間の数倍はある破片が襲い来る事によって、運が悪ければ即死すら招く。
「それを、易々と……破る、とは…………」
「言ったでしょう? 私がして来た特訓は想像を絶すると、ね。一度魔法を発動したからと言って、手を緩めるべきじゃななかった。それなら、まだもう少しだけ生き永らえたものを。油断したわね」
「いいえ、油断したのは」
ローズからは死角となっている隆起した破片の向こう側。
数回、キンと透き通る音が響き、その破片を切り裂いた。
「……あなたの方ですよぉぉおおおっ!」
片手に長刀を持ったアルファが、切り裂いた破片の間から飛び出して来る。
アルファが繰り出す薙ぎ払いの攻撃は、ローゼンギルティを手にしたローズにより受け流されはしたが、アルファに驚きの色は見られない。
「シル、大丈夫でしたか?」
「あ、あぁ……もうダメかと思ったが、助かった……恩に着る」
「とりあえず、アデルを回復して貰えませんか? 色々思う事はあると思いますが、戦力は一人でも多い方がいいと思いますから」
「ち……お前に言われたら断れないか。仕方ない」
「回復するのはいいけれど、動かない方が……あぁ、遅かったようね」
アデルへ渋々ヒーリングの魔法を施した直後。
バシャりと音を立て、シルの身体は幾つもの肉片になり、崩れ落ちて行った。
「役立たずが」
シルが死ぬ間際に掛けたヒーリングによって、落とされた腕が元に戻ったアデルがシルだった物へ嫌々しく言葉を吐いた。
「酷い勇者様ね。他人を犠牲にしておいて、回復までして貰ったくせにその言い様。頭が上がらないわ」
「俺がいた転生前の世界はそう言う所なんだよ。お前のように温い世界の中で生きて来たヤツになんて分からないだろうがな」
「……人の事情も知らない癖に。まぁ、でも、そんな事はどうだっていいわ。さて、次はどっちが先に殺される番なのかしら?」
アデルとアルファはお互いに無言のまま、目で合図をする。
「次は私が相手をしましょう」
「別に私はどちらでも構わないけれど、それでいいの? あんなの為に死に急ぐなんて、私に合はとても理解が出来ないわ」
「それで構いませんよ。何故なら…………せっかくの獲物を獲られたら楽しみが減るじゃないですかぁぁぁっ! ヒャハハハッ!」
「…………」
今までのアルファからは想像もつかないような、高い声を上げて笑い始めた。
「ルナ。アルファは、ある意味俺より狂人だぜ。血を見ると豹変するんだよ、そいつ」
「さぁ、始めましょうっ! やはり……切り裂くのは若くて線の細い女性に限りますよねぇっ! 人斬りはこれだから止められませんっ!」
一足飛びでローズへ間合いを詰め、手にしている長刀を振り抜くアルファ。
その太刀筋は鋭く重い。
瞬時に刀を使う事においては、ある程度の熟練者である事をローズは理解して、ローゼンギルティでの応戦を始めた。
「たぶん私は正々堂々戦うとなるとあなたには勝てませんっ! ですがっ、これは命のやり取りっ! あざとく卑怯な方が生き残るんですよぉっ!」
話しをしながらであっても、アルファの太刀筋は見事な物だった。
隙が生じないよう一振り事に、次へ繋がるよう計算し尽くされた連撃は、長刀であるはずなのに、まるで小太刀を振るうかのような軽やかさがある。
「思ったよりも出来るわね」
「それはそれはっ、光栄なお言葉っ! 私はね……いかなる場合においても気持ち良く人を斬る為に刀の扱いを磨きましたっ!」
目を見開き愉しそうな表所を浮かべながら、執拗に攻撃を繰り返す。
「最初はですねぇっ! なかなか骨が断ち切れなくて、可愛そうな事をした人もたーくさんいたんですよぉっ! ですがっ! 何十人、何百人斬る内にっ! 切られた本人が気付かないくらい綺麗に、身体を斬る事が出来るようになったんですっ! どうです、凄いでしょうっ!」
「確かに凄いわ。私には、あなたのようにそこまで愉しく人を斬る事は出来ないもの」
「シルさんをあんな風にしておいて何を言いますかっ! あなただって、私と同類っ! もうすでに……壊れているっ!」
「私は”元の世界”に居た頃から壊れていたわ」
アルファの攻撃は次第に速さを増して行く。
人を傷付ける事、人を斬る事、そして人を殺す事に戸惑いが無いからこそ、振るう太刀筋に揺らぎが生じない。
それに負ける事無く、涼しい表情のまま応戦して抗うローズ。
体格差、そして武器の長さを鑑みればローズが不利な事は明白。
それでも不利である事は全くの皆無。
「強いですねぇっ! その体格で力負けしないのは何よりも相手の力を”受け流す”事に長けている、からでしょう! ただっ!」
ローズに話を振りながらも、アルファの太刀筋は一瞬たりとも衰えない。
「受け流す事くらいであれば私にも出来ますっ! でもローズさんっ! あなたの場合は、並大抵の努力では会得出来ませんっ! 最善の瞬間のその刹那を見極めて受け流すっ! こんな事出来る人間は早々いませんよぉっ!」
「おかしな人ね。それじゃあ、どうやって私に勝つつもりなのかしら?」
「だから言ったでしょうっ?! これは命のやり取りっ! あざとく卑怯な方が生き残るんですっ!」
数歩下がったアルファが次に取った行動は。
「これで……終わりにしましょうっ!」
持っていた刀の鞘をローズへ向かって投擲する。
が、投げ付けられた鞘はローズに素手で防ぎ弾かれた。
それを追うようにアルファが間合いを詰める。
(ローズさんの体格、武器の長さは今の戦いの中で完全に把握出来ました。ギリギリのギリギリ。少しくらい掠る程度でも問題ありません。その間合いまで詰めて、ローズさんの空振りを招けば私の勝ちっ!)
アルファが大きく振り被る事へ合わせて、ローズがローゼンギルティで薙ぎ払う。
もう一歩踏み込んでいたら、アルファは斬り込まれていた。
ヒュン、と空を切るローゼンギルティ。
振り被った長刀をローズへ向けて振り下ろすアルファ。
右手に持ったローゼンギルティを左へ薙ぎ払ったローズの身体は、完全に隙を作ってしまった。
「勝ったぁぁぁあああぁっ!」
アルファの嬉々とした絶叫にも似た声が響き渡った。
そして右脇腹へ苛烈な衝撃を受け、床の上を何度も打ち付けられながら部屋の中の側面の壁に激しく衝突して、ようやく止まる事が出来た。
「が、ふっ……! ごほっ、ぐ、ごほっ!」
「どう? 自滅した気分は」
「さい、あ……く、な気分、ですよ…………うぐ、げほっ……。ま、さか……そんな手、を使うと、は…………」
「別にあなたの鞘を使う必要は無かったのよ。ローゼンギルティを二刀にする事だって、出来るのだから」
ローズの攻撃が届かなかったその後、素手で弾き落下している最中の鞘を、空いている左手で掴み、思い切り振り抜いてローズはアルファの右腹部へ叩き入れた。
「今まであなたに斬られた人間の痛みを少しでも感じながら、あの世へ行けばいいわ」
「…………自分の下半身を見ながら、死ぬ……事になる、とは」
上半身は激突した衝撃に寄り身体が壁にめり込み、そして、下半身は数メートル先に転がっていた。
「ハハハ、ク、ヒャハハハハッ! 報い、なんでしょうかっ! 人を何人も斬って来た事に対してのっ! ゲホゲホッ! ガフッ! あぁ、そうそう、ローズさん。フェンリルの統制者ですがねぇ…………腕、と脚を落としたのは……私なんですよぉっ! ハハハハハッ! 最、高でしたねぇっ! 今で、もっ、よく覚えていますっ! げほっ! 自分が、無駄死に……する、だなんて、思ってもいなかったでしょうからっ! クフフハハハ」
「火葬華っ!」
「あ、ああう、ぎゃああぁぁぁああぁぁぁっ!」
「細胞一つ残さず消え失せればいいわ」
火葬華の炎により燃え上がった後に残ったのは、アルファの下半身のみ。
上半身は灰ですら残る事が無かった。
「はっ、残酷な事をするぜ。下半身より上は塵一つ無くなったじゃないか」
「…………次はあなたの番よ、アデル」




