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勇者を超える力

「よく生きていたな、ルナ」

「生きていたら都合の悪い事でもあるのかしら? それはそうよね、セリカを倒した三年前のあの日、私を殺そうとしたのは、他でも無いあなた自身なのだから。それで、報酬は満足の行くものが貰えたのかしら?」

「……ち、そこまで聞かれていたとはな。しっかり死んだ事を確認しておくべきだったって事か」

 勇者と呼ばれた男は、嫌々しそうな表情で言葉を吐き捨てた。

「お望みの勇者様にはなれたのかしら?」

「もう何をしなくても、俺の所には金が勝手に転がり込んで来る。これ以上無いくらい最高の毎日を送ってるよ。おかげ様でなぁっ」

「一緒に組んだ仲間を殺害しようとした事実は、隠さなくてもいいのかしら? 勇者の名が汚れるわよ?」

「はっ、魔王の配下であるお前の言い分なんて誰も信じないさ。しかもその場面を見たヤツだっていない」

 呆れ返った表情で応えるローズ。

「イオデもどうせあなたと結託しているんですものね。確かにその通りかもしれない」

「イオデ? あぁ、アイツなら死んだ」

 ローズは少なからず驚いた。

 イオデはいつも最前線で身体を張りながら盾役となっていた程、強靭な身体の持ち主であったのに、と。

「…………死んだ? 本人だって体力には自信を持っていたのよ?」

 かつて、セリカを倒す為に組んだパーティーのリーダをしていたアデルが、顔を歪め、口の端をニタリと吊り上げながらローズへ告げる。

「イオデのヤツは…………お前の後にぶっ殺してやったんだよっ! 俺の手でなぁっ くっくく!」

「…………」

「アイツ、うぜぇこと言いやがって。お前の事を何も殺す必要無かっただろ、なんて偉そうに説教垂れやがったから、背中から思いっ切り斬ってやった。そしたら、一撃でくたばるんだぜ? 体力バカのクセにさ。笑えるだろ?」

 どちらかと言えばイオデは横暴で大柄。

 アデルは筋が通った知性派。

 それなのに。

「ここまで性格が歪んでしまうものなのね」

「それは勘違いしてる。俺はこれが元々、なんだよ。俺の元居た世界、転生前の世界はな、酷い所だった。狡賢くあくどい、嘘吐きの人間が生き残る。正直者なんて次々と死んで行った、そんな世界だったんだよ。その世界で生き残るには、自分もそうなるしか無かった。まぁ、失敗してくたばっちまったけどな」

「その時に転生した、と言う事?」

「あぁ、気付いたらこの世界さ。有難い事に能力はマックス。魔王討伐で勇者様。元の世界じゃ、どう甘く見たって無期懲役か死刑。そんな俺が、だぜ? 何処の神か知らないが、感謝してもし足りないね」

「迷惑な神もいたものね。見境なく転生させるから、あんたみたいなのが勇者になるのだから」

「はっ、お前、人の事言える口か? 魔王を倒す側だったクセに、今じゃその配下って。漫画かよ」

 アデルの言葉は聞こえてはいた。

 でも、ローズにはその言葉に対して応えるつもりも無かったし、過去の事など、どうでもよかった。

 自分の目的は、転生者を殺し、世界の理を取り戻して、セリカを復活させる。

 以前の自分が”転生者”であったとしても、成すべき事に変わりは無かったから。

「…………」

 本来であれば、目の前のアデルもその横に黙って立っているアルファもまとめて仕留めるべきである事を理解はしていた。

 だが、今は何よりも急いでレンの所へ行くことが先決だとローズは考える。

 何故なら、転生者のこれまでのやり口を思い返せば、今のこの状況はレンの身に危険が迫っているだろうと思いつくから。

 何事も言わず背を向けて歩き出してローズへ、アデルが声を掛けた。

「ルナ、まだ話の途中だろ? 何処へ行こうとしているんだ?」

「…………」

 それでも無視をして歩く事を止めないローズへ、アデルが更に言葉を続ける。

「大方、下のモンスターの所へ行こうとしているんだろうが、もう遅い」

「…………どう言う、事?」

「こう言う事だ」

 アデル達が出て来た入口から、魔法職が一人と魔動機が一体、そして。

「レン…………」

 その首には鉄製の首輪。

 首輪から伸びている鎖の先を、魔動機が握っている。

「魔王の配下、なんてのが攻め込んで来たって言うからよ、アイツが狙いだと思ってな……っと、動くなよルナ。シルのヤツが持ってるあのナイフ、毒牙って言うんだよ」

「…………それで、何が望みなのかしら?」

 やろうと思えば出来なくは無い。

 自信はあったが、アデルがまだ何か悪知恵を働かせているかもしれない、と思うとさすがに動く事は早計だと考える。

「パーティを組んでいた時とは大分雰囲気が変わったが…………俺は前からお前の事が気に食わなかったんだよ。ガキのクセに大人ぶった言葉遣いしてるところが、特に苛々した」

「要するに自分の教養の無さを自覚してしまって、腹が立った、と言う事かしら?」

「…………その態度だよ。見下しやがって」

「別に見下してなんていないわ。事実を言ったまででしょ? それに私の話し方が気に入らないのは、あなたが単に自意識過剰なだけ、じゃない」

「コイツ……ふざけやがって……」

 アデルはギリギリと歯を食い縛り、怒りを露わにする。

「年上だから偉いとか、身分が上だから偉いとか、そんな事を考えて他人と接していれば、些細な事ですら気に障って当然。気に障ってる時点て、自意識過剰、なのよ」

「……あぁ、そうかよ。なら、今からオレとお前、どっちが上なのかって事をハッキリさせてやるよ。アルファ、魔動銃を寄越せ」

 アルファから受け取った魔動銃を構えてローズへ向ける。

「お前、銃の事、知ってるか?」

「実物は見た事が無いけれど、知っているわよ」

「なら、話しは早い。その場を一歩でも動いてみろ。その時は……」

 レンを一瞥してから、アデルは言葉を続けた。

「毒牙で切り付ける。その毒は猛毒、掠っただけでも終わる」

「勇者のやる事だとは、到底思えないわね」

「はっ、魔王の手下相手に正々堂々なんて必要無いんだよ」

「そうね、それはもう、これまでの転生者達を見ていれば分かるわよ」

「あぁ、そうかい。なら、その澄ました態度、どこまで続くか試させて貰う。声一つ上げる事も禁止だ。いいな?」

「ふん、拒否権なんてどうせ無いじゃない。やるならさっさとやりなさいな」

「テメェ……ほんと、苛々するぜ」

 魔動銃のトリガーに手を掛け、狙いを定めるアデルの後ろからレンの声が響いた。

「や、止めて、ください。その人は関係無いはずです。フェーちゃんのお金、は……私が稼ぎますから、どうか」

 レンの言葉を無視し、トリガーに掛けた指を引くと乾いた音とほぼ同時に、ローズの右腕からポタポタと赤い液体が腕を伝い、指先から地面へと流れ落ちて行く。

「…………」

 微動だにせず、ローズは鋭い目付きでアデルを睨む。

「一瞬たりとも表情一つ変えないとはな」

「どうして、どうして……そんな、酷い……事をするんですか……」

「決まってるだろ? コイツが魔王の配下、だからだよ。理由なんてそれで充分だ。お前も含めて、魔王に関係したヤツは死ぬ事が運命なんだよ」

「そ、んな…………」

「さぁ、次は何処だ? 何処にする? お前、何処がいいか決めろ」

「え……?」

「ほら、何処がいい? 何処ならアイツは苦しむだろうなぁ?」

「……や、止めて、ください……こんな、事……間違えています」

「あぁっ?! 説教してんじゃねぇぞっ! ほら、さっさと決めろっ!」

「あうっ」

 レンに繋がっている鎖をアデルが乱暴に引っ張り上げる。

「あ、うぅ……や、めて、ください……」

「もう一度言う。何処か決めろ。でなければ……アイツの心臓をぶち抜いて、今すぐ殺してやってもいいんだぞ?」

「…………わ、わたし……そ、んな事」

「レン、言いなさい」

「……え?」

 レンは自分の耳を疑った。

 撃たれて傷付く本人であるローズが、自ら撃て、そんな言葉を発した事に信じる事が出来ず。

「もう一度言うわ。何処でもいいから言いなさい」

「で、でも……そんな事、したら……」

「私をこのまますぐに殺したいの? どんなに短い間だとしても、私は生きたいのよ。だから、今すぐ言いなさい」

 レンは葛藤した。

 自分が告げた事によって、ローズが傷付いてしまう。

 でも、言わなければ、ローズの命が奪われてしまう。

 どちらを選んでもローズが傷付く事に変わりは無い。

「レン」

「……わ、私……私は」

 今までどんな事を言われても、どんな事をされても耐える事は出来た。

 自分が頑張ればフェーが助けられるから、泣き言を言う事も一度だって無かった。

 きっと自分は頑張れる、そう思って今まで頑張って来た。

 大丈夫、私は強い、と思っていたはずなのに、選択を迫られ、身体が勝手にがくがくを震え始めてしまう。

「どうやら決められないようだな。じゃあ……アイツはここで終わりだ」

「ま、待って……待って……くだ、さい」

「これが最後だ。いいな?」

「……う、腕。腕、を……お願い、します」

「く、くくくっ! くははははっ! こいつはいいっ! 最高の気分だっ!」

「…………ご、ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい」

 狂気に取りつかれた歪んで笑顔を向け、アデルが魔動銃の引き金を引く。

「…………」

「おっと、悪い悪い。外しちまった」

 魔動銃の銃弾は、ローズの右大腿部を貫通する。

「約束が、違い……ますっ!」

「外したって言っただろ?」

「そ、んな…………」

「ほら、次は何処だ? 何処にする? 腕か? 脚か? 頭でもいいぜ?」

「も、もう……こんな事は、止めて……くだ、あうっ!」

「…………何度も言わせるなよ? アイツが次で死ぬか生きるかは、テメェが握っているんだ。せいぜい長生きするような場所を選べ」

「私、には……出来、ません……」

「ちっ! アイツをぶっ殺したら、今度はテメェだ」

 アデルが魔動銃のトリガーを連続で引く。

 肩、腕、足、腹部とその銃弾はローズの身体を次々貫通し、その傷痕から血が流れ落ち、ローズの立っている床の上に血溜まりを作り始めた。

「もう……止めて、くだ、さい……お願い、します。代わりに私を……殺しても、いいので……お願い、します……お願い……します」

「はっ、代わり、なんて必要無いんだよ。どうせ、お前もここで死ぬんだからなっ!」

「酷い…………酷い、です……」

 泣き崩れるレンの姿を見ながら、アデルは更に表情を歪め、さも愉しそうにレンへ告げた。

「死ぬ前に良い事を教えてやるよ。お前、何の為にあの部屋で閉じ込められていた?」

「…………」

「何の為だと聞いているだっ! 応えろっ!」

「あうぅっ…………」

 鎖を乱暴に持ち上げ、レンを引き寄せる。

「フェー、ちゃんの……治療費、を稼ぐ……為、です」

「あぁ、そうだったな……」

 ローズを見て一呼吸置いてから、アデルが話しを続けた。

「そのフェーちゃんってのは……もうとっくに死んでいるんだよっ!」

「え……?」

「凄かったぜ? ソイツ、お前を助ける条件として、今のアイツのような事をさせたんだよ……いや、ホント凄かった。だってな……腕を切断されても、足を潰されても、一言も声を上げなかったんだぜ?! お前を助ける為だって言って、死ぬその瞬間まで、痛めつけられたのに、だ!」

「う、そ……」

「それなのに、どうだっ?! お前は捕まって、見世物になって、挙句お前はそのフェーちゃんが生きていると思い込んで、この様だっ! くははははっ! 笑いを堪えるのに俺がどれ程苦労したか分かるかっ?」

 声を上げてアデルは笑う。

 そして。

「あぁ、そうだ。お前にフェーちゃんから最後の言葉を預かっていたんだ」

「…………」

「『強く生きて』だってよ…………く、くくくくっ! なんだよ、それっ! 強く生きろ?! はははははははっ! 傑作だぜっ! テメェはくたばってるくせに、他人へ強く生きろ、とか……馬鹿かよ、なぁっ?!」

「……フェーちゃん。うっ、うっく……フェーちゃん……フェー、ちゃん」

 レンの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出し床へ零れ落ちて行く。

「まぁ、安心しろ。すぐにお前も大好きなフェーちゃんの所へ逝かせてやるからな……その前に」

「…………」

「ルナ……まずはお前だ。放って置いても死にそうだが、今度こそぶっ殺してやる」

「…………」

「……何が言ったらどうなんだよっ?! あぁっ?!」

 また一つローズの傷が増える。

「その目を止めろっ! 俺をその目で見るなぁっ!」

 傷跡が増えるが、ローズは崩れ落ちる事無く、アデルを睨む。

「…………もういいか。あの世で自分がいかに無能だったかを悔やめっ!」

 それはアデルが引き金を引くよりも早かった。

「止、めてぇぇぇえええっ!」

 セイレーンのレンによるバインドボイス。

 その場にいる者の平衡感覚を狂わせた。

 それはトリガーを引こうとしていたアデルも例外では無く、引き金を引くのが遅れた。

 レンを繋ぐ鎖を持っていた魔動機もセンサーがダウンし、レンの身動きを自由にする。

 遅れたアデルの魔動銃と、ローズの間にレンが割って入る。

(フェーちゃん、ごめんなさい。私、何も知らずに……のうのうと、一人で生きていた。私の為に、私なんかの為にいっぱい痛い思いをしたのに…………)

 体力が極限まで減っているレンに取って、魔動銃の銃弾は致命傷となる事を、レンは自覚している。

(ご、めんね……フェーちゃん。……私、強く生きられなくて……)

 銃弾は容赦無く身体へと当たり、傷痕を作った。

 ローズの身体へ、と。

「ローズ、さん……?」

「やっと、動いてくれたわね」

 レンの身体へと届くよりも速く、ローズは身を挺してレンを庇う。

「レン。汚れてしまっているけれど、少しの間我慢して」

 自分の上着を脱ぎ、何も着ていないレンの身体へとかける。

「ご、めんなさい……ローズ、さん。ごめんなさい、私……わ、たし……」

 ローズの身体の有様を見て、身体を震わせながら謝罪の言葉を何度も口にする。

「大丈夫。こんな傷、痛くは無いから」

「で、で……も……」

 レンからアデルへと視線を向けて、目を細めキツク睨む。

「ちっ、抜かった。セイレーンの特性を忘れてたぜ……」

「アデル。あなたが覚悟しようがしまいが、今から私はあなたを……殺すわ」

「はっ! 痛めつけた仕返しか?! それとも、三年前の復習か?!」

「そのどちらも、今となってはどうでもいい事よ。私が許せないのは……フェーに理不尽な仕打ちをした挙句、レンの優しさに付け込んで酷い事をした事」

「弱みに付け込まれる方が悪いんだよ」

「救い難いわね。顔見知りだろうと、一切手を抜かない」

「笑わせるな。自分の姿を見てから物事を言えよ。その酷い有様の身体でどうやって戦うつもりだ? 言っておくが、こっちも加減なんてするつもりは無いぞ」

「こうすればいいだけの事」

 ローズが自身へ回復魔法を施すと、出血は止まり、傷口も綺麗に塞がった。

「ヒーリングか。魔法職であれば当然だよな」

「アデル。一つ教えておいて上げる。私はもう魔法職では無いわ」

「それはどう言う意味なんだよ?」

「三年前、あなたに殺され掛けた時……私は全ての能力を失った。たぶん、ルナとしてはあの時点で終わったんでしょうね」

「…………」

 アデルもアルファも、魔法職のシルもローズの次の言葉を静かに待っている。

「目が覚めた時には年相応の身体能力しか無かった。そうね、転生前の自分自身そのものだったんでしょう。でもね……私はそこから、何度も死の淵を見ながら過酷な特訓を繰り返した」

「特訓、ねぇ。まぁ、俺達転生者には必要無い事だろうがな」

「その特訓の成果が…………これよ」

 解放した魔力が炎のようにローズの身体から溢れ出す。

「言うだけあってなかなか大した魔力だな。だが、まだ全然届かないぜ。それくらいの魔力、転生者なら誰で……も…………」

 解放したローズの魔力は留まる事を知らない。

 アデル達三人はせいぜい転生者の半分程度だと、ローズの魔力を勝手に思い込み決め付けていた。

 ローズを覆う魔力の炎はまだ上がり続けて行く。

 その余りの魔力に寄って、タワー全体が揺れ始めた。

「私はね、この三年の間、誰もが理解出来ない程、想像を絶するような特訓をしたのよ。腕や足、身体の一部を何度も失ったわ。もうダメだと思った事も、数えきれないくらいあった」

「…………おいおい、まだ、上がるのか」

「何て魔力でしょうか」

「それでもね……セリカを復活させる為、転生者を殺し尽くす為、私は死ぬわけには行かなかった。そして、手に入れたのよ。転生者を超える力をねっ!」

 三人は言葉を失った。

 まだ戦いが始まってもいないと言うのに、”勝てるわけが無い”と身体が感じ取り、夢でも見ているのか、とここは現実である事が確かなのに、そんな馬鹿げた事を考えてしまっている。

「これはあなた達が、フェーやレンにして来た事と同じ。圧倒的な絶望の中、逃げ道が無い事がどれ程の恐怖をもたらすのか……その身を持って感じなさい」

「く、くそっ! 何なんだよ、お前っ! 俺達転生者より遥かに能力が上だなんて、聞いた事がねぇぞっ!」

「転生者ルナは三年前に死んだわ。今、あなた達の前にいる私は魔王セリカの遺志を継ぐ者、ブラッディ―・ローズ。一秒でも長生きしたいのであれば、せいぜい必死に抗いなさい」

 勝てるわけが無いと身体が理解している。

 だが、ローズがこの場を見逃してくれないであろう事も同時に理解している。

 アデル、アルファ、シルの三人は、各々武器を構え、応戦する事を選ぶしか無かった。

「でも、絶対に逃がさない。フェーとレンを痛め付けた報い、その身体に刻み込んであげるわっ!」

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