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「これじゃあ、ただの見世物じゃないの」
アルファに連れられた先には、大勢の観衆がぐるりと囲んだ広い部屋。
中央とその周囲に明かりが照らされ、これから何が始まるのかを観衆は待ち望んでいる様子で騒ぎ立てている。
「ようこそっ! 中央タワー内バトルアリーナへっ! そして血の気の多い観衆の皆さん、テンション上がってますかーっ!」
スピーカーから大音量で聞こえて来る掛け声に、観衆が負けじと一斉に大声で応じる。
「久し振りの開戦に血沸き肉踊っていると思いますが、この度の参戦者はなんとっ! あの魔王セリカの配下! これは図らずとも上がるじゃありませんかぁぁああっ!」
スピーカーの主が一言伝える度、観衆がそれに応じるように喚き散らす。
ローズはすでにうんざり気味で、何回も溜め息をついていた。
「はぁ、何でもいいからさっさとしてくれないかしら?」
「観衆が沸いていますっ! 幼い女子ながらこのクールっぷり! いくらか虜になった方もいるのでは無いでしょうかっ!」
「さっさと始めて貰いたいのだけれど、一つ、確認していいかしら?」
「ええっ、どうぞっ!」
「相手を殺しても問題は無いのよね? 私は遊びに来たわけじゃないのよ」
その問いに解説をしている者から言われたルールは、生死問わず戦闘不能にした者が勝者、と単純明快なルールとなっていた。
「観衆のみなさんから怖いくらいの始めろコールが起こっているので、さくっと始めましょうっ! それでは、このクールガールを痛め付けて楽しませてくれるのは、こちらっ!」
「…………人じゃないじゃないの」
現れたのはアルファの横にいた、警備用魔動機と同型のタイプが一機。
こんな慣れ合いをしに来たわけでは無い、と感じたローズは魔動機へゆっくりと歩みを進める。
そして一身に注がれる視線の中、魔動機に近づくローズの姿がすっと景色に溶け込むように消えた。
何が起こったのか理解出来ない内に、先程消えた位置からローズが同じようにすっと姿を現した。
アリーナの中へ沈黙が訪れる。
「終わったわよ」
「…………」
「ちょっと、聞いているのかしら? その機械、もう壊れているから」
「……は、い?」
観衆が見守る中、人型の魔動機の上半身が重量感を感じさせる音と共に、地面へと崩れ落ちあ。
警備用とは言えど、転生者で溢れたこの街を警備する役目を担っているともなれば、それなりの能力を持ち合わせている事を観衆たちの誰もが知っている事。
それを何が起こったのか理解出来ない内に破壊し、増してや転生者で溢れた観衆達の目の前で、刹那の内に破壊したのだから言葉を失って当然でもある。
「これで私の勝ち、なのかしら?」
「…………す、少しお待ちください」
ようやく呆気に取られた観衆達も我に返り、声を発するようになって来た。
こんな茶番に付き合っていられない、と言うのがローズの本音。
今直ぐにでもレンを連れ出したい気持ちを押し留める。
フェンリルの統制者の所在を少しでも掴む為に。
「お待たせしましたっ! クールガールの強さに敬意を払い、最強の魔動機を出撃させます!」
ローズの向かい側に位置する出入口から、一機の魔動機が機械音を響かせ飛び出して来ると、観衆達が息を吹き返したように盛大に湧き始めた。
「実に数年ぶりの登場! みなさんもご存知っ、レアな武器ですら弾き返す鋼のボディっ! 高出力魔動スラスターによる機動性! そして魔力ブースターによる圧倒的なパワーっ! 名立たる転生者ですら歯が立たない最強の魔動機、ナンバああぁぁぁああシックスっの登場ですっ!」
狂ったように湧き上がる観衆。
そして、ローズの数メートル先に佇むシルバーメタルの魔動機、ナンバーシックス。
最強、との呼び方に、多少ではあるがローズに興味が沸き始める。
誇張しているのだろう、との思いはあっても、これだけの転生者がナンバーシックスの登場に騒ぎ出すのだから、期待してしまうのも仕方が無い事でもあった。
「ナンバーシックス、お前の強さを思い知らせろーっ!」
「殺せぇええええっ!」
「嬲り殺しにしろーっ!」
動きを見せたのは、ナンバーシックス。。
魔力を噴射する高出力スラスターの威力は凄まじく、一瞬にしてローズの間合いへと飛び込んで来た。
ローゼンギルティを構え、ナンバーシックスの剣を受け止める。
「よく出来ているものね」
ナンバーシックスの連撃。
振り下ろす速度は確かに転生者に匹敵する速度。
それでもローズに捉えられない事は無く、連撃をその場で全て弾き受け流す。
時折、隙を見てはローズも攻撃に転じるが、ナンバーシックスも負ける事無く、ローズの攻撃を受け流し、攻守が目まぐるしく交代を繰り返した。
その攻防に変化をもたらしたのは、ナンバーシックスの方。
空いている左手へ、もう一刀、右手と同じ剣を装備し二刀による連携攻撃でローズに攻撃のターンを与えない。
それならば、とローズもローゼンギルティによる二刀流。
互いの攻防は先程よりも、更に目まぐるしく変化する。
観衆達はその激しい戦いに、声を失って見入っていた。
アリーナ内には二人の攻防のよる金属音が響き渡っている。
ローズがナンバーシックスに対して、全く引けを取らない事が何よりも観衆達を釘付けにしていた。
スラスターを効かせて、四方から執拗に襲い掛かるナンバーシックスから電子音が数回鳴った事をローズは聞き逃さない。
何かを仕掛けて来るだろう、身構えたローズの考えを遥かに超える動作に打って出たナンバーシックス。
「まったくっ! こ、んな発想、よく思い付くわねっ!」
さすがのローズも”四刀”相手ともなれば、分が悪い。
「出たああああぁぁぁあっ! ナンバーシックスの奥の手、アームズフォー!」
人間では無い、機械である事の特性を活かした攻撃方法は、ローズの攻撃の起点を完全に防ぎ切っている。
更にナンバーシックスの胸部が開き、炎系の魔法をも放ち始めた。
四刀の剣と魔法による絶え間ない波状攻撃により、ローズを抑え込み始めたナンバーシックスの姿を見て、失っていた声を取り戻した観衆達が各々に騒ぎ始める。
敵であるローズが無様な姿で抗い、負ける事。
それをここにいるローズ以外の人間が皆、思い描いているシチュエーション。
目の前で実際起こり始めたのだから、観衆達の気持ちが昂る事は自然であり、当然でもあり、仕方の無い事。
「八つ裂きにしろぉぉぉおおっ!」
「燃やせぇぇーっ!」
だが、観衆達は肝心な事に気付いていない。
それは、ローズがナンバーシックスの繰り出す苛烈な攻撃を”全て”防いでいる事に。
圧倒的に手数はナンバーシックスが上回っているのにも関わらず、一撃ですら掠らないし、放つ魔法も相殺され届いていない。
「それなら、これを当てたらどうなるのかしら? イクシオンサンダー」
ローズを中心にして、雷撃が地面から上空へと渦を巻きながら迸る。
機械に電撃。
それは考えるまでも無く反属性。
超広範囲に渡る電撃の渦をナンバーシックスは避ける事が出来ない。
バチバチ、と機械の身体へ浴びたナンバーシックスが感電を起こす。
「と思ったら大間違いっ! それは想定内っ! 雷撃耐性済みの鋼のボディには一切効果無しっ!」
「…………」
効果が無かった事にローズは表情一つ変化させない。
感電を起こしながらもナンバーシックスは、ローズへの攻撃の手を緩めず、高出力スラスターの出力を上げて速度を更に増した。
スラスターから排出される魔力粒子、ローズとナンバーシックの武器が交錯する度に散る火花、戦いの様相は激しさを増して行く。
だが、観衆達はナンバーシックスが有利に”見えているだけ”である事に、それから十分程過ぎてから、ようやく気付き始めた。
威勢よく声を観衆達から、徐々に不安の混じった言葉が聞こえ始めて来ている。
何故、まだ生きているのか。
何故、まだ倒れないのか。
何故、攻撃が全く届いていないのか、と。
それはローズの計算の内でもあった。
完膚なきまでに完璧な力の優劣を見せ付けて勝利する事、これがローズの狙い。
「そろそろ良さそうね」
ほぼその場から動かずに防戦していたローズが、間合いを取る為に離れたナンバーシックスへ詰め寄る。
その動きを転生者である観衆達に、捉える事は出来ていない。
目を数秒間閉じていた、のであれば、理解は出来る。
ナンバーシックス相手に戦えるだけの能力があるのだから、全ての身体能力において水準は高いはず。
目を離せば、その瞬間にその場から移動する事が、この”敵”には可能だ。
でも、数百人もいる観衆達の誰もがローズを姿を見失っていた。
アリーナの中に、再び静寂が訪れる。
そして、バチンバチンと耳障りな音と共に、目も眩むような閃光がアリーナ内を明滅した事により、ようやくローズの姿を目にする事が出来た。
「無駄無駄ああぁぁぁっ! 何度やっても雷撃はナンバーシックスに」
ブウウウン、とモーターの音が鳴った後、ナンバーシックスは微動だにせずその場に崩れ落ちてしまう。
「所詮はおもちゃ、ね。この程度の力で私を殺せると思っていたの?」
特別誰かに問い質したわけでは無いが、誰一人として答えられる者はいない。
「自分達は何もせず、そうやってただ高みの見物をしているだけのあなた達よりもずっと、この機械はよくやったんじゃないかしら」
ローズの挑発にも声一つ上げる者はいない。
上げられるわけが無い。
異を唱えられ無いくらい、これ以上ないくらい正論。
まさしくローズの思惑通り。
アリーナ内にいる者は、完膚なきまでに打ちのめされた。
「もういいかしら? これ以上続けたって無駄なだけよ」
「…………」
「聞いているの? 進行していたあなたに言っているのだけれど」
「…………あ、あ……有り得、無い。ナンバーシックスが……どうして、雷撃魔法で……」
「そんな事、頭を使う必要は無いじゃない。その機械の許容出来る雷撃耐性を超えたってだけ」
「きょ、許容出来る雷撃耐性と言ったって……ナンバーシックスに施した耐性は、雷撃魔法の最大レベル相当…………」
「あなたの脳は筋肉なのかしら? 単純な事でしょう? 最大レベル相当を超えた、それだけの事よ」
「そ、んな馬鹿な事って……最大魔法を超える魔法なんて、存在するわけが…………こ、こうなったらっ!」
ナンバーシックスが出て来た出入口から、次々と魔動機が飛び出し、ローズの目の前に壁となって立ちはだかって行く。
「ナンバーシックスには及ばずとも、その量産型っ! 数で圧倒だぁぁああっ!」
「全く、ここまでくると卑怯も汚いも無いわね」
ローズもさすがに多勢が相手ともなれば、その場を動かずに防戦する事が出来ず、ローゼンギルティを両手に持ち、間合いを取りながら応戦を始める。
個々の能力はナンバーシックスには及ばないが、破壊しても次の魔動機が現れ、数を一向に減らす事が出来ない。
観衆は沸き上がった。
たった一人を多勢で追い詰める姿に、誰もが恍惚とする。
ギリギリの戦い等求めていない。
最初から求めているのは、圧倒的なまでの私刑。
「行けぇぇえっ! 今度こそぶっ殺せーっ!」
「八つ裂きにしろーっ!」
「内臓を引き摺りだせぇええぇぇええっ!」
とても人間が発する言葉とは思えない狂気の叫び声の中、気になる事を発した者がいる事に、ローズが気付く。
それは。
『あの時のモンスターの統制者のように、五体を一つずつバラバラにしろーっ!』
と。
そして、一瞬。
一瞬の事だった。
ローズを取り囲んでいた前衛の魔動機が、全て上半身と下半身、ほぼ同時に真っ二つに崩れ落ち、魔動機も含め、その場の全員が目の前で起こった出来事に驚愕し、口も動きも止めてしまう。
「……十体、……以上が、一瞬で? いったい、何が……?」
かろうじて声を発したのは進行役の転生者。
その転生者へ向かい、ローズは問い質す。
「今、あの時のモンスターの統制者のように、と言った者がいたようだけれど、それって、フェンリルの統制者の事、かしら?」
「…………そ、んな事、聞こえなかったですが?」
「聞こえなくてもいいわ。過去にそのような事実があったのかしら?」
「そ、それは…………知りませんけど……」
「本当に?」
「…………」
返答は無い。
進行役の者は肯定も否定もせず、ただ沈黙を貫いている。
「言わないのであれば、その辺りの転生者共を殺すけれど、いいのよね?」
返事を待たずして、ローズは火葬華の火炎球を放つ。
火葬華の炎は観衆達が位置するその下の壁にぶつかり、炎の柱を上げ燃え広がる。
「今のはわざと外したけれど、次は無いわ。さて、過去に、フェンリルの統制者を殺したのは本当の事、なのかしら?」
「…………」
更に長い沈黙が訪れ、進行役の者からの返事は無い。
ローズが火葬華を放つ動作に入った直後、観衆の中から叫ぶように声が上がった。
「身体をバラバラにされて行くのを見た時は、最っ高だったぜっ! なぁっ!」
周囲に同意を求めるような口調に対して、愉しそうに、悦びに満ちた表情を浮かべながら、周りの観衆達が同意の言葉を口々にし始めた。
「もういいわ。充分理解出来た。こんな茶番、終わりにしましょう」
逃がすな、殺せ、と周囲が喚き散らすの同時に、動きを止めていた魔動機達が襲い掛かる。
「言ったでしょう? 茶番は終わりだ、と。雷葬華っ!」
それはイクシオンサンダーの比では無い。
上空と地面、アリーナ内を全包囲する強大な魔力を伴う雷撃魔法。
悲鳴を上げ逃げ惑う観衆達。
火花を上げ破裂する魔動機。
アリーナ内が静かになるには、数秒も掛からなかった。
魔動機は全滅、観衆達の中には生き残った者もいれば、真っ黒な物体と化した者も大勢出た。
「…………」
一言も発せずして、ローズはその場を後にする。
フェンリルの統制者はもう生きていない事を知ってしまった以上、レンを連れ出して、ここから立ち去るのが最優先だと考えたから。
「待ってください。勝手に立ち去られるのは困ります」
「…………」
聞き覚えのある声が背後より聞こえる。
それは先程、ローズへバトルの提案をして来たアルファの声だ。
そして、アルファと一緒に転生者がもう一人。
「……これは、さすがに驚いたな」
「…………」
周囲の様子を見て、そう言っているのでは無い。
もう一人の転生者は、ローズに対してそう告げていた。
「……久し振りじゃない。ねぇ、勇者様」
しばらく黙っていた転生者がようやく言葉を口に出す。
「お前、生きていたのか…………ルナ」




