続・荒野の軍事探偵(終)
「少佐!」
ハンドルを握る不知火は凛とした声で命じる。彼の横では、西が軽く顎を引き、自動小銃の照準を固定した。
「……!」
西が引き金を引くや否や、試製百式短自動小銃――後の突撃銃とよく似たコンセプトの自動小銃――から連射音が轟いた。散弾のようにキューベルワーゲンのグリルを貫き、ボンネット越しに火花が飛び散る。
轟音の中、首領の乗るキューベルワーゲンは大きく横滑りしながら制御を失った。タイヤが砂利を蹴り上げ、車体はガードレールに叩きつけられる。砕け散る砂煙から現れたのは、砕けたフロントウィンドウ越しに呻くコサック首領の姿。彼は苦痛に声を漏らしながらも、まだ拳銃を握りしめていたが、その腕は徐々に力を失っていく。
「仕留めたか?」
西は掴んだ弾倉を、軽機関銃の弾倉の要領で装填する。上下逆だが、単に慣れの問題で済ませられる範囲だ。
一方、首領の車輌に同乗していたピエールは、激しい衝撃の隙を突いて車外へ飛び出した。
「動くな!」
不知火が叫ぶが、射線を遮るほどの距離は既に失われていた。
ピエールは砂煙の中を駆け抜け、倒壊寸前の倉庫へ飛び込む。その手には、ぎりぎりまで確保したという原爆関連の資料ファイルがしっかりと抱えられている。
不知火と西は即座に追跡体制へ移行した。
「建屋の入り口を封鎖せよ!」
不知火が右手の拳銃を構えながら、少し離れた所の警備兵に指示する。西は四起から飛び降り、小走りに倉庫の扉へ向かった。
倉庫内では、薄暗い蛍光灯の下、ピエールが大理石の床を踏みしめながら奥へと消えていく。古びた研究機材の残骸が、彼の影を不気味に映し出す。壁面の扉はひとつ、バルブ式の重い鉄製である。ピエールは勢いよくそれを開き、研究棟へ続く廊下へ転がり込んだ。内側から閂のかかる鈍い音。
「くそ、逃した?」
西が扉の前で短く舌打ちする。背後では華奢な機械音が、遠くで聞こえてくる砲声と混ざり合っていた。
廊下の先では、金属製の大扉が未来的なシルエットを描く。そこを守るのは、四式戦車だった。日本の新型戦車――試作段階の改良試験車は、鋭利な角張った砲塔とスラロームを想起させる車体形状が特徴である。対面するのはドイツ軍のタイガーⅠ型重戦車。壮麗に塗装された鋼鉄の巨獣が、無骨な虎柄の迷彩を纏い、重々しく構えていた。
「退いてください!」
不知火は、くろがねから持出した、筒状の武器を取り出した。先ほどのモノとは少し異なるが、用途は同じだろう。
案の定、不知火は後ろに人がいないことを確認すると、鉄製の頑丈な扉に向けて筒を構えた。
同時に飛び出す、光の鎗。
「これで研究所への道が開けた」
不知火が呟く。
しかし前方では、遠くで金属扉の開閉音が響く。ピエールはまだどこかで逃げ延びている。
戦車戦の轟音に包まれながら、彼らは再び炎と硝煙の中へと進み出した。
魔女の大釜は煮え立っていた。
研究所の鉄扉が軋む音を立て、不知火と西少佐は同時に構えを低くして飛び込んだ。薄暗い廊下は金属のにおいが濃く、壁面の蛍光灯がちらつきながら影を踊らせている。二人は無言で視線を交わすと、入口すぐの分岐点で互いに頷き合い、捜索ルートを別々に取った。
「少佐、左ルートをお願いします」
「了解、中尉は右だな」
不知火が右へ、煙る埃を蹴りながら駆けていく。西少佐は金属床を踏みしめるたびに響く金属音に神経を研ぎ澄ましながら、ゆっくりと左へ進む。
分岐を過ぎた先、吹き抜けの大型倉庫へ繋がる階段を見つけた西少佐は、慎重に上へと足を運ぶ。鉄製の手すりがひんやりと冷たく、周囲の静寂が異様に重い。
階下を見下ろすと、広大な吹き抜けを挟んでピエトロが驚愕の表情を浮かべている事に気付く。何事かとみると、脚が三本生えた奇怪なフォルムの機械――三脚戦闘機械が、無言のまま鎖で固定され、置かれている。
「……空想科学小説かよ」
西少佐は思わず呟いた。ピエトロは西少佐に気づき、驚愕の表情を浮かべている。
そのとき、不知火中尉の影が背後から伸びた。艶消しの軍服を揺らしながら、不知火が静かに声をかける。
「動くな。手を挙げろ」
だがピエトロの放った弾丸が答えだった。銃声が館内に鋭く響き渡る。
西少佐と不知火中尉が同時に引き金を引いた瞬間、銃口から火柱が吹き出す。だがお互いを撃ってしまう可能性に気づき、すぐに射撃を中止する。
その混乱の隙を突き、ピエトロが不知火中尉へ飛びかかった。低いタックルを浴びせ、鋼のような腕が中尉の胸元を捉える。
西少佐は短自動小銃を構えるが、二人が組んずほぐれつの挌闘をしているため、撃てずにいた。不知火も弾倉を空にした自動小銃は床に投げ捨てられ、代わりに拳銃を抜き出そうとする。
不知火は至近距離でピエトロと激突する形となった。銃声が轟き、鋼鉄が打ち付ける鈍い音だけが倉庫にこだました。
西少佐はもどかしさを抱えながらも狭い通路を駆け寄ろうとする。ピエトロは中尉を振りほどくと、右目から鮮血を流しつつも逃走を試みた。
「待て……!」
声を絞り出しながらも、ピエトロは崩れかけた鉄骨をよじ登り、天井へと続くハシゴへ飛びつく。
一方、不知火中尉は仰向けに倒れ込むと、背後に突き出されたトライポッドの長い脚に捕らえられた。三本の鋼鉄脚が中尉を宙へと叩き上げ、そのまま吹き抜けの闇へと巻き込んでいく。
「ちょ……!」
西少佐が必死に手を伸ばすが、影に吞まれた中尉の姿はすぐに見えなくなった。
大型倉庫を震わせる機械音が響き渡り、回転する脚部が金属床を擦りながら近づく。
西少佐は拳銃を高く構え、炎と蒼い閃光が混じるような弾丸を放つ。
「止まれ……!」
だが、トライポッドは予告もなく脚を折り畳み、そのまま停止する。
広大な空間に響いた金属音の余韻だけが残り、煙る埃が淡く舞う。
西少佐は崩れた鉄骨に寄りかかり、息を荒げながら荒野の闘いは新たな局面へと突入したことを悟った。
第一部完
ここまで読んでくださった皆さま、誠にありがとうございます。
本作は〈満洲編・第一稿〉として本話をもって完結といたします。
現在、物語構成と設定を全面的に見直した Reboot版 を新NCODEで準備中です。
(現在、設定で誤解の修正や新事実を織り込む作業をしています)
公開後にはこの後書きと活動報告でリンクを掲示しますので、よろしければそちらもお立ち寄りください。
引き続き応援・ご感想をいただけると励みになります。
今後ともよろしくお願いいたします。