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無言の情景  作者: 深瀬静流
12/12

12 理近と真近

 豊貴がぐずってなかなか昼寝をしてくれないので、真近は困り果ててさっきから豊貴を抱いて部屋の中を歩き回っていた。朝から機嫌が悪くて、出勤前の稜介は熱でもあるのかと体温計で体温を測ってみたりしたが、平熱と微熱の境目の体温に釈然としないまま出勤していった。

 真近は不安を感じて一時間ごとに体温を測っていたが、今のところ何とか平熱の上限を越えないでいた。

 八月も下旬を過ぎ、からから天気の残暑に大人でさえまいっているのだから、九ヶ月の乳児ならなおさらだろう。夏バテかもしれないと思って、離乳食にも工夫をこらして、部屋の温度にも気を配っていたが、豊貴の機嫌は今日はことのほか悪かった。抱いて揺すりながら言葉をかけても、泣き声混じりのぐずり声しかかえってこない。手足を突っ張らせて腕の中から逃れようとするので危なくて仕方がない。日はまだ上りきっていないので、すこし外に連れ出してみようと思って、湯冷ましのほうじ茶を入れた水筒や、豊貴の帽子を用意していたら玄関のチャイムが鳴った。

「はーい。ちょっと待ってくださーい」

 リビングから玄関に向かって大きな声を張り上げながら、ぐずっている豊貴を抱き上げた。

 来客を確かめもせずドアを開けると、白い綿パンツにネイビーブルーのTシャツを着た若い女性が立っていた。化粧っけのない額に汗を浮かべて、怖い顔をしていた。

「はい。なんでしょうか」

「岸田真近さんですね」

「そうですけど」

 真近は怪訝な面もちで初対面の来客に首をひねった。面識のない女性から名前をよばれて、狐に摘まれたような顔をしている真近に、相手の女性はぺこりと頭を下げた。

「初めまして。河本智子といいます」

「はあ」

 河本という苗字には記憶があった。理近との会話の中に時々登場する名前だ。会社の口うるさいオヤジだと理近は言っていた。

「わたしの父が理近さんと同じ職場に勤めていまして、父から聞いたんですけど、きのう、理近さんが会社で事故にあったんです」

 智子の口調は淡々としていたが、ショルダーバッグの肩ベルトを掴んでいる指は白くなっていた。

「理近ちゃんが、事故」

「搬入のトラックに跳ねられたそうです」

 ヒュッと真近の喉が鳴った。むずかる豊貴が腕の中からずり落ちそうになった。智子がとっさに腕を伸ばして赤ん坊を抱きとった。

「それで、理近ちゃんは無事なんですか」

「命に別状はありませんが、鎖骨が折れて肋骨にひびが入っています。ご家族はお兄さんだけなんですよね」

「病院はどこですか。すぐに行かなきゃ」

「ご案内します」

 河本智子と名乗る女性が、なぜ坂木のマンションに真近が身を寄せていることを知っていたのかという疑問が脳裏をかすめた。先日、児童公園で理近と会ったとき、喧嘩別れのように帰ってきてしまったから、理近はこのマンションを知らないはずだ。だから、理近からきいて訪ねてきたとは考えられない。それに、知らせに来たのが河本の娘であるのがよくわからなかった。ふつうは、理近の会社から連絡が入るのではないだろうか。稜介の電話番号を理近に教えていないのだから、会社からの連絡も入らないことになる。河本智子という初対面の女性を信用してもいいのだろうかと、つかの間逡巡したが、智子の怒ったような真剣な表情は作ったようには見えなかった。

 わからないことだらけではあるが、理近の容体に気を奪われていた真近は、トートバッグに豊貴のお出かけ用品を片っ端から詰め込んだ。新聞ストッカーから折り込みチラシを抜き出して裏面に豊貴をつれていくことを走り書きし、自宅のアパートの住所も書き足した。

 稜介から持たされたマンションのスペアキーと財布をジーンズの尻ポケットに入れ、玄関で待っている智子のもとへ急いだ。

 もどかしい思いでマンションに鍵をかけて智子を促す。知らない人に抱かれて嫌がって泣いている豊貴を抱き取ると、智子がトートバックを持ってくれた。

「ありがとうございます」

 礼をいうと首を横に振った。真近と智子は駅への道を無言で急いだ。



 午前中の受付は終了したが、病院の待合室は診察を待つ患者でまだ混みあっていた。会計や処方箋を受け取る人の流れと、診察室に向かう患者が交差する隙間をぬって、真近と智子はエレベーターに向かった。

 三階で降りて、正面にあるナースセンターの窓口でノートに記帳し、智子に導かれて病室に向かった。個室の救急治療室で一晩すごした理近は、今朝六人部屋のほうに移されていた。右の奥の窓際のベッドをカーテンで囲っていて、病室の入り口からは理近の姿は見えなかった。

 ぐずり疲れて腕の中で眠ってしまった豊貴を抱いて、真近はクリーム色のカーテンの隙間から、なかをおそるおそる覗いてみた。

 理近は点滴の針が刺さっている腕を毛布の外に出して目を閉じていた。寝癖が跳ねている前髪の下の眉間には、くっきりと縦じわがよって、首を伸ばすように固定してある首カラーが苦しそうだった。病院着の襟合わせからは鎖骨のテーピングがのぞいていたが、肋骨を固定しているというコルセットは見えなかった。痛々しくやつれてベッドに伏している理近を目の当たりにして、真近は胸を突かれた。

「腰を強く打ったとき下血したらしいんです。内蔵が損傷していたら大変なことになっていたらしいんですけど、肛門が裂けただけっだたんですって。この程度ですんでよかったとお医者様が言っていました」

 智子が小声で教えてくれた。理近を食い入るように見つめながら、眠っている豊貴を智子にあずけてパイプイスに腰をおろすと、真近は理近の手を両手でくるんだ。

「理近ちゃん。どうして事故なんか。運動神経はすごくいいのに」

 つぶやきながら理近の手をくるくるさする。みるみる涙が盛り上がってきて真近はかすかに身を震わせた。理近が受けた恐怖と苦痛が、真近自身に起こったような感覚にとらわれて息が詰まった。

「生きててよかった、理近ちゃん。理近ちゃんに死なれたら、ぼく一人じゃ生きていけないよ。理近ちゃんが死んだら僕だって死んじゃうんだからね」

 ぽろぽろ涙をこぼしながら責めるように口走ったら、隣のベッドとの仕切りのカーテンが乱暴に揺れた。

「病院に見舞いにきて、死ぬとか死んじゃうとか、縁起でもねえことを言うんじゃねえ」

 揺れるカーテンの向こうから野太い声で怒鳴られて、真近はびくっとした。

「ごめんなさい。弟の怪我にびっくりしちゃって、つい」

 隣のベッドの患者とのやりとりに目を覚ました理近が、手を握っている真近に気づいて眉間を開いた。

「真近」

 力のないかすれた声に、真近は再び胸が痛んだ。

「びっくりしたよ。河本さんが知らせにきてくれたんだ」

「そうか」

「痛むの、辛い? 何か飲む?」

「点滴して薬が効いているから痛くないし、なにもほしくない。眠いだけだ」

「寝てていいよ。眠って」

「寝たくないよ。眠っているうちに、また真近がいなくなったらいやだから」

「もういなくならないよ。今夜からアパートに戻るよ。そして退院するまで毎日病院に通うよ」

「そうか」

 理近はうっすらと笑った。わずかな会話だけで疲れてしまったように目を閉じる。

「眠いの、理近ちゃん」

「うん。手をにぎってて。真近」

 力の入らない理近の手を、真近は宝物のように包み込んだ。

 苦しさに耐えていたような理近の薄い唇が、柔らかくなって赤みがさしたように見えた。智子は、眠ってしまって重さを増した豊貴を抱きながら、息がかかるくらい顔を寄せあっている双子の兄弟を見つめていた。



 病院で智子と別れて、久しぶりにアパートに帰ってきた真近は、せまい玄関の上がり口にそろえてあるスリッパに首を傾げた。男物のスリッパは理近のものなのだろうが、せまい台所の片隅には女物のスリッパもあった。

 真近は室内を見回して眉をひそめた。あの殺風景だったみすぼらしい室内が、みすぼらしいなりに居心地よく整えられていた。

 ベランダの窓のカーテンが、やわらかい色合いの花柄のカーテンにかわっていて、ほつれの目立った畳にはピンクベージュのカーペットが敷かれていた。せまい流しのステンレスはピカピカに磨かれているし、流し台の上の棚に置いてあったザルや鍋は、流し台の下に片づけられ、代わりに観葉植物の鉢が飾ってあって、シダ類の葉が垂れ下がっていた。その横の水切りかごには大きさの違う茶碗とお椀が夫婦茶碗のようにちんまり収まっていた。有田焼きのおおぶりの茶碗は理近がいままで使っていたものだが、白磁に桜の花びらが散っている小振りな茶碗は真近のものではなかった。

 真近は自分の茶碗を探した。小型冷蔵庫の上に置いてある、食器戸棚の代わりの扉付きのボックスをあけてみると、そこに自分の若草色の茶碗がしまってあった。腕の中で豊貴がくずって身をよじりだした。カーペットが敷かれた床におろして、すきにさせるとおとなしくなったので、ベランダの引き戸を開け風を通した。夕方の風が幾分涼しさを含んでドアに向かって吹き流れていく。

 六畳の真ん中で、真近はぼんやりと立ち尽くした。他人の部屋に勝手に上がりこんだみたいな違和感だった。不自然で落ち着かなくて胸のあたりがぞわぞわした。

 こんな汚い部屋でも、居心地よく整えようと思ったらできるものなのだなと思いながら、それを不快に感じた。自分が不在だったあいだに、理近との距離をつめた人間がいるとしたらあの人だろうと、河本智子を思い浮かべた。理近のことならなんでも知ってるみたいな態度だった。理近のほうも、なにもかも智子に任せているようなかんじだった。年上のようにみえたから、初対面の智子に遠慮して話しかけなかったが、二人の関係がここまで深くなっていることにショックを受けた。

 理近ちゃんは、もう僕なんかいらなくなちゃったんだ。そう思うと、悲しくて悔しくて胸の中が騒がしかった。風に揺れているカーテンに歩み寄って力任せにカーテンを引き剥がそうとして我に返った。八つ当たりしたって意味がない。そんな子供っぽいことをしたら、あとで理近や智子に呆れられて惨めになるだけだ。

 真近の視線は流しの水切りかごに入っている、桜の花びらのご飯茶碗に向かった。カーテンはだめでも、茶碗ならうっかり割ってしまったといって謝ればいい。真近はこらえきれずに茶碗に手を出すと、靴脱ぎのコンクリートの床に思い切り叩きつけていた。派手な音がして、驚いた豊貴が泣き出した。乳児特有の耳に刺さる鳴き声に、真近ははっとした。豊貴にかけよって抱き上げた。

「ごめんねトンチ。だいじょうぶだよ。こわくないよ」

 豊貴をあやしながら、真近は玄関の床に散乱する茶碗のかけらに背を向けたのだった。



 真近が理近の病室に訪れると、そこには必ずといっていいほど智子がいた。果物の皮をむいていたり、枕元に飾ってある花瓶の水を換えたりしていた。靴下や、下着なども買ってくるときもあった。智子が席をはずした隙に、真近はこそこそと理近と会話した。

「ねえ理近ちゃん、智子さんと結婚するの」

「なんだよ、それ」

 点滴がはずされて、やっと自由になった左腕の針のあとをさすりながら、理近が呆れたように目を見張った。

「だってさ、アパートのなか、あの人がすきなようにしているから、僕のいないあいだに泊まったりしていたのかと思ってさ」

 とたんに理近は怒ったように真っ赤になった。

「泊まったことなんかないよ。バカなこと言うなよ」

「だってさ、あの人のお茶碗があったよ。僕、あの人のお茶碗を割ったよ」

「いいよそんなの、茶碗なんか」

「わざと割ったんだよ」

「なんでそんなことをしたんだよ」

「悔しかったからだよ。僕のいないあいだに、二人仲良くご飯を食べていたのかと思ったら、ムカムカしたんだ」

「人のことをいえるのかよ。おまえだって坂木のところで家族ごっこに夢中だったじゃないか。今だって赤ん坊なんか抱いちゃってさ」

 理近が睨んできたので真近も睨み返した。二人は智子のいないところで、小さな諍いを繰り返していた。豊貴は毎日理近と顔を合わせているうちに、理近にもなつくようになっていた。ちょっとのあいだなら、豊貴を理近にあずけておけるくらいには、理近も豊貴に慣れ始めていた。智子は、双子の兄弟と程良い距離を保ちながら、退院の日まで病院に通い続けた。退院して、また以前のように真近と理近の二人暮らしに戻れば、智子は自然に遠ざかっていくだろうと理近は考えていた。だから、退院を明日に控えた日、ベッド周りのものを片づけていた智子が、理近と話している真近に向かって「お兄さん、いつ桜新町に帰るんですか」と声をかけてきたとき、ぎょっとした。

「あら、帰るんでしょ? だって、理近さんが退院したら、あとはわたしがお世話できるし、豊貴ちゃんをいつまでもあずかるわけにはいかないから。連れて帰らないとね。豊貴ちゃんだってパパに会いたいでしょうし、豊貴ちゃんのパパだって、いつまでも帰ってこないのでは心配するでしょう」

「ねえ、豊貴ちゃん」といって、智子は豊貴に笑いかけた。理近は顔つきが険しくなっていくのを止められなかった。

「真近の家は俺と暮らしているあのアパートです。そうだよな真近」

 真近がうなずくより早く智子が口を開いた。

「でも、豊貴ちゃんのママは豊貴ちゃんを置いて出て行っちゃったんでしょ。ほら、公園での、あの派手な人」

 なぜそれを知っているのだろうと真近は不審に思った。

「おまえを迎えに行ったとき、そばに智子さんもいたんだよ」

「わたしも、お兄さんを捜すお手伝いをしていたの。ずっと一緒に探していたのよ。夏の暑い盛りで大変だったのよね」

 そう言って智子は理近に同意を求めた。理近は真近から視線を逸らさなかった。

「赤ん坊を坂木に返してこい」

 真近は強情そうに首を横に振った。

 真近、と大きな声を出しそうになって理近は言葉を飲み込んだ。病室で大きな声を出したらまた苦情を言われる。とにかく退院してからだと思い直した。



 次の日は、午前中に退院の会計をすませてしまって、迎えに行った真近と豊貴と三人でタクシーでアパートに帰ってきた。理近は、首を首カラーで固定した不自由な体でタクシーを降り、肋骨をバストバンドで固定してあるとはいえ、ひびの入った骨をかばいながら、大儀そうに外階段を上った。

 二階の奥の部屋のドアは開けっ放しになっていて、部屋の中では智子がテーブルにたくさんの料理を用意して待っていた。

「お帰りなさい。やっぱり自分の家はいいでしょ」

 浮かれたような智子に導かれて、理近はテーブルのイスにそろそろと腰を下ろした。

「お兄さんも座って。あっ、いけない。イスは二つだったわね。どうしょうかしら。理近さんは怪我人だし、しかたがないからお兄さんはこっちへ座ってください」

 そうすすめられたのは六畳間だった。智子は六畳の部屋の真ん中にハンカチを広げ、そこにコップと冷えた缶コーラを置いた。

「やっと退院だから、理近さんの退院祝いをしたいと思って、お料理をいっぱい並べたのよ。怪我にさわるといけないからお酒はやめて、そのかわりに飲み物はうんと冷やしておいたわ。理近さん、いっぱい食べてね」

 理近の正面のイスに腰を下ろす智子を、真近は玄関に立ったまま呆気にとられて眺めていた。これではここにはいられない、そう思ったとき、理近が意を決したように智子を見つめた。

「智子さん。今まで世話になっておいて、こんなことを言えた義理じゃないんですけど、ここ、俺と真近のアパートなんです」

「ええ。わかっています」

「よくしてもらって、感謝しています。ありがとうございました」

「やめてください。他人行儀な」

「俺は、あなたにふさわしくありません」

 まんざらでもなさそうに笑みを浮かべていた智子が、目を見開いて小さく息をのんだ。

「俺は、だめです。俺にかまわないほうがいいです。あなたにふさわしくありません」

「貧しいからですか。高卒だからですか。それとも、わたしが年上だから」

「頼みます。もうこれ以上」

 首が動いて、背中も曲げられたら、理近は深々と低頭していただろう。それができない代わりにぎゅっと目を閉じた。

 真近は靴を脱いで、そっと理近のそばに歩み寄った。

「理近ちゃん、いいの?」

 気遣うように身を屈めて理近をのぞき込むと、理近は少し青ざめていた。

「もっと早く言うべきだった。俺は卑怯だ。さんざん智子さんの厚意に甘えておきながら、いまさらこんなことをいうなんて」

「いいのよ理近さん。わたしのことなら気にしないで。お部屋のカーテンやカーペットのことだってわたしが勝手にしたことなんだし」

「金は返します!」

 ガタンとイスの音がして智子が立ち上がった。顔つきが変わっていた。

「お金なんて、いつわたしが返せと言いました。わたしがすきでやったことなんだからと言ったばかりじゃありませんか」

「返します。でないと、気が済みません。人から借りを作ったままじゃいられません」

 理近は、体をかばいながらイスから立ち上がって、ジーンズの後ろのポケットから財布をとった。カード抜き出し、真近に差し出す。

「真近、金をおろしてきてくれ」

「いいけど、いいの?」

 ためらいながらもカードを受け取り、ちらりと智子を窺うと、智子はきつい目をつり上げて肩を怒らせていた。

「わたしのなにがいけなかったのかしら。わたしがあなたにしてあげられることを、惜しみなくしてあげたいと思っただけなのに」

「智子さんは悪くないです。あなたはなにも悪くない。俺があなたにふさわしくないだけです」

「だから、それを決めるのはわたしでしょ」

 智子と違って、何一つ人に誇れるものを持たない理近は、暖かい家庭で伸び伸びと育った、五歳年上の学歴のある智子に気後れして、言い負かされてしまいそうだった。

「いままで言わなかったことを言います。俺たち兄弟の秘密です」

 真近は息をのんだ。智子が怪訝な表情を浮かべた。理近はテーブルの角を掴んで気持ちを支えた。

「俺たちの母親のことです」

「やめて、理近ちゃん。その話はしてはだめだよ。人に知られたら、ここで暮らしていけなくなるよ」

 緊迫した空気が流れるなか、おろおろと真近が理近にとりすがった。

「俺は、母親は死んだと嘘をついていました」

 まっすぐ見つめてくる理近の瞳を受けて、智子は顎に力を入れて続きを待った。

「母親は、生きていて、刑務所に服役しています。覚醒剤で捕まったんです」

 智子から表情が消えた。見開いた瞳は静止し、唇は息さえしていないように見えた。

「親父はどこの誰かも知りません。俺たち兄弟は、刑務所に服役している母親を捨ててきました。ここで、このぼろアパートで、兄弟二人で、一から始める覚悟で故郷を捨ててきたんです。あなたに、今までのお礼を言います。お世話になりました。ありがとうございました」

 体の自由がきかない理近は頭を下げる代わりにきつく目を閉じて顎をひいた。真近は豊貴を抱いて不安そうに智子を見つめた。

 やがて智子は、夢から覚めたように深く息を吐き出すと、二三度瞬きをした。表情のこわばりはほぐれていなかったが、決然とした意志が生まれていた。

「お話はよくわかりました。カーテンやカーペット、そのほかの小物はご自由に処分してください。お金はいりません。お大事になさってください」

 智子は毅然と背筋を伸ばして兄弟に背を向けると、足早に階段をおりていってすぐに走り出した。

 帰って行った――。

 真近と理近は顔を見合わせて、脱力した。二人はテーブルの前に座り、智子が用意してくれた食事をながめた。

「こんなごちそう、これで最後だな。俺、だいぶ金を使っちゃったんだよ。ボーナス、残ってないぞ」

 料理に箸をつけながら、理近が力なく言うと、真近があっけらかんと笑った。

「お金がないのはいつものことじゃない。なんとかなるよ」

「おまえさあ」

 理近は情けない声をだした。そして、やはり真近さえいれば、怖くないと思った。智子には申し訳ないことをしたと思うが、喉の小骨がとれたように気分はすっきりしていた。

 二人はテーブルの料理を片っ端から平らげはじめた。真近の膝の上では、テーブルに身を乗り出した豊貴が、皿の中に手を突っ込み始めた。機嫌よくアウアウ言って手を汚している豊貴に、理近はもう、文句を言う気はないようだった。

「ねえ、カーペットとかカーテン、どうするの。捨てちゃうの」

「そんなもったいないことするかよ。河本の親父に金をわたして彼女に返してもらうよ」

「そんなことしたら、智子さんは気を悪くしないかな。嫌みじゃない?」

「逆だよ。今頃俺みたいな男に金を使ったことを後悔してるさ」

「理近ちゃんはそれでいいの。好きだったんでしょ」

「バカいえ。俺たちにそんな余裕あるもんか」

「ごめんね」

 つぶやくようにこぼれた真近の言葉に理近は箸をとめた。

「なにが、ごめんなんだよ」

「だって、僕、何の役にも立っていないからさ。理近ちゃんのお荷物だ。僕も働きたいよ。そうしたら、今より楽になるでしょ」

「だったら働けよ」

「そうしたいけど、なにができるのかわからないんだ」

「働く気になれば、なんだってできるよ」

「たとえば?」

「ベビーシッターとか」

 理近は箸の先で、真近の膝の上で皿に手を突っ込みながら、顔をべトベトにして喜んでいる豊貴を指さして、嫌そうに顔をしかめた。

「あ、稜介に電話するのを忘れてた。きっと心配してるよ」

 真近が、食事を途中にして外の公衆電話に電話をかけにいこうと立ち上がったとき、開けっ放しのドアから、その稜介がひょっこり顔を出した。

 目ざとく豊貴が気がついて、両手を伸ばしてきゃわきゃわ騒いだ。

「すげえボロアパートに住んでいるんだな」

 呆れたような稜介の開口一番に、真近はアハハと笑い、理近は苦虫を噛みつぶした。

「どうしたの稜介。会社じゃなかったの」

「休んだ。豊貴を連れていったきり帰ってこないし、電話もしてこないから、一度様子を見てきたほうがいいと思ってな」

「そうなんだ。あがってよ稜介。僕の弟の理近ちゃんだよ」

 紹介された理近に「よう」と片手をあげて、稜介は部屋にあがってきた。手を伸ばしてくる豊貴の手を、タオルでぬぐってから抱き上げて、六畳の部屋に行って室内を見回しながら「弟くんの怪我はだいじょうぶなのか」と誰にともなく声をかけてくる。

「だいじょうぶじゃないよ。鎖骨が折れて、アバラ骨にヒビが入ってて、お尻の穴もやぶけてるの。トイレがたいへんなんだよね、理近ちゃん」

「よけいなことまで言わなくていいんだよ、バカ」

 小声で真近を叱責したら、稜介がアハと笑った。

「払うよ、金」

 真近と理近は、何のことかと思って稜介のほうを見た。

「だから、ベビーシッター代だよ。保育園の空きがでるまで半年はかかるっていわれたんで、それまで豊貴をみてくれよ。平日はここで豊貴を預かって、土、日は俺のところっていうのはどうだ」

 真近には願ったりかなったりだった。理近はどうだろうと思って顔色をうかがうと、まんざらでもなさそうだった。

「理近ちゃん、いいよね?」

「しかたないか。人助けだしな」

「なにを生意気いってやがる」

 理近の言いぐさに稜介が吹き出した。

「トンチママはどうしてるの」

 真近は気になっていたことを訊いてみた。

「知らないね。どこかでろくでもない暮らしをしてるだろうさ」

「あの怖い人たちはどうしたの」

「金を振り込んだあとは何も言ってこないよ。こんど何かあったら、すぐ警察に行くよ。なあ、豊貴」

 畳に座り込んだ稜介のあぐらのなかで、豊貴がよだれを吹き出して唇をぶーぶーいわせている。ポロシャツを掴んで立ち上がろうとしているのを見て、「お、豊貴。おまえ、そろそろ掴まり立ちできるようになるんじゃないのか」と声を張り上げた。

 真近は、押入から豊貴のおもちゃを取ろうとして襖をあけた。

「あれ、このぬいぐるみ」

 それは以前、理近が豊貴のために買ってきたウサギの小さなぬいぐるみだった。

「あ、それは」

 慌てた様子の理近にぴんときた。

「これ、理近ちゃんが買ってくれたの」

「ん、ん」

 返事ともつかない声をもらしている理近に笑いながら、ウサギのぬいぐるみを豊貴に持たせると、その小さなウサギを抱きしめてふわふわの耳を口に持っていった。

「気に入ったみたいだな」

 稜介が目を細めた。膝のなかでぬいぐるみにあうあう話しかけている赤ん坊のよだれが垂れて、稜介のジーンズの膝をぬらしている。そんなことを気にするでもなく機嫌よく遊んでいる赤ん坊を眺めている表情は穏やかだ。

 真近が稜介と赤ん坊から離れようとしないわけが、何となくわかるような気がした。見ているだけで心がぬくぬくしてくるのだ。自分たちの幼かった頃が、あのようであったなら、どんなに幸せだっただろう。きっと真近は、埋めることのできない幼児期を、稜介と豊貴の間に流れる愛情で埋めようとしていたのかもしれない。理近でさえ、男の大きな膝のなかで、ぷわぷわよだれを吹いている赤ん坊から目が離せなかった。

「稜介もご飯をたべたら。今日は理近ちゃんの退院祝いに、理近ちゃんの彼女がいっぱいごちそうを用意してくれたんだよ」

 真近が割り箸を用意しながら言った。

「どうりでな。男所帯にしては手の込んだものがテーブルにのっていると思ってたんだ。でもイスがないだろ」

「ここに座って。僕は押入のなかのボックスを持ってくるから」

 言われるままに稜介は真近が席を立ったあとに腰を下ろした。

「で、弟くんの彼女はどうしたんだ。退院祝いなんだろ」

「帰ったよ」

 おもしろくなさそうに答えた理近の隣に、押入から引っ張りだしてきた二段がさねのボックスを置きながら、真近が困ったように眉を下げた。

「さっきね、理近ちゃんは彼女と別れたんだよ」

「おやおや」

 ひとごとのような相槌を打って、唐揚げを口に放りこんだ。

「理近ちゃんたらね、僕たちのお母さんが、覚醒剤で刑務所に入っているって、しゃべっちゃったんだよ」

 とたんに稜介が喉を詰まらせて咳き込んだ。理近も唖然として箸を止める。

「稜介ったら、食べ物の上で咳き込まないでよね。きたないでしょ。しょうがないなあ」

 真近が流しに立っていってコップに水をくんでわたしてやると、急いでコップに手を伸ばしてくる。ボックスに腰掛けて、真近はサラダのトマトを摘んで続けた。

「お母さんが刑務所に入っていることは秘密だったんだ。世間の偏見っていうやつが怖いからね。僕たちは、すごく真面目に生活しているのに、このまえなんか、このアパートに警察官がきたんだよ。なんにも悪いことをしていなくても、お母さんが刑務所に入っているっていうだけで、警察がくるんだね。僕、こわくなっちゃって、急いで稜介のところに逃げていっちゃったよ」

 稜介の視線が落ちつきなくさまよう。理近は次第に苛立ちはじめた。

「よけいなことを言うな。そんな話を他人にするんじゃない」

「どうして。いいでしょ稜介なんだから。稜介は智子さんとは違うよ」

「同じだ。親が刑務所に入っているとわかって平静でいられる人間はいないんだよ。このひとだって同じだ。手のひらを返したように俺たちを見る目が変わるんだ。もう、俺たちにだいじな赤ん坊を預けようなんて、おもわないだろうさ」

「そんなことないよ。僕はトンチを大切にするよ。すごくかわいがるよ。どうして理近ちゃんはそんなことをいうんだよ」

「信用できない人間に、大切な赤ん坊を預けることはできないっていってるのさ」

「お母さんが刑務所に入っているってわかったら、とたんに僕の信用がなくなるっていうの? そんなのおかしいでしょ。だって、いま、平日はここでトンチをみて、土、日は稜介のところにつれていくってことに決めたばかりじゃないか」

 ねえ稜介、と振り向けば、稜介は渋い顔で酢豚の中の野菜をよけて、豚肉だけを食べていた。

「肉だけ食うなよ。俺たちにとっちゃ貴重な動物タンパク源なんだぞ」

 かみつく理近にますますいやな顔をした。

「母親のことはわかったけど、父親はどうしたんだ」

「親父なんかしらないよ。俺たちがうんと小さかった頃に出ていったみたいだ。お袋は酒乱で、酔うと親父のグチばっか言っていたけど、親父だってろくでなしだったんだと思う」

「音信不通か」

「ああ」

 ふてくされて横を向く理近に、稜介は困ったようにうなだれた。ズボンのポケットから財布を出して金を真近に差し出す。

「ビール買ってこい。買えるだけ買うんだぞ。釣り銭でプリンをおごってやるよ」

「うん。僕、プリン大好き。理近ちゃんのぶんもいいかな」

「いいよ」

 真近はいそいそと靴を履いて出ていった。

 そろそろ日が落ちて、外は暗くなってきている。

「わるいんだけど、ドアを閉めてくれないかな。蚊がはいるから」

「おう」

 理近が言うと、豊貴を抱いて身軽に腰を上げてドアを閉めた。もとの席に戻りながら稜介はクスクス笑いだした。

「なに笑ってんですか」

「いや、おまえの兄貴はおもしろいよな。感覚がずれまくっていて。あいつ、バカだろ」

「バカじゃないよ。兄貴を悪く言ったら許さないからな」

「やる気か、その怪我で」

「怪我が治ったらぶっ飛ばしてやる」

「ケンカ慣れしてるのか」

「ケンカなんかしたことないよ。親があんなふうだったから、警察沙汰になるのがいやで真面目だった。真近は超未熟児で生まれて、お袋にゴミ扱いされていたんだ。学校も、中学しか行かせてもらえなかった。俺は高校に行かせてもらえたから、一生真近を守るんだ。あんな親、いなくなってせいせいしたよ」

「どっちが兄貴かわからないな」

「どっちでもいいのさ、双子だから」

「双子なんだ」

「似てないだろ」

「似てなくもないけど、個性が違いすぎて、ふつうの兄弟のように見えるな」

 ふふ、と理近が笑った。力の抜けた笑い方だった。稜介の膝の上で、豊貴が眠そうにとろとろしていた。

「意外だったな。おまえの兄貴はおかしなやつだけど、悪い奴じゃない」

「あたりまえだ。真近ぐらい心のきれいなやつはいないよ」

 怒ったように言い返してくる。稜介は考え込むようにうつむいた。

「なあ、警察が来たっていっていたよな。なにか心当たりはないか」

「ないよ。俺も真近も、母親が警察に連行されていくときの恐ろしさが身にしみているんだ。だから、警察にかかわるようなことはなにもしていないよ。だから不思議だ。真近は、たぶんそのときパニックになったんだと思う」

 真近が座っていたボックスの下段をあけて、そのときの書き置きのメモを稜介に見せた。

「けいさつがきた りょうすけのところにいく でも ぼく なにもわるいことしてないよ ほんとだよ」

 声に出して読み上げて、稜介は声を上げて笑った。

「ひらがなばっかりだな。そういえば、あいつ漢字が読めないよな。中学どころか、小学校だってろくに行ってなかったんじゃないのか」

 冗談のつもりでいっただけなのに、理近が表情を曇らせてうなだれた。

「え、マジかよ」

「兄貴を笑うなよ。ほんとにひどい母親だったんだ。メシだってろくに食わせてもらえなくて、俺が給食のパンを持って帰って食べさせたんだ。学校の先生が来ても、児童相談所の職員が来ても、母親が追い返してしまうしな」

「悲惨だな」

「悲惨て言うな! それでも俺たちは今ここにこうしている。俺たちの過去はしんどかったけど、これからはそうじゃない。俺たちはもう子供じゃないから、働いて生きていける。あんたみたいなオトナにはわかんないだろうけど、これって、すごいことなんだ」

 稜介は理近の強いまなざしを正面から見つめ返した。ともすると喧嘩腰のようにも見えるきつい目つきは、理近がこれから先もたくさんのものと戦っていかなければならない決意を表していた。

「おまえもたいへんだな。兄貴がもう少し頼りになればよかったのにな」

「真近はあれでいいんだ。真近がいたから頑張れたんだ。俺一人だったら、きっと落ちてた」

 豊貴は稜介の膝の上で眠っていた。無心に眠っている赤ん坊を、二人は黙って眺めた。

外にせわしない足音がして、真近がコンビニのレジ袋をぶら下げて帰ってきた。

「おまたせ。はい稜介のビール。あとは僕たちのプリン」

 ひとっ走りしてきたらしく、真近の額は汗でぬれている。息も弾んでいて、うれしそうに袋の中のものをテーブルにのせ、レシートと釣り銭も渡した。

 さっそくビールのプルトップをあけて稜介がのどをならし始めた。

「理近ちゃん、プリンはご飯のあとに食べようね」

 そういって真近は、小さな冷蔵庫にプリンを大事そうにしまった。

「あんた、それを飲んだら赤ん坊を連れて帰ってくれ」

 不愛想な理近の態度に気を悪くした様子もなく、稜介はうまそうにビールを飲み干していく。

「おいしそうだね、稜介」

 真近がニコニコしながら言うと、「おまえもビールが好きだったな」と、真近がさしだしたコップに、二本めのビールを空けてついでやる。

「真近に贅沢を覚えさせるなよ。酒なんて、俺たちには買えないんだからな。真近、わかってるのか」

「もう、理近ちゃんたら。自分が飲めないからって、そんなにガミガミ怒らないでよ」

「怒ってないだろ! いつ俺が怒ったんだよ」

「怒ってるじゃない。しかたないなあ。一口だけだよ」

 真近は理近の口に自分のコップをもっていった。

「いらないよ。別に飲みたくて言ってるんじゃないよ」

「はい、一口ね」

 コップを傾けると、理近はいやがりもせずに飲み下した。

「おいしい?」

「一口じゃな」

「じゃ、もう一口ね」

 じゃれあっているような兄弟喧嘩を放っておいて、稜介はテーブルの上の釣り銭とレシートをつくづく眺めた。

「結局これなんだよなぁ」

 ちいさなつぶやきに兄弟が振り向いた。

「どうしたの」

「なにがこれなんだ?」

 兄弟の質問に稜介がレシートを指でつついた。

「金がレシートとぴったりなんだよな」

「当たり前だろ。機械で計算して釣り銭を渡すんだから」

 理近はバカにして笑ったが、稜介は真顔だった。

「つまり、そういうことなんだよな。人を信じるって」

 独り言をつぶやいて立ち上がった稜介に、真近もつられて立ち上がった。

「帰るの、稜介?」

「帰る」

 眠ってしまっている豊貴を抱き上げて玄関へ向かう。

「じゃ、トンチの荷物」

「ほ乳瓶だけでいいよ。あとは向こうにそろっているから」

 紙袋にほ乳瓶を入れてわたすと、外廊下に出た稜介がイスに座ったままでこちらをみている理近に声をかけた。

「じゃ、早くよくなれよ。あしたは土曜日だから俺が豊貴をみるから、岸田は日曜日の昼ごろに豊貴を迎えに来い」

 理近は思わず立ち上がっていた。急な動きに首と肋骨に痛みが走ったが、それでも理近の驚きは消えなかった。

「なんで、本気なのか」

「おまえの兄貴はどこかとぼけてるけど、豊貴はなついているからな。それでいいだろ」

 理近は体をかばいながら玄関に行った。真近と一緒に稜介を見送るように外廊下に出る。廊下の天井の電球に夏の羽虫が羽音をたてて集まっていた。そのあかりに照らされて、三人と赤ん坊が夕暮れの中に浮かび上がった。

 アパートの前の道路を、犬をつれた老人が歩いていた。犬のお散歩セットを持った気むずかしげな老人が、胡散臭そうにアパートの二階に視線を向けた。

「あ、コロだ。コロ、コロ!」

 真近が手すりに乗り出すようにして、アパートの前を通り過ぎていく柴犬に手を振った。理近はその老人を覚えていた。真近を探し回っているときに、一度会ったことがある。虫でも払うように追い返された苦い記憶ではあったが、その老人に会釈した。老人は、豊貴を抱いている稜介に目を移した。

「それじゃ、日曜日に待っているからな」

「うん。ばいばい、トンチ。日曜日に迎えにいくからね」

 眠っている豊貴の指を軽く摘んで真近は笑った。その会話は老人の耳にも届いたが、老人は興味を失ったように犬を引いて去っていった。

 帰っていく稜介を外廊下で見送ってから、二人は中に入ってテーブルに戻った。

「食べようよ理近ちゃん。ビールもいっぱいあるよ。稜介ったら、もっと飲んでいけばよかったのにね」

「わざと残していったんだよ。俺たちのために」

「そうなの? だったら理近ちゃんもビール飲もうよ。あ、一口だけね」

「うん。一口の連続でな」

 あはは、と二人は笑いあった。雲が晴れたような明るい笑い声だった。



              ――完―― 

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