前編 美人女流棋士、ストーカーに遭う
リサは、将棋の対局を終えた帰り道を歩いていた。
今日の対局は、なんとか白星を挙げることができた。終盤まで形勢が揺れ動く苦しい将棋だったが、最後は相手のミスを咎めて勝ち切った。内容に胸を張れるかといえば、必ずしもそうではない。それでも、勝ちは勝ちだ。今のリサには、その一勝を素直に喜ぶくらいのことは許されてもいいはずだった。
女流棋士、北条りさ。
将棋界では、美人女流棋士として知られている。長い黒髪と整った顔立ち、どこか近寄りがたいほどの品のよさ。対局のたびに写真が撮られ、将棋の内容よりも容姿が話題になることさえ珍しくなかった。
中学二年生で女流棋士二級としてデビューした当時から、彼女は注目の的だった。まだアマチュアの小学生だった頃には、女流公式戦の本戦に進出した実績もある。単に見栄えがいいだけの少女ではなかった。早くから将来のタイトルホルダー候補として期待されていた、正真正銘の有望株だったのだ。
けれど、デビューから八年が過ぎた今、その期待に見合う実績を残せているとは言い難かった。
勝てないわけではない。女流棋士として一定の成績は残しているし、ファンも多い。それでも、同世代の棋士たちがタイトル争いに加わり始めるなか、リサはそこから一歩も二歩も遅れていた。
美人だから人気がある。人気があるから仕事が舞い込む。イベントへの出演、将棋の普及活動、雑誌やウェブメディアの取材。そうした仕事は女流棋士として大切なものだったし、声をかけてもらえるのはありがたいことでもあった。
しかし、それらに時間を取られるほど、肝心の将棋に向き合う時間は減っていく。
大学との両立もあった。学業をおろそかにするわけにはいかず、対局の合間には講義や課題をこなした。周囲から見れば、若い女性棋士として充実した日々を送っているように映ったかもしれない。だが、本人にしてみれば、将棋に打ち込めない理由をいくら並べたところで、盤上の敗北が帳消しになるわけではなかった。
何より、リサ自身がそのことを誰よりもよく分かっていた。
師匠の桜井孔明は、放任主義を公言している。弟子の将棋に口を出すことは少なく、リサが成績を落としても、あれこれ説教するようなことはなかった。
それは師匠なりの信頼なのだろう。
けれど、何も言われないことが、かえって苦しいときもある。
叱られれば反発もできる。期待されていると言われれば、それに応えようと奮起することもできる。だが、何も言われなければ、自分がまだ期待されているのかどうかさえ分からなくなる。
桜井先生は、今の自分をどう見ているのだろう。
そんなことを考えるたび、リサは自分の弱さを突きつけられた気がした。
一時期は、本気で将棋を辞めようと思っていた。
大学三年生の頃、就職活動ではテレビ局のアナウンサー職を受けた。将棋界を離れたところで、自分の容姿や話す能力を生かして生きていく道もあるのではないか。そう考えたのだ。
実際、一社から内定も得ていた。
けれど、最後の最後で辞退した。
将棋を辞めたいと思ったことはあっても、将棋を嫌いになったわけではなかった。盤の前に座り、相手の一手に悩み、自分の読みを信じて駒を動かす。その時間が、リサは今でも好きだった。
だからこそ、逃げるように辞めてしまうことができなかった。
大学を卒業した今、リサはプロ一本で生きていくと決めたばかりだった。これから先、どこまでやれるのかは分からない。けれど、少なくとも自分で選んだ道なのだから、もう一度、本気で向き合ってみようと思っていた。
そんな決意を胸にした帰り道だった。
ふと、リサは足を緩めた。
長い黒髪が、肩から胸元へとゆるやかな波を描いて流れ落ちている。街灯の光を受けるたび、その艶やかな黒は濡れた絹のような光沢を帯びた。歩くたびに毛先が柔らかく揺れ、白い肌との対比が、夜の街のなかでひときわ目を引く。
整った顔立ちに、切れ長の瞳。すっと通った鼻筋と、薄いピンクの唇。笑えば華やかさが増す一方、何も表情を浮かべていないと、どこか冷ややかな印象を与える顔だった。白磁を思わせる肌には、歩いてきたせいか、頬にわずかな血色が差している。
この日も、リサは対局にふさわしい、落ち着いた服装を選んでいた。白いブラウスに、淡い色合いのカーディガン。膝丈のスカートは細かなプリーツが上品に揺れ、控えめな装いのなかにも、彼女らしい洗練された華やかさがあった。
本人が望むと望まざるとにかかわらず、リサは人目を引く。
そのことを、彼女は嫌というほど知っていた。
歩きながら、スマートフォンを取り出す。画面には、インスタグラムの通知がいくつも表示されていた。
リサのアカウントには、毎日のようにファンからダイレクトメッセージが届く。対局の感想や応援の言葉もあるが、容姿を褒めるだけのもの、馴れ馴れしい言葉を並べたもの、なかには読むに堪えない誹謗中傷まであった。
すべてに目を通していてはきりがない。リサは、よほど気になるものでもなければ、メッセージを開かないようにしていた。
それでも、通知欄に表示されるアイコンやアカウント名までは隠せない。
最近、妙に目につくアカウントがあった。
同じアカウントから、何度もメッセージが送られてくるのだ。
一日に一度のこともあれば、短い間隔で立て続けに届くこともある。内容を開いて確認したわけではない。けれど、アイコンと名前は覚えてしまった。
また、この人だ。
最初は熱心なファンなのだろうと思っていた。自分の投稿に毎回反応する人はほかにもいる。何度もメッセージを送ってくること自体、特別珍しいことではない。
ただ、そのアカウントからの通知が続くようになってから、妙に視線を感じることが増えた気がしていた。
対局場を出たとき。駅へ向かう途中。電車を降りてから自宅まで歩いているとき。
振り返っても、こちらを見ている人間がいるとは限らない。偶然、同じ方向へ歩いているだけかもしれない。考えすぎだと自分に言い聞かせたことも、一度や二度ではなかった。
それでも、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が、いつまでも消えない。
ストーカーなのだろうか。
そう考えた途端、リサは自分の思考を打ち消すようにスマートフォンの画面を消した。
証拠もないのに、決めつけるのはよくない。人気商売をしている以上、ある程度の面倒事は覚悟しているつもりだった。過剰に反応すれば、かえって自分の行動を制限することになる。
今日は対局に勝ったのだ。
せめて今夜くらいは、余計なことを考えずに帰りたかった。
リサは前を向き、再び歩き出した。
そのときだった。
背後から、足音が聞こえた。
コツ、コツ、と一定の間隔で近づいてくる。
最初は気に留めなかった。夜の街を歩いているのだから、後ろから人が来るのは当たり前だ。
けれど、リサが歩調を緩めると、足音もわずかに緩んだ。
何気なく歩く速度を上げてみる。
足音も、少し速くなった。
偶然だろうか。
リサは視線を前方に据えたまま、喉の奥が乾いていくのを感じた。
もう一度、歩調を上げる。
背後の足音が、はっきりと近づいてきた。
コツ、コツ、コツ。
先ほどまでの距離が、少しずつ縮まっている。
リサの脳裏に、何度も届いたダイレクトメッセージの通知がよみがえった。
まさか。
そんなはずはない。
そう思おうとする一方で、身体は正直だった。指先が冷たくなり、心臓が普段よりも速いリズムを刻み始める。
リサは振り返るべきか迷った。
確かめたい。けれど、もし本当に誰かがついてきているのなら、振り返ることで相手を刺激してしまうかもしれない。
足音は、すぐ後ろまで迫っていた。
リサが逃げ込んだのは、千駄ヶ谷の将棋会館から歩いて行ける距離にある、師匠の桜井孔明の自宅だった。
背後から迫る足音に怯えながら、どうにかここまでたどり着いた。門の前で何度も後ろを振り返り、誰も追ってきていないことを確かめてから、ようやくインターホンを押したのだった。
桜井の家は、都心の住宅街に建つ一軒家だった。豪邸というほどではないが、若くして将棋界の頂点に立った男の家らしく、ゆったりとした造りをしている。
桜井がこの家を建てたのは、龍王のタイトルを連続防衛していた頃だという。当時の賞金や対局料を蓄え、将来の家族のために購入した土地に建てた家だった。
桜井がリサと同じくらいの歳だった頃には、すでに結婚していた。今では四人の子供を抱える父親である。そんな話を聞くたび、リサは自分が歩んできた年月と、師匠が同じ年齢だった頃の人生を比べずにはいられなかった。
もっとも、桜井本人は過去の栄光を振り返るより、現在の稼ぎや家族の話をする方が好きな男だった。
リサが事情を説明すると、桜井は眉を上げた。
「なんやて? ストーカーにつけられとる気がする? それはけったいやなあ。慶太郎に送らせるわ」
あまりにあっさりした返事だった。
リサは拍子抜けしつつも、張り詰めていた気持ちが少し緩むのを感じた。自分の思い過ごしかもしれないと思っていたが、師匠が真面目に受け止めてくれたことは心強かった。
慶太郎は、桜井の長男である。今年で二十一歳になる大学三年生で、中高一貫の名門男子校を卒業後、龍山大学の医学部に進学した。
私立大学医学部の学費は、一般的な家庭にとっては天文学的な金額だ。桜井は何かにつけて「長男の学費」を話のネタにしており、弟子たちもすっかり聞き慣れてしまっていた。
もっとも、金額の大きさを冗談めかして語ってはいても、息子を医師にするために必要な費用を惜しんでいるわけではないらしい。
慶太郎は、中学から高校までの六年間、ラグビー部で鍛えられた身体の持ち主だった。父親譲りの恵まれた体格もあって、大学生になった今でも相当な威圧感がある。
将棋棋士を目指す若者のなかには、細身で華奢な者も少なくない。桜井がほかの弟子を呼びつけてリサを送らせることもできたが、相手が本当にストーカーなら、体格のいい慶太郎の方が頼りになるだろう。
もちろん、ラグビー経験者だからといって護衛の専門家というわけではない。それでも、夜道を一人で帰らせるよりはずっと安心できた。
桜井が息子に声をかけると、奥から慶太郎の声が返ってきた。
「父さん、バイク借りるよ!」
どうやら話は早かった。
慶太郎はバイクでリサを自宅まで送り届けるつもりらしい。徒歩で尾行されていたのなら、バイクで移動すれば相手を撒ける可能性も高い。
リサはようやく、胸の奥に溜まっていた息を吐き出した。
これで大丈夫だろう。
翌日、リサは自分が置かれた状況を改めて考えていた。
警察に相談するべきなのだろう。だが、いざ相談するとなると、問題があった。
インスタグラムに届いている、無数のダイレクトメッセージだ。
応援の言葉や対局への感想なら、ありがたく読める。けれど、容姿についての執拗なコメントや、見知らぬ相手からの馴れ馴れしいメッセージ、読むに堪えない誹謗中傷も少なくない。普段は通知欄に表示されるアカウント名を確認するだけで、ほとんど開かずに放置していた。
もしストーカー被害として警察に相談するなら、まずはそれらを整理しなければならないだろう。どのアカウントから、いつ、どんなメッセージが届いたのか。継続的な嫌がらせを受けていることを説明できるよう、証拠をまとめておく必要がある。
警察に相談するために、これまで避けてきたメッセージを一つずつ開き、中身を確認する。
想像しただけで気が滅入った。
かといって、具体的な証拠もなく、「夜道を歩いていたら、後ろからつけられている気がしたんです」と訴えたところで、どう受け取られるだろう。
自意識過剰な女が、見知らぬ通行人をストーカーだと思い込んでいる。そんなふうに勘違いされるのも嫌だった。
もちろん、警察に相談すること自体をためらうべきではないのかもしれない。それでも、何をどこまで説明すればいいのか分からないまま、リサは一歩を踏み出せずにいた。
そこで頼ったのが、師匠の桜井孔明だった。
事情を話すと、桜井は少し考えたあと、意外な人物の名前を口にした。
姪っ子に相談してみたらどうか、というのだ。
リサは最初、意味が分からなかった。ストーカーらしき人物に付きまとわれているという話から、なぜ師匠の親戚が出てくるのだろう。
しかし、詳しく聞けば、以前、桜井が入院していた際にお見舞いに訪れた女性だった。情報工学を学ぶ大学院生だと紹介されたことを、リサも覚えていた。
高瀬莉央。
あのときは挨拶を交わした程度だったが、桜井がわざわざ紹介してくるからには、何か頼りになるものがあるのだろう。
そうしてリサは、龍山大学を訪れることになった。
空中庭園に面した学生ラウンジは、午後の柔らかな光に満たされていた。
大きな窓の向こうには緑が広がり、学生たちの話し声や食器の触れ合う音が、ほどよい賑わいをつくっている。リサは入り口で室内を見渡し、窓際の席に目を留めた。
車椅子に座った女性が、一人でこちらを見ていた。
聡明さと活発さを兼ね備えたような顔立ちだった。短いブロンドの髪は光を受けて淡く輝き、澄んだ瞳には、相手をまっすぐに見据える落ち着きがある。白いケーブルニットが細身の身体を柔らかく包み、黒いパンツがすらりとした脚の線を引き締めていた。足元の白いスニーカーまで、全体の装いにすっきりと馴染んでいる。
華やかな美貌というより、知性と快活さが自然に同居した印象だった。初対面の相手にも物怖じしなさそうな雰囲気がある一方で、瞳の奥には、こちらの様子を注意深く観察しているような鋭さも感じられた。
リサが近づくと、莉央は軽く会釈した。
「リサさん。桜井先生から話を聞きました。私で手助けできることがあれば、手伝いますよ」
穏やかな口調だった。事情を聞いて興味本位で首を突っ込んできた、という様子ではない。かといって、必要以上に深刻ぶることもなかった。
リサは向かいの席に腰を下ろし、ほっと息をついた。
「ありがとうございます。急にこんな相談をしてしまって、すみません」
「いえ。まずは、何があったのか聞かせてください」
莉央はそう言って、リサが話し始めるのを待った。
その落ち着いた様子を見ているうちに、リサは少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。
自分でも、何が起きているのかはっきりとは分かっていない。誰かに後ろをつけられた気がする。見覚えのあるアカウントから、何度もメッセージが届く。それだけでは、ストーカーだと断定することもできない。
けれど、だからこそ、一人で考えているだけでは先に進めなかった。
リサはスマートフォンを取り出し、画面を莉央の方へ向けた。
リサがスマートフォンを差し出すと、莉央はそれを受け取らず、画面をちらりと見ただけで首を傾げた。
「いちいち読むのは大変ね。ちょっと、DMをパソコンで整理するから、一旦、パスワードを変えてもらって、私のパソコンで開いてもいい? 終わったら元のパスワードに戻せば、私のパソコンからはログインできないから」
「そんなことができるんですか?」
「メッセージを一件ずつ開いて、内容を確認して、記録して……ってやっていたら、日が暮れちゃうでしょ。まずは一覧にして、同じアカウントから何度も送られてきているものや、特定の時期に集中しているものを探せるようにしたいの」
莉央の口調は淡々としていた。まるで、散らかった机の上を片づける方法でも説明しているかのようだった。
リサは少し迷ったものの、彼女の言う通りにすることにした。アカウントのパスワードを一時的に変更し、莉央に伝える。莉央はその情報を使って、自分のノートパソコンからリサのアカウントにログインした。
「じゃあ、ちょっと待っていてくださいね」
そう言うと、莉央はノートパソコンの前に向き直った。
最初に開いたのは、普段の学生生活ではあまり見かけない、黒い背景に文字だけが並ぶコンソール画面だった。コマンドプロンプトと呼ばれる画面だ。マウスでアイコンをクリックする代わりに、文字で命令を入力してコンピューターを操作する。
莉央はキーボードを叩き、画面に「python」と打ち込んだ。
続いて、カタカタと小気味よい音を立てながら、コードを書き始める。
リサは思わず、その指先を目で追った。
莉央の手は迷いなく動いていた。ときおり画面を見つめ、数行を追加しては、何かを確かめるように少しだけ手を止める。それからまた、流れるようにキーを打ち込んでいく。
プログラミングに詳しくないリサには、画面に並んでいく英数字や記号の意味はさっぱり分からなかった。ただ、莉央が何をしたいのかを考えながら、必要な命令を組み立てていることだけは伝わってきた。
莉央はキーボードから手を離した。
「よし。これで一回、動かしてみます」
実行の命令を入力すると、画面に文字が流れ始めた。
すると、リサのアカウントに届いていたダイレクトメッセージが、次々と処理されていった。
投稿者のアカウント名、送信日時、メッセージの内容。それらが順番に取り込まれ、一定の形式に整えられていく。まるで、ばらばらに散らばっていた書類が、目の前で自動的に分類されていくようだった。
「えっ、もうできたんですか?」
「まだ整理の途中ですよ。今は、あとから検索したり、集計したりできるように、データをまとめているところです」
莉央は画面を見たまま答えた。
処理されたデータは、JSONという形式で保存されていった。JSONは、文字列や数値、日時などの情報を、コンピューターが扱いやすい一定のルールに従って記録するためのデータ形式だ。人間がテキストエディターで開いて読むこともできるし、プログラムから読み込んで、必要な情報だけを取り出すこともできる。
今回なら、メッセージ一件ごとに、送信元のアカウント名や送信日時、本文などをひとまとめにしておけばいい。同じアカウントから届いたメッセージを数えたり、特定の期間に何通送られてきたかを調べたりするのも簡単になる。
もちろん、データを集めただけでストーカーの存在が証明できるわけではない。けれど、無数のメッセージを一件ずつ開いて確認するより、はるかに効率的なのは間違いなかった。
リサは、黒い画面に次々と表示される文字を見つめた。
つい先ほどまで、憂鬱な作業の山にしか見えなかったものが、莉央の手にかかると、分析できるデータへと姿を変えていく。
自分が将棋の盤上で培ってきた読みや経験とは、まったく異なる種類の能力だった。
それでも、散らばった情報の中から意味のある手掛かりを探し出すという点では、どこか似ているのかもしれない。
莉央が保存されたファイルを確認し、軽くうなずいた。
「ひとまず、取り込める分はまとまりました。これなら、どのアカウントから、いつ、どれくらいメッセージが届いているのか、まとめて調べられます」
リサは小さく息を吐いた。
自分一人では、どこから手をつければいいのかさえ分からなかった。それが今、ようやく調べるための形になりつつある。
「すごいですね……」
「いえ、データを整理しただけです。ここから何が分かるかは、実際に中身を見てみないと」
莉央はそう言って、画面に視線を戻した。
「とりあえず、パスワードは戻しちゃって大丈夫です」
莉央がそう言うと、リサはスマートフォンを操作して、変更していたパスワードを元に戻した。
ノートパソコンの画面には、DMを送ってきたアカウントのIDが一覧になって表示されていた。
「まず、リサさんがちゃんと返信していて、やり取りがあるアカウントがこれですね」
莉央がコマンドを実行すると、画面に大量のIDが並んだ。大学時代の友人や女流棋士仲間など、リサにとって見覚えのあるアカウントばかりだった。
「あ、安心してください。私はDMの中身は全然読んでいないので。この人たちはシロとみなして、一覧から除外しちゃって大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。大学の友達とか、女流棋士の仲間なので」
「分かりました」
莉央がキーボードを叩く。画面にコマンドが表示され、実行すると、該当するIDが分析対象のデータから取り除かれた。
その手際のよさに、リサは思わず感心した。自分なら、アカウントを一つずつ開いて、相手との関係を確認するだけでも相当な時間がかかるだろう。




