七話、疑惑
街に少しずつハチュラーが増え、トカゲを飼う家が増えて喜んでいた頃だったか。
街に、静かに噂が流れ始めていた。
「お前さんも聞いているかい?」
相変わらず世話になっている婆さんの所で聞かされた話しは。
最近、金持ちの家に強盗が入っている。
それはよくある話(?)なのだが、その強盗は的確に金の隠し場所を狙って少人数、短時間で仕事を済ませ。
家人が気付いた時にはごっそり金や宝石類が無くなってしまっていると言うのだ。
そして、その強盗に入られている家というのが――
「最近、トカゲを飼い始めた家……」
強盗に入られた家というのも、金持ちや下級貴族の屋敷であまり詳しい話しは流れて来ない。が、そこは裏に通じる婆さんの情報網、かなり確かな話しらしい。
そして、そんな噂が流れているという事は。
「済まないが、今回の話しは無かったことに」
害虫駆除を依頼されていた家からドタキャンされたり、新規の依頼も殆ど入らなくなってしまっていた。
そんな時――
「ついに見つけたぞ、泥棒テイマー!」
生活費を稼ぐ為に排水路掃除をしている俺の目の前に現れたのが。
「ライアス?」
何度も俺の前に現れては、何かとイチャモン付けて去ってゆく只の冒険者のライアスだった。
そんなライアスが、何時もは一人で現れるのだが。
今日は背後に大勢の人間を引き連れていた。
衛兵や冒険者ギルドの職員、害虫駆除で知り合った見知った顔もあった。
「貴様がテイムしたトカゲを使い、金持ちの家に侵入していた事実! ついに尻尾をつかんだぞ!」
「よもや、害虫駆除等と言って金持ちに近づき、トカゲを忍び込ませて金の在処を探って居たとはな」
「お前のせいで俺は全財産を無くしてしまった! どうしてくれるんだ!」
排水路の悪臭が鼻を突く中、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「捕まえて連行しろ! 罪を全部吐かせるんだ!」
ライアスの目は勝利に輝き、背後にいる衛兵たちは既に縄を手に構えている。
害虫駆除で知り合った客までが、俺を睨みつけていた。
「おい、待て……俺はただ害虫駆除をやっているだけだ!
トカゲは黒い奴やネズミを駆除するために飼ってるんで、金なんか狙ってない!」
必死に言い訳するが、声は震えていた。
実際、最近トカゲの扱いが上手くなってきて、街の金持ちの屋敷にも何軒か出入りしていたのは事実だ。
害虫駆除の依頼が増えたのも本当で、トカゲやヘビを室内に放って一晩置くだけで、次の日には害虫が激減する。
客は喜んで追加報酬までくれた。
だが、それが裏目に出るとは。
「言い訳は後で聞く、まずは牢屋だ」
ライアスが手を振ると、衛兵たちが一斉に飛びかかってきた。
俺は咄嗟に足元にいた仲間達に叫んでいた。
「すまんが頼む!」
すると、足元から数匹のヘビが這い出てきて、衛兵たちの足に絡みつく。
毒はない。ただの威嚇だ。
「この野郎、抵抗するのか!」
混乱の隙に、俺は排水路の奥へ飛び込んだ。
暗渠の中を這うように逃げる。
背後から怒声とライアスの叫びが響く。
「逃がすな! あのトカゲ野郎を捕まえろ!」
数時間後、俺は街外れの廃屋に身を潜めていた。
息を切らしながら考える。
確かに、トカゲを飼い始めた家ばかりが狙われているという噂は本当らしい。
婆さんの情報網は信用できる。
そして俺のトカゲは「俺の指令ひとつで家の中を自由に動き回れる」ことを、客の前で自慢げに披露していた。
誰かが、俺のトカゲの特性を利用して強盗をしている……?
それとも、本当に俺のトカゲが勝手に……いや、まさか。
「カブト」
フードから顔を出し、チロリと舌を出すカブト。
「お前……何か知ってるか?」
カブトは俺の耳元で小さな音を立てた。
テイマー特有の微かな意思疎通。
映像のようなものが頭に浮かぶ――
暗い屋敷の中を素早く移動する影。
金庫の匂い。宝石の光。
そして……人間の足音。
それは俺のトカゲではなかった。
もっと素早く、何処にでも出入りしてくる、鼠だ。
「……別のテイマーがいる」
俺は拳を握りしめた。
ライアスは以前から俺を目の敵にしている。
婆さんからライアスの曰くは聞いているが、今回はただの私怨じゃない。
誰かが意図的に俺を嵌めている。
街に広がる「トカゲを飼う家=標的」という噂は、完璧なカモフラージュだ。
本物の強盗は、俺の存在を利用して疑惑を分散させている。
廃屋の外では、衛兵の松明が近づいてくる気配がした。
俺はカブトを肩に乗せ、立ち上がった。
「よし……本当の泥棒テイマーを探すか。俺とトカゲの名誉のために」
ライアス、お前もただの駒かもしれないぞ。
――疑惑は、まだ始まったばかりだった。
裏路地の、さらに裏の殆ど人のいない路地をひっそりと進む。トカゲやヘビを使う事でこの辺の地理にも詳しくなった。
この辺も疑われる理由になるのだろうが、今は助かる。
トン、トン。
婆さんの建物の裏口をノックする。
用心棒が現れたが、俺の顔を見ると外を確認して中へと入れてくれた。
「どうも……」
軽く手で挨拶して奥へと進む。
「来たね」
「分かってたみたいな口ぶりだな」
「ここしか帰る場所なんて無いだろう?」
婆さんはいつもの椅子に座ってキセルをふかしていた。
「俺はやっていない」
「知ってるよ、アレから色々調べさせたんだ」
婆さんの調べた話しによると。
今回の強盗事件の黒幕は『黒鼠団』
コイツらは鼠を使った専門テイマーで、金持ちの屋敷を調べさせて金を盗んでいく集団だと言う事。
ネズミというのは縄張り争いが激しく、その為に下準備が必要なのだそうだが、俺が害虫駆除でネズミを一掃した事で『黒鼠団』の鼠が入り易くなってしまったのだ。
「良かれと思ってやったのが裏目に出てしまったのか……」
「勘違いするんじゃ無いよ、お前さんのやった事は皆の助けになっていた」
そこを悪党に目を付けられてしまった訳だ。
「どうするつもりだい?」
「俺の……この子らの所為にされるのは気に入らないが。
元々長居する気も無かったんだ、この街を出る事にするよ」
「疑惑は放っとくのかい?」
「それに付いて考えがある」
俺は、婆さんの隣に椅子を移動して耳元でヒッソリと今回の計画を話し始めた。




