第91話 虚無を喰らう竜
世界連結ダンジョン・最深部。
探索者たちは、もういなかった。
「無理だ! 撤退する!!」
「階層が……増えてる!? 戻れない!!」
叫びながら、全員が逃げていく。
残ったのは――清掃員だけ。
カイ・シノハラ。
リサ・カミシロ。
ナカニシ・コウイチ。
そして世界中から集まった清掃員たち。
【SYSTEM LOG】
【Explorer Presence : 0】
【Cleaner Presence : 318】
リサが散弾銃を構えた。
「……結局、最後まで残るのはあたしたちってわけね」
ナカニシがたわしを蹴り上げる。
「わてらの仕事やからな」
カイは前方を見つめた。
巨大な空洞。
中心に、黒い球体。
世界のコードが糸のように吸い込まれていく。
球体が形を変えた。
四肢。
翼。
顎。
無数の眼。
「……竜?」
リサが息を呑む。
「違う。あれ、バグよ。
“虚無を喰らう竜”……世界コードを丸ごと吸ってる……!」
【SYSTEM LOG】
【Entity : VOID-EATER】
【Action : WORLD CODE ABSORPTION】
竜が咆哮した。
音はない。
ただ、世界が削れる。
床が消え、壁が消え、
空間が砂のように崩れていく。
リサが叫ぶ。
「カイ!! 止めないと世界が消える!!」
カイはモップを握り直した。
「……掃除します」
ナカニシがたわしを構える。
「ほな、行くでぇ!!」
清掃員たちが一斉に前へ出る。
リサは薬品を切り替えた。
「液体窒素、王水、浄化水……全部使うわよ!!」
ナカニシがたわしを蹴り飛ばす。
「ほいっ!」
カイは白く光るモップを構えた。
竜の眼が、カイを見た。
世界の底が軋む。
【SYSTEM LOG】
【Cleaner Mental Load : 99.9%】
【New Cleaner IDs : AUTO-GENERATED】
【Population : 318 → 319】
リサが叫ぶ。
「ちょっと!? また増えてるじゃない!!」
カイは静かに答えた。
「……限界なので」
竜が口を開く。
世界が吸われる。
カイは一歩踏み出した。
「放置よりは……悪いですから」
白い光が、竜の口へ突き刺さった。
世界が震えた。
黒いコードが逆流し、
竜の身体が崩れ、
吸い込んだ世界コードが解放されていく。
【SYSTEM LOG】
【VOID-EATER : CLEANED】
【World Code : RESTORED (Partial)】
竜は静かに消えた。
空洞に、静寂が戻る。
リサが散弾銃を下ろした。
「……終わった、の?」
カイは頷いた。
「はい。
掃除完了です」
ナカニシが肩で息をしながら笑う。
「はぁ……死ぬか思たわ……」
【SYSTEM LOG】
【World Repair Rate : 0.0042%】
リサが画面を見て、吹き出す。
「誤差じゃない」
カイは静かに言った。
「……放置よりは、いいです」
リサは一瞬だけ黙り、
小さく呟いた。
「……明日も来なさいよ。
サボったら許さないから……にゃん」
世界最大の掃除は、
今日も静かに終わった。




