語るために
少女はこの旅人を改めてまじまじと見ずにはいられなかった。
エリックの茶色いコートに泥だらけのブーツ。優しそうな目に柔らかな髪。
「その話は本当なの? 」
気づけばシエナは、昔よく母親にそうしていたようにおずおずと尋ねていた。エリックは首をすくめてみせる。
「この偽物エリック・バーネットは彼が望んだ姿を手に入れただろうか? 」
エリックは両手を広げる。
「僕は怪しい人間だった? それとも人間のようにも見えなかったかい? 」
シエナは戸惑いながらも、この旅人の問いに答えようと考えた。
最初は怪しい人間だった。けれど、語るたびに旅人は少しずつ違う人間になっていった。見知らぬ人間なのに、どこか懐かしささえ感じられる。そして今、物語の中から出てきた。
少女の困りきった顔を覗き見るとエリックは声を上げて笑った。
エリックはの荷物を担いで立ち上がり、頭に帽子を被った。マフラーを顔に巻きつけると、扉の前に現れたときと同じ姿になる。顔が隠れてしまうと、やっぱり怪しい人に見える。怪しいけれど、もうシエナはそれが誰だか知っている。
「今度こそ本当に行くよ。マクレーンのお嬢さん、楽しい時間をありがとう」
それと温かい場所もね、と言いながらエリックは手を差し出した。シエナも手を握り返した。ふんわりと土の匂いがする。
旅人は最後にまたほほ笑むと、背を向け戸口へと歩いた。扉のドアノブに手をかける。
「エリック・バーネット! あなたはとてもいい旅人よ! 」
立ち止まったエリックはふり返らなかった。シエナは真っ赤になった顔を見られずにすんだ。
「また、来てくれたら、その時は一番いい部屋に案内するって約束するわ」
「ありがとう」
エリックがどんな顔をしているのか、シエナにはわかる気がした。
扉が開けられた。
雪がふわりと舞い込み、床におちては消える。外はすっかり明るくなり、雪が陽の光を浴びて輝いていた。エリックの背中がすっかり見えなくなったあと扉は閉められた。
再び部屋は静まりかえった。少女は瞼を閉じていた。つかの間母親の夢を見た。
目が覚めると雪を踏む音がした。エリックが引き返してきたのかもしれない、とシエナは勢いよく扉を開けた。しかし、そこに立っていたのは想像していた人物ではなかった。
白い通りの前、扉の先には少女が待ちわびていた家族が立ってた。
父親は屈むと、姉娘に労いの言葉をかけ頬にキスをした。
妹が父親の後ろから現れた。具合はもうすっかり良いらしい。シエナを見上げる妹の顔にはあの表情が浮かんでいた。眉尻の下がった、寂しそうな顔。それはケンカに飽きた表情だった。しばらく見ていなかった気がする。それはとても懐かしく、愛おしかった。
シエナは妹の名前を呼んだ。
ひどいことをした姉のことを語るために。
彼女が夕べ知った話を語るために。




