File:018 DRAGON QUEST Ⅴ ~天空の花嫁~
今回は1992年9月にエニックスから発売された、
スーパーファミコン用ソフトである
『ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~』について語ります。
他の媒体によるリメイク版もいくつか出ていますが、
今現在(2024年5月)の時点で私がプレイしたことが
あるのは、オリジナルのものだけです。
■このゲームに対する、作者の個人的な評価
難易度(バトル):B
難易度(その他):C
面白さ(バトル):B
面白さ(その他):B
スピード感(バトル):B
スピード感(その他):C
多様性(バトル):B
多様性(その他):B
後で詳しく書くつもりですが、本作の特徴をどうにか
一つに絞って挙げるとするならば――それはやはり、
”モンスターを仲間に出来る”という、この一点に限ります。
仲間にすることが出来るモンスターの種類は豊富で、
しかも、そう簡単には仲間に出来ないものも多いため、
仮に”全てのモンスターを仲間にする”という目標を
達成しようというのであれば、膨大な時間と労力を
費やす羽目になってしまうでしょう。
ゲームの性質上、モンスターを仲間にすることは、
本編の攻略を進めていく上で必須に近いといえますが…
ある程度の段階を境にして、『趣味』、『やり込み要素』の
領域になっていると考えていいでしょう。
①波乱に満ちた”時”を感じさせる物語
【ドラゴンクエスト】シリーズの物語といえば、魔王の影に
怯える人たちが暮らす世界――そして、そこに現れた勇者と
その仲間たちが、”一気に駆け抜けていく物語”という印象が
強い中、本作ではその部分に異彩を感じさせます。
本作においては、大きく分けて『幼年期』と『青年期』の
二つの時代に分かれてストーリーが進みます。
更に『青年期』の中だけでも、特定のイベントを経過した
前後で、数年もの歳月の違いがあったり…と、他のナンバリング
のものと比べ、”時代の移り変わり”をプレイしている中で
はっきりと痛感させられる内容となっています。
そして、主人公が子供から大人になったことを嫌でも
思い知らされるようなイベントが、数多く存在します。
一応はネタバレになるかと思いますので、明言することは
避けますが…一つ例を挙げるのであれば、それは生涯において、
多くの人間が経験すること――してきたこと、とだけ書いておきます。
更に更に、そんな中で起こる”とあるイベント”によって、
【ドラゴンクエスト】シリーズにおいては異例中の異例
ともいえる、衝撃的な事実が判明したりもします。
このシリーズにおいて、主人公が”そうではなかった”
ケースは、私が知る限りのものでは、存在しません。
その点だけを取り上げても、本作がシリーズの中で
いかに異彩を放っているかが分かります。
②”モンスターが仲間に…”から生まれる面白さ
前作の『Ⅳ』においても、ホイミスライムの【ホイミン】や怪獣の
【ドラン】などが仲間としてメンバーに加わることも
ありましたが――本作においては、『そういった要素』が
大幅に拡張され、仲間にすることが可能なモンスター
の種類は、前作の比ではありません。
そして、強制的であったり、誰かに話しかければ仲間に
することが出来る……といった単純な仕様ではなく、
発生する戦闘の中で、そのモンスターを倒す必要があり、
更にそのうえで、モンスターの種類に応じた特定の確率に
ともなって、仲間にするチャンスが生まれます。
これはつまり、プレイするたびに――あるいはプレイする
人によって、その都度、仲間となるモンスターが変わってくる
ことを意味しており…ゲーム中における『多様性』を
持たせることに、一役買っています。
しかし、多様性があるだけに、特に初見プレイの場合は
”どのモンスターを仲間にした方がいいのだろう…?”
という疑問が生まれ、ゲームの爽快感に支障を来たす
可能性も考えられます。 ――が、本作においては
『比較的、仲間にしやすいモンスター』だけでパーティーを
編成しても、十分にクリアできる難易度となっているので、
その点については、あまり意識する必要はないでしょう。
③シリーズ初となる”裏ダンジョン”の出現
本作では、(オリジナル版に限定した場合)【ドラゴン
クエスト】シリーズでは初となる、ゲームクリア後に探索
することが可能な、いわゆる『裏ダンジョン』が存在します。
今現在となっては、RPGでは勿論のこと――他ジャンルの
ゲームでも、こういった”正規のエンディング”を迎えた後に
踏み入れることが可能な、”本編以上に難しいステージ”が
現れることは、そう珍しいことではありません。
しかし、この『裏ダンジョン』や、それに該当するような
ものの存在には、多少の賛否があるような気がします。
少なくとも私個人としましては、”そういったもの”が
必ずしもあった方がいいとは思えないのです。
理由としてやはり一番大きいのが、『本編』で感じること
となる”味わい”が、少なからず薄くなってしまうという点です。
苦労し、葛藤をし、緊張をし、決死の覚悟で挑み――どうにか
クリアすることが出来た『壁』の威厳というか、存在感のような
ものが薄れてしまうのは、やはり見過ごせない点に思います。
ドラマや映画などを鑑賞している時も、”ここで終わらせて
おいた方が…”なんて感じる場面も少なくないものですが、
やはり『区切りの付け方』は、必ずしも遠い地点にあれば
良いというものでもないのでしょう。
デートなどにおいても、”もう少し一緒にいたい”と思うくらいの
時点で一区切りした方が、その後の展開のためには良いと
されていますし――そもそも人は、『幸福な時間』の中にいる
ときよりも、それを”待つ”時間や、それを”振り返る”時間
の方に、より幸せを感じやすいと聞きます。
ですからゲームというものにおいても、”この後、こういう
展開があったらな…”とか、”ここをこうした方が…”なんて感じる
箇所が幾つかあるぐらいの方が、プレイヤーの心に残る
作品になるのかもしれません。




