頂に立つ者-07
アルハット領は工業によって栄える二次産業を主とした領土である。故に領主であるアルハットやドラファルドの様な政治家には、モノ作りに精通した者達が選ばれる傾向がある。
それだけ選挙で票を入れる民衆は工業発展を望んでいる者が多く、その期待に応えられることが出来なければ、アルハットへの支持はガタ落ちであろうとする予想だ。
「本音を言えば、あのクアンタという娘にも前向きに検討してもらいたかった所だがな。彼女に言った外交カードとして優位に動くという点も嘘では無かったからね」
「なるほど、それが貴方の狙いだったのね、ドラファルド・レンダ」
カツカツとヒールを鳴らしながらドラファルドへと歩み寄るは、恐らく会談を終わらせた後に急いで向かってきたのだろうアルハットだ。
ドレスより見える胸元や顔にはジットリと汗が浮かび、僅かに化粧が落ちているようにも思えるが、元より彼女の顔は美貌がある。多少化粧が落ちた所で、大した問題はない。
「これはこれはアルハット様。会談は終わったようですね」
「答えなさい、ドラファルド。貴方が『リンナ刀工鍛冶場にはアルハット領へ来て頂きたい』という文言を付け足したのね」
彼女が持っていたメモをドラファルドの机にバンと叩きつけた彼女は、随分と怒っている。ドラファルドは(相変わらず若いな)と思いつつ、頷く。
「ええ。しかしコレは私だけでなく鉱業省からの要望であり、また流動性の乏しいアルハット領の経済を動かす絶好の機会であったからこそです。ご理解いただければ幸いですな」
「クアンタから聞いたわ。貴方はリンナ刀工鍛冶場をアルハット領に誘致し、刀製造の優位性を私たちが握る事によって、今後の外交カードにしようとしていると」
「その通りです。ですが経済を外交カードにするというのは、領土運営には当然の事でしょう? シドニア領とて食糧輸出をカードにして、様々な工業経済負担を我々アルハット領に強いている現状がある。そうした実質的な属領扱いから脱却を目指す事が、何より優先では?」
「災いという脅威には刀が必要、そして刀の製造にはリンナ刀工鍛冶場が必要なの。そうした人類への脅威を経済発展や外交カードに使おうとするのは、実に浅ましい事よっ」
詰め寄るアルハットに対し、ドラファルドも同じように机を叩き、威嚇すると、彼女はびくりと肩を震わせ、押し黙る。
「理想は結構な事ですがな、そもそも貴女がそれを私に怒るというのは、納得できません」
「な、何を」
「ええ、確かに会談予定にない文言を付け足した事は事実です。そして災いという人類への脅威に対抗すべき事態を経済に活用しようとする事が浅ましいと言われる事も、理解はできませんが納得はしましょう。
しかし、あの場でその発言を必ずしろと、私はアルハット様へ強要はしておりません。元々予定に無かった文言に触れず進行する事も可能であった筈なのに、なぜその文言に触れたのです?」
「そ、それは……何か、貴方達なりの理由があるか、判断があの場では出来なくて……っ」
「アルハット様、私は事前に渡したメモへ目を通すよう、部下を通じてお願いはしておりました。目を通す事自体失念していたのは、あのクアンタという娘の風貌に見惚れていたからですかな?」
「ち、違……っ」
顔を赤くしながら否定しようとするアルハット。
だが、今彼にそう言われた事で、メモへ事前に目を通すよう指示があった事を思い出したのか、口元を抑える。
「なるほど確かに彼女は騎士然とした美貌がありますな。そしてアルハット様も若い女性でいらっしゃる。そうした人相に見惚れ、情欲に苛まれ、物事に手が付かない事態という事も、若さ故にありえるでしょう。
――しかし貴女は皇族として、象徴として、領主として、領土を導いていかねばならぬ、頂に立つ者であると自覚なさい。
それが出来ぬ貴女に、これまでアルハット領を率いてきた私を罵倒する権利など、無いと理解なさい」
それ以上、アルハットは何も言う事が出来なかった。
ドラファルドのやり方はアルハットにとって、確かに気分の良いものではないが、しかしそうした策略を巡らせ、一つでも相手が隙を見せれば、その隙を突くというのは、こうした政界の中では常識であり、彼はそうした世界に長く居続け、生き残ってきた人物だ。
故に、彼女はペコリと頭を下げた上で、彼の執務室を去っていく。
「……あそこで言い返せないようなら、あの女はあくまで傀儡だな」
「は、何かおっしゃいましたでしょうか?」
「何でもない」
ドラファルドは元々、アルハットの母であるアルハット・フォーマが領主である時から、七人政治家に務めている人間で、当時は『皇族の人間が領土運営に携わる』というやり方に疑問等無かった。
アルハット・フォーマは民衆の生活を一番に考え、他領土には無い鉱物資源や錬金術を用いた加工技術を盾に、他領土との平等な関係を続けていく程の手腕を持っていたからだ。
否、周りの皇族たち、もしくは領主達が浅ましい者達ばかりであったから、フォーマはそうした者たちを出し抜き、誰よりも民衆に優しくあろうとした。
民衆を守る為ならば、どんな汚い手段だっていとわない。
そうした決意を以てして政治に加わる彼女の事を、ドラファルドは敬愛していたのかもしれない。
――だが、アルハット・フォーマとヴィンセント・ヴ・レアルタとの間に生まれた、幼名・ミサという子が産まれてから、彼女は【政治家】ではなく【母】となってしまった。
彼女はミサを育てる事に注力し、娘に少しでも彩りのある人生を歩ませてあげたい、娘には領主になどなって欲しくないと願い、ミサを政治から遠ざけたのだ。
――皇族の娘、アルハットの名を継ぐ者になると分かっていながら、彼女は愚かしい願望を娘に押し付け、与えるべき教育を与えなかった。
――その結果が、今の領主として未熟の、アルハット・ヴ・ロ・レアルタという、少女の姿だ。
(その地に住まう皇族が領地を統べる事も、有能な者が領土を率いていく事も、正しい事であるかもしれない。
だが、アルハットにはそうした知識も経験も無く、シドニアはこの地に住まう皇族ですらない。
奴らなどに、先代の目指した民衆に優しい政治を、明け渡して堪るものか)
「君は随分と複雑で、面倒な思考と思想をしているね」
部下ではない、誰か知らぬ者の声が聞こえ、ドラファルドはいつの間にか閉じていた目を開き、驚く。
「なに――」
「ハイストップ。大声出さないでよ。……安心して、ボクは、君に危害を加えようというわけじゃないんだよ」
年端も行かぬ、男か女かを視界情報だけで判断できぬような、中性的な顔立ちをした銀髪の子供が、フフと微笑みながら、ドラファルドの机に腰かけていたが故に、声を上げようとしたドラファルドの口を塞いだ。
そして、机に用意されていた万年筆のキャップを親指で弾きながら、その鋭い切先をドラファルドの喉元に押し付けながら「静かにしてくれる?」と問いかける。
ドラファルドは冷や汗を流しながら、コクコクと短く頷き、子供はニッコリと笑いながら口を離した後、ドラファルドの机から降りた。
「ぶ、部下は……? さっきまで、そこに」
「安心して。眠ってるだけだよ」
子供の声に思わず椅子から立ち上がって、机の向こう側を見据える。
ぐったりと倒れ込んでいる部下に駆け寄り、その喉元に触れると確かに呼吸しており、子供の言う通り眠っているだけだと知ると、ホッと息をつきながらも、捻り出すように子供へ問う。
「き、貴様は……一体」
「ボクは暗鬼。……ドラファルド・レンダ、君を支援したい」
「何を」
「ボクはね、シドニア・ヴ・レ・レアルタと、アルハット・ヴ・ロ・レアルタの両名を失脚させたい」
「何が理由で」
「理由などどうでもいいだろう? 君にはそうした野心があり、ボクにはそれを支援するために必要な能力がある」
「能力」
「そうだよ――ボクにはね、『ヒトの記憶や感情を読み取り、操作する』力があるんだ」
暗鬼と名乗る子供の笑顔が、まぶしく感じたから、ニヤリと笑みを浮かべて、言う。
「……話を聞こうじゃないか」
――その誘いが、彼の望む「民衆に優しい領土」すらも壊しかねない悪魔の囁きと、知る事も無く。




