頂に立つ者-06
ピクリと、クアンタが僅かに目を細める。
ドラファルドはクアンタとの関わりは浅いが、しかしこれまで彼女の動向は観察し、理解していたつもりである。
だからこそ、彼女が今僅かに『怒った』と認識した事も、間違いで無いと考える。
「申し訳ありません、訂正願えませんでしょうか」
「訂正? 何をだね」
「刀は人切り包丁ではありません。確かにそうした側面があるという点は否定しませんが、人を斬るというモノに特化しただけの武装ではなく、一種の芸術・美術品としての価値があります。私は、そうした刀に心を奪われたのです。ですから、先ほどのドラファルド様が仰った言葉は、聞き捨てなりません」
「残念だが訂正しないよ。今君が言った通り、刀にはそうした側面があり、美術品や芸術品として認識しようにも、事実人を斬る為の能力に特化した武器であるとしか思えない造りをしている」
クアンタは、それ以上議論をしようとしなかった。
「失礼します」
ただ怒りを内包するようにしていた彼女は立ち上がりながらペコリと頭を下げ、そして扉を開けて去っていく。
ドラファルドはクスクスと笑いながら彼女の姿を見届けた後、彼の後ろに座っていた青年が、脇に備えていたバスタードソードから手を離し、ホッと息をついた。
「あのクアンタという娘、何時でも刀を抜ける用意をしておりました」
「おお、怖い怖い。……しかし思った通りだ」
「ドラファルド様、今回の商談は、いったいどの様な目的があったので?」
「何、あの娘に言った事そのままであるよ。断られてしまったが……しかし、十割全ての狙いを話したわけでもない」
青年は、ドラファルドの狙いが分からず、ただ彼の言葉を待つだけであったが、しかし彼はそれ以上を言うつもりは無いと言わんばかりに立ち上がり、会議室を出る。
「色々と手をこまねいているようですね」
会議室の扉前に立つ、シドニアの姿を見据え、ドラファルドの後ろに居た青年は、少しばかり表情を青くさせたが、ドラファルドは違う。
むしろ、聞かれていた事に気付いていたと言わんばかりに笑いながら「ええ」と返答し、軽くお辞儀をする。
「領土運営をアルハット様にではなく、アルハット領政府に委ねるとした方針は誤りでしたな」
「誤りであったとは考えていないよ。……本日のスラム街視察時、色々と言っていた事は、私を試したと考えればいいのかな」
「いいえ、本心ですよ。ですが『シドニア領に実権を握らせたままにしてはおけぬ』とする確認は出来ましたな」
二者から笑顔は消えない。
互いに互いの思考を読み合う立場にいるからこそ、表情を変える事によって相手に考えを悟らせる等の愚行は犯さない。
「では失礼します」
「一つ、君に忠告……というより、助言をしてあげよう」
「はい?」
「私は君が何を企もうが、興味はあるけれど手を出すつもりはない。アルハットに代わり、この領土の正常運営を行えている手腕は見事だと思うし、実際に彼女もそうした君の技能を認めているからこそ、排除に動かないのだろう」
ドラファルドは何も答えない。答える必要も無い。
シドニアは、彼の野望に対して本気で、興味を抱いているだけであるからこそ、彼の野望を排するような言葉を投げかけないと分かっているから。
「だがアルハットを甘く見るなよ。……私はね、確かにイルメールやカルファスは苦手だが、それ以上に誰が苦手かと聞かれれば、第一にアルハットの名を答えるよ」
「それは、驚きですな」
「そうかい?」
「そうですとも。なにせアルハット様は既に貴方の傀儡でしょう?」
「誤解をされている。……私はただ、たった一人の妹という存在を愛しているだけだ」
「てっきり、クアンタという少女を甘く見るな、と言われるものかと思いましたが」
「クアンタは確かに手強いが、しかし君ならば抑え込む事は出来るだろう。……ここから先は君自身で考える事だ」
そう言葉を残して去っていくシドニアを見届けた後、ドラファルドは会談が終わっているかどうかを確認する。
会談はまだ続いているが、しかし終盤でありそうだ。クアンタは会談の裏手で今やってきたシドニアと何かを話していたが、しかしその表情は、未だに怒りを含んでいると察せられる。
『今後の事なのですが、私としては是非、リンナ様のお造りになる刀の支援を打ち出せれば、と考えております。
私自身は何の力も持たぬ象徴でしかありませんが、しかしリンナ刀工鍛冶場を指定文化保護機関に認定して頂くよう、他領主様方にお話を既にしているのです』
『ほ、本当に嬉しく思います!』
『ええ。今後も是非良き友人として、お付き合いを継続させて頂ければと思っていま……っ』
今、手元にあるメモへ目を通したアルハットが、僅かに眉をひそめた。
事前に決めていた会談内容と異なる進行が、そこに書き記されていたという事だ。
『……リンナ刀工鍛冶場は現在、シドニア様の統治なさるシドニア領首都・ミルガスに拠点があると伺っております』
『え、あ、はいっ! ミルガスで、刀作ってますっ』
リンナも事前に話を聞いていた内容外の質問が来た事で、若干焦っているように思えるが、しかしそれがドラファルドの狙いだった。
『では……ご検討頂ければと思うのですが、我がアルハット領はそうした二次産業……モノ作り全般を支援する政策を打ち出している領土でございます。今後ご都合が悪くなければ、アルハット領へ拠点を移される事なども含め、是非一度考えて頂ければ、とも思います』
オオ、と広報担当者達から声が上がる。
アルハットも僅かに冷や汗を流しながら、遠目で見据えるドラファルドを見つけ、視線を彼に。
ニッコリと笑みで返すと、彼女はひそめた眉をより強調しつつ、リンナへと向き直して『どうかしら』とだけ問うた。
『え……えっと、その……っ』
『ああ、急いでお決め頂く必要はないのです。ただ一度ご検討だけ頂ければ。ホラ、リンナ様にはお弟子さんもいるでしょう? しっかりと話し合って頂ければいいだけですわ』
『そ、そうですか。は、はい。その、検討します』
そのやり取りだけで、カメラのフィルムを使い切った広報担当者もいた。その様子を見届けた後、ドラファルドは彼の執務室として割り当てられた部屋へと戻り、明るい表情のまま、付いてきた部下へ「いい方向に話が進んだな」と話しかける。
「先ほど、進行予定に無かったアルハット様のお言葉は、もしやドラファルド様が付け足した文言で?」
「ああそうだよ。そしてアルハットは事態の把握をあそこでする事が出来ず、それを読み上げてしまった。予定にない文言など、本来は無視する事が一番であると言うのに、愚かな事だ。……まぁ、そうなると予想していた私にとっては喜ばしい事だがね」
ドラファルドの狙いはクアンタではなく、リンナとアルハットの会談にあった。
アルハットは事前予定に無かった『アルハット領へリンナ刀工鍛冶場の拠点を移す』という文言を見た時、この文言に触れるか否かを思考した事だろう。
公的な記録が残るアルハットとリンナの会談内容は民衆にも知れ渡る重大な案件だ。彼女たちの発言は全て要約された上で民衆へ伝わり、その結果として経済も動きを変えていく。
例えばリンナ刀工鍛冶場がミルガスからヴェリウスに移る場合、玉鋼の製造を行う鉱業省庇護下の鉱物産業が賑わいを見せると予想される。
指定文化保護機関に制定されたリンナ刀工鍛冶場が刀の製造に多く使う玉鋼に対し、アルハット領政府が公的に支援を打ち出す必要も出てくるだろうと予想する投資家が、鉱物産業に投資。
今回の様に文言に触れれば、そうして良くも悪くも経済を流動的に動かし得る。それは間接的にアルハット領の経済発展に大きく繋がるのだ。
「今頃アルハットは焦っているのではないかな」
「しかし、アルハット様はあくまで刀匠・リンナへ『検討してくれ』と言っただけ、そして『検討します』と返されただけです。これだけではアルハット様失脚に繋がる事はないのでは?」
「いいや、アルハットはそうした検討をお願いし『リンナ刀工鍛冶場がアルハット領に来て頂く為に努力を続けていく』という事をほのめかしてしまった。……つまり、それだけで領内・領外問わず、投資家は動き、投資家が動けば鉱物産業も期待せざるを得ず、もしその期待にアルハットが答えられねば、支持率はガタ落ちだろう」




