秩序を司る神霊-03
全員が黙り、しかしそれは嘘であろうとする視線を送り、ヤエもその視線に無理は無いと理解しているからこそ、シドニアとイルメールへ視線を向けた。
「私達は、既に刀以外で災いの討滅を果たしておりますが」
「アァ、別に弱かねぇけど、強くもねぇぞ。オレとシドニアの部下であるサーニスって男は、何だったら殴り殺した事もあるぜ」
「手短に言えばお前たちが倒したのは、災いの中でも最弱の存在、雑兵だ」
「つまりなんだけど、災いにはいくつも種類があるという事なの~?」
彼女の言葉に一番素早く対応したのはカルファスだ。ヤエも頷き、煙草を再び取り出した。
「災いには三種類ある。一つはお前たちが主に相対していた【名無し】と呼ばれる雑兵だ。
災いの八割がコレで、こいつ等は有する虚力の量が少なく、自身の形を保つのがやっとな存在だと思えばいい。だから少なからずダメージを受ければ、自分の身体を保つ虚力が維持できず、消滅するという事だ」
「この名無しを討伐する際には、刀で無くとも構わぬ、という事じゃの?」
「そうだ。そして二種類目からは、リンナさんの打った刀で無ければ倒す事の出来ない存在だ。
その一つが【名有り】――自我を、感情を有する災いだ」
「感情を有する」
今の名有りについて、クアンタが反応を示す。ヤエは笑いながら煙草に手を付け、先ほど作り上げた灰皿に、灰を落とす。
「虚力は感情を司るエネルギーであることは、既にクアンタから語られている事だろう。そして次に、その虚力を何故災いが収集するのか、それもカルファスとアルハットが調べ上げた通り『集めた虚力を放出し、災厄を引き起こす』というのが本来の目的で正しい。
だがその過程で多くの虚力を有した個体は、内部で感情を形成し、そしてやがて自我を有する事によって、自身に名を付ける。
こうなると厄介だぞ? 自我を形成するという事はそれだけ『死が恐怖である』と認識し易くなる。
自分たちが形を保つ為に必要な虚力をなるべく多く有しておきたいと考えるし、そして自身を討滅しうる者が現れた時、死の恐怖からくるパニックと災いとしての本能を混在させ、ため込んだ虚力を暴発、大災害と呼ぶのが相応しい程の災厄をまき散らす事もある」
「……災いの八割が名無しであると言っていたけれど、残る一つの他、名有りの比率は?」
周りが押し黙りながらも考える中、アルハットだけが顎に手をやりながら、そしてクアンタから貰い受けた霊子端末内の情報を見据えつつ、問う。
「残り一つは殆どいない。名有りが一割九分、と言った所だな」
「戦闘能力はどうなンだよ? ――まぁ、ナナシって奴の状態でそれなりに強ェンだ、感情や自我を持ってンなら、かなり強ェンだろうがな」
「個体による。名無しの数倍から数十倍は高いと考えておけばいい。そもそもその強さも、持ち得ている虚力の量によって変動しうる」
「面白れェじゃねェか! 確かにナナシって奴の相手にゃ退屈してたンだ、そのナアリって奴と戦いてェな!」
「そう脳筋な考え方では困るかもしれないぞ? 名有りは全員が自我を有するが故、思考する。自分たちが不利と分かれば撤退もするし、そもそもお前らが実施予定だった防衛案は、思考しない名無しの災いに対して有効な戦術だからな」
シドニアとアメリアが先ほどから黙っている理由は、今ヤエが指摘した内容を鑑みての事だ。
しかし現時点で思考を回し過ぎるのは危険だと二者を気遣い、カルファスが率先して問う。
「名有りの身体的特徴は? 名無しは漆黒を人の形としたような黒みたいなんだけど~」
「それもまた厄介だ、いい所に目を付けたなぁカルファス。
――名有りの殆どはただののっぺらぼうの黒から変化し、人間を模した風貌をしている事が多い。まぁ中には人間の風貌である理由が薄いと判断し、獣や異形な姿をした者もあるが、しかし人間社会に紛れる為には人間の形を有した方が良いと思考する者の方が多いと思うぞ」
「色も~?」
「色もだ」
なるほど、厄介だ。
そもそも災いは、一目見た瞬間に『異形な者だ』と気付けるからこそ、人々が恐れ得る。そうした風貌をしているからこそ、皇国軍や警兵隊が警戒し、発見した際に素早く対処が出来得るのだ。
であるのに、人に化ける個体も、人の生活を真似、紛れ込む可能性もあると言うのならば、対処の施しようが無いように思える。
「――アメリア・イルメール領は問題無しじゃ。しかしシドニア・カルファス・アルハット領の三つが問題じゃの」
「ほう?」
アメリアが言い切った内容に興味が無いと言えば嘘だろうが、しかしヤエはあえてそこは特に聞かず、災いの種類、残る一つを説明する。
「残る一つは【母体】だ」
「母体――母、ですか?」
シドニアが、母という言葉に、僅かながら反応する。
しかしそうした彼の中につっかえる言葉を無視し、ヤエは頷き、今煙草の火を消した。
「名有りや名無しの集めた虚力をひとまとめにしておく個体だ。巣から出る事は無く、ただ集めた虚力を貯めておく、貯金箱みたいな個体だな。
だが問題は、コイツも自我を有している上、性質上貯め込んでいる虚力量が一番高い。
故に戦闘能力は名有りよりも上、しかも貯め込んだ虚力を何時でも爆発させる事が出来るし、何であれば貯め込んだ分を一部だけ使い、名無しも名有りも、生み出す事が出来る。まさに【母】だ。
唯一の救いとして、コイツは巣を突っつかれる事が無ければ、直接人民を襲う事は無い。つまりコイツに防衛策を講じる必要も無い」
であれば、シドニアとアメリアはその母体を防衛策の思考から外す。やがて相対する必要はあるかもしれないが、ひとまず彼女等が思案しなければならないのは、領土の防衛策である。
「ひとまず災いに関してはここまでだな。何か質問はあるか?」
「あるわ」
アルハットが手を伸ばす。
「貴女は名有りと母体に関して、リンナの打った刀で無ければ対抗できないと言うのね?」
「その通りだ」
「何故?」
「端的な質問だなぁ」
「嫌いかしら」
「好きなタイプの質問だ――クアンタが調べた結果、リンナさんの虚力量が、常人比較四十倍であるという事は、理解しているな?」
皆が頷いた事を確認した後、ヤエも続ける。
「正確に言うと、アメリアとの比較で四十倍なわけだが、まぁ概ね間違っていない。アメリアも常人よりは割かし多い方だから、正確に平均値を割り出すと三十九倍だが、面倒だから四十倍でいいだろう」
「主は見ただけで虚力量を測れるのかぇ? クアンタは吾輩の首に舌で愛撫してくれたぞ?」
熱ぅい舌触りじゃったわ……と顔を赤めたアメリアが、クアンタへ流し目で訴えるが、しかしクアンタはそれに気づかず、むしろその表現を聞いたアルハットが「ちょその話詳しくっ」と顔を赤くしてガタっと立ち上がり「黙ってろ」と同じく立ち上がったイルメールに襟首を掴まれ、捕えられた猫のような扱いをされる。
「まぁ、クアンタはそうした接触回線の方が発達しているからな。私の場合は立場上、虚力を扱う事件に巻き込まれやすい。だから経験で大体の目算が出来てしまうんだ」
話が逸れたな、としたヤエが「何故リンナさんの虚力量が高いかは置いておく」とした。
「そもそも虚力の量というのは感情の起伏によって上下する。つまり感情表現豊かな者ほど、虚力量は多くなる傾向がある。まぁ常人の四十倍程になると異常だがな。
本題の『何故リンナさんの打った刀で無ければ名有りと母体の災いに対抗できないか』については、次に話すリンナさんのお話で分かる」
「つまり、端的に言えば『ちょっと待て』って事ね。わかったわ」
イルメールに襟を掴まれ、宙に浮いてる状態にも関わらず、アルハットはそう確認し、理解したと頷き、そしてイルメールも彼女を下し、腰かけた。
「さて、ここまでの話題を踏まえた上で、一番重要なのが、リンナさんについてだ。
この中には気付いている、というより想定している者も居ると思うが、彼女はごく普通の一般市民、というわけじゃない。
リンナさんは、この世界の伝承にある【姫巫女】と呼ばれる存在の末裔だ」




