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Snowflake*s!  作者: 七志乃もへじ
連盟擾乱篇序章 オルタナ領 第三節 壮途
24/45

旅立ちの日

 オルタナ領西方検問所。日差しが風に暖色を着け始めた午前。

 普段は番兵くらいしかいないこの場所に、珍しく人だかりが出来ていた。

「腕の調子はどうかな、ノロくん」

「問題ありません。あと二月(ふたつき)もすれば傷口も塞がるでしょう」

「それはよかった」

 ローエンワイツが指摘すると、ノロは包帯が巻かれた右腕を撫でた。

 曲げたり力を入れたりすると違和感があるが、痛みというほどのものはない。

 だいたい、この程度の怪我なら慣れっこだ。

 肉片ごと抉り取られたため縫合することはできなかったが、ミレイが適切な処置をしてくれた。化膿にだけ気をつけていれば心配いらないだろう。

「腕の調子はどうかな、モカくん」

「ばっちりです。カモシ――長銃のほうはまだ七割しか当たりませんけど、二発あれば問題ありません」

「それは……よかった」

 冗談のつもりで言ったローエンワイツが、何事かを呑み込んでうなずくと、モカはカモシカを撫でた。

 この二日間、黙々と練習した。

 時間こそ足りなかったが、一心不乱に、それこそ取り憑かれたかのように撃ち続けた。

 もともと勘がいいのか、それとも若いが故の吸収力か、扱いは随分と上達した自負がある。

 あとはやはり筋力。体格はこれから成長するにして、筋力不足からくる反動負けには改善の余地があった。

 なにせ領外へ出るのだ。今後に期待などと悠長に構えてはいられない。

 撃てば百発百中と、欲をかけば今日までにそう言えるようになっておきたかった。

 なぜならそう。今日は、今日こそが待ちに待った旅立ちの日なのだから。

 踏み出したことのない外の世界。いわば新しい世界へ旅立つ日。

 まだ見ぬ世界。いまだ知らぬ世界。

 憧れを抱き目指した場所へ、よくやく念願の第一歩を踏み出すことができる。

「……ノロ。これ、受け取ってくれ」

 ローエンワイツの手前、おずおずとフロトーが歩み出た。

 差し出してきたのは、いつか貸してもらった短銃ホルダーだった。

「フロトーさん……。……ありが――」

「モカちゃん! ほらよ! 好きなだけぶっ放つんだぞ! 弾はいくらでも作れるが、(タマ)は一つしかねえ。同じタマでも命は一つだ! ケチんじゃねーぞ!」

「これ、二人のために仕立てたの。よかったら着てね? 破れるような無茶しちゃダメよ?」

「うちからはこれ。保存がきくから……大したものじゃなくてごめんね? モカちゃん、ノロくん、頑張って」

「モカちゃん、ノロちゃん、これ食べて仲良くするんだよ? どうか無事でね」

 町民が殺到し、あれよあれよと増えていく荷物。

 弾丸やフード付きの外套はありがたいが、その大半は自分らでも用意していた食糧だった。

 これはもう一度荷物を整理しなくては、と思っていると、ローエンワイツが再び歩み出る。

「食糧はもう必要なさそうだね。私からはこれを」

 そう言って差し出したものは、懐中時計だった。

 試しに開いてみると、コンパスの機能も備わっている。さすがは伯爵家。高価そうなものだった。

「それとこれは欠かせない。なくさないようにね」

 次に二通の手紙と革製の小袋。この旅の目的であり、依頼の遂行に必要なものだ。

 それらを受け取り、大切に袈裟懸け鞄へしまうと、ローエンワイツがいやにニコニコしていることに気づいた。

「時にモカくん。キミの身長は……百六十くらいかな?」

「……? 多分、それくらいです、けど……」

「うーん、よしよし、ならば大丈夫だろう。カイルくん、ここへ!」

 モカは首を傾げ、隣に立つノロを見た。

 だが、頭一つ分ほどの高さにあるノロの目にも、同じく疑問符が映っていた。

「道を開けろ! 危ないぞ!」

 カイルの声だ。

 そうそう大声を上げない人なのに、とそちらへ視線を向けると、群衆の頭の上に三つ、ぬっとそれらが現れた。

「ローエン様……? あれ、なんですか……?」

「鳥さ」

「おっきくないですか?」

「大きい鳥だからね」

 人混みが割れ、近付いてくるその大きい鳥に釘付けになっていると、隣でノロが言った。

「……ローエンさん。なんでこんなところにディアトリマがいるのか、説明してもらっていいですか」

 ディアトリマ。別名を恐鳥という。

 走鳥類、あるいは走禽類や平胸類というカテゴリーに属する、飛べない鳥だ。

 使役動物としての歴史は実に浅く細々としたもので、輓獣(ばんじゅう)には向かずほとんどが乗用か駄載用として活用されている。

 走鳥類の使役動物は一般に觜鴕(かくだ)と呼ばれ、他にジャイアントモアやフォルスラコス、ケレンケンなどがおり、いずれも乗用を主としていた。

 そのなかでもディアトリマは、全体的にずっしりとした体格に凶暴性を兼ね備えた、非常に御しづらい種である。

「うーん、新規の取引先に貰った、のだよ。お近づきの印にと。頑丈だし、森を抜けるなら馬より速いというものでね。だがどうにも……私にはなつかなくてね」

「……それで?」

「好きにしていいよ。遠慮はいらない。ほら、荷物が(かさ)んでしまっただろう?」

――いや、いやいやいや。

 ノロは思う。これは親切心からなんかじゃなく、体よく押し付けられてるだけだ、と。

 モカに至っては、口をぽかんと開け、目前に迫ったディアトリマを見上げている。

 と、そのとき。

 ディアトリマの鉤状で大きな嘴がモカを狙う。

「あぶなっ!」

 間一髪、ノロがモカの襟首を引いたおかげで怪我を負わずに済んだ。

 その横でローエンワイツが「……やはり獲物として認識されてしまったか……」と顎に手をやりつぶやく、が。

「ノロ、多分大丈夫。任せて」

 モカはそう言うと、カモシカを槍のように構えた。そしておもむろに、ディアトリマの首根っこを突く。

「えいっ! このっ! どうだ! わたしがボスだ!」

 頭が心配になるようなことを口走りながら、幾度となくカモシカの銃口で突きまわすモカ。

 執拗に首を狙われ、当然暴れようとするディアトリマだったが、カイルや力自慢の領民が必死に手綱で制してくれた。なんとも奇妙な連携だった。

「……ようし、もういいでしょう。わたしがボス。わかったならこれあげる」

 どれくらい時間を費やしただろう、モカは仁王立ちして「ふうっ」と額を腕で拭うと、干し肉を取り出した。先ほどルミィから貰ったものだ。

「待て。待てだよー? ……よし食え!」

 驚くべきことに、ディアトリマはそれに従った。

 一連の流れを引いた顔で見ていたノロが問う。

「……どこで習ったの?」

「ノロ」

「えっ」

「ダメなことしたからお仕置きして、反省したからご褒美あげた。ノロがわたしにすることマネしてみたの」

「……あ、ああそう……。……え?」

 かくして、モカはディアトリマの獲物から脱し、手懐けることに成功したのだった。

【Tip*s】

 『ディアトリマ』

実在し、既に絶滅した鳥類です。

ジャイアントモア、フォルスラコス、ケレンケンも同様です。

幻獣ではないです。

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