それぞれのサバト
午後の授業を終え夕食をとった後、アイリスはひとり部屋にいた。
ライアは現在、マリーと二人で話をしているらしくここにはいない。
「初級魔術を活かす……か」
ふとマリーの言ってた事を思い出す。
初級魔術しか使えなかったことをずっと悔やんでいたのに、彼女はむしろそれを利用してあの技を伝授してくれた。
ただ上級魔術を覚える。それだけを考えていたアイリスに、マリーは別の道を見付けてくれた。
それはアイリスにとって暗闇の中に見つけた光のようにも感じた。
簡単とは言えないが今までとは違い可能性は高い。
頑張ろうという気持ちになれた。
よし、と気を引きしめていたその時コンコンとドアを叩く音がした。
「失礼しますです」
そのしゃべり方と声には聞き覚えがあった。そして予想通りの人物がドアを開けて入ってくる。
「あ、ソーラさん」
「さんはつけねーでいいでやがりますよ。わたしたちは同じ生徒だし、ソーラちゃんと気安く呼ぶがいいでやがります」
「は、はぁ……。ソーラちゃんどうしたの?」
その受け答えにアイリスは苦笑しつつ戸惑った。
「一緒に食後のサバトはどうかと思いましたのでやがります。ケーキもありますがどうでやがります?」
お茶会のお誘いであった。ちょうど甘いものが食べたかったアイリスは、その誘いを受けることにした。
「はい、じゃあお言葉に甘えて」
「では、一緒にいきますでやがりますよ」
ソーラに連れていかれる感じで二人は場所を移動する。
連れていかれた場所はサバト用に作られたのか、街で見る喫茶店のようなテーブルや椅子が並んでいた。
ソーラはそこに来るや否やお茶の準備をはじめる。
アイリスはどこでも好きに座っていいと言われたので近くにあった椅子に座ることにする。
「アイリスさんはハーブティーをよく飲みますです?」
「いえ、あんまり」
そもそもハーブティーを飲んだのは昨日出されたのがはじめてだった。
「そうでやがりましたか。ここはマリーさまのお考えで、ハーブティーがメインのサバトでやがります。わたしがアイリスさんに合うハーブを選んであげますです」
そう言ってソーラは準備をしはじめる。
しばらくしてハーブティーとケーキを持ってアイリスの側へとやってきた。
「どうぞでやがります」
ソーラは慣れた手つきでハーブティーが入ったポットから、ティーカップに注ぎ差し出してくれた。
カップのなかには黄色く透明なハーブティーが映る。
手にとって持っていると少し匂いが強くつーんとくる。
「あー、あれだったらはちみつを入れるといいでやがりますよ」
アイリスの反応を見て察したのかソーラは、はちみつを持ってきてくれる。
アイリスはソーラの言ったようにはちみつを入れ、スプーンでかき混ぜる。
するとはちみつの甘さでか、先程のような強い匂いは感じなくなった。
そして一口飲んで見る。するとさっぱりとした味わいと、はちみつ甘さが混ぜ合わさりまた体全体が暖かくなるように感じた。
「……美味しい。これは?」
「これはローズマリーでやがります。集中力、記憶力を高める効果がありますです。美容にも良いんでやがりますよ」
マリーからの教わった技を使えるようになるには集中力が必要だった。
彼女はそれを知っていてこのハーブを選んだのだろうか。
「次はケーキをめしやがれです。これもハーブを使ってありますです」
次にソーラはケーキを差し出してきた。
まわりが生クリームでコーティングされ上に苺がのったロールケーキだった。
これも一口食べることにする。するとハーブの爽やかな香りが口に広がり、それに生クリームの甘さが加わって非常に美味しかった。
思わず笑顔になる。
「このケーキも、とっても美味しいですね」
「当然でやがります。なんといっても、マリーさま自ら作ったでやがりますから」
「ええっ!?マリーさんがっ」
マリーに意外な一面があることを知りアイリスは驚いた。
「マリーさまは料理全般得意なのでありますです。基本食事や菓子はマリーさまのお手製でやがります」
「あの料理もマリーさんが作ってたんですか!?」
今日一日ここで食事をしたがどれも非常に美味しく、お店の料理に思えるほどだった。
まさかマリーがそこまでやっていたとは思いもよらなかった。
「それで今日一日、どうでやがりましたか」
その後しばらく、ハーブティーとケーキを堪能していたが突然ソーラが口を開いて言った。
「そうですね……マリーさんは凄いなと思いました。はじめは怖かったけど、魔術を見ただけで私の考えてることが分かったり。私が考えてもいなかった初級魔術の使い方を伝授してくれたり……ほんと凄いですね」
「あたりめーでありますです。マリーさまは素晴らしいお方です」
自信満々にソーラは言った。
彼女はよっぽとマリーのことを尊敬しているのだろう。
だからこそ気になることもあった。
「そういえば、ソーラちゃんってマリーさんの一番弟子なんですよね? どうしてマリーさんの弟子になろうと思ったのですか?」
「わたしたちは、ただの弟子ってわけじゃねーのです……」
その事を話した途端、空気が重く感じた気がした。
いったいどういうことなのか。
「わたしがマリーさまと出会ったのは五歳の時です」
「五歳!?」
「はい。その頃わたしのお母さんは、魔女狩りで殺されたんでやがります。殺される前にわたしだけでもと、人に見つかれない場所にわたしを置いてきたんでやがります」
「悲惨な過去だったんですね……」
「でもそこで泣いてたとき、マリーさまに出会えたのでやがります。マリーさまは優しく……わたしに手を差しのべてくれたんでありますです。そして一緒に来ないかっていってくれたのでやがります。それがどれだけ嬉しかったことか……」
ソーラは淡々とマリーとの思い出を話していった。
マリーが弟子を取るようになったのは、ソーラのように捨てられた子供の魔女を放っておけなくて、見つけ次第その子達を保護し面倒を見てたらしい。マリーは彼女たちにとって師匠である以上に、母親のような、姉のような、家族同然の存在なのであった。
だからこそ彼女たちはマリーをとても尊敬し、慕っているのだろう。
「マリーさまは口は悪いかもしれねーですがその分、面倒見が凄く良いんでやがります。だからわたしはマリーさまに一生ついていくでありますですよ」
話を終えてソーラは少し微笑んだ。
その話を聞いてマリーの大魔女として以外の彼女の一面を知れたような気がした。
それと同時に、マリーが口が悪いと分かっていながらそのしゃべり方はわざとなのか。アイリスはそれが疑問に残っていた。
◇
一方その頃ライアは、マリーの部屋で同じくサバトをしていた。
「なんでハーブティーしかないのよここは」
「うるせぇ、文句あるなら飲むな。そもそもサバトの起源はハーブティーだろうが。紅茶だの珈琲だの飲む方が邪道なんだよ」
不満を漏らしたライアに対してマリーは、いつものように怒鳴るように言った。
「はいはい。そりゃあハーブティーも嫌いじゃないけどねぇ」
これ以上怒らせるのも面白くないと思ったライアは静かにハーブティーを飲む。香りが強いラベンダーだった。
その後マリーが作っていたというケーキも食べる。
「……ん。こんなに美味しいケーキ作れるなら、ケーキ屋とかやればいいのに。きっと繁盛するわよ」
「そんなもん興味ねぇ。そもそも人間なんかと馴れ合うなんて死んでもごめんだ。オレは魔女として生きると決めてんだ」
マリーはいつもこうだ。人間に対してもはや悪魔以上に憎んでいた。
しかし彼女の過去を知っていれば、それも分からなくはないことでもあった。
「そうそう、アリスだけど見た感じどう?」
「あいつは単純に、自分の得意な事を分かってなくて活かせてねぇな。それが分かった今なら、あいつは成長するはずだ」
それはライア自身も薄々分かってはいた。だが自分は人に魔術を教えるのは得意でないし、マリーならばもっと彼女を成長させられると思いここに来たのだ。
「そ、ならよかった。でも授業見てたら昔のこと思い出すねぇ」
「そうだな。元々オレたち大魔女は、グリモワール先生に集められて悪魔に対抗すべく特訓してたからな」
二人はヴァルプルギスの夜より前の、魔女都市での魔術の修行を思い出していた。
グリモワール先生とマリーが言った人物は、後に大魔女と呼ばれるライアたち四人を集め修行をさせた魔女だ。
もし彼女の魔術でライアたち大魔女を集めていなければ、四人は出会わなかっただろうし、大悪魔を倒すことも出来なかったかもしれない。
「もう何百年も前の話ね。あの頃は色々あって楽しかったわ」
「おまえなんて今と昔じゃ性格が真逆だったろ。はじめ出会った時なんて協調性無くて悪魔殺す事しか考えてないやつだったし」
「あはは……あの時はちょっと色々あったからねぇ」
それは魔眼の力を経て間もない頃だったからである。
魔眼を得る。その前に失うものが多かった。
そして消え去りたい過去でもあった。
「でも、急におまえ明るくなったよな。なにがきっかけか知らねぇが」
「……そうね」
ライアは一瞬ケーキを食べてた手を止めた。
ああ……やっぱりそうなってるんだとライアは思った。
さっきとは逆に、絶対に忘れてはいけない過去なのに。それは、他のみんなには消された過去なのだ。
だからライアは絶対に、それだけは忘れないでおこうと決めていた。
「ところで思ったけどよ、なんでおまえはアイツと旅することにしたんだよ」
その後話題を変えて、マリーはアイリスについて言及してきた。
「ただアリスが一緒に来たいっていうから。それだけよ」
そう、本当にそれだけである。昨日といい、アイリス自身にちょっと気になる点はあるものの、それが同行させる理由ではない。
「そんな単純な理由でかよ……。おまえの旅って、単に好き勝手旅してるだけじゃねーんだろ。命の危険があるっていうのに同行させんのかよ」
「危なくなったら彼女だけでも逃げてもらうわ。わたしは彼女の気持ちを無駄にしたくないだけ」
確かにマリーの言い分は一理ある。だがそれでも彼女の気持ちを尊重してあげたいのだ。
できるだけ守るようにするし、本当に危ないときは置いていく。
ただ彼女が満足し、自分のしたいことを見つけるまで自分はその手伝いをしたいと思っていた。
「最悪あいつをオレのところで見てやってもいいぞ。ここにいれば少なくとも、おまえといるより安全だしな」
するとマリーは意外な事を言ってきた。いや魔女だからか。マリーは年下の魔女には結構優しく面倒見が良かった。
だからアイリスのことも心配しているのだろう。
「そんなのアリス自身に聞きなさいな。それはわたしが決めることじゃないからねぇ」
そう言ってライアはケーキを食べ終え立ち上がり部屋へと戻ることにした。
「じゃ、また明日ね」
「フン、片付けくらいしろ」
マリーは不満を漏らしながらも、ライアのカップなどを片付けていた。
そしてライアはドアを閉めアイリスのいる部屋へと向かう。
「…………」
ふと立ち止まる。
もしアイリスが自分でなくマリーを選んだらどうなるだろうか。
いや、それは自由だとはじめから言っていることだ。
それに、この先本当にどうなるかは分からない。
何が起こるのか予測できない。
果たして今の自分に彼女を守れるのか。
そう考えると、その方が安全な気はする。
だがやはりそれを決めるのは彼女自身。
ただ、ライアは彼女の決断に身を任せることにした。




